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西エリア首都区第一高等学校を上空から見てみると、大きな3つの棟が縦に並んでいるのが分かる。
一番大きな、真ん中の棟は校舎で、4階建て。数々の講義がここで行われる。
両翼の建物は男子寮と女子寮である。快適な学園生活の謳い文句の通り、それぞれには入浴施設や食堂が完備されている。
さて、その女子寮の食堂は割と品揃えが良い。様々な地方から集まってくる生徒たちが食生活で困らぬよう、食堂のオバちゃんは朝から晩まで働き通しである。そのくせ給料は安いのよねー、あのクソ学校長、もうちょい給料くれたってバチ当たんないわよ、けちんぼ! とはそのオバちゃん談である。皆総じて口が軽い。学校長を捕まえてクソ呼ばわりとは。
「おっはよーございまーす!」
「はい、おはよう。今日も元気だねえ、ユリアナ」
ユリアナは元気良くオバちゃんに声をかけると、朝食を注文した。ロールパンに、シチューと山盛りのサラダ、牛乳とデザートのヨーグルトと、見本のように健康的な朝ご飯である。
対してカミラはというと朝は低血圧のせいで食が細い。目の前のトレイにはフライドチキンが2本だけ。それを見たユリアナは「ちゃんと食べなさい!」と野菜スープを注文して持ってきた。ふん、無駄なことを。
ちなみに毎朝のことである。カミラがフライドチキン以外に手を付けたことはないが。
「ム〜リ〜。食べられなーい」
カミラは机にうつ伏せて、スプーンで野菜スープをつつく。フライドチキンは、すでにカミラのお腹の中だ。わずかな肉片を残してトレイに鎮座された元フライドチキン様、その本体は、カミラの午前中のエネルギー源となることだろう。
「ダ〜メ〜。食べなさーい」
ユリアナはデザートのヨーグルトに取り掛かっている。当然他の皿は全て空。フライドチキン二本のカミラと同じ速さで完食である。早食いこそ健康に悪いのではないか、とカミラは口を尖らせた。
朝早い時間帯なので、食堂はガラガラだ。これもいつものことである。これがあと30分もすると席は全部埋まってしまうが、まだ10人程しか見当たらない。それをいいことに、ユリアナは毎朝、新聞を持ち込んで食事をしながら読む。行儀が悪いとカミラが言っても、癖だからとユリアナは開き直っていた。
「あ、昨日の『ユートピア』載ってる」
地方紙なので扱いは小さいが、写真付きだった。首謀者がお偉方の息子で、しかも国営の研究室で働いていたらしい。
『ユートピア』と繋がりがある者は、国立の施設で働くことはできない。『ユートピア』の扱いは既にテロ組織かなにかのようになっている。民営ならまだしも、国営だと家族が『ユートピア』関係者だっただけでクビになったりした例もあり、今やちょっとした社会問題になっている。
「懲役刑だって。学校施設に不法侵入だったしねぇ、まあ妥当かなー」
ふーん、と曖昧に頷きながら、カミラはスープを掬った。くったりと煮込まれたトマトがぼちゃっと音を立てて零れ、カミラは眉をしかめる。トマトは嫌いなのに。
カミラに食べる気がないとみると、ユリアナはスープを貰ってくれた。これもいつものことである。
「まあね。食べるつもりなかったしね!」
「そこ、威張るとこじゃないでしょ」
「威張ってないよ、ただ事実を述べただけ」
「くはー、カッコイー。はーどぼいるどー」
「すごい棒読み」
「感情こめて棒読みました」
その時だった。
けたたましい低音のサイレン。神経を逆なでされるような嫌な音色が、少女の耳を劈く。
「火事?!」
「ちょっと、何よ、これ!」
「静かに、放送が入る!」
人は少ないといっても、やはり非常事態にざわついた。朝早くから何が起こった? カミラもユリアナも、緊張した面持ちで食堂を見回す。
サイレンそのものは数秒で収まった。食堂もまだ混乱しているが、だいぶ落ち着きを取り戻している。
緊張状態の食堂に、スピーカーの機械音がやけに響いた。いつもは話し声で満ちている食堂が、今は耳鳴りするほどの静寂で満ちている。
『連絡をします。先ほどのサイレンは誤作動です。繰り返します。先ほどのサイレンは誤作動です。講義には変更はありませんので、
落ち着いて対処をしてください』
「なんだ、よかったなぁ、もう」
ユリアナはホッとして椅子に座り込んだ。カミラも頷く。食堂はいつものようにざわめき始める。話し声。調理の音。
いつもの日常が、そこにあった。