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異種族趣味の管理者【アドミニストレータ】  作者: てんとん
2章 開始:βテスト版
11/33

9話 魔法界:エデュリシアル

 三人分のコップに麦茶を注ぐ。それをお盆にのせて、ついでに酔い止め薬も持っていく。

 転移酔いに利くかは知らんが、無いよりましだろう。


 二人はパジャマに着替えている。ナタリーが白いキャミソールに緩い半ズボン、ミカがタオル生地でピンクの半袖半ズボンセットだ。

 ……お風呂上がりの女の子はどうしてこういい匂いがするのか。さっき二人を抱きしめた時正直やばかった。

 髪から俺と同じジャンプーの香りがするというのがかなりぐっときている。


「ほい、麦茶だ」

「ありがと~」「どうもです」

「それとこれ」


 俺はソファーに座るナタリーの前の机に酔い止めを置く。


「なんです? これ」

「飲んだら酔いにくくなる薬だ」

「……ありがとうです!」


 口角が上がる動きに合わせて、彼女の髪がふわりと舞う。漂った甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐった。


 壁に立てかけてあるアナログ時計の短針は、9の文字を指している。俺らは就寝までの三時間ほど『アナザ・ワールド』をすることにした。



 pcから、『アナザ・ワールド』を立ち上げる。ゲーム開始画面が可視化された。……しばらく待てども、転移が始まらない。


「ありゃ?」

「うん? 転移されないね?」


 ミカとそろって首を捻る。ナタリーは転移の瞬間が怖いのか目を固く閉じてプルプルしている。吐き気が待ってるって考えたらそうもなるか。

 しばらく画面を見ていると、タイトルロゴとともに、操作選択画面が出てきた。ああ、そういえばアーティが言っていたな。"探検モード" と "アバウブモード" があると。


「話は中でするから、とりあえず転移するぞ」


 俺はそう言って、 "探検モード" をマウスでクリックした。


 

 鼻腔をくすぐる青草の香り。瞼の裏からでも分かる暖かな日差しは、今が日中であることを俺の体に伝えてくれる。

 草のゆりかごを微風そよかぜが優しく揺らす。もう少しまどろんでいたい、そんな気持ちにさせる穏やかな——


「タクム、起きるのです」

「タクムく-ん、起きないと触るよ~?」


 肩が揺さぶられ、ほっぺたをつつかれる。肩を触ってるのはナタリー、ほっぺたはミカかな。


「……おはよう」

「うん、おはよう」「おはようなのです」


 パジャマ姿のミカとナタリーがいた。かく言う俺もパジャマか。

 あれ、大体騒がしく起こしてくるあいつ(アーティ)がいない。


「おかえりなさい、マスター!」


 声が響いた。俺の目の前の空間が歪み、不定形の光の粒子が不意に現れ人の形を成す。

 白い輝きは、しなやかな肢体を描きほどけいって……。

 視界上のミニマップに青い光点が現れる。

 水色をした少女が、世界に降り立った。


 ——裸で。


「……アーティ、服を着てくれ」


 俺の両側の女性陣の目が怖いから!!


「すみません、プレイヤーであるミカ様がいらっしゃるので、ソースコードを利用できません。故に服の着用は不可能でした」

「なんじゃそりゃ……?」


 言いながらアーティがしゅんとした顔を見せる。同時に、俺の右肩に触っていたナタリーの手にギリリと力が込められた。

 痛い痛い!!


「……あの、ナタリー?」

「タクム、この女、誰です?」


 ナタリーの目からハイライトが消える。あ、あかんやつやこれ……!?

 割と簡単に気が狂うやつだなぁとは思ってたが、ヤンデレは不味い!

 ミカに助けを求めようと、左側を見る。


 ミカの笑顔が消えていた。目を半眼に細め、アーティを見据える。


「え~っと、アーティちゃん? タクムくんはそう呼んでたけど。君さ、さっきワタシの力使ったでしょ? 気づかないとでも思ったのかな? これでもワタシ、神なんだよね。ワタシが認めたここの二人ならともかく、生物ですらない君に好き勝手されるのはちょっと、不愉快かなって、思うんだぁ」


 こっちもこっちでやばいぞ……?


「……失礼いたしました。マスターである巧様の要望にお応えするための最善手であったために、ミカ様のお力をソースコードから読み取らせていただきました」

「うん? タクムくんが?」


 ミカがくるり振り返ってこちらを見る。


「……いや、こいつ俺と初めて会ったときも裸だったから、服を着てくれって言ったんだ。意図してミカの力を使いたかったわけじゃないと思う。俺からも謝るよ」

「……これでチャラだね。」

「うん? 何のことだ?」

「さっきワタシ達がアイス食べちゃったの、これでチャラだね」

「あ、ああ。わかったよ」


 はぁ、何とかなったか。なんかうまいことアイスの件をうやむやにされてしまった。


「タクムぅ……。なんで無視するのです?」


 耳元から狂気を含んだ囁きが!!まだ終わっていなかった!?



 俺からの説明を交え、『アナザ・ワールド』の疑似人格、アーティヒュールと恐ろしい俺の連れたちとの自己紹介が終わった。

 ミカが魔法のようなものを使って、アーティに服を着せた。今朝彼女が着ていたようなワンピースだが、アーティの髪の色に合わせて薄く水色がかったものだ。魔法ではなく能力だよと言っていたが違いがよくわからん。

 ナタリーはとりあえず褒めまくって元に戻した。食べ物がなかったのでかなり苦心したが。


 さて!!ゲーム開始前のごたごたは終わった。

 "魔法界"を心行くまで楽しもう!!


「よし、とりあえずここ(はじまりの平原)にいてもどうしようもない。ナタリーの両親にも早く会わないといけないしな」

「はい、それでは魔法使いのナタリー様以外はジョブ選択を行ってください。リストは今視界に表示します」


 アーティがそういうと、視界にポップアップウィンドウが現れた。ナタリーは魔法が使えないとアイデンティティを失う、もとい親になんと言われるかわからないので、ジョブは魔法使いである。使える魔法も、ナタリーがもともと使えるものだ。ここは彼女の故郷なんだからな。


「前回のアップデートで様々な世界の生物のデータが取れたことにより、ジョブの数が飛躍的に上がっております。わからないものがあれば、私がお応えいたします!」


 膨大なジョブの数を表示するウィンドウをスクロールしていく。先ほど見た"指圧師(カイロプラクター)"のほかにも、"剣士(ソードマン)"だの"槍使い(ランサー)"だの、果ては"勇者(ブレイバー)"まで、様々なものが並んでいる。

 だが、俺が最初に選ぶのはそんなありふれたものではない。スクロールのために振っていた指を止める。

 見つけた。

 最初に必要なジョブとはこれ、"建築士(アーキテクター)"である!!


「うーん、四人が住める拠点となると、やっぱ木で作るのがいいかな!!」

「タクム、どこかの村で泊まれる場所さがしたほうがよくないです?」

「ワタシもそう思うなぁ」


 こいつらは分かってないな。そんなに甘くないんだよ、このゲームもとい世界管理は。


「ゲーム開始時に持ってるお金が皆無なんだよ、『アナザ・ワールド』って。なあ、アーティ?」

「す、すみません……皆様のお体はプレイヤーデータですけど、ここは本物の世界ですから……」

「でもおなかは減るし眠くもなるんだよな~?」

「は、はい……」


 変なところでリアリティがあるんだよな、『アナザ・ワールド』は。


「ただジョブのおかげで、何するにしても時短できるんだ。要するに、ちょっと便利な異世界生活って感じだ。お金欲しいなら働くなりしなきゃならないし、腹が減ったら狩りをして調理しなけりゃならん」

「なるほど、野垂れ死にもアリ、です?」

「アリ、だ」

「う~ん!! ワタシは死の危険とは無縁だったから楽しみだよ!!」


「初期ジョブは特別にジョブレベル5からスタートいたします。ジョブレベルは20まであり、上限に行くと二次職が解放されます。ジョブを設定することによって得られる恩恵は、レベルに依存した知識、練度、そしてここは"魔法界"ですので、魔法を得られます」

「……魔法使いってどんな恩恵があるのです? ジョブに応じて魔法が使えるようになるんですよね?……もしかして需要ないジョブだったりします?」

「いえ? ジョブ:"魔法使い(マジックキャスター)"はすべての魔法を習得可能です。時間はかかりますが、こと魔法に限れば最強でしょう! 魔法習得にはレベルアップで入る技術点(スキルポイント)を振り分けてください。レベルカンストですべて習得できるように調整済みです!」


「おい、もう行こうぜ、楽しみすぎて待ちきれないんだが」

「同感だよ~!」

「わかったのです」

「それでは、改めて、」



 ようこそ、『アナザ・ワールド』へ!!




 始まりの平原から北に5キロ。


 "獣王の森(ガルドフォレスタ)"入口 適正ジョブレベル:戦闘系ジョブlv3


 灰色の体毛に鋭く尖る爪、全長2mの狼型の魔物 "飢餓狼(ガル)"

 俺らはその群れに囲まれていた。

 狩りをはやった一匹が状態を低く構えた状態から跳躍する!


「ナタリー!!」

「はいです!! 『風刃(シルフブレイダ)』!!」


 跳躍に合わせ、ナタリーが箒をスイング。

 箒に付与された風の刃が、飢餓狼を半ばから両断した!!

 自分に飛び掛かる血飛沫さえも、箒の纏う風圧で吹き飛ばしたナタリーは、油断なく周囲を睥睨(へいげい)する。


「うっわ……エグっ」

「タクムくん、あの劣等種たち、来るみたいだよ?」


 ミカが好戦的に口角を上げる。

 彼女のジョブは"格闘家(ファイター)"肉体を使った戦闘を行うジョブだ。

 歩くことにさえ楽しみを見出していた彼女らしい選択だと思う。体を動かすにはもってこいだ。


 飛び掛かった一匹を契機に、本格的に狩りが始まった。

 三人背中合わせで立っている俺らに向かい、数匹が跳躍!! それに同期し、残りは地上を疾駆(しっく)する。

 点でなく面での攻撃。


「タクムくん、ナタリーちゃん、浮いててねッ!!」


 その言葉に、俺とナタリーはとっさに『浮遊(フロート)』を唱えた。


「『範囲連撃(エリアブラスト)』!!」


 ——狼が迫る。

 ミカは正面から迫る一匹を、噛みつかれる寸前まで引き付け、渾身の宙返り蹴り(サマーソルト)を放った!!

 爪先が地上の一体の顎を捉え、ひしゃげる。

 勢いそのまま、跳躍していた低空の一匹の腹もを蹴破った。

 ここではまだ止まらないとばかりに、蹴破った飢餓狼を足場に、空中胴回し回転蹴り!!

 背後の一匹を地上に叩き落す。

 都合三体、一連の動作でねじ伏せた。


 今だ落下中のミカに、地上の飢餓狼たちが噛みつこうと雁首(がんくび)揃えて持っている。

 ミカは空中で体を捻り、そのまま頭から突っ込んだ!!

 今にも飛び掛かり、噛みつかんとする一匹のその頭を手でつかみ、重力と体重をもって土を舐めさせる。

 掴んだ頭と自身の腕を軸に、足を広げ体を回転。

 扇風機のように回転する足が、飢餓狼たちにヒットした。

 足技により開けたスペースに、頭跳ね起きで着地。

 片手には捩じ切った飢餓狼の頭。もう一方を飢餓狼に向かって突き出し、早くかかってこいとばかりに挑発する。


「こんなものなの?」


 首を傾けて笑う彼女の髪は、鮮血を浴びてさらに深紅に染まっていた。


 いや、スプラッタが過ぎるだろう……!?

 こいつら修羅場に慣れすぎだ、こちとら24年間喧嘩せず平和に生きてきたってのに……!!

 そんなことに思考を裂いていると、視界右上にエネミーを表す赤い点が増えた。

 ……まともに戦うには流石に多すぎるか。

 通話(ボイスチャット)でミカに話しかける。


「ミニマップに印をつけるから、そこまで敵を誘導してくれないか?」

「りょう、かい!!」


 回し蹴りで飢餓狼の一匹を蹴り飛ばしながら、ミカが返事をする。


「ナタリー、お前もだ」

「分かったのです。『光矢(ルクスアロウ)』!!」


 ナタリーの頭上に都合10本の光の矢が出現した!!

 遠距離から森に潜む敵に向かって光の矢を飛ばす。数本がヒットしたらしく、奴らはナタリーを標的に据えたみたいだ。

 ミニマップがあるから隠れてても位置ばれしてるけどな。

 わざと敵が隠れているところを通ってナタリーが飛翔する。

 ミカとナタリーが敵をひきつけて逃げるのに同期して、俺は先回りで落ち合う場所まで飛翔しよう。


「俺が合図したら飢餓狼を振り切って離脱してくれ」

「了解だよー!」「分かったのです」


 "獣王の森(ガルドフォレスタ)" だけあって、やはり木が生い茂っている。

 ナタリーとミカが敵を誘導している間、俺が何をしていたかというと、まあ木を切っていた。

 ジョブ:"建築士(アーキテクター)"の魔法の中には『伐採(フェリング)』というものがある。

 名の通り、木を切り出すだけの魔法なのだが、かなり調整がしやすいのだ。

 伐採のためだけの魔法だから、木なら自由自在に削れる。

 一本の木が倒れて来ただけでも人はペシャンコに潰れるのだ。数本同時に倒れてきたら、いかに狼の運動能力をもってしても、躱しきれないだろう。


「いいぞ!! 離脱だ!!」


 俺の合図でミカとナタリーが飛翔する。飛ぶ術を持たない飢餓狼は、足を止めて見上げることしかできなかった。

 その視界には、轟音を立てて四方から倒れ落ちる木々が映る。

 ——数舜の後、着弾。

 質量の暴力に飲まれ、数多のHPバーが霧散した。


「やったね!!」

「タクム、すごいのです!!」

「おう、誘導さんきゅー!!」


 ちゃんと時間どうり倒れてくれてよかったな。


 ミカとナタリーが俺のそばに着地して、笑顔を見せる。

 俺は仲間たちと初勝利の喜びをかみしめたのだった。


 ……三人ともパジャマ姿でなければ、もうちょっと格好がついたろうに。

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