馬小屋の種馬
「くっさ!? 獣くせぇ!?」
なんぞこれ!
鼻がひん曲がる。
寝心地が悪い藁ベッドから慌てて起きあがると周囲を見回す。
と、
「ヒヒーン」
「――馬小屋、だとッ!?」
木でできた柵で区画ごとに仕切られた木造の小屋。
その中で数頭の馬が嘶いていた。
ぬぅっと横からでてきた馬面が『べろんちょ』と俺の顔面をひと舐めしてブルルルと訳のわからん鳴き声をあげる。
「……うぇ、汚ねえ……」
顔をぬぐった手にはネッチョリとした馬の唾液。
くんくん。
――、おぇ、馬臭え。
ゲロ吐きそうなんだけど……。
「ってか、マジで、どこよここ……? 何で俺、お馬さんたちと一つ屋根の下でラブラブランデヴーしてるわけさ」
たちこめる獣臭と理解不可能な状態に顔が引きつる。
えっと、確か。
晩飯の用意をしてたらインターホンが鳴って、とりあえずコンロの火を止めた所でドアが開いた。
そこまではいい。
――いや全然良くなはいが、とりあえず、いい。
その数秒後、いきなり押し入ってきた覆面レインコートにアイスピックで左目をズブリ……と、
「――っ、」
そうだ。
そうだ、そうだそうだそうだ!
「俺、確か目――」
痛みは皆無だ。が、やはり視界は狭い。
左目が完全に潰れているのは間違いない、はずだ。
俺のこの記憶が確かならば。
恐る恐る、震える手を伸ばしてみるとコツンと硬い感触が指先に触れた。なんだこれ、眼帯か?
――取れないんだけど。
縫い付けられてるかのごとくビクともしねえぞ。
「どっかに鏡とか……っと、あ? なんだこれ……手紙?」
さっきまで寝転がっていた藁の上。
気がつけば、そこには淡いピンク色の封筒が置かれていた。
周囲を確認するが、もちろんこの部屋にいるのは俺とお馬さんだけである。
はっ!――まさか、お馬さんからのラブレター!? 馬小屋で馬の種馬になってくださいってか?
想像してみる。
レッツシンキング。
ぽく、ぽく、ぽく、ち~ん!
……ん、あれ。案外悪くないかもしれない……。
心なしかさっき俺の顔面を舐めた馬がエロく見えてきたんだけど。
なにこれ、もしかして恋?
ここから種族を超えた禁断のラブが始まっちゃうの?
「ハッ!? マテマテマテマテ、俺今、危ない扉を開きかけたぞ」
冷静になって考えろ。
馬は手紙なんて書かないだろう、俺のバカっ!
まぁ怪しさ満点だが、とりあえず読んでみるか。
えーとなになに……。
『どもども、神です。
唐突な事態にきっとアナタは混乱していることでしょう。なので非常に分かりやすく簡潔にアナタの現在の状況を説明しちゃいます!(`・ω・´)
まず大前提として、アナタは一度死んでます。そりゃあもう脳みそグッチャの手足バキバキです。(´・ω・`)
ソレを踏まえたうえで、
1,そこはアナタが以前いた世界『地球』ではありません。アナタから見たら異世界、もしくはパラレルワールドということになります。
2,『イグラ』と呼ばれているその世界は、アナタが今まで生きてきた『地球』とはまったく別の理と概念によって構成されている世界です。
3,元の世界に帰還する方法はありません。
4,あぶりだし⇒
5,これは奇跡です。その世界で死ねば次はありません。神である私に絶大な感謝と敬意を抱きなさい。
以上。
上記の事を踏まえて面白おかしく第二の生を謳歌してください。もう死ぬなないでね? (`・ω・´)
嘲笑と冒涜をこめて
「無名の霧」ヨグ=ソトースより』
「…………」
――うん。
ツッコミどころ満載なんだが。
『PS.左目はサービスしといたよ! 感謝感激雨あられだね☆ これを読み終われば眼帯をとることができるようにしといたから、その目で確認してみればいいよ』
『この新世界を』
「なんだこれ……。神様だぁ? そんなの信じろってのかよ」
喉がカラカラになるのを感じながら、眼帯にそっと触れると、それまで微動だにしなかったはずのソレが僅かにずれた。
あれ、ひょっとしてマジで……?
そのまま震える手で強引に取っ払う。
「――嘘だろ、神様」
そこには、無くなった筈の世界が広がっていた。
潰れた筈の左目は当たり前のようにそこにあった。