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イケメンプリンスはマザコンらしい(下)

お待たせしました。リクエストにお応えして。

 モップを引っ繰り返した柄でもって、ガリガリと地面に異世界召喚(とりよせ)のための魔法陣を描く。


 規則的な四角形で区切られたそれを少し離れたところから見て、感心したように軽く目を瞠るシオン。


「変わってますね。魔法陣って丸と三角を組み合わせたものだと思っていましたけど」

「まあね。これは正確には『魔法陣』じゃなくて『魔()陣』じゃないかって、前に侯爵が言ってたわね。多分、異世界ではこちらの世界よりも『(ことわり)の力』が強いんじゃないかしら。――実際、あちらの世界には魔力がないみたいだし、だからこうした規則性を重んじた図形のほうがコンタクトしやすい……ってのも、全部侯爵の受け売りだけどね」

「ははぁ、なるほど」


 わかるようなわからないような、微妙な表情で首肯するシオン。

 そうした反応は半ば予想していたので――というか、自分の能力とはいえ感覚で行っていることなので、深く突っ込まれても答えようがないため、曖昧に誤魔化せたことに内心でほっと安堵しながらドーラは、描き上げた魔方陣を見回して、間違いがないのを確認し『うん』と大きく頷いた。


「よしっ。問題ないわね。さっさと済ませましょう。猿鬼(エイプ・ゴブリン)が森から出てきて、魔法陣を消したり石を投げたりして邪魔しないうちに」


 ちなみに猿鬼(エイプ・ゴブリン)というのは、ここ闇の森(テネブラエ・ネムス)の比較的浅い場所――人里近くに住むチンパンジーほどの大きさの小鬼(ゴブリン)の亜種である。

 普通の小鬼(ゴブリン)と違って木の上で生活していて、ちょくちょくここ黄昏の街(クネパス・ウルプス)に出没してはモノを盗んだり、悪戯をしては人を驚かせて喜ぶ、さほど強くはない代わりに性質の悪いモンスターであった。


 森の中から聞こえてくる『キーキーッ』という吼え声に、これまで何度も煮え湯を呑まされて来たドーラは、藍色の髪から覗く副耳を神経質にぱたぱた動かせ、いささか性急な動作で魔法陣の中央に立ち、両手を地面に向けて意識を集中しはじめた。


「“Scan”――“Access”」

 ほのかに光りだした魔法陣から、なにかが――まるで水面越しに見るように影を滲ませ、徐々にその輪郭を鮮明にする。

「“Conjecture”――“Summon”!」


 いよいよ実体として姿を現そうとしていたそれ――孫の成人祝い用にとドゥーヴル爺が注文していた《清酒》の樽――を見て、シオンが「へえ、本当に通常の召喚とは違うんだな……」と、えらく感動した様子で、いまだ集中を切らさないドーラの真剣な顔を見返した――刹那、その頭部が真っ赤な飛沫とともに爆ぜた。


「な――っ?!」

「ぬわあああああっ――こなくそッ!!」


 愕然と背中の超長剣の柄へ手を掛けるシオン。

 そして当のドーラといえば、タタラを踏んだ姿勢から根性で持ち直して、最後のひと踏ん張りで異世界召喚をやり遂げたのだった。


 ドンッ!! と地面に降り立った樽酒に異常がないのを確認したところで、ドーラは精根尽き果てた……という様子で地面に座り込む。


「だ…大丈夫ですか……?! いますぐ治癒します!」


 血相を変えて駆け寄ってきたシオンの右手に治癒術特有の光が宿っているのを目の端で捉えながら、ドーラは何でもないという風に片手を上げ、もう片手で頭からどろりと流れる赤い液体を拭った。


「大丈夫よ。……あいつらに熟したカーミの実をぶつけられただけだから」

 忌々しげに指差す方向を見てみれば、すぐ傍の森の木々に隠れて毛深くて両腕が長い猿鬼(エイプ・ゴブリン)たちが、してやったりという顔で握り拳ほどの完熟したカーミの実(赤い果実で通常は渋くて食べられない)を抱えながら、ゲラゲラ笑っている。

「……あん畜生。危うく今日の召喚(とりよせ)を失敗するところだったじゃない!」


 さらに調子に乗ってカーミの実を投げてくる猿鬼(エイプ・ゴブリン)たち。

 完熟した実はちょっと触っただけでも破裂するので、下手に触ることができない。必死に躱しながら、ドーラはエプロンのポケットから護身用 《エアガン》を一挺取り出して、高い木の梢にいる猿鬼(エイプ・ゴブリン)に向けてバラバラと白い弾丸をお見舞いする。


「喰らえ、環境に優しいバイオBB弾ッ!!」


 意外なほどの威力で発射される弾に当たって――またはその発射音に驚いて、何匹かの猿鬼(エイプ・ゴブリン)がその場から遁走するが、反撃されて逆に対抗心を燃やしたものか、残った大多数の猿鬼(エイプ・ゴブリン)たちは、『キーキー!!』威嚇の声をあげながらカーミの実を千切っては投げてきた。


「こ、このォ! あー、腹たつ! こんなことならガスガンじゃなくて電動ガンにしておけば――」

 多勢に無勢でドーラが歯噛みした瞬間、『スパーン!』と軽い音と共に周囲にいた猿鬼(エイプ・ゴブリン)たちが、一斉に真っ二つに斬り裂かれた。

「なっ……!?」


 唖然としていると、背後から『チン』という鍔鳴りの音がして振り返って見れば、いつの間に抜いたのか大人の背丈ほどもある黄金色に輝く長剣をひと薙ぎしたシオンが、何事もなかったかのような顔でそれ背中の鞘に収めるところだった。


 どうやら彼が猿鬼(エイプ・ゴブリン)を一掃したようだが、見たところ猿鬼(エイプ・ゴブリン)以外に真っ二つにされているものは木の葉一枚ない。

 手練の技なのか、何らかの魔法を併用しているのか、あの剣の力なのかは異世界召喚術以外、まるっきり魔法の適性のないドーラには理解できなかった。


 どさどさと木の上から果実のように地面に墜ちる猿鬼(エイプ・ゴブリン)の死骸。

 はっと我に返ったドーラは、エアガンを仕舞って、代わりにもともと手にしていたモップを両手で握って、思いっきりシオンの脳天目掛けて振り下ろした。


「ちょっ――ちょっと、何をするんですか?!」

 慌てて避けるシオン。


「何をするっていうのはこっちの台詞よ! なにいきなり殺してるのよ、あんたは!!」

「……はあっ? で、ですが実際先に手を出してきたのは相手の方からですし、ドーラさんも怒っていたのでは?」

「そりゃ怒ったわよ! だけど、あんなの他愛ない悪戯でしょうが。命を取るほどのことじゃないわ!」


 くるりと先端を上に向けたモップの柄を地面に叩き付けて憤慨するドーラ。一方的に罵られたシオンは、頭ひとつ半も小さな少女の剣幕にタジタジとなる。


「そりゃ命が掛かってるっていうなら仕方ないわ。だけどあんたのはやり過ぎ! 命を無闇と粗末にするんじゃないわよ!! わかった!?」

「………」


 呆然としながらも、こくこくと素直な態度で首肯するシオン。


「よしっ、わかればよろしい!」

 莞爾(かんじ)と笑うドーラ。

 勢いに押される形でつられて頷いたシオンであったが、程なく……硬かったその表情が柔らかくほどけた。


「ふふふっ。ドーラさんはとても魅力的な女性ですね」


 ただでさえ超絶美形顔である。それがまじりっけなしの好意とともにそんな甘い言葉を口に出したのだから、両手で樽を抱えて「どっこいしょ」と親父臭く持ち上げようとしたドーラは、思いっきり腰砕けになった。その姿勢のまま耳まで赤くなって固まってしまう。

「……なっ、なっ、なっ……」


 パクパクと酸欠の金魚のように声にならない声を漏らすドーラの様子を見て、何を勘違いしたのか、

「ああ、すみません。女性がこんな重い荷物を持とうとしているのに」

 慌ててシオンは彼女の手から樽酒を奪い取り、片手で軽々と持ち上げた。


「さて、これをお店の方へ運べばいいんですか?」

「う~~~っ(この笑顔は反則よ! 最終兵器よ!)。……じゃあカウンターの裏側までお願い」

「承知しました」


 赤くなった顔のままそう言うと、自覚があるのか天然なのか、再び邪気のない笑みと共にシオンは先に立って歩き出した。


(落ち着けあたし。相手はお客で単なる世間知らずなんだから、朝っぱら変な気になるな)

 とはいえ、先ほどの言葉は到底冗談とは思えない。

 もしかして惚れられたんじゃね? と図らずも勘繰ってしまうドーラであった。


「それにしても、先ほどのドーラさんの言葉は胸に刺さりました」

 ドーラの煩悶を他所に、のんびりとした足取りで前を歩きながら、感に堪えない……という口調で、シオンは会話を続ける。

「『命を粗末にするな』――まったくその通りですね。俺はいつの間にか無頓着になっていたようです。本当にドーラさんは素敵な人です」


 蒸し返されて「うわわわわわっ」背後で照れまくるドーラ。


「なにしろ俺の母と同じ事を言うんですから!」

「……わわ…わ?」

「『命を大切にしろ。取り返しがつかないんだからね!』いつもひゆ…母が口を酸っぱくして言っていた言葉です」

「……へー」

「頭では理解していたつもりですけど、本当の意味では実感していなかったのですね」

「……ふぅん」

「そのことを教えていただいた。ドーラさんは母に次いで立派な人だと思います」

「……そりゃどーも」

「ここに来てよかったですよ、本当に」

「………」


 適当に相槌を打つのも面倒になって、半眼のドーラは無言のままそっと視線を、このやたら香ばしい王子様の背中から外した。


「思ったんですけど、大切なのは心ですよね。心の篭ったプレゼントなら母も喜ぶと思うんです。店に戻ったら改めて母に似合いそうなものを選んで、プレゼントしたいと思うんです。『心からの愛を込めて』とメッセージカードを添えて」


 もはや一人語りになってきたシオンの言葉を右から左へと流しながら、『闇の森(テネブラエ・ネムス)』という名前とは裏腹に、よく晴れた空を見上げて大きくため息をつく。すでにときめきは数千里の彼方へと飛び去った。


(――さて、どうせ夕方になったら酔っ払いが集まってくるんだろうから、適当なつまみでも見繕っておかないと)

 空は快晴。絶好の商売日和であった。


     ◆◇◆


 翌週、闇の森(テネブラエ・ネムス)の中心部に居を構える巨大な城――一般的に『魔皇城』の名で知られるが、そのイメージと違って、まるで磨いた硝子と宝石とで造られたかのような優美かつ絢爛たる姿をした――『星瑠璃離宮スター・ラピス・パレス』の自室にて。


「う~~む。これを着ろということなんだろうか? もしかして変な趣味に目覚めた……?」


 愛しい養い子からメッセージカード付きで贈られた、誕生日プレゼントの《セーラー服》を前にして、魔皇その人が思いっきり悩んでいた。

いちおう次回で最終話の予定です。

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