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第4話

俺のとなりに、誰かが寝ている。

日本髪の、まだ若い娘だ。

熱にうかされているようだ。汗が玉のように額に浮いて光っている。


ふと、眼をあけてこちらを見た。

うつろな瞳。乾いた唇がひび割れている。

ああ、この娘のいのちの火はもう消えようとしているのだ。


俺は哀しい気持ちになった。

娘の顔が近くなった。俺の体が引き寄せられたようだ。

顔に、娘の熱い息がかかる。


「うちが死んだら・・・。うちのかわりに・・・うちのかわりに、この子を・・だ、大事にしてな・・・。」


「キヨ!しっかりし!キヨ!」


娘の肩にだれかの手がかかり、娘の体を揺すっていた。だが、娘はもう、動く様子がなかった。

しばらく、若い男のすすりなく声が聞こえていた。


俺は動かなくなった娘の傍らから持ち上げられて、どこか高いところに運ばれた。

男が、娘の身じまいを直して、きちんと布団をかけ、顔に白い布をかけるのを、そこから見ていた。


俺は・・・・・誰だ?


首が、動かない。ようやく視線を動かして自分の体を見た。

小さな花模様の刺繍がされた赤い着物と黒い帯が見えた。袖先からでているのは

白磁はくじの手。


人形か。俺は人形になっているのか。


それから、俺は死んだ「キヨ」のかわりに若い男を見守りつづけた。

男は優しい顔立ちをしていて、なんだか誰かに似ていると思ったのだが

それ以上はどうしても考えられず、ただただ、愛おしい気持ちで、その姿を見続けているのだった。


男は「卯吉」という名のようだった。

卯吉はよく、俺にも話しかけてきた。俺のことを「キヨ」と呼んだ。キヨ、今日はいい天気だねえ、とかキヨ、桜がきれいに咲いたねえ、とか言っては俺を抱き上げて体を撫でてくれるのだった。

「キヨ」のかわりに大切にされているのだ、と俺は幸せな気持ちで過ごしていた。


どのくらいの月日がたったのか、卯吉には想い人が出来たようだった。

俺は淋しかったが、それで卯吉が幸せになるのならば、それでよい、と思った。

少し遠慮がちに、俺に想い人のことを話す卯吉を、俺は好ましい気持ちで聞いていた。


だが、そのうちに卯吉は、ひどく思い詰めた表情を見せるようになった。

俺を抱き上げて髪をさわりながら、辛そうにため息をついたりした。


日に日に卯吉の顔つきがすさんでいくのを、不吉な思いで見守っていた俺は、

ある日ついに、彼が匕首あいくちをつかんで懐に入れるの見てしまった。




「はっ!」

一度にいろんな感覚が戻ったせいで、俺は一瞬混乱した。

どこかに、倒れているようだった。

首は・・・動く。手を見た。俺の手だ。


もう一度ゆっくり呼吸する。腕のなかになにかいる。ナツメだ。

ナツメの呼吸する音を聞き、体温を感じた。


よかった・・・・・。安堵で力が抜けそうだった。


周りを見回す。灰色のもやだけが、俺たちのまわりにあった。

眼は見えているのだが、深い霧のなかにいるようで、自分たち以外、何も見えない。


ゆっくり起き上がった。ナツメは気を失っているようだった。


さっきのは夢か。ずいぶんとリアルな夢だった。


そのとき、どこからか声が聞こえた。女の声。


「おまえは邪魔をするのだね。」

その瞬間、喉をつよい力で掴まれた。俺の腕の中のナツメが、手を伸ばして俺の首を絞めようとしている。

「うっ。」

思わず振りほどいてナツメを見た。


姿はそのまま、ナツメだった。だが目付きが完全に違っていた。

凄まじい殺意を放ってこちらを見ている。


「ナツメ!」捕らえようとする俺の手をさっと躱して、ナツメは跳んだ。

後方宙返り。すぐにとん、とこちらに向かったと見るや、くるっと一回転して

鮮やかな回し蹴りを仕掛けてきた。

かろうじて躱して後ずさる。


だが、あっという間に後ろに回りこまれ、腰をしたたかに蹴られた。

たまらず手をついた俺の背中を跳び箱のように飛び越したナツメは、振り向きざまにまた足をふりあげた。

耳朶じだすれすれでよけた俺は一旦ナツメと距離をとって、体勢を立て直すことにした。


なんで体操なんか習わせたんや!!


こんな形でナツメの身体能力を思い知るとは思わなかった。

全く勝てる気がしない。


軽く助走をつけて、ナツメがタンブリングする。

最終目標はフロアの隅ではなくて俺の喉笛だ。


「ナツメ!眼をさませ!」

またなんとかギリギリで避けた。が、空振りの攻撃はナツメの体にもダメージなはずだ。

手刀で落とそうとも思ったが、9歳の体に手を振り下ろす勇気はなかった。

傷は絶対つけたくない。


自分の体をクッションにして、衝撃を散らしながら攻撃を受けてみた。

が、向こうは全力で当たってくるのでこれもいつまで有効かわからない。


俺の方の息が切れてきた。ナツメも消耗しているはずだ。

こんなことをいつまでも続けていて、いいはずがない。


なにか、なにか手はないか。


背中を蹴られながら袂に手をつっこんだ。

金襴の感触が指に触れた。つかんで取り出す。


車折くるまざき神社のお守り。芸能の神様だ。ついでに金運と良縁もあったかな。


効くか。効くのか。

わからんがやってみる。


「悪霊退散!」ナツメに向かってお守りを投げつけた。


びしゅ。


小さな音を立てて、俺の芸能運はかすみのように消えた。


が、ほんの少し、ナツメの動きが止まった。俺はその一瞬を捕らえた。

両腕をひろげてナツメを抱きすくめた。


止まったのは一瞬だった。ナツメは俺の腕のなかで恐ろしい勢いで暴れはじめた。

どうやったらこんなに動かせるのか、と思うくらい強く、

俺の腹や胸を殴りつける。ときおり、獣のようなうなり声を喉から発している。


このままだとやられるな。俺は歯をくいしばりながら腕に力をこめた。

俺はいい。俺がやられるのは別にいい。

けど、ナツメが人を傷つけたり、殺そうとしてるのが、我慢出来なかった。


だめだ。ナツメ。


「あかん。ナツメあかん。お前はそんなことしたらあかん!」

ナツメの拳が喉に当たった。息がつまる。


冴子が泣く。ナツメが人を殺めるとか、傷つけるとか、絶対あかん。

絶対させへん。俺が止める。そう、そのためなら・・・・。


「あっ。」


俺の心の中を、すっ、と誰かが通り過ぎていった。


「そう、そうだよ。わたしも同じだよ。」またあの声がした。


一気に腕の中が軽くなった。ナツメが脱力したのだ。

「ナツメ!」




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