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イケメンプリンスはマザコンらしい(上)

2話は上下2話に分けての更新となりました。

 魔皇――もっとも、その実体を見た者はほとんどいないが――が居城を構えると言われる広大な大樹海。

 大陸最大の森であり、広大な大陸の半分を占めるとさえ言われる人跡未踏の大地『闇の森(テネブラエ・ネムス)』。

 手付かずの自然と豊富な資源が眠るこの森には、富と栄光、恐怖と死とが等価に待ち構えて、日々欲と野心にまみれた人間達を飲み込んでいるのだった。


 そんな森の手前に拓けた小さな町がある。


 闇の森を制覇しようという開拓者や冒険者が、最後に立ち寄る(一応の)文明世界。

 また、人間族の文化・風習に興味のある非人間種族がしばしば訪れ、または住み着く人と魔が共存する町――『黄昏の街(クネパス・ウルプス)』。


 かつての『神魔聖戦(フィーニス・ジハード)』により(聞くところによれば魔皇が神様に勝ったらしい)、人間と魔族との垣根も随分と低くなったと言われているが、それでも魔物は恐怖の対象であり、人間にとっては畏怖すべき隣人である。


 そんな魔族と人間とが渾然となって暮らすこの町には、大陸のどこにもない変わった店があった。

 吹けば飛ぶような小さな店ながら、他にはない品揃えで一線を画すこの店の名は『異世界雑貨・食品店ドーラ』。

 その看板どおり、店主である15歳の少女ドーラ・アヴァロン(種族不明)が、異世界から召喚する(非生物限定)商品で成り立つという、この地の混沌極まれり……とでも言うべき、知る人ぞ知る(所謂(いわゆる)マイナーメジャー――つまり、一般的にはマイナーということ)穴場であった。




  ◆◇◆◇




 魔法の角燈(ランタン)の青白い光のもと、『closed』と札をかけて(かんぬき)を閉めた、終業時間のカウンターに腰を下ろして、〈ソーラー式電卓〉片手に今日の売り上げ計算をしていたドーラは、頭の上についているネコミミに似た副耳をペタリと、藍色の髪の毛に垂らして頭を抱えた。


「……ま、また儲けがぜんぜん出ていないわ」

 ギリギリ赤字にはなっていないとは言え、生活を考えればほとんど収支はないも同然の有様に、飾り気のない丸椅子の上で身悶えする。


「召喚魔法で呼び出すだけだから、原価がほぼゼロの筈なのに、諸経費が意外とかかるのと、単価が安い食品ばかりが出るのが最大のネックよね」


 できれば高額な異世界の電化製品とか嗜好品などの商品がコンスタントに売れてくれれば、ここまで頭を悩ますものでもないのだが、なにしろここは僻地というよりも極地。

 人間の生存の限界をちょっと踏み出している魔界村みたいな所だ。必要もない嗜好品や、効果も定かでない電化製品を買う酔狂な客など、そうそう居るものでもない。


「かと言って食料品をこれ以上値上げするわけにもいかなし……」


 缶詰だの酒だの、簡単に調理して出しているインスタント食品だのは、確かに珍味ではあるが、では毎日食べたいか?と問われれば、ドーラ本人でさえ首を捻らずにはいられない。


 普通の食品よりもちょっとだけお高いけどリーズナブル。現在の値段設定が、どうにかお客側でも妥協できる最低ラインなのは明白である。


「欲をかいて卵を産む鶏を殺したら何にもならないわよね」


 自分を納得させるように頷いたドーラは、取りあえず夕食の支度をすべく、立ち上がるとカウンターの奥に回って、寸胴に水を張り、軽く――実は彼女は見た目によらず、かなりの腕力があるのだ――調理台に載せると、『着火』の魔法で(と言ってももともと魔具(マジックアイテム)である、魔法コンロに既定の魔法陣とスイッチがあるので、誰でも使える)火を熾してその上に寸胴を掛けた。


「『魔石』は定期的に交換しないといけないし、結局、こういうところに経費がかかってるのよねぇ」


 天井の明かりや、『浄化』の魔法が掛けられた貯水槽を見渡して、しみじみと嘆息するドーラ。異世界雑貨にも似たような効能をもたらしてくれる『カセットガスレンジ』とか『電池式電燈』『浄水器』なんてものもあるけれど、基本的に1日1回、最大でも30~40キログラムの物品しか召喚できない彼女にしてみれば、こちらの世界で代用できるものがあるのなら、自分で使うような無駄な商品の仕入れは二の次にして、その分お客のニーズにお応えするのが商売と言うものである。


『業務用』と書かれた乾麺(パスタ)を沸騰した鍋に入れて、塩を一つまみ、今日は新鮮な陸ペンギンの卵が手に入ったので、これと謎肉のベーコン、唐辛子でなんちゃってペペロンチーノにすることにして、下拵えをはじめた。


 と――。

 不意に店の扉が外から、結構な勢いで叩か(ノックさ)れた。


「今日はもう営業時間は終了ですよーっ」


 一声掛けると、一瞬躊躇した感じでノックの音は止んだが、困惑したような若い男の声が扉越しに響いてきた。


『すみません。ここは酒屋兼食堂……えーと、それと雑貨も扱っている宿屋と聞いてきたんですけど?』


 途端、ドーラのこめかみに血管が浮き出た。

「誰から聞いたか知りませんけどね。うちは『雑貨』がメインで、酒屋兼食堂の方がついでに付け加えられた、成り行きみたいな形なの。あと宿屋っていうのは完全なガセ!」


 どこで誰に聞いたかは知らないけれど、女の子一人で営業している店で、宿屋なんてできるわけないでしょうが!

 と怒鳴りつけたい気持ちを抑えて――彼は人から嘘八百聞かせられただけで(誰がそんなウソを吹聴しているのか問い詰めたい気持ちもあったけど)罪はないので――八つ当たりにならないように、ドーラは「兎に角、うちはお門違いなので、他の店を探してください!」と、扉越しにピシャリ言い切った。


『………』

 黙りこんだ相手の様子に、納得したものと理解して、夕飯の調理の続きに取り掛かろうとしたその時、ドサッ!となにか重いものが扉の外に転がる音と震動が響いた。


「………」

 それっきり静かになった表の様子に、このまま知らん振りを決め込みたい欲求と戦いながら、ドーラはしぶしぶ火をとめると、カウンターの後ろに立てかけておいた戦闘用モップ(伸縮柄(グリップ)の部分はセラミックス製、拭き取り糸ホルダーはチタン合金、モフモフはポリエステル)を握って、店の玄関へと進んだ。




  ◆◇◆◇




「――ふう。ご馳走様。お陰で命拾いしました。森を越える時に黒影蛇(シャドウマンバ)の群れを相手に手間取って、一昨日からなにも食べてなかったもので」

 軽くパスタを6~7人前は食べた少年が、ハンカチで口元を拭うと一礼して、綺麗に完食した皿を持って立ち上がり、自然な動作で流し台の方へ運んできた。


「と、いいわよ。仮にもお客なんだから」


 制止するドーラに向かって、少年は「いえ、時間外に無理を言ったのは俺の方ですから、これぐらいさせてください」屈託のない笑顔を見せて、食器一式を流し台に運び込んだ。


 侯爵をはじめとする人外の美貌に接して、大抵の美形には免疫が出来ているドーラであったが、どこか作為的な(無意識にでも魅了の魔法とか、フェロモンとか放っている)魔物の美男子と違って、ナチュラルボーン美形――黒髪に前髪に一房だけ銀の色違いの髪が混じり、左右で色が違う(右が赤で左が青のオッドアイとか金銀妖瞳(ヘテロクロミア)とか呼ばれる)瞳、そして気品と野性味が同居した奇跡のような顔立ちをした同い年くらいの少年――を前に、どことなく落ち着かない気持ちで、ワタワタと挙動不審にモップを抱えて、同じところを何度も掃除したりするのであった。


 ――だいたいこんな辺鄙な町だと、歳の近い男の子なんて滅多にいないしねえ。


 そもそも、このあたりまで来るような冒険者や探索者はほとんどがベテランなので、若くても20代半ばくらい――それも熊と見まごうほどの汗臭い男――なのが常で、大きくストライクゾーンを外れているし、あと手近な人里と言えば、少し離れたところにある開拓村くらいだけれど、まだできて日の浅いここの若い連中はもともと妻帯者が多く、子供も最年長で10歳くらいなため同じく除外対象である。


 必然的に出会いの場から(物理的にも)遠ざかっているドーラとしては、酔っ払い親爺やセクハラ中年の相手に百戦錬磨と化し、年頃の異性と話をするのはほとんどないという、改めて考えてみれば不毛な青春を送っていたのだった。


「どうかしましたか? 急にカウンターに両手をついて」

「いえ、なんでもないんです。ちょっと見ないフリをしていた現実に打ちのめされただけで……」


「はあ? よくわかりませんが、心配事を抱え込むのはよくありませんよ。俺に出来ることがあれば微力ながらお力添えできるとおもいます。よろしければご相談に乗りますけど?」

 食器を綺麗に洗って、タオルで水気を拭いながら――見かけとは違って、やたら手馴れた仕草である――少年が、真剣な表情でそんなことを言ってきた。


 ――うううっ。本人は自覚してないみたいだけど、この人、天然の女(たら)しだわ。


 色違いの神秘的な瞳で真っ直ぐ見詰められ、頬を染めながらドーラは慌てて首を横に振った。

「いえいえ、個人的な問題なので聞き流してください」


「そう……ですか、確かに女性の悩みをアレコレ尋ねるのはマナー違反ですね。すみません」

 納得は出来ないけれど止むを得ない、という態度で折り目正しく頭を下げる。


 どこまで紳士なんだろう、この人! とトキメク胸を押さえながら、念仏踊りをする動死人(ゾンビ)のようなぎこちない仕草で、ドーラは胸の前で両手を振った。

「ちな、ちなうんですっ。そういう意味でなくて……ホントのホントに、その気持ちだけで充分で、ありがとうございます! ……あの、誰にでもそんな風に親切なんですか?」


 ちょっとだけロマンスを期待して、恐る恐る確認するドーラに、少年はこの上ない微笑みを向けた。


「はいっ! 女性には親切にしろ、というのがひゆ――いえ、母の教えなので」

「………」


 一点の迷いもない明瞭な少年の返事に、一瞬で頭の冷えるドーラであった。


「そういえばまだ自己紹介もしていませんでしたね。俺の名前はシオン・ケルサス・ジュゲム・(中略)ポンポコナーノ・ローゼン・アヤセといいます。シオン・アヤセと呼んで下さい」

「中略の部分が微妙に気になるけど……この店のオーナー兼雑用一切を預かるドーラ・アヴァロンです。よろしくー」


 乙女のトキメキ返せっ!と思いながら、投げ遣りに挨拶をするドーラ。

 シオンと名乗った少年――と言っても身長が190センチ近いので『青少年』と言うべきなのかも知れないが、どこか育ちの良いボンボン臭を漂わせているので、こちらのほうがしっくりくる――が、困ったように頬を掻いた。


「いやぁ、なんか母が名乗る時にいつも適当に姓を口にするもので、覚えている限り全部並べたらとんでもない長さになるもので」

「個性的なお母さんねえ」

「ええ、まったくです」

 なぜか甘酸っぱい微笑を浮かべて、照れたように頬を染めるシオン。ドーラにはこの手の表情には覚えがあった。愛妻家が惚気話をする時の顔である。


 ――エンガチョ! こいつはあたしの手には負えない世界の住人だわ。


 外見はにこやかに、内面はドン引きしながら、ドーラは取りあえず冷静な目で、相手の素性を値踏みしてみた。


 着ている服は黒のロングコートに軍服みたいなデザインの黒の上下、おそらく素材の段階から何らかの魔法がかけられた超高級品である。さらに目立つのは背中に背負ったやたら長い長剣。握りの部分から黄金製で、こちらもどうみても魔剣の類いだろう。

 物腰も丁寧で、食事のマナーも完璧。その上、食事代としていきなり金貨を出してきた。


 結論。世間知らずの王子様(ボンボン)上客(カモ)


 伏せていたドーラの副耳がピンと立った。


「ところで、いつまでも夜遅くまで女性の一人暮らしのお宅にお邪魔しているのも申し訳ないので、お暇したいのですが、宿の場所を教えていただけますか?」


 その言葉にドーラの中の算盤が高速で弾かれた。最初に宿屋ではないと言ったけれど、実は1階には酔っ払いが雑魚寝できる小部屋があって、たまに森の住人とかが宿泊することもある(勿論、料金はとっている)ので、泊まらせる事も可能である。

 とは言えそういう連中は気心の知れたドワーフの老人とかで、いままで一見の客を泊めたことはない。だが、この少年の性癖からいっておそらく問題ないだろう。まあ、あくまで私見だけれど。


 金を取るか女としての安全を取るか……数秒間悩んだドーラの心の天秤が、一瞬で片方に傾いた。


「――こほん。もう暗いし、いまからだと宿屋を探すのも大変だし、物騒なので、不本意ながらうちに泊まっていったら?」


 金の勝ち。

ちなみに魔皇はいちおう女性です。正体は不明ですけど(棒


12/16 表現の修正を行いました。

無機物限定→非生物限定

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