”僕”の芽生え
最初、自分は暖かい小さな”欠片”だった。
トクン、トクン、と心臓のように音をたてる。
ぼんやりとした、塊だった。
《…………》
思考も、感情もなかった。
ただ、暖かいな、と。
ぼんやりと感じていた。
聞こえてきたのは、音。
ざわざわと、さわさわと。
複数人が話している声。
(楽しい!)
誰かの思考が、大きな感情が流れ込んできた。
多分、その時に頭があったのなら、自分の頭が力強く殴られたような衝撃だっただろう。
ドクン、と、大きく鼓動する。
《……タノ…シ……?》
わからなかった。
言葉の意味も。
この感情も。
なのに、理解できないのに。
感情はどんどん降ってくる。
避けられない隕石のように。
(楽しい!)
(楽しい!)
(楽しい!)
(もっと、喋り合っていたい!!)
ガツン、と、衝撃。
その度にドクン、と。
大きく、揺れる。
《…タ…ノシイ…》
《たのしい……》
《たのしい…!》
(もっと、遊びたい)
《…もっと…》
(もっと、一緒にいたい。遊んでほしい!)
《……もっと…ほし、い…》
《もっと、ほしい…!》
スポンジが水を吸うように。
肺が酸素を求めるように。
この大きな感情を求めた。
無意識に。
取り込めば取り込むほど、自分の存在は膨らんだ。
ぼんやりとした塊ではあったけど。
そして、”自分”が知らない内に、自分はどんどんと膨らんでいた。
身の内に巣食っていた。
”自分”は、なんとなく、気づいていたのかもしれない。
でも、その時にはもう。
自分は、大きく育っていた。
(………私の、中にいるアナタは誰?)
《…自分は、”僕”だ》
答えた。
自分が、はっきりした瞬間。
僕が生まれた瞬間。
名前はもう、決まっていた。
だって、この身体の名前をもらえばよかったから。
《僕は、僕だ》
僕の中にある、暖かい光。
この光がある限り。
僕は、きっと、”僕”でいられるんだろう。
この光こそ。
僕が生まれた、理由なのだから。