第10話「ブリザード」終ー1
第10話「ブリザード」終ー1
ガーネは、ふと自分が装着している腕輪に眼をやります。
「そう言えば、この腕輪。パードさんのと同じ物だった気がするのですが、そんな簡単に外れるものなんですか?」
「俺達のはな。お前の腕輪やその猫の首輪は国務省の管理センターにでも行かない限り、絶対に外せない。その必要が無いからだよ。多分、軍部はお前達が御用済みになった途端に命を奪い、その腕や首をを焼き切って回収するつもりなんだ」
「とすると、私達がこれを外せるのは」
「迷宮に戻った後って事になるわね。あたし、これ嫌いなのに」
「おいおい、どうして迷宮に行くと外せるんだい?」
「私達が訪れた世界から迷宮へと戻る際には、身体に起きた全ての事象がリセットされるんですよ。例えば、何か持っていたり、身体に装着していたとしても、迷宮には持ち込めません。
病気や怪我をしても、迷宮に戻れば元に戻るんですよ。少なくとも、これまでの経験から言えばそうでしたね」
「へぇー。結構、便利なもんなんだな。迷宮って」
「便利かどうかは。訪れた世界の思い出として残るのは、ここにあるものだけですからね」
ガーネは苦笑しながら、自分の頭を指差します。
「さみしくは無いのか。それって」
「まぁ、そう思う事もありますが、迷宮を歩いている限り、また次の世界に出会えますから。そしたら、すぐにそんな思いは消えてしまいますよ。ねぇ、トラ」
「そうね。さみしい時もあるけど、そんな感傷に浸っていては、いつまでも経っても前に進めないわ」
「強いんだな。ガーネもトラも」パードは感心していました。
焚き火にあたりながら話をしている間も、時がどんどん過ぎていきます。
「おい。いつまでもここに居る訳には行かないし、そろそろ行動を起こそうじゃないか」
「そうですね。そうしましょうか。 ……でも、その前にあなたはどうするつもりなんですか? それをお聞かせ願えると、こちらも行動を決めやすいんですが」ガーネは逆に問いかけます。
「そうだな。まず、アレンをここから連れて帰りたいんだ。ちゃんとお墓に入れてやりたいしな。後、万一だが、改良後のプルートがどこかに残っているのが判れば、このワクチンの存在を公表しようと思っている。テレビ局に幼馴染みがいるから、そいつに頼めば不可能な事じゃない。もちろん、国防省や軍部を刺激しないようにやらなけりゃならないから、何等かの工夫をする必要があるとは思うが」
「そうですか。そうお考えなら是非おやり下さい。私達もその二つが両方とも叶う事を祈っています」
「有難う。だが、問題はここからどうやって脱出するかだな。ガイル所長もレイラも敵に回すと厄介な存在だ」
「大丈夫です。あの二人は私達で何とかしましょう。あなたはこのまま、下山して下さい」
「下さいって、簡単に言われてもな。一体どうするつもりなんだい?」
「先程も言いましたが、あなたはここにあるアレンさんの車で、この山を下山して下さい。私達は表に停めてあるあなたの車へ戻りますから」
「オレの車に戻るって言ったって、もうガソリンが底をつき始めているぞ。あの状態で、ここを下山するのは、はっきり言って不可能だ」
「別に下山なんてしませんよ。これも言ったと思いますが、私達は迷宮のドアを使って迷宮に帰りますから」
「迷宮のドアねぇ。もう一度聞くが、本当なのかい。お前達が迷宮の旅人だって話」
「それはあなたが信じるかどうかにかかっています。でも、改めて言わせて貰いますが、私達が迷宮の旅人と言うのは本当です。だから、あなたが私達の事を気にかける必要はありません。安心して下山して下さい」
「そうか」パードはしばらく考え込んでいましたが、やがて口を開きます。
「判ったよ。じゃあ、オレはお前の言う通り、この車でここを去るとしよう。だが、ガソリンはどの程度あるのかな」
パードはそう言って車の中に入り、エンジンをかけます。多少、てこずっていましたが、何とかエンジンがかかりました。
「ここに置いていたせいか、調子はよさそうだ。で、ガソリンの残量は、っと」パードは計器を調べましたが、たちまち浮かない顔になります。
「駄目だ。オレの車とほとんど変わらない」そう言って落胆しているパードにガーネが声をかけます。
「パードさん。この後ろに積んでいる物はガソリンのタンクじゃないですか?」
「何!」
パードは急いで車から降りて後部に回ると、ガーネが指差しているタンクの栓を開き、匂いを嗅いでみます。
「間違いない! ガソリンだ!」パードはタンクの傍にあるポンプを使い、車へガソリンを給油します。
「さすが、アレンだ。用意周到だな」
やがて満タンになると、給油を止めて運転席へと戻ります。
「本当にいいんだな。お前達はこれに乗らなくても」
パードは空いている窓から尋ねます。
「ええ、構いません。行って下さい。じゃあ、さよなら」「さよなら」
パードはガーネ達の言葉に頷き、じゃあな、と手を振った後、アレンの車を始動させ、そのまま洞穴の外へと出て行ったのです。
「ああ、行っちゃいましたね」ガーネはため息をつきながら、トラにそう言います。
「本当ね。じゃあ、今度はあたし達の番だわ。それで、これからどうするつもりなの?」
「まず、焚き火の後始末をした後、私達も洞穴を出て、さっきの車に乗り込みましょう」
「それはいいけど。その後どうするの?」
「あの二人を待つんですよ。大丈夫。間違いなく来ます」
ガーネはそう言って、腕輪をトラに見せます。
「この洞穴とブリザードのせいで、電波が外に漏れにくい状態ですが、この外に出れば再びあの人達に受信されるでしょうから」
「でも、それならパードは? 今頃、追いかけられてるんじゃないの?」
「さっき、パードの腕を見たと思いますが、もう腕輪は外れていましたよ。 少なくとも、腕輪の電波で追いかけられる事はもう無い筈です。後、偶然、出会ってしまう場合もありますが、これはパードの運を信じるしかないでしょう」
「そうね」がーネの言葉にトラも頷きます。
小さくなってきた焚き火の火を、外から持ってきた雪で後始末すると、ガーネはトラを防寒服の内ポケットの中に入れます。
「少し狭いでしょうが、こちらの方が暖かいと思いますよ」
「うん。ガーネの温もりを肌で感じる。ここで構わないわ」
トラはそう言うと、狭いポケットの中で身体を休めます。
「じゃあ、行きますよ」
相変わらず降り注ぐブリザードの中を、ガーネはひたすら歩いて行きます。
しばらくすると、先程停めておいた車へと辿り着きます。
「おお、寒い寒い」ガーネは急いで後ろのドアを開け、中に入ります。後部座席の直ぐ後ろに畳んである毛布を広げ、温まる事にしました。
「さてと。早く来てくれると嬉しいんですけどね」
ガーネがそう呟くと、トラが顔を出します。
「どうです。寒いですか?」「うん」
トラはその一言だけで、再びポケットの奥へと潜り込みます。
寒さに耐えて待ち続けているガーネ達に、二つの灯りが見えて来ます。
「やっと来ましたか。いよいよですね」ガーネの言葉にトラも顔を出します。
「あたしはこの車に居てもいいんじゃない?」
「置いてきぼりにしますよ。それでもいいんですか?」
「判ったわよ。でも、このポケットの中に居るだけよ。交渉事はガーネに任せるから」
「はいはい」
ブリザードの中、一台の車が現れ、ガーネ達の車の近くで停車します。ガーネが待っていた二人が、ライトを点けたままで車を降り、こちらにやって来ます。
車へ辿り着くと、ガイル所長はドアを叩きながら、締め切った窓の外から声をかけます。
「ほら、ガーネ。手を後ろに組んだままで降りるんだ」
所長の手にはハンドガンが握られています。
「はいはい」ガーネは言われた通りの格好で、ドアの外に出ました。ブリザードが降り注ぐ中、ガーネはガイル所長と、その後ろに居るレイラの姿を確認します。
「レイラさん、助けてください。ガイル所長がハンドガンで脅すんですよ」
ガーネがそう言うと、レイラは所長よりも前に進み出ます。ですが、その手にもしっかりとハンドガンが握られていました。
「二人共。まさか、私達を撃つつもりじゃないでしょうね」ガーネは問いかけました。
「ええ、そのまさかよ。あなたの返答次第ではね」
レイラの声にはいつもとは違う冷酷さが現れています。
「レイラさん。あなたは一体?」
ガーネはパードから既に素性は聞いていますが、素知らぬ振りをする事にしました。
ガーネのその問いに、レイラは事務的な口調で答えます。
「改めて自己紹介をさせて貰うわ。アタシはレイラ。国防省諜報局に所属している。アタシの役目は、病原菌プルートの情報が外部に漏れるのを阻止する事にあるの」
レイラはガーネ達にハンドガンを突きつけながら、話を続けます。
「聞きたい事はいろいろあるけど、まず最初にこの車の事について聞きたいわ。ねぇ、どうやって鍵を手に入れたの?」
「パードさんから、ちょっと前に「大変な事が起きるかも知れない」みたいな事を言われて、この車の鍵を貰っていたんですよ」
「ほう。ではその時、パードから何を言われたのかもっと詳しく教えて貰いたいな」
ガイル所長が口を挟みます。
「それ程詳しくは。ただ、この車の鍵を渡して、すぐにここから逃げるように、と指示をくれたのです。私達があなた方に監禁されているんだと教えてくれてね」
「そうか。そうだったのか」ガイル所長はレイラと頷き合います。
「それにしても、ガイル所長。私達が去った後、しばらくしてどこからか爆発音の様な音が聞えてきました。一体あの爆発は何だったんですか?」
「あの爆発か。いいだろう。聞かせてやる。あれはな、ワタシ達の研究所が何者かによって爆破された音だ。おい、お前達。あれをやったのはお前達だろう」
ガイル所長は怒気を強めて、ガーネ達に問いかけます。
「とんでもない。私達はただ言われた通り、逃げただけですよ。と言っても、そろそろガス欠なので、補給が必要になってはきましたがね」
ガイル所長はハンドガンを手にしたまま、車のガソリンメーターを覗いています。
「なるほどな。確かに残量は後僅かだ。だから、ここに止まっていたのか」
ガイル所長は納得した様な表情を浮かべます。
「だが、君達があの爆破に関与していないと言う確たる証拠はどこにも無い。従って、君達を公共建造物の爆破犯人として拘束する。黙ってワタシ達に同行して貰おうか」
ガイル所長はハンドガンを手に警戒をしながら、ガーネの方へ歩み寄ります。
「残念ですが、それは出来ません。折角、こうして自由にさせて貰ったんですから、私達はこのまま、ここを立ち去りたいと思います。じゃあ、ガイル所長。レイラさん。これで失礼します」
ガーネはそう言って後ろを振り向き、歩き出します。
パーン パーン! 二発の銃声が足元の雪を吹き飛ばしたので、ガーネは思わずその歩みを止めます。
「ガーネ。どうやら、あなたは自分の今の立場をよく判っていない様ね。あなたには微生物研究所を爆破した容疑がかけられているのよ。このまま黙って見逃がす訳が無いじゃない」
「私達を爆破犯人呼ばわりしますがね。大体、あなた方が私達をブリザードの中から助け出してくれたんですよ。その際、見ぐるみ一切を確認した筈です。その時、私達が何かを持っていましたか? 幾ら怪しいと言っても、何も無いのに爆破は出来ませんよ」
「その通り。だから、君達はあそこに置いてあったプルートで研究所内を汚染させ、時限爆弾を作動させたんだ」
「へぇー。あの爆発はプルートが漏れた為に作動した時限爆弾のせいだったんですか。でも、どうやって私達があなた方の厳重管理下にあるプルートを持ち出し、汚染させる事が出来たんでしょうね。それを教えて貰えますか?」
「パードを買収して、やらせたんだ。スパイならそれくらいの事はやるだろう」
「スパイ? その容疑は嘘発見器で晴れたと思っていたんですけどね」
「優秀なスパイなら、あんな装置など、うまくかわせてしまえるんじゃないのか?」
「ガイル所長はどこまでも、私達をスパイにしたいんですね。じゃあ、レイラさんにお聞きしましょう。私達がそんなスパイに見えますか? あなたは国防省諜報局の方とか言うお話でしたよね。だったら、人を見る眼も他の人とは違う筈です。どうです? 本当にそんな風に見えますか?」
ガーネがレイラの答えを待っている間も、ブリザードは吹き荒れています。
第10話「ブリザード」終ー1(終)
今回のお話はトラ・オブ・ラビリンス第10話「ブリザード」最終回・前篇となります。
いよいよ、残すところ後篇ただ一回のみです。やっと、ここまで漕ぎつけたかと言う感じです。
では、また会えることを祈って。




