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小説竜~始動~

ガタガタとけたたましく音を上げながら一人、部屋の中でキーボードを叩く人間がいた。傍らには紙粘土で作られた二足歩行のトカゲのような生き物に翼を生やし、鮮やかな緑色で色付けされた置物が置かれている。瞳だけ曇った空のような灰色で色付けされ、ニスで光沢が出されていた。そのアーモンド形の瞳には人間が叩きあげた文章が写っている。その置物に命というものはなかったが、人間の打ち出すその文字列に素晴らしく興味を惹かれた。たった数行で意味を形成し、この世界ではありえないことを作り出していた。ある時は壮大な冒険へ、ある時は深い悲しみにおぼれ、ある時は仲間とともに旅をしたりと一つとして同じ世界は作られなかった。人間が置物のの視線に気づくと不思議そうな表情を浮かべながらくるりと置物の顔を文章とは反対側に向けた。その置物はむっとしたがその人間がその置物に形を与え、思考を植えてくれたので文句は言えない。置物は足元にあった紙粘土の塊を一掴み握るとぐにぐにと練り始めた。人間は文章を打ち出すのに集中していてまったく気づかない。

「向こうの世界に行けたらな…」

人間がぼそりと画面に向かって唐突につぶやいた。置物は冗談じゃないと思いつつ、ぐにぐにと練り続ける。

確かに向こうの世界は魅力的だ。中には僕のような竜がいたり、剣と魔法の世界が広がっていたりと十分読み手を引き付ける要素が多くある。でも僕がいたい世界はここなのだ。この書き手の人間のように僕もあの世界を作り出す側にいたいのだ。

置物は枕元に転がっている一本の棒切れを見つめた。今日こそはあれを作ろう。あの棒があれば僕だって文章を書けるのだから。

ふんと鼻息を荒げ、防水ニスのついた手で紙粘土をぐにぐにと練り続ける。棒のような形を作り、先を鋭くとがった歯で齧った。もちろん紙粘土なので繊維が出てきただけだった。だがその置物は根気よく先を鋭くし続ける。最後に赤く塗られた舌で軽く舐めてあげるとケバケバしたものが滑らかになっていった。

形を作って満足していると後ろでけたたましい音がやんだ。置物はハッとして人間に今作ったものを盗られないように小脇に挟んで固まった。

「あれ、鉛筆なんて作ったっけ?」

人間はひょいと竜の置物の脇から今しがたできたばかりの柔らかい紙粘土でできた鉛筆を取り上げた。竜があぁ!と声をあげそうになったが何とか押し殺した。そして人間は後ろのいろんなものが詰まったケースをガサガサと漁ると一本の小さく使い込まれた棒を竜の脇に押し込んだ。

「どうせなら本物のほうがいい」

うんと人間はうなずくとまた文章の世界に飛び立っていった。

竜の置物は人間が完全に文章の世界に入っていったのを確認するとしげしげと脇に挟んでくれた鉛筆を見つめた。黒い黒鉛は竜の腕の中でスラリと伸びた線を引き、黒い跡をつけた。尻尾を振りながら、黒鉛の硬さを確かめる。結構固いと竜の置物は思った。

HBだろうか、文字を書くにはちょうどいい。大きさも僕のサイズにぴったりだ。

うれしくなって竜は尻尾をちぎれるくらいに振り回し、人間に気づかれないよう静かにテーブルの上から降りた。そしてベットの下に隠しておいた紙の束を取り出す。必要なものはこれで全部。さて、何を書こうか?

竜はうつ伏せに寝転んで自慢の尻尾をゆらゆら揺らしながら考える。

冒険ものもいいな、竜が主人公のやつ。もちろんそれは僕。

カリカリと音を立てて大まかなストーリーを書き上げる。

そうだ、仲間がいないといけないね。

ちらりと人間のほうを見るとヘッドホンをつけて周りと隔絶されていた。人間は小説を書くときはいつもヘッドホンを付けて回りと隔絶されている。

あの人でいいか、と竜は「仲間ができる」とストーリーに加えた。

最初の敵は誰だろう?

大きな犬? 長い蛇? しなやかに走る猫?

いまいちインパクトが足りないと竜は頭を掻く。どうせなら実際にいない空想上の生き物がいいとも思った。なにかいいものはないかと部屋を見渡すと相変わらず人間はヘッドホンに阻まれてこちらの世界とは別の場所にいた。

そうだ、ヘッドホンお化けにしよう。あの人間の心を奪って僕に攻撃してくるんだ。

「ヘッドホンお化け登場!」と竜はストーリーの中に書き込む。

次はどうやって倒すかだ。ここでまた竜は頭を掻いた。物理的に壊すのはきっとあっというまだろう。コードを噛み切るだけでいい。でもそれじゃあ、ちっとも面白くない。竜は悩みながらカチカチと鉛筆を齧って先を尖らせた。

とりあえず何かヒントはないかと自慢の翼で飛びあがり人間が作った文章を後ろから覗き込んでみた。今日は竜の好きなぬいぐるみの話の続きを書いていた。でも、今はその話を読みたいわけじゃない。竜は冒険の話を書いていないとわかるとがっかりしてさっきまで書いていた紙のもとに戻っていった。カチカチ音を立てて鉛筆を噛んでいるとふと自分が自分でなくていいということを考え付いた。これは物語の中の自分であってこちら側の自分ではない。そして一番最初に「僕、召喚」と付け加えた時、紙粘土の竜は膨大なインスピレーションの塊に触れた。



目を開けると見慣れない薄暗い部屋にいた。上を見ると見たことのない文字が壁一面に描かれていた。背中の翼を動かして宙に浮きあがり出口を探す。階段らしきものの上から外からの光が僕を誘う。外に出ると一瞬目の前が真っ白になった。しばらくすると辺りの風景が見えてくる。青空が広がっており、遠くに白く大きな雲が浮いていてどこまでも広がる草原の真ん中にあるらしい神殿の中に僕はいた。

「よく来てくれたね」

視線を下げると一人の人間がいた。僕を造った人間に似ているが耳にピアスをつけているところを見ると僕の知っている人間ではないのだろう。

「思っていたより小さいもんだ」

ジロジロと僕の身体を見ると人間は頭を垂れた。

その人間曰く、僕は人間に魔王を倒すために呼び出されたのだという。とっても強い力を持った僕に助けを求めたんだという。その言葉に僕は誇らしげに胸を張った。でも僕は紙粘土だから物理的な力には弱いし、長い間濡れるわけにもいかない。

僕がそう言うと人間が俺も行くから気にしなくていいと言った。

「雨が降るときは俺が傘になろう。大きな力に対しては俺が盾になろう」

人間は僕にそういうとさらに頭を下げた。



ガリガリと音を立てて人間がキーボードを叩くよりも早く鉛筆が動く。

今なら僕はどんな世界の扉でも開けそうな気がする…と竜は文字を書きながら思った。頭の中で文章が映像として流れ込んでくるのだ。ヘッドホンお化けとのバトルに差し掛かると人間が苦しむ表情が鮮明に流れてくる。

ちょっと待ってね、今助けるから。

そう竜はつぶやくとガリガリと一気に書き上げる。

竜はヘッドホンが鳴らしてる音よりもはるかに大きい音を人間の耳元で叫んでやったのだ。

書き上げて竜はムフゥと満足げに息を吐き出した。人間を助けたことに竜は満足し、鉛筆をいったん置いて「こっち」の人間の状態を確認した。こうしてちょくちょく確認しないと「計画」に支障をきたす。

大丈夫、まだ向こう側にいる。

さてと…とまた鉛筆を持って書き出そうとすると何も出てこなかった。また鉛筆を噛んでどうにか書き出そうとするがどうしても書けなかった。息を吐き出したせいなのか集中力が切れたせいなのかインスピレーションの塊から手を放してしまったようだ。がっくりと肩を落として仕方ないと人間の書いている物語でも読もうとパソコンの横に飛び上った――もちろん鉛筆を持って。その時、ちょうど人間がこちらの世界に帰ってきて竜に気が付いた。しかし、瞬間的に竜は固まりいつもの紙粘土になった。尻尾の先から腕の先まで冷たい粘土の置物に戻った。

「見るかい、今出来たばかりなんだ」

そう言うと人間は竜を画面に浮かび上がった文字の羅列の前に置いた。ほんの数千文字の文章だけど竜からしたら素晴らしい物だった。人間は見てていいよと言いながら立ち上がると部屋から出て廊下を歩いて行ってしまった。

人間が部屋から一歩出るのと同時に竜は弾かれたパチンコ玉のように動き出す。あの人が帰ってくるまでに読み終えなくてはいけないと竜は鉛筆を放り出し、急いで画面をスクロールした。先も言ったようにたった数千文字の物語、だが竜の小さな脳ではどうしても処理するのに時間がかかってしまう。マウスを近くに持ってきて尻尾でスクロールする。いちいちマウスのところまで行く時間がもったいないと感じたからである。

その物語は涙を流すような物語ではなかったけど、竜は心が温かくなるのをしっかりと感じた。そして一文字一文字が竜の心に響き、共振を起こして思考を揺らした。最後の一行を読み終えると今すぐにでも鉛筆をもって紙に書き上げたい衝動に駆られていた。

でも今はだめだ。あの人が帰ってくるまでの辛抱だ。

竜は決してその感覚を忘れないように何度も何度も人間が帰ってくるまでの間ぬいぐるみの物語を読み返した。四回目を読もうかと画面をスクロールしたとこでペタペタと素足の人間が歩いてくる足音が聞こえてきた。竜は近くに置いたマウスを元の場所に蹴っ飛ばすと鉛筆を持ち上げ最初の状態で固まった。

「どうだい、気に入ったかい?」

素晴らしいよと竜は心の中で呟いた。人間は竜を退けると温かいミルクティーを竜がいた場所に置き、そしてヘッドホンを耳につけるとまた「あっち」の世界に飛んでいった。

完全に飛んでいったのを確認してから気づかれないようにテーブルから降りてこちらも「あっち」に飛ぼうと紙の前に座り込む。

えっと、どこまで書いたんだっけ?

竜はのんびりと一行目から順に目で追っていく。

そうか、ヘッドホンお化けを倒そうとしていたんだ!

竜は嬉々として鉛筆を持つ手に力を加えると鉛筆の芯が砕けるのもお構いなしに書き続けた。短くなるとガジガジと噛んで鋭くした。紙粘土のように毛羽立ったりしないけどはるかに硬い木に少々手こずった。ただ、その作業も竜にとってはインスピレーションを生み出す行動の一つであり、無くてはならないものだった。一つ一つの行動が、考えることが、竜の頭の中に小さい世界を作り出していった。その世界は人間が考えるような壮大なものではなく、拙いものだ。でも世界観を見たら大きく広がる幅を持っている。まだまだ、たくさんの世界につながる可能性がある。

竜は書く手を止めて頭を掻いた。さて、ヘッドホンお化けを倒してどうすればいいのだろうかと頭を悩ませていた。しばらくバトルとは無縁なのんびりした旅をさせたいと竜は思っているが、最初からそんなのんびりで世界を救えるのだろうかとも思っていた。

助け船を求めて人間のほうを見ると音楽を聴きながら優雅にティータイムを楽しんでいた。パソコンは点いているがまっさらな白紙だった。

これ以上動くのは危険だと判断するとハァー、と竜は息を吐き出し、紙をベッドの下に戻してしっかりと鉛筆を脇に挟んだ。そして竜は人間の視線の外から元の位置に戻って固まった。

今日はもうあの人に小説を書く気はないらしい。

それがわかるとハァー、とまた息を吐き出した。

わかってる、そこまで急ぐ必要のないことくらい。でも、一度手放してしまったインスピレーションはそう簡単に戻って来ない。だからできることなら今日中に行けるとこまで進めておきたかった。

竜はベッドの下に隠してある紙を見つめた。

いつまでに書き上げようか?

出来ることなら横で鼻歌を歌っているこの人の誕生日に間に合うように。僕からの誕生日プレゼントが出来るように。いつも僕のために物語を打ってくれるお礼に。その時、ついでに僕が動けることを教えてあげよう。

竜が人間の横顔を眺めていると目が合った。瞬時に竜は体を固くし、あらぬ方向に首を曲げた。

「あれ、首こっちだったっけ?」

竜はしまったと声には出さずに唸った。いつも向くのは左で今向いてるのは右だった。竜は苦虫を噛みしめたような顔をして気付かないで、と念じる。

「ま、いっか」

竜はほっと一息つくとそれでいいのかと人間の大らかさに呆れもしたが、それで助かったので深くは考えないようにした。人間が着替えを終え、天井から伸びた紐を引っ張ると部屋が真っ暗になった。

「おやすみ、また明日」

さらりと人間は竜の頭を撫でた。竜はこの人間のこういうところが好きだった。明らかに意思がないと思っている物にも寝る前にちゃんと声をかけてくれる。竜もお返しにまた明日と口だけ形を作って尻尾を振りちゃんと首を左に曲げた。

竜にも人間にも間もなく夢の波が押し寄せてきた。人間は夢の中で小説のヒントを探していた。竜は自分の体が紙粘土ではなく、しっかりと固い鱗で覆われている夢を見ていた。大空を飛んで人間の住む街を見下ろして紅蓮の炎を吐いている。もちろん、街を攻撃しているわけじゃない。街に襲い掛かろうとしていた魔物に…だ。黒い靄のかかった生物は竜に手を伸ばして翼を掴み、空から引き摺り下ろそうとする。

竜は必死になって翼をバタつかせるが上手いこと体が浮かばない。間もなく地面にぶつかった。

「忌々しい竜を殲滅せよ!」

誰かが叫んだ。竜は唸り、その声の主を探す。首をもたげ、辺りを見渡すと人の群れが駆けてきた。どういうことだ、なぜ僕に向かって矢を放つ?

僕は君たち人間を守ろうとしているんだぞ!

竜は叫び、飛んできた矢を紅蓮の炎で灰にした。

「やってしまえ、○○○○!」

なんて言ったのか聞き取れなかった。少なくとも竜の言語にはない発音だったということはわかる。そして僕に友好的なものに向かって叫んだわけじゃないことも。

黒い生き物が竜に向かって真っ黒いタールのような粘度の高い液体を飛ばしてきた。竜はそいつに抑えつけられたまま炎を放つ。黒い液体はあっという間に蒸発して無くなった。竜は人間たちを睨むとどういうことだと叫んだ。

しかし、誰一人として竜の言葉に耳を傾ける者などいなかった。するとローブを纏った人間が先頭に出てくると大きな黒い宝石のついた杖を掲げ叫んだ。

「さぁ、我が化身よ、憎き竜を始末せよ!」

黒い靄が竜の視界を覆う。竜はもがき、あたり一帯を燃やさんと地面に向かって炎を吐きだした。しかし、靄の中に炎は消えていくばかりで何も燃やしはしなかった。

黒い手が翼を離し、一本の槍に変る。そして、翼の皮膜を貫くと地面に刺さり楔に変わった。靄が晴れ人間たちの顔が間近に見えた。目の前には竜を召還した人間が捕らえられていた。

「さぁ、今こそ、この世界から竜を抹殺するのだ。やれ!」

召還者に斧が振り下ろされた。竜は見ていられないと目を閉じ、夢なら覚めろと心の中で叫んだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あああぁ!」

びくっと竜は翼を震わせ、夢の世界から追い出された。叫びの元凶であるであろうベッドで寝ているはずの人間を見た。見ると脂汗を額に浮かべて息を荒くしている。とりあえず汗を拭こうと急いでタオルを持ってきて顔の周りの汗を拭いてあげた。寝巻の中にも潜りこみ、上半身だけ軽く拭きそのまま出てきた。そして自分は乾いた新しいタオルの上でゴロゴロと転がり水分を拭きとった。いくら防水ニスが塗ってあるといっても紙粘土。水分を長いこと付けてはいられない。タオルを洗濯機の中に放り込んで戻ってみるといつも通りの寝姿で寝ていた。竜は腰に手を当てて疲れたとでも言いたげにがっくりと項垂れた。

気が付くとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。雀が鳴いてやっと朝が来たことを告げる。人間が起きるにはまだ早い。でも竜にとってはこの時間の空気がとても好きだった。窓に掛けられた鍵を外して少しだけ開けた。すると朝日に照らされた木々たちが騒めいてサワサワ葉を揺らした。すぅと鼻を広げて空気を吸い込むと冷たくまだ温まり切っていない空気が体を駆け巡り頭が冴えわたる。目の前に一羽の雀が止まった。ピチュピチュ楽しそうに竜に話しかけてくる。

ひとしきり聞いて雀が飛び立つとさぁ、今日もまた小説を書こうと思った。腕をぐっと天に伸ばして何とか明後日までには終わらせようと竜は息巻き空を見上げた。雲はない。今日は晴れだ。湿度も風もいたって良好。降水確率10%。

腰に手を当て息を大きく吸い、吐き出した。


本日は気持ちいい一日となるでしょう。


なんて天気予報の真似事をしてカメラがあることを想像しながら指を一本立ててみた。ついでにブンと音を立てて尻尾を振った。

よし。とうなずいて鉛筆を持つ手に力を入れる。窓を閉めて元の位置に戻っていくと何かが空をひゅんと横切った。

竜のイメージは西洋系でお願いします。

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