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異種族趣味の管理者【アドミニストレータ】  作者: てんとん
2章 開始:βテスト版
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8話 家はあったかいね

 玄関に革靴、サンダル、ブーツが並んでいる。この家に俺以外の靴が並ぶのはいつ以来だろうか。些細なことだけど、そんなことが少し嬉しい。


「タクム? なんで玄関で止まってるです?早く中に入るですよ!」

「どーしたのさ、ぼーっとしちゃって」


 廊下に立ったナタリーとミカが俺を呼ぶ。俺はしばらく忘れていた表情を顔に張り付けて、言う。


「……ただいま」


 二人も笑みを張り付けて、


「「おかえり(です!)~」」


 と返してくれた。見慣れたはずの家の明かりが、いつもより輝いて見えた。



 さて、我が家の紹介に移るとしよう。玄関から廊下を抜けて左手にキッチン兼リビングの部屋。右手にお手洗いと風呂場がある。廊下の突き当りには物置が。階段を上がれば部屋が三つ。一つは子供部屋だが。

 俺の部屋のほかに二部屋あいているので、ミカが大人部屋、申し訳ないがナタリーは子供部屋かな?まあリビングのソファーで眠れないこともないので俺がそこで寝てもいいのだが。


 買ってきたアイスを冷凍庫に入れて、お風呂を沸かす。三人で並んでソファーに座り、テレビを見ていたところでミカが口を開いた。


「タクムくん! 一緒にお風呂入ろうよ!」


 ミカの一言でナタリーと俺は顔を引きつらせる。いや、俺としては断る理由なぞないが、ナタリーから有罪(ギルティ)判決を受けるのが嫌なので顔をしかめているだけだ。むしろお風呂に入ろうではないか。


「……ミカは痴女か何かです?」

「心外な、違うよ~。ワタシは人間の体に興味があるだけ」

「じゃあ勝手にpc使って調べてくれよ! なんで俺だよ!」

「ほかの人間なんて興味ないからね! 今んとこワタシが興味を持った知的生物は、タクムくんとナタリーちゃんだけだよ!」


 言いながら俺にベタつこうとするミカを、ナタリーが押しとどめる。俺は端の席でナタリーの隣なのでミカの毒牙にはかからない。助かったような残念なような……。


「先にミカとナタリーで入ってくれよ、俺は後でいいから」

「ナタリー達の残り湯をどうする気です? 変態ろりこんのタクム?」

「どうもしねぇよ! 入るついでに掃除終わらせようと思っただけだよ!」

「タクムくんロリコンならナタリーちゃんもらってあげたら?」

「違う! 俺はノーマルだ!」


 なんだそのロリコン押し!?俺がそうだったらお前なんぞとっくに襲われてるぞナタリーよ。


「分かったよ! 俺が先に入るからな」

「はいはい、いってら~」


 ミカにひらひらと手を振られ、俺は風呂へと。



 風呂から上がると、俺の分のアイスがなくなっていた。両者とも食い意地が張ってるから犯人になりえるな。


「じゃあ、ワタシたちはお風呂入ってくるから。」

「行ってくるです。」

「あ、まて、俺のアイスは・・・」


 いうが早いか、風呂場のドアがぴしゃりと閉まる。絶対結託してやがるぞあいつら……。


 内心で愚痴りつつ、ナタリーとミカのソースコードを開く。とりあえず夏季休暇中にこれを解読したいところである。

 職業柄一応プログラミング言語は押さえてあるが、それだけではこのソースコードは読めない。文章構造はプログラミング言語と同じなのだが、明らかに使われない文字も交じってる。

 一応推論はある。俺が読める部分は身長とか体重などの地球にある概念で、読めない部分は魔法やらのファンタジー概念だ。

 この意味不明の文字コードすら存在しないような文字は、地球上に存在しない言語ではないかと思う。ミカやナタリーが風呂から上がったら、ここら辺を詰めようか。

 そんなことを考えながら、ミカのソースコードに目を通していく。QRコードを縮小したような難解な文字が並んでいる中に、一つだけ読めるものがあった。


 そこには、 魔法:『浮遊(フロート)』  という一文が。


 俺はネカフェでミカに『浮遊』の魔法を掛けられた。うーん、十中八九それが原因で今この一文が読めてるわけだけれど……。

 ということは、ここの関数の中にはミカの使える魔法が書き込まれているのか?試しにナタリーのソースコードものぞいてみる。

 もはや覚えてしまった彼女のスリーサイズの部分を飛ばして、読めない部分へと。

 魔法:『拘束(バインド)』の文字が、ソースコード内で読めるようになっていた。やっぱりか。


 これから毎日魔法を掛けてもらおうか。と、何もしてないのに勝手に『アナザ・ワールド』が開いた。

 怖っ!?

 ウイルスかなにかか!?


 瞬間、浮遊感が訪れる。体を動かすこともできず、意識が暗転した。



 ——スター!


 ……また、あの声。


 ——マスター!!


 今度は、気色が違う。


 目が覚めると、水色の景色の中にいた。水の中のような色彩の中に直方体や立方体が浮かんでいる。何とはなしに電脳空間っぽい。

 そんなことを考えて、仰向けのまま景色を見ていると、視界いっぱいに人の顔が映りこんだ。


「マスター、おはようございます!」

「……おはようございます?」


 淡い水色の髪をポニーテールにまとめ、薄く焼けた肌色を纏った少女が俺を覗いていた。……裸で。


「意識の覚醒を確認しました」

「うん?」

「いえ、ただログ読み上げ機能がONになっていただけです。お気になさらず!」

「お、おう」

「それでは。マスター、お久しぶりです!! この疑似人格(アーティヒュール)は『アナザ・ワールド』のアップデートによって誕生しました。いつも『アナザ・ワールド』()で遊んでいただき、ありがとうございます!!」

「まてまてこら!」

「はい? 何でしょう? マスター!!」


 何が嬉しいのか、目の前の少女は目を輝かせて笑顔だ。……どこから突っ込んでいいのかわからん!


「えっと……お前……あー、アーティヒュールさ、服着てくれない?」

「服、ですか? 少々お待ちください!」

「データ解析、完了。 キャラクターデータ:ミカ より読み込み(リード)……完了(コンプリート) ジョブ:"創造者(クリエイター)" 固有名:有機創造 を行使します。……完了」

 

 なんかすごいことをやり始めたぞ……?彼女の体が純白に光る。その光は収斂(しゅうれん)され、一着の衣装へと。

 白を基調に、青い蝶の刺繍が施された浴衣が彼女の体を包んでいた。この空間そのものが、彼女を引き立てるためにあるとさえ思えるような一体感。


「どうでしょうか?」

「……似合ってる」

「アップデートでは私の服装について定義されなかったので不安でしたが、お気に召していただけたのでしたら幸いです! それでは、説明を始めますね!」


「今回のアップデート内容は、"魔法界:エデュリシアル" でございます!」



 アーティヒュール、縮めてアーティは、アップデートを経て機能がより難解となった『アナザ・ワールド』を理解してもらうためのナビゲーションツールみたいなものらしい。知的生物のデータを取り込んだために、『アナザ・ワールド』が疑似人格を生み出した結果が目の前のこいつである。

 アーティの説明によると、やはり『アナザ・ワールド』はただのゲームではなくなっているらしい。ミカの推察どうり、世界の管理機能を持っていて、プレイヤーはそれを管理する義務がある。

 権利を持てば義務が生まれるのは世の常だが、ここまで話が大きいとぴんと来ない。

 そして、ゲームとしての機能も引き継いでいる。一人称視点で世界を冒険、畑や家、害獣駆除等ミニマムな管理ができる "探検モード"大雑把に世界の天候や自然災害を管理できる "アバウブモード"


 とりあえずはこの二つのモードを選んで世界を管理しろとのこと。世界の管理といっても何をしたらいいか知らないが、そこらへんはミカに聞こう。

 そして、今回管理する世界は"魔法界"らしい。どうもナタリーの故郷であるようだ。


「よし、大体わかった。あ、まだ一個分からないところがある」

「なんでしょう?」

「なんで俺のことマスターって呼ぶんだ?」


 と問うと、彼女は顔を少し赤らめて宣言した。


「……『アナザ・ワールド』()は貴方の所有物ですから!」



 現実世界に戻されるこの浮遊感にも慣れてきた。

 意識が浮上し、瞼の向こうに光を感じる。

 目を開いた。


 気づくと俺はソファーに座っていた。俺の家に帰ってくると、ミカとナタリーがドタバタしていた。二人ともせわしなく動いて落ち着きがない。


「おーい、ミカ、ナタリー、どうしたー?」


 俺の声に二人が振り向く。


「タクム~~!!」「タクムくん!!」


 ミカが浮きながら、ナタリーが箒に乗りながら俺に向かってきた!そのまま二人に抱き着かれ、ソファーに倒れる。


「ごめんなのです!!アイス食べちゃったのはほんの出来心だったのですよ!!だからいなくならないでほしいのです!!」

「ごめんね、そんなに怒るとは思わなかったんだ。謝るから、これからも一緒にいてくれるかい?」


 二人ともちょっと涙目になっている。

 そうか。『アナザ・ワールド』によって異世界に飛ばされている間、ここに体は残っていないのか。二人は俺が怒って出て行ったとでも思ったのだろう。

 あきれながらも、胸があったかくなって、自然と俺は笑っていた。


 ナタリーはこの世界で一人の魔法使い。親に合う手掛かりを見つけているとはいえ寂しいのだろう。ミカだって同じ神はいるみたいだけど、交流は話を聞く限りそんなにないみたいだ。俺にべたべたしたがったり、ナタリーを構うのも、ほんとは触れ合いたいからなのかもしれない。

 かう言う俺も、両親が他界して、忘れかけていた他人のあったかさに触れて思うんだ。ああやっぱり、こういうわいわいしてるのいいなぁって。不意に手にしてしまったものであるけれど、失いたくないなぁって。

 そんな風に思うから。


「……わかったよ。お前らの気が済むまで、一緒にいよう」


 俺は、二人を抱きしめた。

 失ってしまった家族のようにじゃないけれど、こいつらと、こんな風にだらだらと、ゆっくり時を過ごしたい。

 そんなことを考えながら。




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