第10話「ブリザード」⑥-1
第10話「ブリザード」⑥-1
モニター室で、ガーネたちの動向を見ていたガイル所長は、レイラと共にスタッフルームへと戻りました。
「どうやら、不審な行動は無かった様だな。だが何をする気なのか、まるで判らん。要注意だ」
「どうでしょうね。彼らと行動を共にしたのですか、特に何かを企んでいる風には思えませんでしたが」
「スパイだからな。簡単には正体を見せないのだろう。油断は禁物だ」
ガイル所長はレイラにそう戒めたのです。
その時、部屋の中に据え付けられている電話の音が鳴り始めます。
「はい、こちら微生物研究所ですが。
あっ、はい。今、こちらから連絡をしようと思っていたところです。計画は予定通りに進んでいますので、ご心配なさる必要はありません」
レイラはしばらく相手からの話を聞いていたようですが、やがて口を開きます。
「そうですか。判りました。では、明後日という事で。
…… はい。何か支障がある時は、こちらから連絡を差し上げますので。
…… あっ、はい。よろしくお願いします」
レイラは話を終え、受話器を下ろしました。
「レイラ。何かあったのかね」ガイル所長は興味深げに尋ねます。
「ガイル所長」レイラは所長の元に歩み寄ります。
「国防省からの連絡で、明後日に我が軍の大部隊をここに派遣するとの事です」
「明後日に? 一体、何故」
「プルートやそのワクチン一切を回収する為だそうです。もちろん、ワタシたちも含めて」
「全てを? 随分と急な話だな。一体、どういう事だ」
「ここでの実験の中止が決まったそうです。その為、ここで開発されたプルートやワクチンを厳重管理の下、手元に置いておきたい意向の様です」
「実験の中止だと! まだ世間にはワクチンが出来ている事は公表されていない筈。だのに何故、こんな急に」
「大変申し上げにくい事なんですが、実は先日、国防省はプルートに対抗出来るワクチンの完成を公表しました。現在、そのワクチンで感染患者への治療が進められているとの事です」
「何? 公表をしただと! 一体どうしてなんだ!」ガイル所長は声を荒げます。
「ガイル所長。あなたは中央の研究所で、プルートの実験最中にミスを犯しました。そのせいで中央研究所からプルートが外部に漏れてしまい、周辺に居た複数の人間がこの病原菌に感染してしまった事は、まさか、お忘れではありませんよね」
「えっ! ああ、む、むろんだ。だが、その感染力はワタシたちが既に開発しているプルート・コントローラーで弱まっている筈だが」
「その通りです。ですが、その隔離されている中に、政府の首脳陣が何人か居たのです。軍が急いで、その病院に向かおうとしたのですが、その感染者の中にマスコミ関係者も居た為、軍が介入する以前に、マスコミを通じてこの事が大々的に知れ渡ってしまいました。今となってはその政府要員だけを隔離して、ワクチンを投入する事も出来無くなり、やむを得ず公表に踏み切ったと言う次第です」
「そ、それで、感染者の体内からプルートを取り出す事は」
ガイル所長の言葉に、レイラは首を横に振ります。
「駄目です。手遅れでした。マスコミを通じて報道されている最中、それも出来なくなったのです。つまり現在、存在するプルートは改良前、後に拘わらず」
「ここにしか無いと言う事だな。なるほど。軍部が血眼になって回収しようとする訳だ」
レイラは頷き、ガイル所長に進言します。
「ガイル所長。先程も言いましたが、明後日には軍がやって来ます。プルートやワクチンを始め、関係資料全ての提出がスムーズに行われる様、その準備をお願いします」
「判った。そういう事なら、万端配して仰せに従うとしよう。だが」
「どうしました? ガイル所長」
「その後、ワタシはどうなる? 軍部はワタシをどう扱うつもりだ」
「ガイル所長。この回収が無事に終了すれば、あなたは軍施設内にある研究所に移動して貰い、そこでプルートの管理をお願いする事になるでしょう。プルートの実用性が確認され、予算が何とか付けば、またプルートの改良をお願いする事もあると思います。ですが」
「うん? 何だね」
「もし、これが失敗し、前回あなたがやったような不始末を繰り返した場合、残念ながら…… 後は聞かなくてもお判りですね」
「レイラ。君はワタシを脅すつもりかね」
「とんでもない。アタシは事実を言っているだけです。要するに、ガイル所長が間違いなく軍に、プルート関連の資料を手渡す事が出来ればそれでよいのですよ。そうすれば懸念なされる様な事など、何も起きないとだけは明言しておきます」
「よし、判った。最善を尽くそう」
ガイル所長の言葉に、レイラは満足そうに頷きます。
「それはそうと、あのスパイたちはどうするつもりだ。もう予定していた実験は全て終わったし、さっきも言ったが、結果は申し分の無いものだった。これ以上、生かしておいても無駄だと思うんだがね」
「判りました。プルートの情報を外部に漏洩させないのが、アタシの任務です。それはアタシの方で始末をつけましょう」
「国防省諜報局員の仕事と言う訳だな。では、よろしく頼むぞ。レイラ」
ガイル所長とレイラは話し終わると、お互いの任務に着手する事にします。
ガイル所長はプルート管理室に戻り、全ての資料の整理に。
レイラは自分の部屋に戻り、机の引き出しに掛けてある鍵を外し、その中からハンドガンを取り出しました。
「ガーネ、そしてトラさん。今行きますね。待っていて下さい」
レイラはにやりと微笑んで、そのガンをホルダーに差した後、部屋を出て行ったのです。
「まずいな。あいつらガーネとトラを殺る気だ。別に義理は無いが、見殺しにする訳にもいくまい」
自分の部屋で盗聴していたパードはヘッドホンを外し、机の引き出しからハンドガンを取り出します。
「予定より早くなっちまったが、明後日に軍隊が来るって言うなら、事を急がなくちゃならない。ガーネたちを助けるのも今しかないだろうしな」
パードはホルダーにガンを差すと、自分の部屋のドアに手をかけます。
「この部屋に帰る事はもう無いんだろうな。短い時間だったが、研究施設としてはそれ程悪くなかった。ちゃんと個室も貰えたし。でも、お別れだな。あばよ」
パードは名残惜しそうに、その部屋を出て行ったのです。
「さてと、まず実験室に行かないとな」
パードは辺りを見回し、誰も居ないのを確認すると、実験室へと急ぎます。
「この中に入るのもこれで最後か」
パードは自分のカードで実験室の鍵を開け、中へ入ります。その中央には大きなカプセルが配置されており、ハンド・コントローラーを使ってその中にある実験器具を操作する事により、プルートに関連した実験をしていたのです。
パードは手元のボタンを操作して、カプセル内の台に閉まってあるケースを浮き上がらせます。
「さてと、慎重にいかないとな」
パードはカプセル内で保管されている試験管の幾つかに眼をやります。そのどれもが外部に漏れるのを防ぐ為、しっかりと封がなされています。
パードはハンド・コントローラーによる遠隔操作で、カプセル内にある試験管の内、淡い黄色の物を掴み、ケースの中に挿入します。
「改良前プルートか。結局、オレが弄らせて貰えたのはこれだけだったな」
次にもう一つ、今度は青色の試験管を掴み、同じケースの中に挿入します。
「これは改良前プルートのワクチン。そうだ、念の為、もう少し取り出しておくか」
パードは同じ操作を行い、合計五本の試験管がケースに収められたのを確認します。その後、ボタン操作でそのケースを閉め、カプセルの外へ取り出しました。
パードはケースの取っ手近くにある鍵の部分へ自分の親指をかざします。すると、鍵から光が放たれると同時に、ガチッと音がしてケースを開く事が出来たのです。
「ふん。これが数少ない研究所員だけの特典だな。オレの指紋がこのケースのキーになっている」
パードはその中から色の違う試験管を一本づつ、ポケットに納めます。
「さて、ぐずぐずしちゃいられないぞ。早く行動を起こさないと」
パードはケースを閉じ、それを手にして急いでここから出ようとしました。
パードはその実験室から出ようと、ドアに近づいた時です。
ギ―ィ! 実験室のドアが急に開きます。そしてその開いた先には、ハンドガンを片手に構えている人の姿がありました。
「レイラ! 何であんたがここに」
「ふふん。アタシは今頃、ガーネやトラさんの部屋に行っていると思ったんでしょう」
レイラはそう言うと、ハンドガンを持っている反対の手で、ポケットに入っている物を取り出し、バードの前でチラつかせます。
「チッ、くそ。オレの盗聴器が見つけられちまったのか」パードは舌打ちします。
「かなり以前からね。それにしてもまぁ、随分といろいろな場所に取り付けてくれたわね。しかも、判りにくいような細工を施してあったりなんかして。おかげで回収に余計な時間と手間をかけてしまったわ」
レイラはため息をついた後、取り外した複数の盗聴器をパードへ放り投げます。
「ねぇ、パード。知っている? この手の盗聴器って言うのはね、微弱だけれど電波信号が出ちゃうのよ。確かにこの研究所はこんな辺境の地にあるわ。だけどね、パード。あなたはここが軍が所有している研究所だって事、忘れているんじゃない? 当然セキュリティ対策だって施されていたのよ。
もっとも、あなたがここに赴任した当初までは、いろいろと不具合があって正常に作動していなかったんだけどね。今ではちゃんと動いているわ。だから、あなたの仕掛けた盗聴器もたちまち露見したって訳よ。
パード。あなたは我が国が誇る軍隊所有の高性能電波探知機が、こんな判り易い電波を見逃すと本気で思っていたの?」
「最初から気が付いていたって訳か。じゃあ、何で今まで放っておいたんだ。すぐに捕まえる事が出来ただろうに」
「ここに来た目的を知りたかったの。スパイとして潜り込んだのか、それとも別な目的があるのかをね」
「へぇ、スパイじゃないとしたら、何が目的だと思うんだい」
パードは冷やかすように言います。
「それなんだけどね、パード。あなた最近、自分の顔をじっくりと見た事があるのかしら」
「何だと。それはどういう意味だ」
「丁度いいわ。すぐそこに鏡があるから、それで自分の顔を覗いてみたら?」
「何だと」パードはレイラの動きを警戒しつつ、鏡の傍に行き、自分の顔を覗き込みます。
「あっ!」そこに映る顔に驚いた瞬間、レイラの飛び蹴りがパードの頭部を直撃する!
パードは倒れこみながらも、ケースを手放す事はありませんでした。ですが。
「動くと撃つわよ」銃口がパードのこめかみに突きつけられたのです。
「さぁ、パード。悪いけど、そのケース返して頂戴」
レイラは動けないパードの手から、ケースをもぎ取ります。
「本当、最初は全然気が付かなかったわ。でも、あなたの顎に生えているその髭が濃くなるにつれて、あなたがある人の面影を持っている事が判ったの。
その人はこの研究所の助手をしていて、アタシの同僚だったわ。つまり」
レイラはその顔をパードに近づけます。
「「アレン」よ。ねぇ、パード。あなた、アレンの何? あなたの戸籍はアレンのとは全然違うんだけど」
レイラは銃口を更に押し付け、引き金に指をかけます。
「待て! オレは…… オレはアレンとの異母兄弟だ。アレンはオレの弟だ!」
パードの言葉にレイラは満足そうに頷き、銃口をこめかみから離します。
「なるほど。二人共、父親似って訳なのね。これで一つ疑問が解消したわ。ついでに、この質問にも答えてくれると嬉しいんだけど」
レイラは再びパードのこめかみに銃口を突きつけます。
「あなたがここに来た理由は何なの? どうしてこの研究所からプルートやワクチンを盗み出そうとしたのかしら」
「ここに来るのは当たり前だろ!」パードは吐き捨てるように言います。
「パードが音信不通になってから、どれくらいの日数が経っていると思っているんだ。アレンが行ったのは軍関連の研究施設だって聞いたから、関係者に消息を尋ねた。だが、やっと来た報せが「所用で研究所を出た後、ブリザードの為、行方不明」だ。それっきり、後は何の音沙汰も無し。家族がどれだけ心配しているか、お前には判らないのか」
「なるほどね。それで」
「この研究所は元々、オレが所属する厚生省管轄だった。その厚生省から、また研究所で人を探しているって言う話を聞いてな。それでオレが名乗り出たんだ」
「そうだったの」レイラは銃口をこめかみから離し、考え込むような表情を浮かべながら部屋にある椅子の一つに腰を降ろします。
「あなたが赴任した当初、ここに居た助手の事を、アタシやガイル所長にしつこく聞いていた事があったわ。あれはアレンの消息を掴む為だったのね。で、本当なら良く知っている筈のアタシたちが何も言わないものだから、怪しんで盗聴器を仕掛けたと」
「その通りだ。だっておかしいだろう。所用で出かけたって言う話だったのに、あんた方ったら、何も知らぬ存ぜぬだ。こんな場所でアレンに個人的な用事なんて、ある訳が無い。あんた方がアレンに何かしたんだろう。そう思ったんだよ」
「そうね。あなたの言う事は全て筋が通っているわ。あなたが一時、スパイ何じゃないかって疑っていたんだけど、間違いだったみたいね。だけど」
レイラは椅子から腰を上げて、パードに近づきます。
「何で、プルートやワクチンを盗み出そうとしたの。それが判らないんだけど」
パードは苦笑いをしながらレイラに、その理由を聞かせます。
「オレはここに来て、あんたたちの企みを知った。自分たちの思い通りになる改良プルートやワクチンを造っている事をな。だから、この研究所を爆破しようと思ってさ」
「爆破ですって。でも確かあなたの持ち物には、そんな危険な物なんて無かった筈だけど。もちろん、この研究所にだって無いわ。どうやって爆破するつもりだったの?」
「ここに来た当初はそんな事なんか知らなかったからな。持っていないで当然だろう?」
「じゃあ、どうやって」
パードはその問いに初めて、にやりと笑います。
「いや、あんたなら知っている筈さ。この研究所には物凄い爆破装置があるのをな」
レイラは眼を大きく見開きます。パードの言った言葉の意味が判ったからです。レイラはハンドガンを捨て、慌ててケースに指紋をかざします。
レイラは開いたケースの中にワクチンの方しか無い事を確認して、パードに問いただそうとします。ですがこの僅かな間、レイラはパードへの警戒を怠っていたのでした。
第10話「ブリザード」⑥-1(終)
今回のお話は第10話「ブリザード」の第六話前編となります。
今回はこの物語の数少ない謎に対する種明かしの様なお話です。
では、また会える日を。See You Again.




