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カミラたちは寮に戻ると、夕食をとるために食堂へいった。時間はちょうど7時。食堂は混んでいて、席はあらかた埋まっていた。
適当なメニューを注文して、番号札を受け取る。運良く壁際の二人席が空いたので、そこに腰をおろした。とにかく疲れていたので、座り方が多少荒かったのには目を瞑っていただきたい。
「あー……疲れたぁ」
「無駄に良いソファ使ってるよね、あそこ。寮のベッドよりもふかふかじゃない?」
風呂上がりのサラリーマンのごとく、二人してグラスの水を一気飲みする。もちろん、「ぷはーっ」っというのもデフォルトである。気分は魔王と対峙した後の戦士だ。主に精神力がガリガリと削られた。
とにかく今は、ふかふかのソファよりも硬い食堂のスツールのほうが座り心地が良い。思い思いの姿勢で、カミラたちはくつろいだ。
「あら、あんたたち、華の乙女がそんな足開いて座って。女たるもの、いついかなるときも男に見られる準備をしてなきゃ」
カミラたちが頼んだシチューと共に現れたのは、豊満な身体を食堂のオバちゃんの制服に包んだ美女である。つややかな金髪をきっちりと白いバンダナに包み、清潔感溢れる白いエプロン姿は、「美女は何でも似合う」を体現している。
「ごめんなさーい、ハンナさん。でも今回だけ見逃してぇ」
「随分疲れているわね、ユリアナ。テスト明けでもピンピンして食堂の冷蔵庫にあったホールケーキをまるっと食べたあんたが」
「脳ミソ使いすぎて糖分が欲しかったんですよー。ホールケーキ分のお金は払ったでしょ?」
「おかげ様で糖分欲していた他の生徒たちから大バッシングを受けたのよ」
「てへっ」
まったく、と言いながらも、ハンナさんはそれ以上は何も言わずに肩をすくめただけだった。
「ちゃんとお皿は返却口に戻しておくのよー」
「はーい」
お返事良く、ユリアナは満面の笑みで返す。やっと夕食にありつけるのが嬉しいのだろう。
「どう思う?」
ハンナさんが十分離れたのを確認した後で、カミラが切り出した。普段から少しハスキーボイスだがさらに声を落としているので、ユリアナにしかその声は届かない。しかも圧倒的に言葉が足りないので、もし誰かが聴いていたとしてもその意味はわからないだろう。
ユリアナはスプーンを持った手の動きを止めた。カミラの質問の意味ーー学校長の依頼のことに、どう答えようか整理しているようだった。
しかし一瞬の後、ユリアナは口元に笑みを浮かべ、まるで世間話でもするようにいってのけた。
「学校関係者……それも、生徒が繋がっている可能性が高いね」
「根拠は」
「『あいつら』は本来学校内には入って来れないんだよ。警備員や警備システムが作動しているからね。最近『あいつら』の動きも激しいから、対処もそれなりにしてたと思うよ。それなのに昨日侵入して来れたのは、学校関係者が手を回していたと考えるのが自然じゃなーい?」
「それだけ?」
言外に、もっとユリアナはなにか掴んでいるのだろうと訊いている。
「いや。もし『あいつら』が『あそこ』に侵入したとしたら、防犯カメラに映っているはず。それなら、『あの方』もわざわざ学校と『あいつら』との繋がりを調べさせようとはしないでしょ」
ユリアナの答えは淀みない。パクパクとシチューを口に運びながら、まるで他愛ない談笑をしているように話す。万一会話を聞かれてもいいように、固有名詞は伏せる。『あいつら』は『ユートピア』、『あそこ』は学校長室、『あの方』とは、もちろん学校長である。
「生徒っていう根拠は」
「あの日、職員会議があったんだよー。『あいつら』の襲撃の2時間くらい前からねー。講義のある教授以外は全員集められたし、学校長も出席していたから、怪しい行動していたらわかるでしょ」
「なるほどね。講義のある教授は生徒が証人か……」
「だから、結構単純なんだよー、きっと。生徒の誰かが『あいつら』を内部に呼び込んで、その騒ぎに乗じて書類を盗んだ」
「結論としては?」
「最低でも、学校関係者が関与している」
ユリアナはスプーンを置いて、紙ナプキンで口元を拭いた。シチュー皿は空である。対して、ほとんど喋っていないカミラのシチューは、全然減っていない。
ユリアナは、「そのシチュー、食べていい?」と笑いながら訊いた。