8話 家はあったかいね
玄関に革靴、サンダル、ブーツが並んでいる。この家に俺以外の靴が並ぶのはいつ以来だろうか。些細なことだけど、そんなことが少し嬉しい。
「タクム? なんで玄関で止まってるです?早く中に入るですよ!」
「どーしたのさ、ぼーっとしちゃって」
廊下に立ったナタリーとミカが俺を呼ぶ。俺はしばらく忘れていた表情を顔に張り付けて、言う。
「……ただいま」
二人も笑みを張り付けて、
「「おかえり(です!)~」」
と返してくれた。見慣れたはずの家の明かりが、いつもより輝いて見えた。
*
さて、我が家の紹介に移るとしよう。玄関から廊下を抜けて左手にキッチン兼リビングの部屋。右手にお手洗いと風呂場がある。廊下の突き当りには物置が。階段を上がれば部屋が三つ。一つは子供部屋だが。
俺の部屋のほかに二部屋あいているので、ミカが大人部屋、申し訳ないがナタリーは子供部屋かな?まあリビングのソファーで眠れないこともないので俺がそこで寝てもいいのだが。
買ってきたアイスを冷凍庫に入れて、お風呂を沸かす。三人で並んでソファーに座り、テレビを見ていたところでミカが口を開いた。
「タクムくん! 一緒にお風呂入ろうよ!」
ミカの一言でナタリーと俺は顔を引きつらせる。いや、俺としては断る理由なぞないが、ナタリーから有罪判決を受けるのが嫌なので顔をしかめているだけだ。むしろお風呂に入ろうではないか。
「……ミカは痴女か何かです?」
「心外な、違うよ~。ワタシは人間の体に興味があるだけ」
「じゃあ勝手にpc使って調べてくれよ! なんで俺だよ!」
「ほかの人間なんて興味ないからね! 今んとこワタシが興味を持った知的生物は、タクムくんとナタリーちゃんだけだよ!」
言いながら俺にベタつこうとするミカを、ナタリーが押しとどめる。俺は端の席でナタリーの隣なのでミカの毒牙にはかからない。助かったような残念なような……。
「先にミカとナタリーで入ってくれよ、俺は後でいいから」
「ナタリー達の残り湯をどうする気です? 変態ろりこんのタクム?」
「どうもしねぇよ! 入るついでに掃除終わらせようと思っただけだよ!」
「タクムくんロリコンならナタリーちゃんもらってあげたら?」
「違う! 俺はノーマルだ!」
なんだそのロリコン押し!?俺がそうだったらお前なんぞとっくに襲われてるぞナタリーよ。
「分かったよ! 俺が先に入るからな」
「はいはい、いってら~」
ミカにひらひらと手を振られ、俺は風呂へと。
*
風呂から上がると、俺の分のアイスがなくなっていた。両者とも食い意地が張ってるから犯人になりえるな。
「じゃあ、ワタシたちはお風呂入ってくるから。」
「行ってくるです。」
「あ、まて、俺のアイスは・・・」
いうが早いか、風呂場のドアがぴしゃりと閉まる。絶対結託してやがるぞあいつら……。
内心で愚痴りつつ、ナタリーとミカのソースコードを開く。とりあえず夏季休暇中にこれを解読したいところである。
職業柄一応プログラミング言語は押さえてあるが、それだけではこのソースコードは読めない。文章構造はプログラミング言語と同じなのだが、明らかに使われない文字も交じってる。
一応推論はある。俺が読める部分は身長とか体重などの地球にある概念で、読めない部分は魔法やらのファンタジー概念だ。
この意味不明の文字コードすら存在しないような文字は、地球上に存在しない言語ではないかと思う。ミカやナタリーが風呂から上がったら、ここら辺を詰めようか。
そんなことを考えながら、ミカのソースコードに目を通していく。QRコードを縮小したような難解な文字が並んでいる中に、一つだけ読めるものがあった。
そこには、 魔法:『浮遊』 という一文が。
俺はネカフェでミカに『浮遊』の魔法を掛けられた。うーん、十中八九それが原因で今この一文が読めてるわけだけれど……。
ということは、ここの関数の中にはミカの使える魔法が書き込まれているのか?試しにナタリーのソースコードものぞいてみる。
もはや覚えてしまった彼女のスリーサイズの部分を飛ばして、読めない部分へと。
魔法:『拘束』の文字が、ソースコード内で読めるようになっていた。やっぱりか。
これから毎日魔法を掛けてもらおうか。と、何もしてないのに勝手に『アナザ・ワールド』が開いた。
怖っ!?
ウイルスかなにかか!?
瞬間、浮遊感が訪れる。体を動かすこともできず、意識が暗転した。
*
——スター!
……また、あの声。
——マスター!!
今度は、気色が違う。
目が覚めると、水色の景色の中にいた。水の中のような色彩の中に直方体や立方体が浮かんでいる。何とはなしに電脳空間っぽい。
そんなことを考えて、仰向けのまま景色を見ていると、視界いっぱいに人の顔が映りこんだ。
「マスター、おはようございます!」
「……おはようございます?」
淡い水色の髪をポニーテールにまとめ、薄く焼けた肌色を纏った少女が俺を覗いていた。……裸で。
「意識の覚醒を確認しました」
「うん?」
「いえ、ただログ読み上げ機能がONになっていただけです。お気になさらず!」
「お、おう」
「それでは。マスター、お久しぶりです!! この疑似人格は『アナザ・ワールド』のアップデートによって誕生しました。いつも『アナザ・ワールド』で遊んでいただき、ありがとうございます!!」
「まてまてこら!」
「はい? 何でしょう? マスター!!」
何が嬉しいのか、目の前の少女は目を輝かせて笑顔だ。……どこから突っ込んでいいのかわからん!
「えっと……お前……あー、アーティヒュールさ、服着てくれない?」
「服、ですか? 少々お待ちください!」
「データ解析、完了。 キャラクターデータ:ミカ より読み込み……完了 ジョブ:"創造者" 固有名:有機創造 を行使します。……完了」
なんかすごいことをやり始めたぞ……?彼女の体が純白に光る。その光は収斂され、一着の衣装へと。
白を基調に、青い蝶の刺繍が施された浴衣が彼女の体を包んでいた。この空間そのものが、彼女を引き立てるためにあるとさえ思えるような一体感。
「どうでしょうか?」
「……似合ってる」
「アップデートでは私の服装について定義されなかったので不安でしたが、お気に召していただけたのでしたら幸いです! それでは、説明を始めますね!」
「今回のアップデート内容は、"魔法界:エデュリシアル" でございます!」
*
アーティヒュール、縮めてアーティは、アップデートを経て機能がより難解となった『アナザ・ワールド』を理解してもらうためのナビゲーションツールみたいなものらしい。知的生物のデータを取り込んだために、『アナザ・ワールド』が疑似人格を生み出した結果が目の前のこいつである。
アーティの説明によると、やはり『アナザ・ワールド』はただのゲームではなくなっているらしい。ミカの推察どうり、世界の管理機能を持っていて、プレイヤーはそれを管理する義務がある。
権利を持てば義務が生まれるのは世の常だが、ここまで話が大きいとぴんと来ない。
そして、ゲームとしての機能も引き継いでいる。一人称視点で世界を冒険、畑や家、害獣駆除等ミニマムな管理ができる "探検モード"大雑把に世界の天候や自然災害を管理できる "アバウブモード"
とりあえずはこの二つのモードを選んで世界を管理しろとのこと。世界の管理といっても何をしたらいいか知らないが、そこらへんはミカに聞こう。
そして、今回管理する世界は"魔法界"らしい。どうもナタリーの故郷であるようだ。
「よし、大体わかった。あ、まだ一個分からないところがある」
「なんでしょう?」
「なんで俺のことマスターって呼ぶんだ?」
と問うと、彼女は顔を少し赤らめて宣言した。
「……『アナザ・ワールド』は貴方の所有物ですから!」
*
現実世界に戻されるこの浮遊感にも慣れてきた。
意識が浮上し、瞼の向こうに光を感じる。
目を開いた。
気づくと俺はソファーに座っていた。俺の家に帰ってくると、ミカとナタリーがドタバタしていた。二人ともせわしなく動いて落ち着きがない。
「おーい、ミカ、ナタリー、どうしたー?」
俺の声に二人が振り向く。
「タクム~~!!」「タクムくん!!」
ミカが浮きながら、ナタリーが箒に乗りながら俺に向かってきた!そのまま二人に抱き着かれ、ソファーに倒れる。
「ごめんなのです!!アイス食べちゃったのはほんの出来心だったのですよ!!だからいなくならないでほしいのです!!」
「ごめんね、そんなに怒るとは思わなかったんだ。謝るから、これからも一緒にいてくれるかい?」
二人ともちょっと涙目になっている。
そうか。『アナザ・ワールド』によって異世界に飛ばされている間、ここに体は残っていないのか。二人は俺が怒って出て行ったとでも思ったのだろう。
あきれながらも、胸があったかくなって、自然と俺は笑っていた。
ナタリーはこの世界で一人の魔法使い。親に合う手掛かりを見つけているとはいえ寂しいのだろう。ミカだって同じ神はいるみたいだけど、交流は話を聞く限りそんなにないみたいだ。俺にべたべたしたがったり、ナタリーを構うのも、ほんとは触れ合いたいからなのかもしれない。
かう言う俺も、両親が他界して、忘れかけていた他人のあったかさに触れて思うんだ。ああやっぱり、こういうわいわいしてるのいいなぁって。不意に手にしてしまったものであるけれど、失いたくないなぁって。
そんな風に思うから。
「……わかったよ。お前らの気が済むまで、一緒にいよう」
俺は、二人を抱きしめた。
失ってしまった家族のようにじゃないけれど、こいつらと、こんな風にだらだらと、ゆっくり時を過ごしたい。
そんなことを考えながら。




