第10話「ブリザード」⑥-2
第10話「ブリザード」⑥-2
レイラが振り返ろうとした途端、いつの間にか起き上がっていたパードの蹴りが頭部を直撃します!
バタッ。 意識を失いそうになりながらも必死に耐えるレイラに、パードは懐から、割れてしまったある物を取り出して見せます。
レイラはその試験管の色に驚愕しました。
「ま、まさか、それは!」
「そう。改良前のプルートだ。まもなくここのセンサーがプルートが漏れた事を感知して、起爆装置を作動させるだろうよ。
あんたがさっき、オレを蹴った時、割れちまいやがったのさ。ワクチンの方もな。おかげでオレは感染し、服は汚れちまった。一体、どうしてくれるんだよ」
パードはぼやきつつ、ケースにあったワクチンの入った試験管を取り上げます。
パーン! 銃声が轟き、それと共に試験管は飛び散ります。
「て、てめぇ!」レイラがハンドガンを再び構え直す前に、パードはその手を蹴り飛ばします。
パードは落ちたハンドガンを拾い上げ、もう一度、カプセル内にある試験管を取り出そうとしたその時。
研究所内の全ての施設で、警報が鳴り出しました。
「爆破警告。後十分で、この研究所は爆破されます」
パードがこの警告音声に気を取られている僅かな隙をついて、レイラは飛び起き、ワクチンの入ったケースを床に落としてしまいます。床に散らばったワクチンの試験管は全て壊れてしまいました。
「よくもやりやがったなぁ!」パードはレイラの顔を殴りつけようとした瞬間、レイラは素早く身をかわして、パードからハンドガンを奪い返します。
警告音声が機械的に繰り返されるその中で、レイラは足元をふらつかせながらも、ハンドガンを構えたまま、パードに向かって話しかけます。
「さぁ、どうするつもりなの。言っておくけど、警報が発令された今、もうカプセルから何も持ち出せないわよ。それにぐずぐずしていると、全てのドアが閉まり、ここから出られなくなる。つまり、あなたも爆破の巻き添えになってしまうんだけど」
レイラは気を失いそうな自分を必死で押さえ込み、自分をにらみつけているパードに向かって、話を続けます。
「この爆破はもうアタシでも解除出来ない。だけど、あなたが感染したプルートのワクチンぐらいなら、あなたが死ぬ前に手に入れる事も出来ると思うわ。どう? アタシと取引しない? あなたがアタシをこの研究所の外に連れ出してくれたら」
「アレンをプルートで殺そうとした奴の言う事なんか、誰が信じるものか!」
レイラは立っているのもやっとだ。そう気が付いたパードは勢いよく、レイラに向かって行きます。
パーン! レイラはハンドガンを撃つと、その衝撃に耐えきれず、がくっと膝をつきます。そのレイラの眼には、ポケットに手を突っ込んだ状態で、床に臥せっているパードの姿がありました。
レイラはパードの死を確認しようとしますが、警告音声が示す残り時間を朦朧とした状態で聞いている自分の意識の中で、一刻も早くここから立ち去らなければ、と本能が囁き続けます。
「近距離から撃った訳だし、もう死んでいるでしょう。万が一生きていたとしても、もうここから出る事は出来ない筈だわ」
レイラはふらついた足取りで部屋を出て、駐車場へと向かいますが、その途中で意識を完全に失い、倒れてしまいました。
一方、撃たれたパードが眼を覚まします。
「オレは運がいいらしい。何とか助かったようだ」
パードはポケットから手を出します。その腕に装着されていた腕輪には弾痕であろうへこみがありました。
「さすがは国務省御用達品だ。あんな直撃を食らっても、この程度で済むんだから。だが、手が痺れてうまく動かないな」
パードは手を動かしながら、警告音声が教えてくれる爆破までの残り時間を確認します。
「さぁ、時間が無いぞ。ぼやぼやしてはいられない」
パードは装着していた腕輪を外し、床に転がします。
「職員がはめている腕輪は、簡単に外す事が出来るので大助かりだ。ガーネの腕輪は国務省の管理センターにでも行かない限り、絶対に外せない代物だからな。
よし。手の感覚もだいぶ戻ってきたし、行くとするか」
パードは部屋の外に出ました。
「この研究所の爆破まであと僅かだ。早くあいつらに伝えないと」
パードはガーネたちが休んでいる部屋に直行したのです。
ババーン! ガガーン! ガガーン!
レイラも眼を覚まします。「……ここは ……アタシはまだ生きているの……」
意識がはっきりしてくるにつれて、レイラはそこが「第二研究所」とパードが表現していた大型車両の中である事に気が付きます。
「ガイル所長?」運転席にいる人影に気が付き、声をかけます。
「待て。直ぐにそちらへ行く」ガイル所長は、運転席近くのボックスから何らかのケースを取り出した後、レイラの方へ向かいました。
「最新のワクチンだ。これで改良前後を問わず、直ぐに治す事が出来る」
ガイル所長はレイラの腕をゴムで縛って血管を浮き上がらせます。その後ケースから、ワクチンが既に注入されている注射器を取り出し、針に取り付けられているキャップを外しました。ピストン部を押すと、針から少し液体が滴り落ちていきます。
「さぁ、これでいい」ガイル所長はレイラの血管へ注射しました。注射器内にある全ての液体が注入されると、注射器の針を腕から抜きます。
「ガイル所長。所長はもう注射は?」「ああ、君が気絶している間に自分でやったよ。ワタシも君も感染しているかどうかは判らなかったが、念の為にな」
「そうでしたか。有難うございます」
「いや、礼など言う必要は無いよ。君はプルートの為、国防省から命令されてここに派遣に来ている訳だからな。恩を売っておいて損は無い」
「ところでガイル所長。研究所は?」
「うん? ああ、爆破されてしまったよ。跡形も無くな。降りてみるか」
ガイル所長に促され、レイラは車を降りてブリザードの吹く中、佇みます。
「ほら見てご覧。いつもならはっきり見える研究所が影も形も無くなっているだろう」
「本当ですね。何も見えません。でも無理はありません。あの研究所に設置した爆薬は、かなり強力な物でしたから。ところで所長」
「うん、何かね」ガイル所長はレイラを振り向きます。
「あの研究所にあったプルートやワクチン、そして関連資料。全部は無理だったでしょうけど、最低限の物は運び出して貰えたんでしょうね」
レイラは念を押すように、ガイル所長に尋ねます。それに対し、所長はレイラを見つめた後、ただ首を横に振るだけでした。レイラは驚いて尋ねます。
「どう言う事です。あれはもはや単なる所長個人の研究成果ではありません。既に我が国の重用機密となっている代物です。それを何故?」
「警報が鳴り出しているのにも拘わらず、君がまだこの研究所内に留まったまま、動かないでいる事を電波探知機で知ったんだ。それで通路に倒れている君を探し出し、ここへ運んだんだが、それで精一杯だったんだよ」
「だから何故と聞いているんです。そんな事をやる暇があったら、プルートや関連資料を多少なりとも、回収する時間はあった筈です。どんな理由があるにせよ、あなたは国防省から委託を受けた「プルートの管理」と言う大事な任務を放棄したのです。ただでは済みませんよ」
「済まない。だが、君はワタシが中央の研究所に居た時から、ずっと傍にいてくれた。だから、どうしても助けたかったんだ。それに全てが無くなった訳じゃない。実験記録や関連資料はかなりの部分、既にネットで国防省の管理センターに送信してある。どこに移転しても、実験を再開可能だ。それにワクチンの現物もここにある。君に投与したのもそれだ」
「でも、肝心のプルートが。改良前後問わず、全てがあの研究所にあった筈です。あれが無ければ、他にどんな資料が残っていようと、何の価値もありません」
「心配には及ばんよ。研究所は爆破されたが、プルートは改良後の奴が残っている。君も知っている筈だ」
「と言うと? ああ、ガーネたちの事ですね」
「そうだ。改良プルートを実験・分析する為に、あのスパイ共にプルートを注入したのだが、それが幸いした。あいつらから早速プルートを回収する事にしよう。レイラ、手伝ってくれ」
「判りました。でも、ガーネたちは? 彼らはあの爆発に巻き込まれていないのでしょうね」
「車に入りたまえ。その眼で確認した方がいいだろう」
ガイル所長はレイラと共に車内へと戻ります。ガイル所長は運転席に、レイラは助手席に座りました。
ガイル所長は前面のパネルにある電波探知機と生命反応探知機を指差します。
「見たまえ。あのスパイ共がまだ生きている事は、この生命反応探知機が証明してくれている。彼らの現在位置は……」
ガイル所長が位置を割り出そうとしたその時、二つの探知機から位置を示す表示が消えてしまいました。
「どうしたんです。ガイル所長」
「多分、ブリザードのせいだ。窓の外を見てみたまえ。さっき、外に出ていた時とは比べ物にならないくらい、吹き荒れているだろう。この車両から発している探知機の出力波が研究所の物に較べ、弱いのも原因の一つだ」
「どうやら、しばらくここで待機するしか無いようですね」
「止むを得んだろう。だが、それは奴らも同じだ。このブリザードでは動く事なんか出来ない筈だ。脱出しようとむやみに走り回っても、事故を起こすか、燃料を無駄に消費するのが関の山だろう」
「持久戦と言う訳ですね。いいでしょう。待つとしますか」
ガイル所長とレイラは、ブリザードの影響を免れるべく、近くにある洞穴まで移動、その中で、待機することにしたのです。
ガイル所長は車のエンジンを停止させた後、レイラに話しかけます。
「ところで尋ねたい事があるんだが」
「はい、何でしょう?」
「ワタシはあの警報が鳴った為、急いで君は助け出して、ここまで来た訳だが、実はあまり事態をよく飲み込めていないんだ。一体、何があったんだ。どうしてプルートが漏れたりしたんだ?」
レイラはその時初めて、ガイル所長が事の仔細に気付いていない事に気が付きました。
「この爆破の犯人はパードなんです。彼はこの研究所の至る所に盗聴器を仕掛け、アタシたちの会話を盗み聞きました。その内に改良プルートの秘密を知る事となり、それを全滅させようとしたのです」
レイラは自分のせいで、プルートが入った試験管が壊れ、外部に漏れさせてしまった事には触れませんでした。ガイル所長はそんなレイラの報告に驚いている様です。
「何だと。とても信じられないな。あのパードが」
「ですが事実です。アタシがそれを目撃しました」
「それでパードは?」「アタシが撃ち殺しました」
「それは…… 確かなのかね」
「時間が無い為、確認は出来ませんでしたが、あの距離から外す事は絶対にありません。間違いないかと」
「……そうか。しかし、何故彼は盗聴器なんかを用意していたんだ」
「実は」レイラはガイル所長にパードの素性を話し、言葉を続けます。
「パードはアレンの失踪を疑問に思って、厚生省の応募に応じ、ここに来たのです。彼が赴任して来た頃はまだセキュリティも不十分だった為、彼が仕掛けた盗聴器などにより、プルートの事やアタシたちがアレンにプルートを投入した事を知られてしまったのです」
「そうか。そうだったのか。まさか、パードがアレンの兄だったとはな」ガイル所長は絶句します。
「ええ。確かにそれを最初に見抜けなかったアタシにも、責任があります。もっと彼の素性をよく調べてみるべきでした」レイラは残念そうに話します。
「いや、君が悪いんじゃない。元はと言えば、厚生省から来たと言う事で、無条件で受け入れたワタシがいけなかったのだ。済まなかった」
ガイル所長はレイラに頭を下げます。
「いえ。アタシはプルート関連の情報が外部に漏れるのを防ぐ為に、ここに来ているのです。この件は明らかにアタシ自身のミスです。この事でガイル所長が気に病む必要はありません」
「もう、終わった事だよ。今更悔いても始まらない。
それより、意外だったな。まさかパードがそんな事をするとは。ワタシはてっきり、あのスパイ共がやらかしたんだと思っていたからな」
「あの者たちの素性は本人達が言った事以外、何の手掛かりもありませんでした。国防省の管理センターに問い合わせても不明なのです」
「スパイだからな。当たり前だよ。そうか。ひょっとしたら、あのスパイ共がパードに爆破を唆したのかも知れないな」
「それは無いと思います。今のところ、パードとガーネたちを結ぶ接点は何も無いんです」
「ここに来る前は無かったかも知れんが、ここに来てからはどうか判らないぞ」
「と言うと?」
「パードは盗聴器を仕掛けていたのだろう。その中で彼らの話を盗み聞きしたのかも知れん。彼らも自分と同様、ここの秘密を知りたがっている事が判ったんで協力し合うことになったとしても、決して不思議じゃない」
「お言葉を返すようですが、所長」
半ば呆れたような表情を見せながら、レイラは話を続けます。
「この研究所が今は国防省並びに軍が管理している施設である事をお忘れですか。当然、盗聴器その他、パードが持ち込んだ物とは比較にならない程、高性能なセキュリティが現在では正常に作動しているのですよ。ガーネたちがそんな話をしていたなら、アタシがそれを聞き逃す筈はありません」
「だが、彼らがスパイである事はパードにも判っていた筈。ワタシたちが知らないどこかで、接触していたのに違いない」
「だから、どうやって。ここには隠しカメラも盗聴器も至る所にあるんですよ」
「ここでとは限らない。外に出たときなら、十分可能性はあった筈だ」
「外って言うと。ああ、プルート・コントローラーの波長を発生する事が出来る鉱石を掘りに行った時の事ですね」
「そうだ。あれは鉱石を掘る事も重要だったが、君も知っている通り、今回はそれ以上に重要な実験を行う為にやったのだ」
「確か、被験者の身体状況の変化で、プルート・コントローラーから送られた波長の有効性を確認する為のテストでしたね」
「そうだ。身体状況や心理面での変化を調べていたのだ。静かにしている時、激しい運動をして汗をかいた時、恐怖を感じた時、興奮した時などだ。
だが、結果はどの状況に於いても良好だった。この施設内に居た時と同様、外でもプルート・コントローラーの有効性は確認された」
「それは先程も伺いました。それで所長は、あの折に、パードとガーネたちは接触を持ったとお考えなのですね」
「そうだ。で、どうなんだ。あの二人だけになったことはあったのか?」
「そうですね…… ああ、ありましたね。発掘の最中は二人っきりでした。確か数時間、作業していた筈ですよ」
「うむ。やはり、そうだったか」ガイル所長は満足そうに頷きます。
「それだよ。その時、話し合ったに違いない。あのスパイ共はパードの話を聞いて、ここから情報を盗み出すのが困難である事を気が付いたに違いない。だから、せめて自国の脅威となるプルートを消滅させようと、パードの心理をうまく利用して、やらせたんだ」
「まぁ、有り得ない事では無いと思いますが」
レイラは懐疑的です。レイラは軍隊に於いて誰よりも洞察力があり、人を見抜く力に優れています。それは上層部にも認められていて、今回この任務を任されたのもその為でした。その彼女を以てしても、所長がイメージするガーネ像を認める事が出来ません。むしろ、一緒に居た時間がガイル所長より長かったので、余計、否定的になっていました。
そんなレイラの様子にガイル所長も気が付いています。
「まぁ、いいだろう。どちらにしても、彼らを捕まえれば、その事が君にもはっきりと判るだろうからな」
ガイル所長の言葉にレイラも頷きます。
そうね。そうすれば、所長の思い過ごしだったって判るわ。
そんな風に思っていたのです。
第10話「ブリザード」⑥-2(終)




