第4話「空を飛ぶガーネ。」ふたつめってとこですね
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第4話「空を飛ぶガーネ。」ふたつめってとこですね。のお話です。
この回では、前回の飛行実験に、トラも参加する事になります。
第4話「空を飛ぶガーネ。」ふたつめってとこですね。
翌朝、ガーネとトラは目を覚ましました。
宿舎の窓から、外を眺めました。
「今日も、いい天気ですね。絶好の飛行びよりです。」
ガーネは、嬉しそうでした。
「私も、参加出来るといいな。」
トラは、カーマイン博士に期待していました。
「まぁ、とりあえずは顔でも洗って、それから朝食を食べに行きましょう。」
「そうね。そうしましょう。」
ガーネとトラは、顔を洗いました。
布団を片付けた後、2階の自分たちの部屋から1階の食堂へ降りていきました。
食堂に入ると、トラが食堂で働いているおばちゃんに声をかけました。
「おばちゃん。お早うございます。」
食堂のおばちゃんは、トラの姿を見ると、相好を崩しました。
「あれ、トラちゃんじゃないの。お早う。」
ガーネとトラは、定食を受け取ると、テーブルの席に腰を下ろしました。
「おばちゃん、私が食べやすいように混ぜて出してくれるのよ。
とても、味がよくて嬉しいの。」
トラは、はしゃいでいました。
「トラは、すぐに食堂のおばちゃんと仲良くなりましたね。」
「だって、優しいもの。
初めて、ここに来た時だって、すぐに声をかけてくれたりしてね。
それに、あたしが食べやすいように、気を使ってくれるのよ。
食べるものだけじゃなくて、テーブルの位置もちゃんと考えてくれるの。
あたし、頭が上らないわ。」
「よかったですね。ではそろそろ頂きましょうか。」
ガーネとトラは声を合わせて言いました。
「頂きます。」
食事が終わると、トラは、食堂のおばちゃんにお礼を言いました。
そして、ガーネとトラは洗面所に向かいました。
ガーネは歯を磨きました。それが終わると、今度はトラの歯も磨いてあげました。
歯磨きが終わった後、ガーネはトラに言いました。
「今まであまり気にしなかったんですけどね。
トラは、初めて歯磨きをした時も、それほど嫌がりませんでしたね。
むしろ、積極的に口を開けて、磨きやすいようにしてくれますね。
あと、お風呂も平気で入れますし、シャンプーや石鹸も大丈夫でしたね。
どうして何でしょうか。」ガーネは尋ねました。
「何か、自然にそうなってしまうの。
記憶には無いんだけど、多分そんな生活をしていたんじゃないかな。」
「なるほどね。お嬢様猫だったのかもしれませんね」
歯磨きが終わると、洗面所から出て、2階の自分たちの部屋へ戻りました。
「トラ。美味しかったですね。ああ、お腹がいっぱいです。」
ガーネは、畳の上に寝転びました。
「本当ね。」トラも毛づくろいを始めました。
しばらくすると、ガーネはトラに、博士の話をしました。
「トラ。昨日、博士は、この実験は自腹だと言っていましたよね。」
「ええ、そうね。」
「で、博士の家から港に、車で行く間にいろいろと聞いてみたんですよ。
最初は救難救助用の器具の開発だからと、街に補助金の申請をしたようです。
それが、却下されて自腹でやる事にしたらしいんです。」
「フムフム。それで?」
「この宿舎は、博士が教授だった頃の、大学の宿舎なんです。
博士は、その頃の知り合いに頼んで、部屋も食堂も利用出来るようにしたんです。
あと、救助艇が2台ありましたね。
あれは、その頃、学生だった博士の知り合いが造ったんです。
と言っても、船体の方だけでエンジンは博士が用意したそうです。
現在の助手も、知り合いに頼んで来てもらっているボランティアだったんです。」
「博士の生活って、なかなか厳しそうなのね。」
「とにかく、エンジンに自分と親からの資産を、注ぎまくっているらしいんです。
食事も出来るだけ質素なものにしているようです。
私たちと食べたお昼も、私たちがいたから奮発したそうです。」
「何か、悪い事をしちゃったみたいね。博士に感謝しないといけないわね。
でも、車の中でその話をしたのなら、あたしも聞いた筈よね。
なんで覚えていないのかしら。」
「トラ。あなたはお昼を食べて、お腹がいっぱいになっていたんですよ。
車に乗った後、幾らも経たないうちに眠ってしまったじゃないですか。
だから、覚えていないんですよ。」
「そうだったかしら。でも大した事じゃないからいいわ。」
やがて、港に行く時刻になりました。
ガーネとトラは、宿舎を出ました。
近くのバス停から、バスに乗り込みました。
港に着いてみると、既に救助艇が迎えに来ていました。
「ガーネ君、トラ君。」カーマイン博士が近寄って来ました。
「お早うございます。カーマイン博士。」
「ああ、お早う。今日もいい天気じゃな。」
「本当ですね。」
「今日は、これを持ってきたのじゃ。」
博士が、差しだしたのは、救助服でした。
「これを着て、飛んでもらいたいのじゃ。」
「これをですか。でもまたどうしてですか。」
「もともと、この飛行装置は、救難救助を目的としておる。
実際に使用する場合と、少しでも同じ状態で飛んで欲しいのじゃよ。」
「判りました。では着替えます。」
ガーネは、救助艇の中で着替えました。
ガーネは、カーマイン博士に尋ねました。
「救助服の前の方に付いている、寝袋みたいなものは何でしょうか。」
「これは救助した人を、収納するための袋じゃ。」
「と、言いますと。」
「救助しようとしても、救難者が歩く事が困難な場合も多い。
そんな時に、この袋の中に収納して運ぶのじゃ。
救助が用意になるし、それにかかる時間も短縮出来るというわけだ。
今回は、その救難者にトラ君がなってもらいたいのじゃが、よろしいかの?」
博士は、トラに尋ねました。
「博士。有難うございます。喜んでやらせて頂きます。」
トラは、いつになく目をキラキラと輝かせながら、そう言いました。
この救助袋には、大小幾つかのマジックテープが付いています。
人を中にいれたら、マジックテープのファスナー面でしっかり固定します。
これで、小さい子供から大きい大人まで、安心して運べるのです。
トラは、この救助袋に入りましたが、体全体がその奥に入ってしまいました。
そこで、トラの顔や前足が袋の縁から出せる状態にしました。
その後、マジックテープで、トラの体を固定したのです。
「これで大丈夫ですか。」ガーネはトラに聞きました。
「しっかりと固定しているみたい。心配いらないと思うわ。」トラは答えました。
「準備は出来たみたいじゃの。では実験場に行くとするか。」
「はい。」ガーネとトラは同時に答えました。
その後、救助艇は発進しました。
いつもの実験場に到着しました。
「では、始めるとするか。」
博士の合図とともに、ガーネは両手にあるハンドルをレバーごと握りました。
スカイダーの噴射口から、白い煙が勢いよく流れました。
それと同時に、ガーネは、上へ上へと上昇して行きました。
トラはその勢いに圧倒されていました。一言も喋る事が出来なかったのです。
やがて、いつものように、急に推進力がゼロになりました。
ガーネは、真っ逆さまになって、そのまま落ちていきました。
トラは、精一杯、救助袋にしがみついていました。
落ちるスピードは、だんだん遅くなりました。
そして無重力状態となり、海面より少し上で浮いていました。
救助艇が近くに来てくれたので、ガーネは乗り込みました。
本日、1回目の実験が終わりました。
「どうです。怖かったでしょうか?」ガーネはトラに尋ねました。
トラはその体を震わせていました。口がきけないようでした。
ガーネは救助袋からトラを出しました。
そして救助艇にあった水筒の水をお皿に注ぎ、トラに差しだしました。
トラは、しばらくその周りをうろうろしていました。
やがてペロペロとお皿の水を舐めはじめました。
お水を飲んで、落ち着いたせいでしょうか。トラが話し始めました。
「すごかったわ。信じられないくらい。
この世界に初めて来た時の方が、高度は高かったと思うの。
でも、あの時はいきなりだったし、何かを思う暇なんて無かったわ。
でも、今回は違うの。
自分が大空を飛ぶんだって、最初から判っていたし、待ち焦がれていたもの。
本当に短い時間だったけど、素晴らしかったと思うわ。
2つの世界が、そこにはあったような気がするの
最初は、ガーネが地上から大空へ上昇するまでの間ね。
眼下の景色がみるみる間に遠ざかって、小さくなって行くの。
上を見れば、大空がどんどん自分の方へ近づいてくるような気がしたわ。
そして、そのまま自分が吸い込まれていくようなそんな感じ。
とても、不思議な世界を、体中に感じたわ。
次に感じたのが、真っ逆さまに急落下して、海面付近で浮かぶまでだったわね。
上昇していたものが、ほんの僅かの間をおいて、いきなり落下したわ。
この星に「もう、帰ってこないと駄目だよ。」って怒られているみたいだったの。
有無を言わさず強引に、引っ張られていたわね。
小さくなっていた景色がどんどん近付いてきたの。
実験だから大丈夫なんて、考えている余裕なんてなかったわ。
「もう駄目よ。」思わずそう思っちゃたもの。
海面に近くなるにつれて、少しずつ落下のスピードが落ちていったわ。
でも、完全に無重力状態になって浮かぶまでは、安心出来なかったの。
海面付近で浮かんだ状態になった時、初めて「助かったのね。」と感じたの。
そうしたら、何故か急に体が震えだして止まらなくなってしまっていたわ。」
トラは、一気に喋りました。
「実験はまだまだ続きますけど、どうしますか?しばらく休みますか?」
ガーネや博士は、トラに尋ねました。
「いいえ、こんな機会はそうあるものじゃないと思うの。
あたしにも、続けさせてください。」
トラは懇願するように、訴えました。
少しの間、休憩をとった後、実験は再開しました。
トラは、最初のうちは体を硬くして、実験に耐えるのが精一杯のようでした。
ですが、2~3回と繰り返すにつれて、だんだん余裕の表情になっていきました。
どうやら、無意識に感じていた恐怖感から、解放されたようです。
トラは、この実験自体を、楽しむ事が出来るようになっていきました。
何回目かの実験が終わった頃、カーマイン博士から声がかかりました。
「ガーネ君。トラ君。御苦労様でした。
今日予定した実験は、これでおしまいじゃ。
明日からは、これから取りに行く新しいエンジンで実験をするでの。
お二方もそのつもりでな。」
ええ、やっと面白くなりかけたのに、もうやめちゃうの?
トラは、がっかりしていました。
「カーマイン博士。実は提案があるのですが、聞いてもらえないでしょうか?」
ガーネが博士にそう言いました。
「提案じゃと。はて、どんな話かの。」
「今までの実験は、博士が目標とする高度まで、飛ぶためのものでしたよね。」
カーマイン博士はうなずきました。
「その通りじゃ。
スカイダー内部にモニターを付けて、実験によりその動作を確認しておった。
そして、何が障害になっているのか、調べていたのじゃ。」
「もう1つ、実験して欲しい事があるんです。」
「ほう、それは何かね。」
「一体どれくらいの高度までなら、正常に動作するかという事です。
博士の研究所では、高度は低くても、正常に動作するものを体験しました。
今ここにあるスカイダーは、それ以上の性能を持っています。
是非、このスカイダーが正常に動作する高度の、限界を調べてください。
それもまた、スカイダーの開発に役立つものと、私は思います。」
「正常に動作する高度の限界とな。
確かに試してみる価値はあるのかもしれんな。
まだ、無重力状態が消えるまでは、時間もかなり残っておる。
じゃが、本当に実験をするつもりがあるのかの?」
博士は、念のためにガーネに尋ねました。
「はい、もちろんです。」
カーマイン博士は、救助艇にいる助手の2人の元に行きました。
しばらくの間、3人でこの新しい実験について話をしていました。
数分後、カーマイン博士は戻って来ました。
「助手も、この提案に賛成してくれてな。実験を開始する事になった。
まず、最初は目標の高度の、半分ぐらいからにして行なう。
それから、少しずつ、高度をあげていくのじゃ。よいな。」
「はい、博士。」ガーネはそう答えました。
トラは救助袋に入れたままでした。
「トラ君はどうするつもりかの。」
「はい。通常飛行もやってみたいです。お願いします。」
トラは、博士にそう言いました。
やがて、実験の準備が終わりました。
「では、始めてくれ。」
博士の合図とともに、ガーネは両手にあるハンドルをレバーごと握りました。
再び、ガーネたちは、空へと上昇しました。
予定の高さまで達した時、マイクから博士の声が聞こえてきました。
「よし、旋回じゃ。」
ガーネは、ハンドルのレバーを操作しました。
それと同時に体の向きを変える事によって、旋回をする事が出来ました。
右旋回、左旋回と交互に、繰り返しながら、飛んでいました。
「ガーネ。すごいすこい!!」
トラは、上昇時はもちろん、旋回を繰り返すたびにガーネに声をかけました。
その目はキラキラと輝き、頬の色も赤みを帯びていました。
その後、下降や上昇も繰り返しました。
縦横無尽に飛んでいるその姿に、博士も満足そうでした。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていきます。
いつしか、既定の飛行時間になってしまいました。
博士はガーネに、地上に降りてくるように指示を出しました。
いよいよ、最後の難関です。
無重力を利用することなく、無事に着地出来れば成功となります。
ガーネは、ハンドルのレバーの「握る・離す」を繰り返しました。
その間隔を早めたり、遅めたりしながら、ゆっくりと降りていきました。
そして、無事に救助艇へ着地する事に成功しました。
「ガーネ君。見事な着地じゃった。」
カーマイン博士は、ガーネと握手をしました。
「わしが目標として掲げている飛行高度には、まだまだじゃがな。
それでも、わしの描いた夢へ、一歩前進したような気はするわい。」
博士は、この成功を喜んでいました。
その後も、少しづつ高度を上げて実験を続けました。
実験は、海面の無重力状態が消えると同時に終了しました。
結果的には、目標の飛行高度の2/3に、あともう少しというところでした。
それでも、この好結果に、実験にかかわった、みんなが満足しました。
そして、この研究を続ける思いを、強くしたのでした。
今回も、特に怪我をする事もなく、終える事が出来ました。
ガーネもトラも、最高の気分でした。
宿舎に帰ろうとしたガーネたちは、博士に呼びとめられました。
「昨日話した通り、午後は実験をやらないつもりじゃった。
じゃが、先ほどの実験結果を見て、別の実験もしてみたくなっての。」
「と、おっしゃると。」
「耐久実験じゃよ。
最後に成功したあの高度で、時間ぎりぎりまで通常飛行をして欲しいのじゃ。
あのスカイダーがどれほどの耐久性を持つか、確認をしたいのじゃ。
やってくれるかの。」
「でも、博士はいないんですよね。勝手にやってもいいんですか。」
「助手二人も、付き添ってくれるそうじゃ。
ガーネ君やトラ君たちが引き受けてくれるなら、是非お願いしたい。」
ガーネとトラは顔を見合わせました。返事は決まっていました。
「もちろん、喜んでやらせて頂きます。」
お昼になりました。
宿舎に帰ったガーネとトラは、昼食を食べました。
いつものように、歯を磨いた後にガーネは2階に戻ろうとしました。
その時、トラはガーネに声をかけました。
「ねぇ、しばらく食堂にいてもいい?」
「別に構いませんが、どうしてでしょうか。」
「あのね。食堂のおばちゃんが、空を飛んだ話を聞きたいって言うの。」
「ああ、そうなんですか。いいですよ。
午後の実験までは、時間もまだかなりありますしね。
ゆっくり話をしててください。」
トラは、食堂に戻りました。
ガーネは、2階の自分の部屋に戻りました。
部屋で、寝転がりながら、ふと思いました。
「別世界に行って、1人ぼっちになったのは、最初の時ぐらいですね。」
ガーネは、トラと出会う前の自分を思い出していました。
トラが、戻って来ました。
「お帰りなさい。トラ。まだゆっくりお話をしてても大丈夫ですよ。」
「いいえ、もういいの。いっぱいお話したもの。」
トラは、なんとなく、さみしげでした。
「トラ。どうしたのですか。」ガーネは聞いてみました。
「あのね。おばちゃんに、今日の事を話していたの。
そしたら、とても楽しそうに聞いていてくれたわ。
でもね、途中で、おばちゃんの娘と孫が入って来たの。
すると、おばちゃん。少し待っててねって言って、席を外したの。
しばらくして、おばちゃんが戻って来たわ。
話を続けようとしたら、おばちゃんが言ったの。
「ごめんね。今日は久しぶりに、孫が来たの。
早く家に帰ってあげたいから、話はまた今度聞かせてね。」
おばちゃんは、そう言って、家族と一緒に出ていってしまったわ。
だから、あたしも食堂から出てきたの。」
そう言いながら、トラはガーネの横に来てしゃがみ込みました。
ガーネは何も言いませんでした。
ただ、優しくトラの頭を撫でてやりました。
トラは、寝転んでいるガーネに寄り添い、その胸に顔を埋めていました。
泣いているようでもありました。
ガーネは左腕でトラを抱きかかえ、右手でその頭を撫でてやりました。
「大丈夫ですよ。トラ。あなたには、私がついています。
1猫っきりなんかじゃありません。
私は、いつでもあなたのそばにいますよ。」
ガーネはそう言って、トラを慰めました。
やがて、港に行く時刻になりました。
ガーネとトラは、宿舎を出て、バスに乗り込みました。
港に着いてみると、いつものように救助艇が迎えに来ていました。
救助艇に乗り込むと、運転係も兼任している博士の助手に聞いてみました。
「いつも、ご苦労様です。カーマイン博士はもう出かけられたのですか。」
「はい。午前中の実験が終わると、すぐに車でお出かけになりました。
本当は、午前中の実験は、予定どおり早く終わらせるつもりだったのです。
時間的に余裕を持って、出かけたかったんだと思います。
ところが、あの追加の実験を実施する事になってしまいました。
そのため、予定が狂ってしまったんです。」
「それは...。どうも申し訳ありませんでした。」
ガーネは、頭を下げました。
助手の人は、それを見ると慌てて言いました。
「別に、ガーネさんが気にする必要なんてないんですよ。
あの実験は、確かに必要なものでしたし、私たちもそれを認めたんですからね。
これから行う実験も、必要だからやるんです。
だから、ガーネさんたちは、いつものように実験に集中して下さい。」
「判りました。では、よろしくお願いします。」ガーネは答えました。
その後、救助艇は発進しました。
いつもの実験場に到着しました。
「じゃあ、ガーネさん。始めますよ。」
助手の合図を確認後、ガーネは両手にあるハンドルをレバーごと握りました。
後は、午前中にやった通常飛行を繰り返しました。
トラは、午前中に何回も乗ったせいでしょうか。今回は落ち着いていました。
青く広がる大空の中で、トラはガーネと一緒にその飛行を楽しんでいました。
トラは「いつまでも、飛んでいたいな」と思っていました。
無重力状態が終了するまで、それは続けられました。
実験が終了すると、助手はガーネに言いました。
「お疲れ様でした。」
「こちらこそ、私が提案した実験に付き合わせてしまい、済みませんでした。
ところで、耐久性に何か問題がありましたか?」
「いえ、モニターで確認してみましたが、特にありませんでした。」
「それは、よかったですね。博士も喜ぶんじゃないでしょうか。」
「はい。そうだと思います。」
その後、博士の助手たちと別れてガーネたちは宿舎に戻る事にしました。
帰りのバスは空いていました。
座席に座ったガーネは、自分の膝に座っているトラに聞きました。
「どうです。もう慣れましたか。」
「午前中もそうだったけど、午後もずっと飛びっぱなしだったでしょ。
だんだん、慣れてきたわね。
もちろん、ガーネの操作がうまくなって来たせいもあるでしょうね。
最初の頃に感じたスリルや迫力が、次第に感じられなくなってきたわ。
もちろん、楽しさは今も変わらないけどね。
でも、出来る事なら。」
「何でしょうか。」
「あたしが、あのスカイダーを背負って、空を飛びたいな。」
「でも、それは。」
「判っているわ。無理ってことぐらい。ただ言ってみたかったの。」
やがて、宿舎に到着しました。
昨日のように、すぐに夕食の時間が訪れました。
ガーネとトラは、食堂に降りていきました。
トラは、いつものように食堂のおばちゃんに声をかけられました。
一瞬、立ち止まりましたが、ちょっと頭を下げただけで通り過ぎてしまいました。
ガーネは、定食を受け取りました。
トラの分も受け取ろうとすると、おばちゃんがトラの方を向きました。
「トラちゃん、昼間はごめんなさいね。
おばちゃんが誘っておいておきながら、勝手に帰っちゃって。
もし、よければ食事の後、また寄ってくれない?
トラちゃんの話の続きを聞きたいの。」
おばあちゃんはそう言って、トラには混ぜご飯を出してくれました。
「あ、有難う。」トラは、ぎこちないながらも、お礼を言いました。
ガーネとトラは、今朝と同じテーブルで食事をとりました。
食事が終わると、いつものように洗面所で歯を磨きました。
その後、ガーネは2階に戻ろうと、階段を上り始めました。
ですがトラは、階段の手前で立ち止まっていました。
ガーネは、トラの元に戻り、声をかけました。
「トラ、どうかしましたか?」
ガーネが尋ねると、トラは答えました。
「あのね。やっぱり、おばちゃんのところ...。」
トラは、言いにくそうでした。
ガーネは、しゃがんでトラの頭を撫でながら、こう言いました。
「判りました。おばちゃんのところで、ゆっくりお喋りを楽しんでください。」
「有難う。ガーネ。」トラは急いでおばちゃんの元へ走って行きました。
「やれやれ、一件落着ですね。」
そう言いながら、ガーネは2階に上って行きました。
自分の部屋に入ると、ガーネは寝転がりました。
時間が経つにつれて、眠気がガーネを襲いました。
そして、いつの間にか眠ってしまいました。
どれくらい時間が経ったでしょうか。
誰かが、ガーネの肩を叩いて、声をかけているようでした。
はっとして、目を覚ますと同じ宿舎の人が、ガーネを起こしていました。
「ガーネさん。お電話です。」その人は言いました。
ガーネは、目を擦りながらお礼を言いました。
その後、電話機が置いてある場所に行きました。受話器は外れていました。
ガーネは、受話器を取り上げて、耳にあてました。
「もしもし、どちら様でしょうか。」ガーネは尋ねました。
「わしじゃよ。先ほど自宅に戻って来た。」
電話の主は、カーマイン博士でした。
「そうでしたか。お帰りなさい。
それにしても、わざわざ電話をかけてくるなんて。
何か用事でもあったんですか。」
「実はのう。今日、取りに行った新しいエンジンが手元にあるのじゃ。
スカイダーに取り付ける前に、見せておこうかと思っての。
こうして電話をしてみたのじゃ。
どうだ。もし暇なら今からでも構わんから、わしの家に来んか?」
ガーネは、時計を見ました。まだ床に着くには早すぎる時間です。
「判りました。今からそちらへ伺います。」ガーネはそう答えました。
「そうか。では待っているからな。」そう言って、博士は電話を切りました。
やれやれ。ガーネは苦笑しながらも、出かける事にしました。
トラにその事を伝えるため、食堂に立ち寄る事にしました。
今回は、トラは置いていくつもりでした。
おばちゃんとの長話を楽しんでいるなら、邪魔しては悪いと思ったからです。
食堂の入り口で、トラと鉢合わせしました。
「ガーネ。どうしたの。」トラが尋ねました。
ガーネは、博士のところに出かける話をしました。
すると、トラもついて行くと言いだしました。
「おばちゃんと話をしていたんじゃないの?」ガーネは尋ねました。
「とっくに終わったわ。おばちゃんも、さっき家へ帰って行ったの。」
トラは、そう答えました。
「そうか。さっき、私は少し眠っていたんでしたね。忘れていましたよ。
じゃあ、トラ。一緒に出かけましょうか。」
ガーネとトラは、宿舎の外に出ました。
ガーネたちは、バスの停留所に向かって歩きだしました。
ですが、その時1台のバスがガーネたちの横を、通り過ぎて行きました。
ガーネは、そのバスの行き先を示すパネルの文字を、確認しました。
そこには、ガーネたちが行きたい方面の名前が表示されていました。
「あっ、トラ。あのバスですよ。」
ガーネとトラは、一生懸命にその後を追いかけました。
ですが、停留所に人の姿が無かったため、バスは通り過ぎてしまいました。
結局、バスには間に合いませんでした。
ガーネもトラも息を切らして、そこに佇んでいました。
しばらくして落ち着くと、時刻表を眺めました。
今乗り遅れたバスが、目的のバスだった事が確認できました。
次にバスが来るのは、20分あとでした。
ガーネは、トラにいいました。
「次のバスが来るまで、ここにずっと立っているのもつまらないですね。
どうでしょう。そこの公園で時間を潰しませんか?」
ガーネは、トラにそう言いました。
トラもうなずきました。
ガーネは、食料品店で、飲み物を購入しました。
ブランコに揺れながら、その飲み物をストローでかわるがわる飲んでいました。
「それにしても、ここに来てもう2日目ですね。
しかも、もう夜ですよ。一体、私たちはいつまでここにいるんでしょうね。」
「ひょっとしたら、ここがあたしたちの世界って事もあるんじゃないの。
もしそうなら、もう迷宮のドアは現れる事は無いわ。」
「そんなに早く見つかるものなんでしょうか。
まぁ、あり得ない話ではありませんし、本当にそうなら嬉しいです。
ただ、自分の世界に戻れば、記憶も元に戻ると思っていたんですよ。
そして、迷宮の事など忘れて、以前の生活に戻れるんじゃないかってね。
だから、ここを自分の世界と思うには、少し違和感があるんです。
トラは、どう思います?」
「私も今は何とも言えないわ。
ガーネと同じで、自分の事なんて名前以外、何も覚えていないしね。
やっぱり判らないわ。」
ガーネとトラは、黙ってしまいました。
そして、時が過ぎていきました。
ふと気が付いて、ガーネは時計を見ました。
この時計は、博士が最初に出会った時にくれたものでした。
そろそろ、バスが来る時刻になっていました。
「トラ、バスの停留所に戻りましょうか。」
ガーネは、トラににそう言いました。
「そうね。また乗り遅れると大変だわ。行きましょう。」
トラも同意しました。
ブランコを下りて、飲み終わった缶をごみ箱に捨てました。
ガーネたちは、公園をあとにしました。
ガーネとトラがバスの停留所に着いて、まもなくバスがやって来ました。
ガーネたちはバスに乗り込み、空いている座席に座りました。
「お金はまだあるの?」トラは尋ねました。
「大丈夫ですよ。昨日の日当の分が残っています。
それに、今日も午前中の実験後に、博士から今日の分の日当をもらいました。
何の心配もありませんよ。」
ガーネはそう答えました。
しばらくして、バスはカーマイン博士の近くの停留所に止まりました。
お金を払って、バスを降りました。
「ええと、こちらでよかったんですよね。」
宿舎で、博士の家の住所を知っている人に、書いてもらった地図を眺めました。
ガーネはその地図で、現在自分たちが居る停留所の位置を確認しました。
「間違い無いようですね。行きましょう。」
ガーネはトラにそう言いました。
そして、その地図が指し示す方向に、歩いて行きました。
「ええと、ここから歩いて10分ですね。」ガーネは言いました。
ガーネが歩いて行く先に、食料品店がありました。
「博士は、多分今日は夜通しでエンジンを取り付けるつもりです。
手間をかけずに美味しく食べられる物を幾つか買っていきましょう。
私たちの分も含めてね。」
「何で、私たちの分もなの?」
「ひょっとすると、私たちも付き合わされる事になるかもしれないからですよ。
単に、購入したエンジンを見せびらかしたいだけとは思えないんです。
きっと、いろいろ手伝わされるんじゃないかと思います。
トラも覚悟をしていてくださいね。」
「えっ、あたしも何かするの?」
「冗談ですよ。
ただトラも私も、今夜は博士の家で、一夜を過ごす事になりそうです。」
ガーネは、食べ物と飲み物を幾つか選んでかごに入れました。
トラが自分で選んだものも、一緒に入れました。
レジで、支払いを済ませると、そのお店を出ていきました。
「さぁ、少し時間をかけ過ぎましたね。早く行きましょう。」
ガーネとトラは、博士の自宅へと歩き始めました。
第4話「空を飛ぶガーネ。」ふたつめってとこですね。(終)
今回のお話は、人間単独飛行の実験を行なっている世界の2日目以降の話です。
トラも実験に参加する事になり、大空へ飛び立ちます。




