あばんぎゃるど
「なんか悪かったな。オレ、なにも見なかったから。他のヤツラにも、ここには誰もいなかったって、言っとくから」
は?
思わぬ光景に動揺を隠し切れないモヒカン勇者。
彼はしどろもどろにそう言うとすぐさまに回れ右した。
流れるように体勢をシフトすると、「じゃあな」とでも言うように俺に一瞥をくれ、
「いや、ちょ」
っと待て! と、俺が言い終わる前には既に視界から消えていた。
まさに脱兎のごとく、だ。
あのスタートダッシュなら世界も狙えるだろう。
こんな辺境の世界で勇者をさせておくには些かに惜しい人材だ。
ふむ、とその状況を見送ったオッサンが思案するように喉をならす。
「おい。小僧」
「あ? なんだよガチムチホモマッチョおおおいだだだだだだだっだだっだだッ!? うそうそ、なんでしょうかマジダンディーで素敵なおじ様ああああああああッ!?」
ムギュッと俺の股間を握るゴツイ手に力が込められた。
息子達が悲鳴をあげる。
「よくわからんが、とりあえず貶されているということは分かるぞ。――ゴホン、いいか小僧おとなしく質問に答えろ。もしふざけたり、ごまかした場合はコイツが二度と使い物にならなくなる。分かったか?」
「お、オーライ」
底冷えするほどドスの効いた声と、それだけで人が殺せそうな鋭い眼光に思わず射すくめられる。
このオッサンの今の顔を泣いてる子供に見せたらたちどころに泣き止んで卒倒するレベルだ。
なんなのこのハゲ。
サイヤ人なの?
「とりあえず話を進めるぞ。――質問だ。おまえはさっきのヤツら『勇者の一団』の仲間か?」
「違う。あんたも気づいただろ、もし俺が『勇者の一団』ならさっきのヤツは逃げずに俺を助けようとしたはずだ」
もっとも、無法者の集団らしい『勇者の一団』に仲間意識があればの話だが――、とはあえて言うまい。
せっかく降って沸いたチャンスだ。
俺は全力で乗っからせてもらう。
「なら、なぜ勇者などと嘘をついた。目的はなんだ。もしやとは思うが、勇者のふりをして金品を騙し取ることが目的の勇者勇者詐欺師ではあるまいな」
「勇者勇者詐欺師!? なにその新しい単語!? いやうそごめん、真面目に話します!? だからキュッとしないで! ――ひとまず、嘘をついたことは悪かったよ。全面的に俺が悪い。それは謝る。その上で信じてほしいんだけど、俺は『勇者の一団』とは無関係だ」
きっぱりと言い切る。
ふむ……と、おっさんは思案するように左手をあごに添えた。
くっ、もう一息か。
考えろよ、俺。
全力で脳みそ回転させろ。
さっきのモヒカン勇者はああ言っていたけど、信用できるはずもない。むしろ仲間を引き連れて戻ってくる可能性のほうが高いとみるべきだ。
だってのに、このオッサンを説得して拘束を解かないと逃げるに逃げられねえ。
考えろ考えろ、考えろ。
どうやったらこの舌先三寸でオッサンを言いくるめられる。
それか、このまま黙ってオッサンの判断を待つか?
一瞬の逡巡の末、もう一押ししてみようと口を開きかけた、
その時だった。
「――、」
ヒュン! と赤いゆらめきが風を切って視界を横切っていく。
一瞬の後、それはパリィンと甲高い音を立てて地面で砕け散った。
「むッ!?」
「ちょ、嘘だろ、おい!?」
ソレを確認した俺とオッサンが同時に目をむいた。
地面に飛び散った、鼻の奥をつくような刺激臭を発する液体。
それは、まるでダンスを踊るかのように、急速に燃え広がった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「火炎瓶ッ!?」
俺の叫びと同時にヒュ、ヒュンという音が連続した。
それを皮切りに燃え盛るビンが次々と投げ込まれる。
ヒヒィィイインッ!! という嘶きがそこかしこから響き、暴れまわる騒音が鼓膜を叩く。
うるさいを通り越して、耳の奥がズキズキと痛みを訴え始めた。
どうやら、世界は違えど動物は本能で火を恐れるらしい――。
あのボロ木でできた仕切りが壊れるのは時間の問題か。
バリィンッ! と顔横30センチ程の場所でビンが破裂した。
「いっ――てぇ!?」
あぶねぇ!!
破片が頬を掠めたよ!?
もう少しで眼球直撃だったぞ。
この短期間で二回目の失明とか洒落になんねえよ!
燃え上がる炎が容赦なく熱風を浴びせてくる。
控えめに言って、
「痛い熱い痛い熱い!! おいオッサン! これが仲間にする仕打ちだと思うか!? 明らかに汚物を消毒しようとしてるだろ!」
「ぐっ、確かに……」
「わかったら離してくれ! そんでもって、さっさと逃げるぞ!」
「――致し方、あるまい」
致し方あるよッ!?
ともあれ、ようやく俺の息子が解放された。
おお! まるで、拘束から解き放たれた喜びを全身で表すかように、だんだんと元気よく――いやいやいやいや、そんな場合じゃないんだよマイサン!
まだ現役で使用できるのはよくわかったから、今は静まっていてくれ。
「いたたた……、なにごとですか――きゃっ!?」
今まで意識を手放していたらしい娘さんが最悪のタイミングで藁山から顔を出した。
どうやらテントを張った俺のご立派様を見て思わず悲鳴を――上げたわけではないらしい。
密かに一安心。
どうやら彼女が埋もれている藁山の裾にも火が移ったらしく、慌てて這いずり出てきた。
「な、なななな何が一体どうなって!? 私が空を飛んで一面が暗黒世界でゴチンと燃え上がってますよ!?」
「落ちついなさいアリサ。説明は後でするからひとまず小屋を出よう。火が屋根まで燃え移ったらいつ崩れてもおかしくない」
あわわわわわ!? と半狂乱で燃え盛る小屋をみまわす娘さん。
と、そこで、俺と目が合った。
き、気まずい。
彼女を人間砲丸にしたのは記憶に新しい。
しかも、なんか頭にタンコブができてたりする。
もしかして、あの藁山のなかに石だか鉄だかがあったのかもしれない。
「あ、あのっ」
そう言いながら、さっとオッサンの背後に隠れられた。
あぁ、罪悪感で心が痛い……。
それでも勇気を出してちょこっと顔を出してきたあたり、彼女の優しさが見てとれる。
アレか、女神か!
ならば俺はどする?
決まっている。
ここが馬小屋だろうが、馬たちが暴れていようが、周囲が火の海に包まれていようが、俺は彼女の勇気に最大限の敬意を――、
「――なぜ、さっきから内股で前かがみになっておられ、」
「さあ、はやく脱出するぞ! 急がないと手遅れになる!」
オイコラおっさん。
こんな時になにやってんだよ、みたいに顔を手で覆ってんじゃねえよ。
「そいつは放っておいて、いこうアリサ。本当にもう時間が無い」
「でもお父さま!」
「聞き分けなさい。――いいか、男にはな、死んでも守らなきゃならないものがあるんだ。察してやれ」
なにちょっとカッコいい風にまとめようとしてんだよ。
危うく俺も乗っかって「俺に構わず先に行け」って言いそうになったわ!
「んなプライド犬に食わせたほうがましだ! いいからさっさと逃げるぞ!」
くそ、もうかなり火が回ってる。
ようやく三人揃って出口に向かうが、煙で視界がさえぎられて――、
「ヒヒィイイイイイイイン!!」
馬の嘶き。
次いで、バキバキィという破壊音が響いた。
直後だった。
「あばんぎゃるど!?」
柵を破壊し、こちらに駆けてきた暴走馬がオッサンを跳ね飛ばし――、いや、轢き逃げして行った。