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最終話

数日後、俺とナツメは宝鏡寺、人形寺に来ていた。


冴子にはもちろんお許しを貰ってある。

あれから、あらためて冴子のうちに行って、全部話してもう一度謝った。

冴子はナツメからも訊いていたようで、

黙って最後まで俺の話を聞いてくれたあと、こう言った。


棗はすごく、人と壁を作るところがあった。

自分の感じる世界が、ほかの人と違うってわかってたから。

碧があの子の世界を認めて、あの子の話をおもしろがって聴いてくれるようになってから、あのこは前より明るくなった。

だから、あの子はあの子なりに、あなたの役に立ちたかったんじゃないか、と。


不覚にも涙が出た。

だって俺は、ナツメが自分の好奇心だけで動いていると思っていたから。


「せやから、いままでどおりの碧でおってな。」

「・・・・・うん。」


「でも、もう二度と、危ない事はしんといて。」

「うん。約束する。」




先日は素通りした人形寺の供養塚の前。

ナツメが「あれは新しい。」と言ったとおり、

昭和34年に建てられたという供養塚には、武者小路実篤の歌碑がある。

脇に植えられている橘の木に、アゲハチョウがひらひらと舞っている。


二人で歌碑の前に立った。

今日は括らずにおろしているナツメの髪が、さらさらと風になびいた。


歌碑には、こう詠まれている。


"人形よ 誰がつくりしか


誰に愛されしか 知らねども


愛された事実こそ


汝が成仏の誠なれ"



「愛された事実こそ、汝が成仏のまこと・・・・。」


愛されるだけならば、成仏できたのかもしれない・・・。

けどキヨは、愛してしまったのだな、人よりもなお、深く、深く・・・。


「わたしはイヤやな。」

「え。」


ナツメは歌碑をじっと見つめながら言った。

「愛される、だけなんはイヤや。」


お前、意味わかって言ってんのか。


ひるんだ俺をナツメは大きな眼で見あげた。

「ミドリは?」

「俺?」


うん、そうやな。

俺は眼を閉じて供養塚にそっと手を合わせた。


どんな形でも。どんな結果になったとしても。


俺もやっぱり愛したい。




先刻の冴子とのやりとりにはつづきがある。


冴子は木箱を出して来てテーブルに置いた。

「これ。」


箱のなかには抹茶茶碗が入っていた。

「碧にあうお茶碗がなかなかなくて。」

「え?」


「苦し紛れのミッフィーが案外似合ってたけどな。」

くすっと笑う。

「でも、ついに見つけたで。なんかいかにも碧!ってやつ。」


冴子が箱から茶碗を取り出した。こと、っとテーブルに置く。

濃いグレーに力強く白が混じった鼠志野だった。


「華やかさはないねんな。ちょっと無骨なカンジでな。

でもよーーくみたら、なんとも優しい色やねん。」

「・・・・・。」


「一分の隙もなし、って風でもないやろ。そこがええねんなあ。どう?」


「これ・・・俺の?」

「うん。田代さんに頼んであったんよ。」


ああ、あのときのお使いはこれだったのか。


俺は両手でそっと茶碗を手に取った。

ごつごつだと思われたその表面は、案外なめらかな感触で手のひらにすっとなじんだ。

持ち上げるとずっしりとした土の重みがあった。


俺にあう器を、ずっと探しててくれたのか。


柔らかな白と、凛とした濃い灰色が、うねるように混じり合って、絶妙な調和を保っている。


冴子は俺だと言ったが、俺は・・・、これは冴子のようだと思った。


俺は思わずつぶやいた。

「なんか・・・こわいな。」

「こわい?」


「落としたら割れるやろ・・・。」

言葉にしたら本当に壊しそうで、ちょっと手が震えた。


冴子はあきれたように笑った。

「そらそうやな、焼きもんやしな。でも」


茶碗をもっている俺の両手に、自分の手をそっと重ねた。

「ちゃんと持っといたら、大丈夫やで。」


今、言われたばかりなのに、思わず茶碗から手を離しそうになった。


目の前に、抱きしめたいひとが、いたからだ。




宝鏡寺をあとにして歩きはじめた。

「なあ、ミドリ。」

「ん?」


「おかあさんのこと好き?」

「おう。好きや。」


「ほんま?」

「ほんまや。」

「・・・コブ付きでも?」


俺はナツメを見た。

ナツメも俺を見上げている。

「そのコブも大好きやで。」にっと笑って言ってやった。

とたんに、ナツメはあわてたように眼をそらした。

そしてぷいっと横を向いて一言、


「キモっ。」と言った。


俺は手のひらをナツメの頭にのせて、髪の毛をくしゃっと掻き回してやった。

「えっ、なにすんの!ちょっ!やだーー!もう、サイアク~!!」

俺の手をどけようと、ナツメが両手を頭上にあげた。


その腕をとってさっと手をつないだ。

「ナツメ!甘いもん買うてかえろ!おかあさんにお茶点ててもらお!」


「ちょっと!!恥ずかしいし離して!」

「ははは。俺かて恥ずかしいわ!」


「つ・う・ほ・う!されんで!」

「おう、どんと来いや!」

「もう!信じられへん!」


ナツメはしばらく抵抗していたが、とうとうあきらめたのか、

「今日だけやで!」と言っておとなしくなった。

俺はもう一度、ナツメの手をしっかり握り直した。


「よし!どうする?なにが食べたい?」

「うーーーん、花欒からんの西賀茂チーズ!」

「よっしゃ!」


きゅっ。

ナツメの指が、俺の手をつよく掴むのがわかった。




      完







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