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11/24 話を分割しました
話の内容は変わっていませんが、加筆してあります
大きな窓から、西日が斜めに差し込んでいる。秋の赤い夕日はまるで調子外れのスポットライトのように、何もないクリーム色の壁を照らしだしていた。
学校長は無言で立ち上がる。檻の中の獣のようにゆったりとしているのに、何処か油断ならない動作だった。猛禽類だ。逃げるしか能のない草食動物を狙う獣。
カミラは木製のドアを閉めた。もう、逃げられない。自ずから檻の中に入ってしまった。
目線でソファを勧められる。ユリアナが一礼して座ったのに倣い、カミラも座る。ふかふかすぎて逆に座り心地が悪い。服の裾を掴み、寝転がりたい衝動を抑える。
「カミラ・スケルディング、ユリアナ・オタラ両名に、極秘調査を依頼したい」
ソファに座るなり、似顔絵とそっくりな学校長が厳かに告げる。顔には出していないが、ユリアナが笑いをこらえているであろうことは長年の付き合いで察せられた。
「調査、というのは」
どういう意味でしょう、と言外に問いかける。口を開いたら、大笑いしそうなユリアナに代わって。
「昨日『ユートピア』が来襲したことは知っているだろう」
隣に座っているユリアナが緊張したのを、肌で感じる。カミラも、のどの奥が乾くのを感じた。
なんてことだ、猛禽類。あなたはそれに触れようと。
「それが、なにか」
目の前に出された紅茶を睨みながら、カミラがさらに問いかける。できるだけ冷静に。徹夜した時のように、頭がひどく重かった。気持ちが悪い。脂汗が背中を伝う。吐き気にも似た頭痛に、カミラは奥歯を噛んで耐える。
悟られてはいけない。隣に座っている、彼女にだけは。
「昨日の事件の首謀者は、捕まった。よってあの事件はもう終わった……ように見えた」
「はい?」
カミラは精々余裕そうに表情を作る。ユリアナは無言だった。視界の隅に捉えたユリアナの手は、スカートの裾を握り締めて、ぶるぶる震えていた。
なんなんだ、一体。早く言え。
「昨日、『ユートピア』が来襲した時、私は丁度外出していた。ほんの2、3時間のことだ」
学校長はふかふかのソファの上で、器用に足を組んだ。彼の前にも紅茶のカップが置いてある。猛禽類のかおが映っていた。
「しかし私が用事を済ませて戻ってくると、ここに置いてあったはずの書類がないのだよ。おかしいと思わないかね? ん?」
「……はぁ」
「君たちに調べてもらいたいのは、この件と『ユートピア』に関係がありそうか否かということだ。もちろん、勉学の妨げにならないように配慮する。深く調べなくても結構」
ここまで話を聞いて、ようやく事態がのみこめた。
カミラはそっと息をついた。要するに、学校長は話を大きくしたくないのだ。どうでもいい書類がなくなったことが『ユートピア』のせいにできれば良い。その為に、『ユートピア』とその書類の紛失の間になにか関係があれば良い。結局それだけの話なのだろう。
そう考えれば良いのだ。わざわざ、難しく深読みしなくても。
「分かりました。ユリアナ、良いよね?」
「あ、はい」
いまだ茫然自失状態のユリアナを振り返る。
いつもの饒舌さはどこへやら、なにひとつ聞いてなかったようなユリアナは、ぼんやりとした返事だけを寄越した。
カミラは目の前のカップを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
紅茶はもう、さめていた。