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一味と七味

作者: 有宮休一

 唐辛子というものが日本に伝わって、しばらく経った頃のことである。

山と海に挟まれて稲作がままにならないが、唐辛子の栽培には適した二つの村が並んであった。

二つの村は、かつてはいさかいを起こすことはめったになかったが、唐辛子が重要な産品になるに従って度々、けんかを起すようになり、その果てには鎌やなたを手にするまでになった。


そもそもその原因というのが、実にささやかなことで呆れるものであった。

それは香辛料として、一味がいいか、七味がいいか、という意見の相違である。

そしていつのまにか、村の名前まで一味村と七味村と名付けて対立するようになった。

一味村の言い分は、唐辛子に他の山椒や麻の実などを入れるのはもってのほかで、ピリッと辛いのをそのまま味わうのが本来あるべき姿であるという考えで、村から東の方面に出荷していた。

一方の七味村の言い分は、唐辛子が伝わる前から使われていた香辛料を少し混ぜることによって、辛さがすこし柔らかくなり、これこそがどんなものにも会うものだという柔軟な考えで、村から西の方面に出荷していた。


ある時、一味村の倉庫に保管してあった唐辛子が大量に盗まれるという事件が起こった。

夜中に倉庫が叩き壊されたもので、数人の足跡が七味村のほうに続いていたからおだやかではなくなった。

次の日の夜、今度は七味村の倉庫が狙われて、大量の唐辛子が盗まれるという事態に発展した。

それからというもの、血気盛んな若い衆が、一戦に及び、双方ともに十数人の犠牲者を出した。

このままでは、両方ともに共倒れになると思った一味村の名主が、七味村の名主に使者を送った。

それは、村境の川の上流にある山寺の和尚に妙案を求め、双方ともにそれに従うという提案であった。

一味村には通称東ノ寺、七味村には西ノ寺があって、ほとんどの村びとはその門徒であったが、その山寺は、両方の村人とは利害に関係のない立場であったので公平な助言が期待できた。

七味村の名主もその提案を受け入れ、両方の名主の名代が揃って、山寺を訪ねることになった。


あらかじめ仲裁の依頼を聞いていた和尚は、二人の名代を前に語り始めた。

「一味も七味も、使う人が好みに応じて選択してもらえばいいことくらい、お主たちにも分かるじゃろ。だが、自分に都合のいい主張をすれば、相手の言うことが意にそぐわずにいさかいになる。そうじゃな?」

「その通りでございます」

「わしもな、寝ずに三日三晩考えた。まずは一味と七味にこだわらないように今後は一味も七味も売ってはならん」

「そ、それでは村が成り立ちません」

「そこでじゃ、一味と七味を混ぜ合わせて売ればいいんじゃ。一と七じゃから、足して割るといくつじゃ?」

名代は指を折りながら数えて、「四でございます」と額の汗を拭きながら答えた。

「そうじゃな、だから四味しみと云いたいところじゃが、四は縁起が悪いので一つ足して五味ごみとする」

「なるほど~、で、あと一つは何を入れますんで?」

「この村のもう一つの名産は干し魚じゃからそれを細かく粉にして混ぜるとよかろう」



二人の名代は和尚に言われたことを名主に伝えた。

和尚の言う事に、一味村の一部には異論があったが、結局は従うことに落ち着いた。

そして、両方の村では、互いのものを等分に混ぜた上に、干し魚を粉にしたものを一割混ぜることにし、五味という名で売りに出すことにした。

すると、干し魚の味が雑炊にもうどんやそばにもよく合って、売れに売れて注文がどんどん入るようになった。

そして、一味村の名主が亡くなった機会に、一味村と七味村を統合して五味村という名前に変更することになった。村びとはだれも裕福になっていたので、それに反対するものは誰もいなかった。

ただ、東ノ寺と西ノ寺だけは以前と同じように存在し、平穏な村の繁栄とは逆にお参りに行く者は減っていった。


 五味村の名主は、山寺の和尚のところに名主就任の挨拶と商売繁盛のお礼に行った。

「和尚のおかげで、いさかいはなくなり、村人はみな裕福な暮らしになりました。それで、寺への寄進としてこれをお受け取りください」と千両箱を持ってきた。

「そうか、それは無下に断るわけにもいかんな。仏に代わって礼を申す」

「そこで和尚、ひとつ相談があるんじゃが」

「なんでござるかな?」

「この近在では、五味が一般的になってまいりましたが、江戸や大坂ではまだ、七味や一味が大多数でして、なんとか半分以上を占めるようになりたいのですが、どうしたらよいかという相談でござる」

「そうじゃのう、だがあまり欲をだすとしっぺ返しが来るから、ほどほどにしておいたらどうじゃ?」

「もし、江戸でも大阪でも半分以上五味が使われるようになりましたら、二千両お持ちします」

「ん~ん……」

「それに、この山寺にくる途中の木の橋をしっかりした石の橋にして、崩れかかった木の階段も立派な石段にするということでいかがでございましょう?」

「そうかそうか、それでは、ゆきずりの者から聞いたということにしていただけるかな」

「はい、そういうことでよろしくお願い致します」

「では、大阪と江戸にうどん屋とそば屋をいくつも出して、他の店よりお値打ちな値段で売るんじゃ、そしてそこでは五味しか使わないようにする。これを数年も続ければ、いいじゃろ」

「なるほど~、直接店を出すことは考えもしませんでした」と五味村の名主はほくほくして帰っていった。



それから5年後、山寺の本堂は新しく再建され、立派な石橋と石段も出来上がった。

そしてある月夜のし~んと寝静まった頃、黒ずくめの野盗が五味村を竜巻のように襲った。

名主も和尚も命と財産を奪いとられ、生き残った者たちは、以前のように一味村と七味村に戻すことにした。

するとまたいざこざが復活し、東ノ寺でも西ノ寺でもよく葬儀が行われるようになった。



                                                    <完>


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