第10話「ブリザード」⑦ー1
第10話「ブリザード」⑦ー1
パードが息急き切って、ガーネとトラの部屋へと入って来ます。
「うん? もぐもぐ」「もぐもぐもぐ」
血相を変えて歩み寄るパードに、ガーネ達はきょとんとしつつも、非常食を頬張っています。
「ガーネ、トラ、早く逃げるんだ!」
パードの剣幕に圧倒され、思わず食べかけの非常食をごくんと飲み下すガーネ達。
「げほっ、げほっ」飲み物が無かった為、咳き込んでしまいました。
「げほっ…… ああ、どうやら元に戻ったみたいです。トラ。あなたはどうです?」
「げほっ…… うん。大丈夫みたい」
「それはよかったです。それにしても」「本当、人騒がせで、猫騒がせな人ね」
ガーネ達が半ば侮蔑した顔で見つめるも、パードは意に介しません。そんなパードの様子に不安を感じ始めたのか、ガーネはとりあえず聞いてみる事にします。
「一体、どうしたんですか?」
「まもなく、この研究所は爆破して粉々になる。だから、すぐにオレと逃げるんだ!」
「えっ! ええと、それは」「理由は後で話す。とにかく今はここを早く離れるんだ!」
パードは戸惑うガーネとトラを引き連れて、駐車場まで急ぎ、奥の方に停めてある中型車を指差します。
「さぁ、これはオレの車だ。これに乗ってくれ」
全員が車に乗ったのを見計らい、車は勢いよく発進します。研究所が見えなくなるまで走ると、パードは車を停めました。
「ふぅ。ここまでくれば巻き込まれる事は無い筈だ」
「一体、何があったんです? 教えて下さい」「そうよ。ちっとも判らないわ」
ガーネとトラがそう尋ねた途端。
ババーン! ガガーン! ガガーン!
自分達の背後から聞こえてきた物凄い爆発音と、それに伴う振動や雪煙に襲われます。
「一体、何が!」
ガーネは叫ぶも、まだ周囲は自分達の声も聞えない程の爆音に支配されています。
やがて、それら全てが静まり返ると、ガーネ達は再びパードに説明を求めました。
「まだだ。ここだとあいつらに気付かれる恐れがある。どこかゆっくりと話せるところがあればいいんだが」
「では、その場所へ私が案内しましょう。行って貰えますか?」
「案内すると言っても、この辺りに不慣れな筈のお前が、どうしてそんな都合のいい場所を知っているんだ?」
「あなた方に救助される前に私が立ち寄ったところです。あなた方が踏み込んだ跡はありませんでしたので、あそこなら大丈夫だと思います」
「そうか。どうせ、ここに居ても捕まるのは時間の問題だしな。よし、ガーネ。お前の言う事を信じよう。案内してくれ」「判りました」
ガーネは前の助手席に移ると、野うさぎに導かれたあの洞穴へとパードを案内します。近くに車を停めると、その洞穴の中へ入り、焚き火の跡のところまで連れて行きました。
「うん? あれは」パードは目の前に現れた車両に駆け寄ります。
「こんなところに車が。一体、誰が……」
「その車両については後で話し合うとして、それより早く火を点けましょう。ここは寒くてたまりません」
ガーネが焚き火の火を点けようとしている間、パードは辺りを見回します。
「なるほど。こんな都合のいい場所が近くにがあったとは。灯台元暮らしと言う奴だな」
パードはそう言って感心しています。
「あっ、点いた点いた!」大喜びするトラ。
「トラ、すぐに暖かくなりますからね。待ってていて下さい」
「ううん。この中に入っただけでも外よりは随分ましよ。よかったわ。やっぱり寒さには勝てないもの」「私もですよ」
やがて、焚き火の周りが暖かくなり、全員がそこに腰を下ろしました。人心地がついたところで、ガーネはパードに声をかけます。
「暖かくなりましたね。じゃあそろそろ、何があったのか教えて貰えますか?」
ガーネの言葉にトラも頷いて傍耳を立てています。
「じゃあ、話すとするかな。だが、どこから話したらいいものか……」
「では先ず、あの病原菌の話からお願い出来ますか?」
「そうだな。ではそうするか。あの病原菌は、実は宇宙から来た物なんだよ」
「……それはそれは。あまりにも唐突なお話です」
ガーネとトラは顔を見合わせます。トラも、「やれやれ。それならお手上げだわ。話が半分すら理解出来ないかも」と危惧しています。
そんなガーネ達の気持ちを察したのか、パードは首を横に振ります。
「いや。そんなに難しい話じゃないんだ。実は……」
焚き火の炎で、ガーネ達の周囲は柔らかな灯りと暖かさに包まれています。岩壁や人がオレンジ色に染まるその中、みんなも厳寒の厳しさから解放され、ほっとした気分に浸っています。
そんな中でパードの話が始まりました。
「今から数年前の事だ。ここから大分離れた地域に、大きな隕石が落下したんだ。幸いな事に、落下による被害は一件も無かった事から、数日後にはその隕石が調査の為に回収され、その事件は収束する筈だったんだ。
ところがその回収前に、その周りに住む人間が次々と原因不明の死を遂げた。そこで急遽、特別な医療チームと隕石回収チームが組織され、そこに向かったと言う訳さ。
医療チームはその遺体から、ある種の病原菌を突き止めた。また隕石回収チームもその隕石について驚くべき発見をしたんだ」
「と言うと?」
「隕石の外側は大気圏突入の影響で、真っ黒に焦げた状態だったが、内部までは熱が伝わっていなかったらしい。回収チームが隕石内部を詳しく調べたところ、その中で生きている微生物を発見した。それが遺体から発見された病原菌と同一の物だったと言う訳だ」
「なるほどね。その隕石が落下した時に、内部で生きていた微生物が外に散らばって、そこの住民を感染させ、死に追いやったと、そう言う訳なのね」
トラの言葉にパードは頷きながら話を続けます。
「この微生物は国の中央部にある微生物研究所へと送られ、調べられた。その結果、その猛毒性と増殖力の強さが確認されたんだ。このまま放置すれば、感染は更に広まり、この世界全体を覆い尽くす可能性がある。そこで直ちに、プルートと名付けられたこの病原菌の感染を喰い止めるワクチンの開発に取りかかったという訳だ」
「それで、そのワクチンとやらは出来たのですか?」
「ああ、完成した」
「えっ! それじゃあ、ここの研究所では何をやっているの? ワクチンが完成しているなら、それを散布すれば、もう終わりじゃないの?」
「既に散布は終わっている。もう、プルートが広まる事は無いんだ」
「ますます判らないわ。じゃあ、ここでやっている事は何なの?」
「プルートの改良とそのワクチンの開発だよ」「プルートの改良? 一体、何の為に?」
ああ、そうか。ガーネは研究所の資料室で見つけた本の内容を思い出します。
「生物兵器の開発ですね」「その通りだ」パードは頷きます。
「生物兵器って?」
「この国は強力な軍事力を持つ大国に囲まれている。いつ占領され、植民地にされるか判らない状況にあるんだ。この国の首脳はそんな状況を憂いていた。そんなところへ、この病原菌騒ぎが発生したんだ。
もちろん、最初は純粋に、プルートのワクチンを開発する為に行われた実験の一つに過ぎなかった。だが、その実験の結果、ある鉱石に含まれている成分をプルートに照射すると、その波長を変えるだけで、思うがままに操れる事が判ったんだ」
「操るって?」
「プルートが持つ増殖力の拡大や抑制、その他、休眠や復帰などだ。もちろん、用が無くなれば証拠を一切残さず、跡形も無く死滅させる事も出来る」
「なるほど。まさに生物兵器として申し分の無い可能性を秘めた病原菌と言う訳ですね」
ガーネの言葉にパードは頷きます。
「やがて、これらの実験を元にしてワクチンが完成し、散布も終わっていたんだが、つい先頃まで、それが公表される事は無かった」
「何でよ。みんなに知らせて、安心させてあげればいいじゃない」
「まだワクチンを作成中という事にしておけば、その為の資金が惜しげもなく、その開発に転がってくる。それを利用して、生物兵器を完成させようとしたと言う訳さ。初期のプルートよりも、もっと強力で、かつ的確にコントロール出来る奴をだ。
もっとも、今ではやむを得ない事情から、ワクチンの存在を発表しているとの事だ。既に治療や予防に使われているらしいから、もう新たに資金が入る事は無いと思う。生物兵器の開発も出来なくなったと言う訳さ。
何故、この研究所でその実験が行われていたかと言えば、さっきも言ったと思うが、最初、この研究は中央でやっていたんだ。それが実験の不手際で、改良されたプルートが外部に少し漏れてしまったんだ。この時は何とか死者も出さず、大騒ぎになるのも避けられた。だが、数十キロ離れているとは言え、公共施設もあり、その増殖力次第では最悪の事態を招きかねなかった事は否めない。その事を重視した国の首脳はここの研究所にその研究を移す事にしたという訳だ。プルートは、寒さには一種の防御方法として、休眠状態を形成する。つまりここなら、外部に漏れたとしても、増殖は抑えられると判断したんだ。また、ここから人が住む場所までは数百キロ以上離れているのも、その判断材料になったんじゃないかと思う」
「なるほど。今話して頂いた内容で、プルートやあの研究所の役割は大体、判りました。
で、あの研究所が爆破したのは何故なんです?」
「オレが爆破した」
えっ、そんな! ガーネとトラは思わず身構えます。
ガーネ達が警戒し始めた事に気が付いたらしく、パードは、違う、と頭を横に振ります。
「オレの弟がこの研究所で働いていた。それが突然、音信不通になったんだ。研究所からの知らせでは、所用で研究所を出たっきり、消息が途絶えたと言う。つまり、行方不明になったらしいんだ。だが、オレは行方不明になる前に奴からのメールを受け取っている。それには「この研究所は何か違法な事をやっている。ひょっとすると、自分は殺されるかも知れない」とあったのさ。最初はまさかと思っていたんだが、数日後、奴の懸念は現実となってしまった」
「……そうでしたか。それにしてもあなたはどうやって、この研究所で働く事が出来たんですか?」
「弟が居なくなった後、この研究所は再び求人を出したんだ。オレの所属した厚生省にもそれが廻ってきた。それで応募したって訳さ」
「でも、よくばれませんでしたね。身元の書類を提出すれば判ってしまうでしょうに」
「オレとアレンは異母兄弟なんだ。オレは母方の姓を名乗っていたからな。何とかごまかす事が出来たんだよ」
「で、怪しまれずにこの研究所に入れたって訳ですね。なるほど。それでその後、どうしたんですか? 何か判った事でもありましたか?」
「ガイル所長達の目を盗んでは、ここに残っている記録をいろいろと調べてみたんだ。それで、さっき言った改良プルートの事は判ったと言う訳だ。だが、肝心のアレンに関しては、どうしても情報が掴めなかった。そんな折、ガイル所長とレイラの話を偶然、立ち聞きしたんだ。その時だよ。改良されたプルートがあいつらの手でアレンに注射されたのを知ったのは」
「プルートを? でも一体、何故なのかしら?」
「多分、テストの為でしょう。もちろん、モルモットなんかでも既にやったんだとは思いますけど、より正確な情報を掴むには人体実験は極めて有効ですからね」
パードはガーネの言葉に頷いた後、更に話を続けます。
「だが、それだけじゃ無かったらしい。あいつらは、アレンが自分達の秘密に気が付いたと思ったんだよ。だから、口封じの意味も込めてやったんだ。いざとなれば、プルートを増殖させて殺してしまえばいいんだからな。病原菌に犯されたと言えば対外的にも十分、言い訳が立つ。まさに一石二鳥と言う訳さ。ただあいつらにも誤算があった」
「と言うと?」
「改良されたプルートにも既にワクチンが完成していて、それをアレンが盗んだのさ。もし、このワクチンが公にでもなれば、研究所の研究自体へ、一斉に疑惑の目が向けられる。だから、何としてもアレンを探し出して、ワクチンを取り戻さなければならなくなったんだ」
「それで、それが判った後、あなたは何をしたんですか?」
「アレンの行方を突き止めようとしたんだ。それが判れば、この研究所を訴える事が出来る。だが、あいつらにもそれは判らないらしく、どんなに調べてみてもアレンを見つけ出す事は出来なかった。
それでオレは考えた。アレンを見つけ出せないなら、せめてここにあるプルートを全滅させようと。その簡単な方法が、わざとプルートを研究所内に放出する事だった。ここの自動探知機がそれを探知すれば、この研究所全体をプルートと一緒に爆破してくれるからな。オレが扱っていたのは改良前のプルートだったが、それでもここの爆破装置を起動させるには十分だったんだ。だから、それを研究所内にばらまこうとしたって訳だ」
「なるほど。それで、さっきの爆発が起きたんですね」
「いや、違う。改良前のプルートを手に入れたのは確かだが、そうなったのはレイラのせいだ」
「レイラさんの? それはまた何故?」「そうよ。何でなの?」
「レイラは国防省の諜報局員だったんだ。オレが何かやらかそうとしているのに気が付いたみたいだ。オレを捕まえようとした時、懐にあった改良前のプルートを壊しちまったって言う訳さ」
「レイラさんが。……そうだったんですか。でもそれなら、何故、あなたはここに居られるんです? 捕まったんじゃないんですか?」
「捕まったさ。そしてオレを撃ち殺した後、研究所を脱出した」
「撃ち殺した? でも、あなたは現に」
「この腕に装着されていた腕輪のおかげで助かったんだ」パードは今は何も装着されていない腕をガーネに見せます。
「腕輪に弾丸が当たったおかげでオレは命拾いしたが、レイラはその事を知らない。あいつは今でも、オレを殺したと思っている筈さ」
「……そんな事があったんですか。いろいろと大変だったんですね。
それにしても、研究所が破壊されたと言う事は、もうプルートは全滅したと考えてもいいんでしょうか?」
「そうだ。改良前後問わず、プルートは全てあそこにあったからな。研究所を爆破したおかげで全てのプルートは消滅した。その筈だったんだ。本来ならば」
「えっ! すると、どこかにまだ残っていると」
「ああ、あるんだ。 君達の身体の中に」
「えっ!」「何なのよ、それ!」
「君は、本来入る事が出来ない筈のエリアに侵入して来た。だから、彼らは君をスパイと怪しんだのさ。スパイならどうせ、その存在自体が戸籍その他から抹消されている筈だ。プルートの被検体になって死んでも、どこからも問われる事は無い。そこで、君達にプルートを注入したんだ。とは言っても、この段階ではまだプルートは休眠状態だったんだ。君達との話し合いで、スパイじゃない無い事が判れば、プルートは死滅させる手筈だった。だが、最初の話し合いでも、「迷宮の旅人」とか言って、君達は素性をはぐらかしていただろう。だから話し合いの結果、スパイと断定、プルートを活性化する事に決定したんだ」
パードの言葉に、ガーネとトラはただ唖然とするばかりでした。
第10話「ブリザード」⑦ー1(終)




