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寮生は8時から1時間だけ、自習時間が設けられている。その時間は必ず自習室で勉強をしないといけないと規則で定められているので、実質強制参加である。
その後は入浴時間である。女子寮は数年前に改装工事をしたらしく、シャワールームはかなり綺麗で広い。なぜか男子寮は改装を重ねても隙間風が絶えないらしく、男子寮のシャワールームには魔物が住み着いているという噂もあったりなかったり。
自習も入浴も終え、カミラたちは消灯時間まで二人で他愛のない話をしていた。しかし、その間でも『ユートピア』の話は一切出てこなかった。これ以上重い話をする気分でもなかったし、今ある情報では、これ以上推測することもできなかった。
一番の理由は、もう学校長の顔を思い出したくないからだが。
「それにしてもさ、ハンナさん綺麗だよね」
「噂じゃあもう30歳超えてるらしいけどねぇ。非公認のファンクラブもあるみたいだしー……」
「若々しいな」
「カミラと違ってね……痛たたたたたた」
減らず口の多いユリアナの頬をぶすぶす刺しながら、カミラは雑誌を広げた。可愛らしい女の子が、ひらひらとしたスカートをはいて裾を摘まんでいる。すらりと細い脚を無防備に投げ出してソファに座る姿は、食堂でのカミラとは違い、なんともいえない色気すらある。
「可愛いよねー、この子。うちの学校にいるって話も聞くけど」
「学校に通ってるの? この子何歳?」
「ノエル・ラングレー、17歳。モデル紹介に書いてあるじゃん。カミラの右手のとこに、ほら。へぇ〜、同い年なんだ。足細〜い。長〜い。足の長さ分けてくんないかなー」
「はいはい」
持ち込み禁止であるはずのスナック菓子の袋を開けながら文句をたれるユリアナを、軽くいなす。
「ノエルちゃんだっけ? フレッシュな感じだよねぇ。まさに17歳! カミラはフレッシュっていうより、クール? クールっていうか、ドライ? 枯れてる……痛い痛い痛い……」
カミラはユリアナの耳を引っ張りながら、隣室からの苦情がこない程度に怒鳴った。
「ユリアナこそ枯れてる、むしろ老けてるじゃないか! この前もなんか臭い干物を食べてたし!」
「あ、スルメをバカにした⁉︎ ひどいわ、横暴よ!」
「なーにが『ひどいわ、横暴よ』だ! 狭い室内で食べやがって! この部屋窓がないから換気できないし、ドア開ける度に周囲の目が尋常じゃない程突き刺さるんだよ! スルメは食うな!」
「大事に食べてたのに! ああ、残りの半パック……!」
スルメの決着は、ユリアナが室内で食べないという条件で和解した。
✳︎
カミラはふと目覚めた。
お気に入りの目覚まし時計を見てみると、夜中の3時前である。ちなみに、この時計で起きれたことは一度もない。ユリアナのけたたましいモーニングコールでやっと起きるのが普通でなので、普段は枕に埋れて音もなく針をぐるぐる動かしている。そして実は、ユリアナからの誕生日プレゼントだったりする。
眠い目をこすりながら、隣のベッドの方が明るいことに気がついた。ベッドとベッドの間には、薄いカーテンが引いてある。そのカーテンの向こう側から、ライトの光が漏れているのだろう、ほの青い光がカーテンにすけていた。
ユリアナの饒舌さとは対照的な、静かにシャープペンシルがノートに文字を刻む音。ピリピリと紙を千切る音。夢とうつつの間で、カミラはユリアナが起きている気配を感じていた。
ユリアナは時々、夜中に目覚めることがある。それは提出期限ギリギリのレポートだったり、返却間際の図書館の本を読んでいたりと呆れた理由が多いのだが、勉強している時も多かった。
ユリアナは飄々としていていつも余裕そうな笑みを崩さないが、実はテストの成績はトップクラスである。とうぜん、勉強しているそぶりを見せず、いつも余裕綽々とした『スタンス』をとっているユリアナを気に入らない生徒も多い。
なぜわざわざ、そんな非合理的なことをしているのかは分からないし、訊いてみたこともない。きっと訊いたとしても、ユリアナは真面目に答えないだろうが。
昔はもっと泣き虫だったのに、と思いながら、カミラは瞼を閉じた。あたたかな布団が、カミラをまどろみへと誘う。
その夜、カミラは久しぶりにユリアナの夢を見た。