5.怪しい山小屋
あの忌むべき事件からは約一時間弱経過した。まだ、森の中――と言いたい所だが先程から膝丈の草が生い茂る草地を歩いている。
遠くには猟師小屋のような建物が見える。
それを目標に歩いている。草がぼうぼうで歩きにくいけど森の中でなんの当てもなく彷徨い歩くのに比べたらなんと言うことも無い。目印があるだけで、なんとなく心も足も軽くなる。その勢いのままサクサク進み、外敵に遭遇する事も無く無事到着。今までと違い、爽やかな道程である。
ある種の感動とともに小屋を見上げ、呟いた。
「間近で見ると微妙にボロい」
オブラートに包むと年月を感じさせる風情あふれる外観だとも言うことが出来る。感動も台無しの風体であるが、こんな場所に建っているんじゃ仕方がない。
そこで、ふと気づく。
(あれ、なんか変じゃない?)
野生の獣が蠢く森のなかに、台風の目のように広がる草原、の中央に建つ小屋。
しかもこんな危険で不便な場所に、である。これだけでも充分おかしい。
「誰がこんな不便極まりない所に建てたんだろう?」
周りに広がるのは凶暴な肉食獣が跋扈する魔の森。買い物に行くのも一苦労だし、そもそもどうやってこの場所に家を建てたんだろう。
だって材料を運び込む段階で問題が山積みだ。足元は舗装されてないからガタガタだし、凶暴な肉食獣が沢山いる。その中を重くて嵩張る材料とそれを運ぶ人達大工さん達にその人たちと荷物を守る人達、こんな大所帯で私が歩いてきたような道を進むのか。
それともファンタジーやRPGでお決まりの何でも入る魔法の袋でもあるのだろうか?
「まぁ、何にせよここ家を建ててくれたのは私的にはありがたいかな。だってここ安全地帯っぽいし」
この草原の中に入ってから獣の姿を見ていない。
森の中をうろついている姿はここからでも見えるが決して草原の中には入ってこようとはしていない。現に今も私が無防備に立っているにも拘らず彼らは森の中で様子を窺うだけで、一歩たりとも草原の中に踏み込もうとはしない。見る限りでは、むしろ何かに邪魔されて入ってこれないようだ。だからこそ、こんな隠れるところがない場所で立っていることが出来る。
(この様子からして小屋が草原の中心であることは間違いなさそうだし。どうしよう、明らかに小屋に何らかの原因がありそうな感じ)
けれど、このままここで悩んでいてもどうにもならないのは事実だ。
(う~ん、罠有りとかホーンテッドハウスとかでないことを祈って突入するしかないよね)
悩んだ時間の割に、あっさりと決断を下すとドアノブを握り、恐る恐る右に捻った。
そこには摩訶不思議な景色が広がっている―――わけではなかった。
扉の中は至ってフツ―だった。
「うん、リビング…いやダイニングキッチンかな?」
玄関からザッと見た限りでは変わったものはなさそうだ。
「外観に反して中身はそんなにボロくない」
窓が締め切られていたせいもあり空気が少し埃っぽいが
この程度なら許容範囲内だ。
「ここなら安心して寝られるかも。昨日は準備なしの初野宿だったからなぁ。思い返してみればよく生き残ってたよね、自分」
家という安全地帯に入ったからなのか少しだけ緊張感が緩み、これまで自分の身に起こったこと思い返す精神的余裕が出てきた。
準備なし、装備なしでのサバイバル。薄皮一枚で迫る死の恐怖。うん、濃縮された時間でした。でも獣の入ってこれない草原に建つ、この小屋の中では無縁の話である。“小屋自体の怪しさ”という問題が残ってはいるが―――。
(まぁ、でも入っちゃったし。それに今の所なんにもないし、いいかな!)
緩んだ緊張感のまま、そう結論付ける。そして十数時間ぶりに手に入れた安全に浮き立つ心のまま、玄関を超えリビングへと一歩を踏み出そうとした。
「っつ!」
突如、足に痛みが走る。歩き出そうとしたままの足に目をやり、後悔した。
素足での移動における当然の結果とも言える。大小様々、足全体に無数に広がる傷、傷、傷。草で切れてできた傷に転んでできた傷、石を踏んでできた傷を中心に多くの傷が全体を覆っており、膝から下が赤く染まっていた。
「うわぁ、ぐろい」
そして痛い。見てしまったからなのか、気が抜ける場所に着いたからなのかは良くわからないが、なんだか痛みがどんどん酷くなっていっているような気がする。
「はぁ・・・・・よし!」
治療のことを考えると気が重くなる。でも、逃げてもどうしようもない。
ため息一つで気持ちを引き締め、傷だらけの足を引きずって薬草を探し始める。
痛む足で家探しをした結果、戸棚から薬草らしき葉っぱを見つけた。葉っぱが入れてあった容器の傍の本にこの葉っぱの絵と怪我をした時にはこの葉っぱを使えという意味の絵が見開きで描かれてあった。ついでに詳しい使い方も描いてあった。
「なになに、えっと、まずはボウルに入れてすり潰す。はいはい、で次は液体を加えて・・・水でいいよね。んでさらにすり潰す。ふんふん、ふ~~~ん、って結局すり潰すだけじゃん!」
簡単だからいいけどさぁ、真剣に読もうとした私が馬鹿みたいっていうか。まぁ、いいか。材料も道具も揃ってるしサッサッと作ろう。
そうして完成した緑色のペースト状の傷薬、そして汚れを洗い流した私の足。薬をスプーンで一掬い、傷口に落とし、塗りこむ。
「じびるじみるいたいじびるじびりゅいたいいたいいたたたたたしみるしみる!」
痛みに悶えながら薬を塗りこみ、乾燥しないうちに清潔な布を当て上から包帯を巻く。その間中、ずっとこのような事を口走っていた。だってすごく沁みたんだもん。
「家人の許しなく家探しした罰かもしれん。――――それにしても痛すぎる!しみすぎる!」
しかし、どんな刺激にも慣れるものである。片足の治療が終わるころには痛み以外の事を考える余裕ができる。
「とりあえず事後になるけど家の人が帰ってきたら謝ろう。先に謝られたら向こうも怒るに怒れないだろうし。あと色々相談して同情を得て、それに付け込もう。生存難易度が無理ゲーにランクアップは全力で避けたい。コミュ力(低)の実力を今、見せる時が来たようだな!」
小声で無表情に独り言を言う。はっきり言って不気味な光景である。だが、そのことに突っ込みを入れることが出来る人間は居ない。
自らを鼓舞するため、魔王バリの高笑いを始めた奇妙な女に恐れをなしたのか、太陽が足早に地平線の向こうに姿を消していった。
小屋は魔王を封印している場所の真上に立ってます。
周囲の草原に魔物がいないのは封印から出ている魔王の力が
強すぎるからです。
詳しいことは、脱引きこもりした魔王から語られると思います。
それでは、今回も拙作を読んでいただきありがとうございました。