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トラ・オブ・ラビリンス  作者: シード
第10話「ブリザード」
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第10話「ブリザード」⑦ー2

第10話「ブリザード」⑦-2


「すると、あたし達は直ぐに死ぬの?」トラは少し怯えた様子で問いかけます。

「いいや。このプルートの殺傷能力自体は既に証明済みだし、君達は貴重な被検体だからな。直ぐに殺される事は無いと思う。さっきも言った様に、改良されたプルートの売りは、その扱い易い特性にある。それを確かめる為に君達の身体を利用して実験していた訳だから、死なすよりもむしろ生かしておこうと考えているんじゃないだろうか。それに研究所が無くなった今、改良前後を問わず、プルートは君達の体内にしかない。となれば、プルートを休眠状態にしたままで、君達の身体を確保しようとするに違いない。つまり、軍に身柄を拘束されるまでは、少なくとも君達の身は安全って訳だ」

「パードさん、有難うございます。今の説明で自分たちが置かれている状況は判りました。ですが何故、そんな私達を助けるんですか? 私達の事なんか気にしないで、さっさと逃げればいいじゃないですか」

「本来なら、研究所に残したままの方が良かったのかも知れない。そうすればあの爆破で全てのプルートが消滅出来たんだから。でも、オレにはどうしてもそれが出来なかったんだ。それをやったら、あいつらと同じになってしまう様な気がしてな」

「あたし達の身体にあるプルートを殺す事は出来ないの?」

「方法として考えられるのは二つだ。

 1つは、研究所内にあるプルート・コントローラーでこの生物を殺してしまう事だ。だが、研究所は知っての通り、爆破してしまった。とは言っても、それがあったとしても無理だったろうな。その扱い方を知っているのは所長とレイラだけだ。あの二人だったら、例え殺されても絶対にやらないと思う。

 後1つはアレンが持って行ったワクチンだ。あれなら駆除する事が可能なんだが、未だに行方がさっぱり掴めない。お手上げと言うしかないよ」

「そうなんですか」パードの言葉を聞いた途端、ガーネの顔から安堵の色が浮かび上がったのを、トラは見逃しませんでした。

「ガーネ。あなたはひょっとしたら、アレンの行き先を知っているの?」

「はい、確かに知っています。ついでにそのワクチンの行方もね」

 ガーネは顔に笑みを浮かべながら答えます。

「ど、どこなんだ、それは!」パードは両手でガーネの肩を掴み、揺さぶりながら叫びました。


「こっちですよ。ついて来て下さい」

 ガーネはパードとトラを引き連れて洞穴の入り口に引き返し、その近くに積もっている雪を払い除けます。するとその下から、アレンの遺体が出てきたのです。

「アレン!」パードは雪の中からアレンを引き出し、抱き締めます。でも、アレンの心音は既に途絶えていました。

「一体、どうして!」アレンはガーネに向かって叫びます。

「ともかく、その遺体をこちらへ」とガーネは手招きし、焚き火のところまでアレンの遺体を持ってこさせました。パードがアレンを横たえると、ガーネはその衣服を脱がします。

「見て下さい。弾痕です」「こんなに…… 一体、誰が!」

「それなんですけどね」ガーネは焚き火の近くにある血塗られた弾丸を拾い上げます。

「この弾丸が遺体近くに落ちていました。これに見覚えは?」

 ガーネが差し出した弾丸をしばらく眺めていたパードは、驚いた様な声を上げます。

「これは…… 軍の御用達品だ」「へぇー、良くご存知で」

「前にも言ったと思うが、この国の人間はある年齢に達すると国へのご奉仕と称して、軍に入隊する決まりがあるんだ。オレも数年そこにいたから、この実弾を使用した事がある。だから間違いない」

「ここにはガイル所長、レイラさん、そしてあなたの三人がいるだけです。となれば、その誰かがアレンを殺した張本人となる訳ですが…… 実はあなただって事はないんでしょうね」

「何を言うんだ。オレはアレンの兄だ。そんな事をする訳が無いじゃないか」

「それは何とも。国防省まで関わり合っている以上、無いとは言えないでしょう。でもまぁ、とりあえず信じますよ。私達の身体にプルートがいるのを教えてくれたのはあなたですからね。あなたが彼らの手先なら、絶対教えないでしょうし」

「ああ、オレがそうなら絶対に喋らないな」

「とすれば、後残りは二人。ガイル所長とレイラさんって事になる訳ですが…… どちらがそうだと思いますか?」

「所長は傲慢なところもあるが、化学者として有名な人だ。ちょっと考えにくいな。だとすると……」

「レイラさんって事になりますね」

「待ってよ、ガーネ。確かにレイラさんには不審な点があるけど、それってあたし達の想像でしか無いわ。確証なんて何一つ無いのよ。この人を撃ち殺そうとしたって話も、この人が言っているだけで本当とは限らないじゃない。

 ガーネだって以前、レイラさんは自分の危険を顧みず、「雪狼」からあたし達の命を助けてくれたって言ってたじゃない。そんな人を大した証拠も無いのに犯人呼ばわりしていいの?」

「本当に、私達を助けるつもりだったのならね」「それ、どういう意味よ?」

「あの人が私達を守ろうとしたのは、私達自身ではなく、私達の体内で生きている物、即ちプルートを守る為だったとしたら?」「そんなぁー!」

「その通りだ、ガーネ。実は彼女は国防省の諜報局員なんだ。ここに派遣された最大の目的もプルートの管理さ。だから、実験に必要な被験者である君達を命懸けで守るのは当然の事だったんだよ」

「酷いわ、そんなのって。命の恩人だって思っていたのに」トラは悲しげに呟きます。


 ガーネはそんなトラの頭を優しく撫でます。

「やっぱり、私達にはこの世界は向いていませんね。

 さてと。そんな事を考えているよりも、やらなければならない事を、さっさとやってしまいましょうか」

「やらなければならない事って?」「直ぐに判りますよ」

 ガーネはアレンが着ている服の内ポケットから銀色のケースを取り出しました。

「うん? ガーネ、一体それは?」ガーネはトラの言葉に答えず、パードの方を振り向きます。

「パードさん。先程あなたの言った事が正しいのであれば、これがプルートのワクチンって事になりますよね」ガーネはそう言って、その中から注射器を1本取り出します。

「最初に遺体を発見した時、これを見つけたんです。何なのか判らなかったから、とりあえず服に戻しておきましたけどね。まさか、これが自分達の役に立つとは、夢にも思いませんでしたよ」

 ガーネはそう言いながら、注射針のキャップを外し、ピストン部を押して少し液体を垂れさせます。

「パードさん。この注射器を刺す場合に注意しなければならない事はありますか?」

「もし、それが本当にワクチンなら血管に注入しないと意味が無い。だが、いいのか。可能性は高いが、本当にワクチンだとは限らないんだぞ」

「その銀色のケースを見て下さい。注射器が1本無くなっているでしょう。そしてアレンさんの腕には注射の跡が残っている。となれば、自分の体内に投与されたプルートを駆除する為に、使ったと考えるのが自然でしょう」

「くそ。あいつら本当に、アレンに注射していたんだ」

 パードが悔しそうな声を上げる中、ガーネは自分の拳を握り締めて血管を浮き上がらせ、そこに注射器の針を刺します。

「うっ」少し呻いた後、注射器の中の液体は全て、ガーネの体内へ投与されました。

「これでよしと。じゃあ、トラ。次はトラの番ですよ」

 ガーネは今までに見せた事が無い様なほのぼのとした優しい表情で、銀のケースから注射器を取り出し、トラに近づいて行きます。

「嫌よ。あたしはそんなのごめんだわ」「でも、そのままだと大変な事に」

「絶対に嫌! お注射させられるぐらいなら、死んだ方がましよ!」

 トラは近づいてくるガーネを警戒しながら、思わず逃げ出そうとして飛び跳ねた瞬間、パードに捕まりました。

「ガーネ、早く注射を!」

「パードさん、有難うございます。ほら、トラ。すぐに済みますからね。安心して任せて下さい」尚もにこやかな顔して近づいて来るガーネに、トラは恐れを隠し切れません。

「放せ! 放さないんなら」トラは御自慢の鉤爪を振るって、パードから逃れようとします。顔や腕が傷だらけとなり、パードが思わずトラを放してしまいそうになったその瞬間。

「あああーっ!」トラの絶叫が洞穴の中を伝わります。いつの間にかガーネは、トラの背後に回って血管を探し出し、そこに注射したのです。


 注射が終わり、パードが束縛を解くと、トラはバタッと地面に倒れます。

「おい、大丈夫なのか。身体が硬直状態になって、小刻みに震えているみたいだが」

「初めてのお注射でショックを受けたんでしょう。私も痛かったですが、仕方がありません」

 ガーネは気の毒そうな表情でトラを見つめています。そんなガーネを見ていたパードは、自分もガーネ達と変わらない状況である事を思い出します。

「あっ、そうだ。済まんがオレにも一本頼む。研究所で改良前のプルートに感染しちまったからな。確か同じワクチンで利く筈だ」

「さっき、そんな事を言っていましたね。判りました。では、どうぞ」

 ガーネは銀色のケースから注射器を一本取り出し、パードへ手渡します。パードは、アレンのおかげで助かった、と言いながら、自分の腕へワクチンを注射しました。

「さてと。これからの事なんですが」「ああ、そうだな。何かいい案でもあるのか?」

「パードさんはここにあるアレンさんの車で逃げて下さい。ブリザードの中を走り抜けて行けば、先ず気付かれることは無いと思いますよ。あなたが逃げている間、私達はパードさんの車に戻って、あの人達の相手をしていましょう」

「だが、君達はどうするんだ。彼らに見つかれば捕まってしまうぞ」

「心配いりませんよ。私達は迷宮に戻りますから。彼らがそこまで来る事は出来ません」

「迷宮? じゃあ、あの話は本当なのか?」「では、あなたも私達をスパイだと」

「いやあ。そう考える方が、はるかに無理がある様な気がしてきた」

「と言いますと?」

「スパイにしてはあまりにも、言動が面白過ぎるし」パードは笑いながら、そう言います。

「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」ガーネも笑いました。


「ううん」トラは我に返ったかの様に、すくっと立ち上がります。

「トラ。どうやら、注射から立ち直った様ですね。ではそろそろ、車の方に戻りましょうか?」

 トラはそんな声に耳を傾ける事無く、真っ直ぐにガーネをにらみつけています。その眼の奥には、激しい怒りの炎がめらめらと燃えていました。

「あのー、トラ。トラさん? 一体、どうしたんですか?」

 ガーネの言葉に、トラは怒声を張り上げます。

「お、お前等ーっ!」

 のっしのっしと、ゆっくりとガーネやパードに向かって歩いて来ます。

 ガーネはその眼に滾る復讐の炎をはっきりと確認しました。

「駄目ですね。もう何を言っても効果は無いでしょう」

 ガーネは逃げ回る事もせずに、膝を地面に降ろして、トラに土下座します。

「トラさんの為だったとは言え、了解を得る前にお注射をしたのは軽率でした。どうかお許し下さい」

 それを見ていたパードも観念したのか、ガーネに倣って土下座や口上を上げます。

 トラは二人の前に立つと、二足立ちしてにらみつけます。身体の割には大きな鉤爪をにょきっと出し、口を開けて小さな牙を覗かせています。

「ミヤッミャアー!」トラは二人に踊りかかります。その後、血の惨劇が行われたのは想像に難くありません。


 トラは自分の身体に付いた血を舌で舐めながら拭っています。

「ふん。人間相手に、またつまらない戦いをしてしまったわ」

「そうですね、トラ。じゃあ、そろそろ行きましょうか?」

 いきなり、しゃんと立ち上がって声をかけてくるガーネに、トラは驚きました。

「どうして? あれほど痛めつけた筈なのに。 ここは迷宮じゃないのよ。それなのに、こんなに早く復活するなんて信じられない!」

 ガーネは得意げに答えます。

「私は不死身ですからね。ここが迷宮であろうと無かろうと知ったこっちゃありません」

 その時、パードがふらふらとした状態で頭に手を当て、首を傾げながら起き上がります。

「なぁ、ガーネ。ちょっと質問してもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「さっき、この猫に襲われる直前、背後から首筋に衝撃を受け、半ば意識を失った状態にさせられた気がするんだが。その後も、誰かの盾となって、この猫の攻撃を情け容赦無く受けさせられた気が」

「錯覚ですよ。ねぇ、トラ」「そうよ、錯覚よ」

 そう言ってトラは、ガーネが差し出した手の上にぴょこんと乗ります。

 ガーネは両手でトラを胸の辺りで抱えました。

「ひょっとしてお前等。つるんでいるんじゃないのか?」パードは再び問いかけます。

「まさか。そんな事ある訳無いじゃないですか。あなたはプルートが私達の身体へ注射されるのを黙って見ていました。その事に対し、私達が怒って仕返しをしたなんて事はこれっぽちもありませんよ。ねぇ、トラ」

「そうよ。安心していいわ」

 うんうん、と頷き合うガーネとトラを、パードは胡散臭そうに見つめます。

「判ったよ。俺が悪かった。勘弁してくれ。だけどな、あの時は仕方が無かったんだ。そうでもしなければ、あそこを追い出されるだろうし、そうなったらアレンの行方は永久に判らなかったんだ」

「でも、それは私達には関係の無い事です」ガーネはそう言い切ります。

「だから謝っている。済まん」パードはひたすら低姿勢です。

「ガーネ、もういいでしょう。許してやりなさいよ」

「そうですね。トラがそう言うなら、私は構いませんよ」「じゃあ、そういう事で」

 ガーネとトラは互いに顔を見合わせ、にっこりと微笑みました。

「やっぱり、つるんでいたんだな。ふぅー」

 パードがため息を付くのを、ガーネとトラは嬉しそうに眺めています。

「パードがあたし達のおかげで真人間になったのはいいとして、これからどうするの?」

 真人間って何だ! と、思わず言いそうになったパードでしたが、先程のトラの攻撃が忘れられず、言うがままになっています。

「プルートはあの研究所の爆破と、このワクチンのおかげで全てこの世界から無くなったと言えるでしょう。後、問題があるとすれば、あの二人でしょうね」

「ガイル所長とレイラさんね」

「そうです。二人共、私達のプルートまで死滅した事はまだ知りません。私達が眼の前に現れれば、どんな事をしてでも身柄を確保しようとする筈です。仮にプルートが既に死滅している事を理解して貰えたとしても、ここまでプルートの秘密を知っている私達をそのまま何もせずに放免させてくれる事は先ずないでしょう。どちらにせよ、迷宮のドアが現れる前に、彼らが私達と出会えば、拘束しようとするのは間違いありません。

 ガイル所長は元々研究者だから、何とか逃げられるかも知れませんが、問題はレイラさんの方です。私達は警戒しなければなりません。あの人の射撃の腕前は相当なものですから」

「本当ね。どうしたらいいのかしら」

「こうなれば、いつも通りにしませんか?」「えっ、どうするの?」

「成り行きに任せましょう。それしか無いですよ。悪戯に不安がっていても仕方がありません」

「そうね。やっぱり、それしかないわね」

 ガーネとトラは同時にため息をついていました。


第10話「ブリザード」⑦-2(終)


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