イケメンプリンスはマザコンらしい(中)
大変お待たせした上にまだ続きます(><)
「……女性が喜ぶようなプレゼントねえ。人それぞれだと思うけど」
翌朝、起きると『ティーパック』のお茶が淹れられたカップの脇に、鍋で炊かれた『無洗米』がドンブリでよそられ、隣には刻んだ香草と『トロロ昆布』でひと手間加えられた『インスタントお味噌汁』が湯気を立て、小鉢には『サバの水煮缶』を使ったマヨネーズ和えが、そしてカウンターの中では慣れた手つきで、シオンが目玉焼きを引っ繰り返していた。
ほとんどが店の商品だけれど、またもや気前よく金貨を並べられたので、ドーラとしては文句を言う筋合いはなく、無言のまま電卓と帳面を取り出して『ボールペン』で書き込みを始めた。
「基本的にあまり物欲はない……と言うか、いまさら必要としているものが見当も付かないんですよね。――よっと、できました。両面焼きでいいんですか?」
「あー。あたし表面がカリカリしてるのが好きだから」
ペンを置いたドーラは、カウンター越しに皿によそられた目玉焼きをありがたく受け取って、豪快にケチャップをかけた。
「いや~~っ、誰かに朝御飯を作ってもらうなんて久しぶりだわ。しかも和食だし」
ホクホク顔で割り箸を割って、「いただきま~す♪」と箸をつける。
――イケメンだし、気前もいいし、性格もいいし、料理までできるなんて超優良物件よねー。
「これでマザコンでなければ……」
「はい? 大根が何かしましたか?」
ご飯と一緒に飲み込んだドーラの呟きが聞こえたようで、自分の分の皿を持ったまま、隣の席に座ったシオンが不思議そうに首を捻った。
「……あー、なんでもない。インスタントだと大根のお味噌汁がなくて、味気ないわねーって思っただけよ」
「ああ、そうですね。まあ贅沢は言えませんよ。食べられるだけでもありがたいですから」
にっこり笑って、「いただきます」と両手を合わせてから、目玉焼き(片面焼き)にソースをかけて、これまた慣れた箸使いで、パクパクご飯を食べ始めるシオン。
なにげにご飯の炊き方や箸の使い方が様になっているところを見ると、ひょっとして諸島連合あたりの出身なのかも知れないなぁ、と漠然とドーラはあたりを付けた。
直接訊いてみたい気もしたが、他人の素性を詮索しないのがこの街『黄昏の街』の流儀なので、あえて尋ねるような真似はしない。
――まっ、あたしだって、他人から聞かれたくないしね。
「うん、なかなか美味しいですね。ひゆ……母が作ったご飯には到底及ばないですけど」
――にしても、徹頭徹尾ブレないわね。下手に身の上話とか聞いたら、とんでもない地雷を踏む予感がひしひしとするわ。これはあたしの精神の安定の為にも深く突っ込まずに、この王子様とはビジネス上の関係のまま終わったほうが、お互いに幸せな気がするわね。
別な理由から必要以上に詮索する危険性を感じて、無言のまま朝御飯を胃に収めるのだった。
で、朝からドンブリ飯をおかわりして、改めて煎れ直してくれたお茶を飲みながら、カウンターで汚れた食器の後片付けしてくれているシオンの様子を、すっかり緩みきった雰囲気で眺めながら、ドーラは先ほどの質問をもう一回確認してみた。
「そもそも本人に何が欲しいか聞いてみたわけ?」
「いえ、実は来週はひゆ……いえ、母の誕生日というか、本人いわく『再誕してこの世界に渡来した記念日』とかで、国内はもとより大陸中の主だった皇帝、国王、大統領、総統、書記長、法皇、最高指導者等々から様々なプレゼントを贈られているのです。ですが、どうも毎回あまり本人は嬉しくないようでして、以前彼女がオリア……ええと、友人のとある女性と、『こういう形だけの贈り物を貰っても正直いらない』というような話しをしていたのを小耳に挟んだものですから、それならば貰って嬉しいようなモノを、なんとか喜んでもらえるような贈り物をできないかと思ったのです。――ちなみにその『異世界の物品を何でも召喚できる』というドーラさんなら、何が一番欲しいですか?」
「現金ッ」
ドーラが即答すると、シオンは「はははっ……」と力なく笑って、洗った食器を布巾で拭き始めた。
その様子を見ながら、ドーラは素早く頭の中で算盤を弾いた。
(まああたしの答えは即物的だとは思うけど、彼の話によれば――さすがに話半分だと思うけど、金銀財宝世界中の名品珍品より取り見取りな身分の相手なわけだから、単純に高価な贈り物とか、珍しい物とかでは有り難味がないってわけね)
「……だからあたしのところに来たわけね。この世界にない、異世界のモノを召喚られる」
大いに納得したところで、洗い物を終えたシオンが自前らしい上等なシルクのスカーフで手を拭い、拭い終えたスカーフを無造作にゴミ箱に捨て、カウンターから戻ってきた。
――後で拾っておこう。
そう狡すっからく計算しながら、ドーラはカップに残ったお茶を一気に飲み干す。
「とは言っても、あたしの召喚って明確なイメージか、曖昧検索としても、せめて『こういうモノが欲しい』って基準がないと無理だからね。あと生きているものも無理。金貨とか宝石とかでも、一日に一個が限界だから、効率を考えたらあまりお奨めはできないわね」
「ああ、そういうものは不要です。……正直、財産も地位も権力も名声も腐るほど持っているもので」
何のてらいもない淡々と事実を物語る天上人発言に、平静を装いながらもカップを握る手に軽く力がこもる。
悪い人間じゃないんだけど、身分の高い人間にありがちな無神経さが鼻につく……という奴だろう。
「そもそも彼女はちょっと……かなり変わってますから、値段や価値に関係なく“自分の意表を突いた”ものを贈られたら喜ぶと思うんですよ」
「まあ、プレゼントってそういうもんでしょう」
「いえ、そういうのともまた微妙に違っていて……」
隣の席に座ったシオンが微妙な表情で、言葉を選びながらトツトツと付け加えてきた。
「――実は彼女には昔から多数の縁談が持ち込まれているのですけれど」
「? なにそれ。あんたの母親でしょう? 亭主は……ああ、もしかして――」
悪いことを聞いたかな、とばつの悪い思いで彼の秀麗な顔を横目で窺うドーラであったが、当人は意外なほどさっぱりした顔で首を横に振った。
「いえ。父はもともといません。俺は捨て子だったところを拾われて育てていただいたので、ひゆ…母と血の繋がりはなく、母も未婚を貫いていますので」
なるほどねえ、そういうことか。
いろいろと腑に落ちた顔でドーラは大きく頷いていた。同時に、このどこか世間ズレした王子様にも親近感めいたものを感じた。
彼女自身もこの世に血の繋がった家族を持たない身の上である。彼の気持ちが少しはわかるし、だからといって変に拗ねたり歪んだりしていないのも好感が持てる。
よほど育ての親だという女性が出来た人なのだろう――話を聞く限り変人っぽいけど――そう思いながら、ドーラは視線でシオンに話の続きを促した。
「かなりの身分の方や、俺から見ても申し分のない相手もいるのですが、毎回、無理難題やあり得ないようなプレゼントを要求しては『月のお姫様になった気分だねぇ』と悦に入っている始末でして」
ちなみに要求したプレゼントの内容の一例を挙げたところ、「うろ覚えですが」と前置きをして、「七つ集めるとどんな願いも叶えられる玉」「海の悪魔の化身と言われる果実」「超人ロックのシリーズ全巻を初回本で」という無茶を通り越した、なぜか理由はわからないが聞いた者が誰しも絶対無理ッ!!――と本能で絶叫したくなるような内容だった。
「……そういう相手にプレゼントねえ。確かに難題だわ」
嘆息しながら立ち上がったドーラを怪訝そうに見るシオン。
「お出かけですか?」
「外出っていうか、今日の仕入れね。悪いけど先約があるので、今日の分の召喚は別のものになるわよ」
「構いません。どうせこちらから提示できるような条件はありませんし。……ああ、せっかくなので召喚魔術を見せていただけませんか?」
「いいけど、店の裏手でやるから、森に近い分、ちょっと危険かも知れないわよ?」
「大丈夫です」
そういって壁に立てかけてあった、やたら長い剣を取って背中に負う。
ドーラも掃除用具が入ったロッカーから、特製の戦闘用モップを取り出して握った。
「――さあ、それでは参りましょうか」
自然な態度でドアを開けてエスコートしてくれるシオンの手馴れた仕草と、朝の日差しの下で見る神秘的なオッドアイをはじめとする美貌に顔を赤らめつつ、「ありがとう」と一声礼を言って、ドーラは店の外へと足を踏み出した。
次回でシオン編は終了の予定です。