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第2話

ナツメは日本人形の額に自分の額をつけてしばらく瞑目していたが、

そっと顔を離すと、眼をあけた。


固唾をのんで見守っていた俺と川島さんを交互に見て、首をかしげた。

「私はただの依りしろ、やって。」


「え?」


先日、預かった人形が姿をくらましてしまってから、冴子のうちで晩飯を食いながら事の次第を説明し、川島さんのうちにナツメを伴っていく許可をもらってきたのだ。


「いやよ、そんな気持ち悪い話にナツメを巻き込まんとってちょうだい。」

冴子は最初そういって反対したのだが、川島さんがすごく困ってる、ということを話し、絶対深入りはしないと約束して、ようやくお許しがでた。


ナツメは冴子が作ったという、漆塗りのペンダントをつけてきた。

蒔絵まきえでナンテンが描かれている。

「お守りやって。難を転じる、やって。」

そういって彼女はうすく笑った。


「この人形は、なんかこのおねえちゃんのそばにおらんなん、って思ってるみたい。でもなんでかはわかれへんみたいやね。」

「どういうこと・・・?」


「ん・・・・。はっきりわかれへんけど、このコも誰かに憑かれてるんちゃうかな。」

川島さんの表情がまさに「どん引き」といった風情でゆがんだ。

が、ナツメは明るい口調で強く言った。

「でも、悪さをしてるカンジはなかったし、悪い事が続くのとこのコは関係ないと思う。」

「・・・ほんとう?」

「うん。邪険にしたらんとって。」


「そうやな。守ってくれてるんかもしれんな。」

俺の言葉にナツメも頷く。

「悪い事いうても、いままでおおごとにはなってへんでしょ?」

「そういえば・・・。」


先日の車の事故も、一歩まちがえば数百メートル下に転落するところだった、と聞いている。これを幸運ととるか不運ととるかはその人次第だろう。


ひとまず、川島さんは納得してくれたようで、人形は大事に持っておく、と言ってくれた。


「それにしても」ナツメが人形の頭を撫でながらつぶやいた。

「こんな大きさの人形が懐から無くなってんのに気がつかんって、どういうことやろ。」

「えっ。いや、それは・・・。」


まったくもって面目ない。



ナツメを家に送り届けて、ついでに冴子にまた茶を点ててもらう。

ナツメは友達と遊んでくる、といって出て行った。

緑寿庵清水の金平糖を至福の表情でぽりぽりやっていると、すっ、と滑るように緑の服を着たミッフィーが目の前に現れた。

「頂戴します。」

一礼して一服。


「旨い。」

「おそれいります。」


「色違いですな。」

「おや、お気づきでしたか。」

「先日のミッフィーはたしか赤い服・・・。ていうか、何個もらったん?」


「へへ、3個。」

「もらいすぎやろ。」


ミッフィーのカフェオレボウルの隣に茶筅と塗りのなつめ

う~ん。ミスマッチ。


「そういえばナツメがぼやいてたな。」棗に眼をやりながら俺は言った。

「普段作ったり使ったりしてる棗とおんなじ名前やから、ややこしくてかなわんって。」

冴子がふふっと笑った。

「なんでなつめってつけたん?」


冴子は棗を取って俺に差し出した。

「手ぇ出して。」

俺のたなごころに、そっと棗を載せる。

「いい色やな。お前が塗ったんか」

「うん。」


手のひらに、すいつくような漆の感触があった。

そして滑らかな曲線を描くフォルム。指が、勝手にそのラインにそって曲がり、やがてしっかりと包み込んで強く、でもやさしく握りしめたくなる感じ。


「あの子を産んで、初めて抱いた時もな、そうやったんや。

腕が勝手にぎゅっとなって、体中で守るように包んで、抱きしめずにいられんかった。それで、思わず言葉が出てた。私の棗。私だけの棗、って。」


「・・・・。」


「言葉って不思議やろ。口に出したとたん、言霊っていうんかな、なんか魂がやどったみたいになるんやね。もう、ナツメ以外の名前はありえへん、って思てしもたんや。」


「それ、本人には・・?」

「あ、あの子には内緒な。」


「え、なんで?ええ話やんか。」

「あかん。これはとっておきなんやから。これからどんな親子の危機があるかわからへんやろ?めっちゃグレるかもしれへんし。そういうここ一番いうときに使うねん。」


「ふーーーーーん。」

親やるのもいろいろたいへんだな。

「冴子」

「ん?」

「もう一服、所望いたす。」

冴子は笑って俺の手から棗を受け取った。



木漏れ日の境内。

あちらこちらに人が倒れている。

最後に残っているのは俺と、着流し姿の様子のいい男だ。


俺は横に刀を構えて相手を睨みつけながらじりじりと間合いを詰める。

敵は抜き身をさらりと下段において余裕の構えだ。

とん、と地面を蹴ると同時にからだを沈めて相手の胴を狙って薙ぐ。

が、すぐに刀で払われると、体勢を整える間もなく、無防備になった肩をやられた。

「ぐっ!」

呻きながらも体を入れ替えて向き直った、と思った瞬間


ばしゅっ。


斬られた。


たたらを踏む。せめてもう一太刀。腕に最後の力を込める。


「ぐおおおおお!」


吠えながら上段に振りかぶると、空いた胸に蹴りが入った。



「ペキさん、大丈夫ですか。」

主演の俳優が心配そうに覗き込む。


「はっ。」

息がつまった。倒れる瞬間、本気で意識が飛んだせいで、受け身がとれなかった。

「だ、大丈夫。すんません。」

年下の主役に手を借りて起き上がる。

モニターの方に歩いて行く主演を見送りながら体のあちこちに意識を飛ばして確認した。大丈夫、骨折とかはしていない。・・・・ん?

後頭部を触って驚いた。

石畳の角で切れたらしい。手のひらにべったりと血がついた。


ふと、視線を感じる。

今日のように神社でのロケなんかだと、少し離れたところにギャラリーがいるものだが、みんなが主演のイケメンのほうを見ているのに・・・。

少女がひとり。


ナツメが、怒ったような顔をして俺をじっと見ていた。



「大げさちゃうか」

ナツメに引っ張られるように連れてこられた病院で、頭にたっぷり消毒液をかけられて、会計待ちのロビー。

「バイキン入ったらあかんやろ。」

やはり怒ったようにナツメは言った。


「なあ、なんでいっつもそうなん。」

「なにが。」

「なにがって。いっつもやられるし、かっこわるいし、怪我するし。」

「仕事・・・やからな。」


俺はナツメの眼を見て言った。

「主役の人をかっこよく見せんのが俺の仕事や。俺が思いっきりぶっ倒れへんかったら、主役が強そうに見えへんやろ?」


ナツメは俺を睨みつけるようにしたあと、ついと視線を逸らせて言った。

「こないだの、二時間ドラマの」

「え?ああ、あの台詞あったやつか。」


いいドラマだった。

俺は刺客の役で台詞ももらえて、芸能界の大御所と立ち回りをさせてもらった。

「あの役かって、すごい卑怯なイヤなやつやった。」

「どうかな。あの刺客にかって、正義はあるやろ。」


悪役にだって、刀を抜くには理由があるのだ。

悪の剣にも想いはこもってる。でなければ、倒され甲斐がない。

少なくとも、俺はそのつもりで演じている。


「いっつも悪いやつでいいん?」


いや、そりゃ俺だって主役にはあこがれる。けど。

「斬られ役はキライやないで。俺には似合うてるしな。」


「そやけど今日みたいにケガとかして。映ってへんときもあるのに。」


ああ、そうか。ナツメは心配してくれてるのか。

ちょっと胸を突かれた。


俺はナツメの頭に手を置いた。髪はからすの濡れ羽いろ。あたたかい。

「ナツメはやさしいな。」


ナツメはぷいっと横を向いて立ち上がった。

「おい」

「トイレっ!」


小走りで行ってしまったナツメを苦笑しながら見送っていると、ふと視界の端を見覚えのある顔がよぎった。


「あれ・・・?」

芹沢遊兎だ。

「芹沢さん。」

俺の声に芹沢くんは一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、すぐに気づいてはにかんだ笑顔を見せた。でもやっぱり微妙に視線は外してるけど。


「どっか悪いんですか」

「いえ、大丈夫です。」

俺の訝しそうな表情に気づいて、彼は少し逡巡しながら言った。

「あの、鏡子に言うと心配するから・・・。じつはちょっと前から時々胸が痛くなることがあって・・・。周山の事故のときも、ほんとは胸痛が原因なんです。」

「え、胸って、心臓ですか?」

「だと思ったんですけど・・・。でも今日検査結果が出て。どこも悪くないそうです。」


「そうですか・・・。じゃ、とりあえずは心配ないんですね。」

「はい。」


去って行く芹沢くんを見送って、俺は首をかしげた。

今流行のストレスってやつかな。


ナツメが戻って来た。俺のそばに来ると顎をちょっとあげて空気の匂いを嗅ぐような仕草をした。

「今、誰かいた?」

「あ、うん、川島鏡子さんの彼氏。」

「あの人形の?」

「ああ。・・・どうかしたか?」


ナツメは少し首をかしげて、「ううん。」と言った。


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