モヒカンの勇者
勇者【ゆう-しゃ】
勇気ある者のこと。誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称として用いられる。etc...
wikiペディア大先生より抜粋
まあ、要するにゲームとか漫画とかの主人公みたいなものだ。
有名なところで例えるならドラ○エとかテイ○ズが近いだろう。
正義の心と力強い意思をもち、頼もしい仲間たちと一緒に世界を冒険し魔王やら災厄やらを食い止める。勇者とはそんなヒーローの事を体現する言葉である。
いや、そのはず、なんだ――。
俺の知っている数々の名作たちが間違っていなければ、その解釈で間違いなく間違いない、はずなんだ。
だが――。
「頼む! 金なら差し出す! 必要とあらば私の命でも構わない。だからどうかっ、どうか娘だけは……っ」
摩擦で煙がでるほど額をこすり付けている強面ハゲのオッサンに、
「召使にでも奴隷にでもなります! ですのでどうか父の命はお助けください!」
俺の足元に擦り寄ってきて、震えながらつま先に舌を伸ばす美少女。
――あげく、必死に嗚咽を我慢しながら屈辱に涙をこぼし始めたぞ。
正直、ドン引きなんだが。
顔面表情筋が引きつりすぎて元に戻らないんだが。
唖然としている俺を尻目に世紀末の騒乱はどんどんこっちに向かって押し寄せてくる。
老若男女を問わぬ悲鳴に泣き声、懇願する声もそこら中から聞えていた。
そんな中、一段と甲高く響く世紀末ボイスが不意に耳を叩いた。
「オレ達【勇者の一団】に逆らうやつァ、身包みごと皮まで引っぺがすぜヒャッハァーー!」
「【勇者の一団】舐めんなよ、ゴラァ! 金と女ァ置いてさっさと失せろやブタどもがああああああッ!」
耳をつんざく声にオッサンと娘さんはビクゥっと身を振るわせた。
なるほど、大体の事情は分かった。
つまりアレか。
この世界での勇者ってのは盗賊団的なサムシングでかなりヤバイやつらってことか。
聞こえてきた台詞やこの親子の態度からして相当にゲスいやつらの集まりってことだろう。
事実はラノベよりも奇なりだな。
おっと、俺としたことが、また一つ奥深い名言をうみだしちまったぜ。
――なんてやってる場合じゃない。
「ちょ、娘さんストップストップ!」
唾液が艶かしい娘さんの舌が今まさに俺の靴を舐めようしていた。
それを寸前で回避する。
なぜ引っ込めるのかと懇願するような眼差しで(とうぜん目尻には涙をため)上目遣いに見上げられる。
なにそれエロい!
それは反則だろ!?
「オイやめろ、そんな目で見るな!? あと舌をはやく引っ込めろ、しゃぶりつくぞ!? 」
「ふぇっ……? ふぇも」
「いいから!」
不承不承と言った感じで舌をひっこめる娘さん。
聞きわけが良くて何よりだ。
一方の俺はなにかとんでも無い事を口走った気がするが、それは後だ。
冗談ではなくマジで時間が無い。
「立てるか?」
「え、あ、はい」
混乱している彼女に手を貸して力任せに立ち上げる。
娘さんは「ひゃっ」と小さく悲鳴をあげると、ふらりとよろめいた。
おぉ見た目よりも大分軽い。なら、このままッ!
揺れるおっぱいを揉みしだきたい幻想を0.1秒でぶち殺すと、彼女の両手首をしっかりと握り締める。
「へっ!? きゃああああぁぁ!?」
「――ッ、そぉいッ!! 」
そのまま無理やり小屋の中へ引きずり込むと、重心をずらした彼女の体重をのせた俺の体を反転させ、遠心力をフル活用。
ジャイアントスイングの要領で娘さんを放り投げた。
悲鳴をあげる間もなく、ぼふっと音をたて頭から藁山に埋まる娘さん。
おぉ、我ながらなんと素晴らしいコントロール!
オリンピックに人間砲丸投げがあったら絶対に金メダルだわ!
思わず小さくガッツポーズをする。
なんとか娘さんは隠すことができた。
だが問題は次だ。
「アリサッ!! 」
突然馬小屋の藁山に飛んでいった我が娘を心配したオッサンが慌てて立ち上がろうとする。
手塩にかけて育てた娘がいきなり人間ロケットになりゃそりゃそうだろうよ。
けど、この今こそが、俺にとっては千載一遇の好機。
説明している暇は無い。
このままオッサンもホールインワン――したいところだが、果たしてして俺はこの筋骨隆々のガチムチを投げるとこができるのか――?
「いや、考えてる余裕はねえか」
ええい、ままよ!
「をッ?」
素っ頓狂な声をあげるオッサンの手首をさっきと同じ要領でわし掴め――ない!?
太すぎてホールドできねぇ!?
けどもう後に引くわけにはいかない!
共倒れなんて冗談じゃねえぞ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「ふおおおおおおおおおお!?」
俺とオッサンの咆哮が重なる。
ぐらりと巨体が傾く。
よし、なんとか重心は崩せた。
あとはオッサンの体重を利用してそのまま――、
その時だった。
「させるかあああああああああッ!! 」
オッサンの重低音ボイスが耳を叩いた。
思わず緩んだ拘束から、スルリと手首がぬけていく。
そして――事件は起こった。
ぎゅむりと、
その力強い握力で、
『俺の息子』が拘束された。
「アァ――――――ッ!! 」
「ぬううううううッ!! 」
割れるっ!
俺のゴールデンボールが割れてしまう!
このクソオヤジなんてことしてくれあがるうううううううううううううううううううううううううううう!?
もうやめて、息子のライフはゼロよ!
もげる!
俺のナニが、もげるッ!!
「ぎゃああああああ!? 」
俺の絶叫が木霊し、オッサンに押し倒される形で地面に後頭部をぶつけた。
視界が明滅する。
馬乗りになったオッサンの右手は未だガッチリと『俺の息子』様をホールドしている。
ヤバい、完全マウントをとられた。
オッサンは荒い呼吸でニヤリと俺を見下ろすと、残った左手をバキバキと鳴らしながら拳をつくる。
――ッまずい、あんな拳で殴られた日には俺の顔面はほぼ確で真っ赤なザクロになっちまうぞ!?
お茶の間の皆さんにお届けできない姿に――な、なんとかしなくては。
だが、少しでも抵抗する素振りを見せれば『俺の息子』がアーメンしてしまうだろう。
ぐぅ、まさに絶体絶命。
なにか、なんでもいい、突破口はないのか――!?
握った拳が今まさにふり下ろされる。
その瞬間だった。
「ヒャァッハーー、まだ人が残ってんじゃあねえか!! オイ、テメェらァ、大人しく金目の物と身包み――置い、て――……」
俺を救うモヒカンの『勇者』が降臨した。
「ぬ……、見つかってしまったか」(馬乗りになり荒い息でイチモツを握りしめるオッサン)
「たすけてヘルプ! 」(涙目で乱暴されている俺)
「…………」(無言で立ち尽くすモヒカン世紀末)
数秒の沈黙。
「あの、なんかすまねえな。俺、なにも見なかったから。楽しむなら奥のほうで、な?」
「「ぶち殺すぞ」」
気の毒そうに俺達を見下ろすモヒカン世紀末に俺とオッサンの声がハモった。