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トラ・オブ・ラビリンス  作者: シード
第10話「ブリザード」
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第10話「ブリザード」⑤-2

第10話「ブリザード」⑤-2


 バードはそんなレイダたちに念を押します。

「じゃあな、ここで大人しくしていてくれよ。あんた方は部外者だし、素性不明とくる。この研究所内を許可無く歩き回られちゃあ、まずいんだ」

 パードはそう言って、スタッフルームへと戻ります。

「結局、あたしたち、閉じ込められている事には変わりないって事ね。これじゃあ、カプセルの中から出た意味なんか無いじゃないの」

「そうは言っても、ここであの人たちの機嫌を損ねると、この研究所から放り出されないとも限りません。タイミングよく迷宮のドアが現れてくれるなら、それでも構いませんが、今は言われた通り、大人しくしているのが無難かと」

「そうね。仕方が無いのかもね」トラはそう言って、外に出て行こうとします。

「待って下さい。どこに行くつもりですか?」

「身体がまだ濡れているのよ。レイラさんだったら乾かせるかなって思って」

「じゃあ、ここに電話がありますから聞いて見ましょう。さっきも言ったように勝手に出てはまずいと思います」

 置かれてある電話器は内線専用の様です。ガーネは受話器をとり、プレートに「スタッフ」と書いてある横のボタンを押します。

「はい、何でしょうか?」レイラの声が聞こえてきます。

「ガーネです。済みません。実は」ガーネがトラの要求を伝えると、「判ったわ。今すぐ行くから」と言って、受話器が切れます。ガーネは受話器を元に戻すと、トラと共にレイラが来るのを待ちました。

「ごめんなさい。ブラシを探すのに手間取っちゃって」

 しばらくして現れたレイラのその手には、ドライヤーとブラシが握られています。トラはレイラに手伝ってもらい、望み通りに身体を乾かす事が出来ました。

「やれやれ。すっかり乾いたから何かほっとしたわ。レイラさん。有難う」

「いいえ、どういたしまして。じゃあ、ガーネ。このブラシとドライヤーはここに置いておくから、好きな時に使って」

 レイラは鏡台に、これらの備品を閉まった後、「じゃあ、またね」と言いながら、部屋の外へ出て行きました。

「レイラって、いい人じゃない。あの人が山小屋を爆破したなんて、考えられないわ」

「だといいんですけどね」

 トラの言葉に、ガーネは頭に手を当てて、暗い顔で呟きます。


 レイラがスタッフルームに戻ると、ガイル所長が一人でテーブルの椅子に座っています。

「どうだったね。ガーネたちの様子は?」「別に。いつもと変わりない様です」

「そうか」ガイル所長は満足そうに呟きました。

「ところで、所長」レイラは真顔になって、ガイル所長を振り向きます。

「何だね、レイラ」

「今回の実験と、そのデータ分析の結果は?」

「良好だよ。もう、実用段階に入ったと見ていい」

「それを聞いて、安心しました」


 レイラが去った後、ガーネとトラはベッドの上で寝そべっています。

「ねぇ、ガーネ」「うん? 何です」

「あたしたち、今までいろんな世界に行って来たわね」

「そうですね…… で、それがどうかしましたか?」

「いつまでも居たかったって言う世界もあったり、すぐに戻りたかったって言う世界もあったわ。でもね」

「でも、何ですか?」

「ここは酷すぎるわ。あたし、今程戻りたいって思ったことが無いの。どこの世界でもここよりはましだったと思えるぐらいよ。迷宮がいいなんてこれっぽちも思わないけど、今度だけは別ね」

「確かに、ここは世界の一つの筈なのに、迷宮のように閉鎖空間みたいなところがありますから。その上、怪我も危険も実際に存在しますしね」

「本当、いいとこなんて一つもありゃしない」トラはため息をつくばかりです。

「どうです、トラ。そんな愚痴を叩いているって言うのは暇な証拠でしょう。私と一緒にこの研究所を散歩しませんか?」

「まぁ、いいけど。でも、勝手にそんな事をして怒られない? 他の人はともかく、ガイル所長だったっけ。あの人、うるさそうだわ」

「大丈夫でしょう。ほら、トラ。上を見て」

「あっ、あれはカメラだわ。こっちを監視しているのね」

「そういう事です。私たちはどこに行こうが、カメラと盗聴器で見張られています。さぁ、安心して散策しましょう」

「なるほどね。行ってはいけない場所は入れないだろうし、入れたとしても、すぐに注意しにやって来るって訳か…… なら、行こう。 ここにじっといるのも退屈だし」

「ええ、行きましょう」

 ガーネはトラを肩に乗せて、自分たちの部屋を後にしました。


 ガーネたちは建物中を散策しますが、どの階のどの部屋も閉まっているので、諦め始めます。そんな中、資料室が空いている事が判り、とりあえずガーネたちはその中へと入って行ったのです。

「ガーネ、ここ本だらけだけど、この世界で書かれてある本なんて、読めるの?」

「以前に行った世界でもそうだったんですけどね。どうやら私たちは自分たちが行った世界の言葉や文字に対して、対応出来る知識を自動的に身に付ける事が出来る様ですね。もちろん、ここにあるような専門書の内容を詳しく理解する事は出来ませんが、少なくとも何について書かれているかぐらいなら判るみたいです」

「へぇ、そうなんだ。で、何か判った事でもあったの?」

「トラ。変な事を聞きますけど、私の身長は、ガイル所長やレイラさん、そしてパードさんに比べてどうでしょう? 低いでしょうか? それとも高いでしょうか?」

「あの三人はそれ程、身長差は無いと思うわ。ガーネもそんなに違いは無いと思うの」

「そうですか……」ガーネはそう呟くと、その本棚の中から何冊か本を取り出します。

「トラ、この本棚にある本は最初、本の名前順に並べられていたみたいですが、今は違うようです」

「それってどういう事なの?」

「本棚のプレートにはその本名の先頭文字が記されていて、その文字順で並んでいる筈なのですが…… 揃っていません。これはつまり、自分が見たい本を自分の手の届きやすい位置に置き換えているのでしょう。だから丁度、私の視線と同じ高さにある本をピックアップする事にしたのです。しかもその中で手垢が最も付いている奴をね」

 ガーネはそう言って、本をトラの前に並べます。

「トラ、見て下さい。ここにあるのは微生物の増殖法とか活性化手段とか、そんな内容の物ばかりが書かれています。ウイルスを抑えると言うよりは、むしろ促進させる内容の代物です。また微生物の体内組織を一部造り変えて、扱い易い物に変えるなんて言う内容の物もあるんですよ」

「つまり、ワクチンを造る方法ばかりじゃ無くて、増やす為の方法や操作し易い方法なんかが載っている本も頻繁に読まれているって訳ね でも、どうしてそんな本を」

 ガーネは首を横に振ります。

「判りません。単に興味本位で見ているだけなのかも知れませんが、もし、そうでないとしたら……」ガーネはそう言ったっきり、それ以上、トラに話す事は何もありませんでした。

 やがて、ガーネたちはその資料室を出て、別な部屋へと移動する事にしたのです。


「これって!」トラは思わず絶句します。

 最後に辿り着いた部屋が予想に反して開く事が出来た為、ワクワクしながら飛び込んだのですが、その中には。

「あの非常食が…… 部屋一杯に……」

 膨大な量です。何が悲しくてこんなに集めなければならかったのか、判りません。部屋の天上に届かんばかりに積まれている非常食の箱、箱、箱。部屋の中は人間が僅かに入れるスペース以外、全ての箱の山。その異形に、ガーネとトラは言葉もありません。

 あの山小屋でも、個人が食べるにはあまりにも多いその量に唖然としましたが、ここはその比ではありません。ひょっとしたら、国中の非常食を全て集めたんじゃないかと思えるぐらいのその量に、ガーネたちは呆れて眺めるしか術はありませんでした。

 トラは呟きます。「人間って、何かおかしい」


 ガーネとトラは自分たちの部屋へと戻って来ます。

「結局、歩き回っても中に入れたのは、資料室と非常食管理室のみか。何かがっかりだわ」

 トラはつまらなさそうに呟きます。

「でも入れたとしても、判らなかったんじゃないでしょうか。ここは微生物研究所ですから」

「ねぇ、ガーネ。部屋が回れないなら、いっその事、人間に纏わりつくって言うのはどうかしら?」

「人間? ああ、ガイル所長とか、レイラさんとかですね」

 ガーネの言葉にトラは、ぶんぶん首を横に振ります。

「ガイル所長? 冗談でしょ。あんなお高くとまっている奴なんて。話すだけでも不愉快だわ。何かにつけて、あたしたちをスパイ呼ばわりしているし。やっぱり、パードさんかレイラさんがいいわ。あの二人と、いろいろお話をした方が面白いと思うの」

「じゃあ、行きましょうか。で、どちらを最初に?」「レイラさんからにしよう」

 ガーネとトラは自分たちの部屋を出て、スタッフルームへと向かいます。


 スタッフルームにはレイラだけが居ました。

「随分と研究所内を歩き回っていたみたいだったけど、何かお気に召したものがありまして?」

「いいえ。資料室と非常食管理室以外は、どの部屋にも入れなかったの。部屋の中に居るのも退屈だから、レイラさんとお話しようかなって思って、ここに来たの」

「へぇ、トラさんがアタシにねぇ。で、どんな事が聞きたいのかしら」

「レイラさんにとっては、ここはどうなのかしら。楽しい?」

「ここは職場だから。楽しいって言うのは適切な表現じゃないわね。基本的にはパードと同じ。微生物にいろいろな刺激を与えて、その様子を観察したり、記録に留めたりなんかやっているわ。最初は不慣れだから戸惑う事もあったけど、今は単調な作業でしか無いわね」

「それでも、あたしたちと行った発掘現場なんかみたいに危険な場所を通らなくちゃいけない事もあるじゃない。あれって本当のところ、どうなの? 嫌じゃないの?」

「アタシとしては毎日が単調な仕事だから、返って刺激になっていいわね。まぁ、こう言うのは人それぞれ何でしょうけれど」

「ふーん、あたしは危険は嫌だなぁ。どんなに単調な毎日でも、やっぱり安全な方がいいわ」

「トラさんは猫さんだものね。でも、時には冒険みたいな事をやってみたい。そんな事を思うなんて事は無いの?」

「うーん、そうだな。やっぱり無いと言えば嘘になるかも」

「でしょう? 確かに安全は必要だわ。でもだからと言って、その為に冒険を何もしないでいるって言うのも、長い人生の中ではあまり、いい選択肢とは言えないと思うの。折角この世に生を受けたんだから、例え危険がそこにあっても、挑戦していけるような気概を持ってもいいと思うわ」

「なるほどね。そうかも」

「トラさんたちは自分たちの世界に戻る為に、ここに来たって言ったわね。それもやっぱり危険があるのを承知で、自分たちの願いを叶える為に来ている訳でしょう。だったら、アタシとそう変わらないんじゃないかと思うの」

「あたしたちは目的があるから、出来るんだけど…… 正直、レイラはどうなのかしら。微生物研究をしたいから危険を冒しても、ここにいようと考えているのかしら。それとも何か他の目的を持ってこんな事をやっている訳?」

「トラさん」レイラは立ち上がります。

「そろそろ、アタシも仕事に戻らないといけないわ。お喋りはここまでにしましょう。じゃあ、トラさん。またお話しましょうね」

 レイラはそう言って席を立ち、トラに手を振りながらスタッフルームから出て行ったのです。

「トラ、レイラさんに何を聞きたかったのですか?」

「別に。ただ、こんなところまでお仕事に来るレイラさんの真意が判ればなって思って」

「それが判って、どうするんです」

「いいじゃない。人を知るって言うのは、案外楽しいものなのよ」

「その相手が迷惑がって無ければ、いいんですけどね」

 物好きですね、あなたは。ガーネはそんな表情を浮かべていました。

「さてと。じゃあ、今度はパードにしようかな。でも、今どこにいるのかしらね」

 さぁ、知りませんね。ガーネはそっぽを向きます。

「居ないなら、探すまでだわ」トラは、いきり立ちます。

 パードさんもいい迷惑でしょうね。ガーネはパードの不幸に、そっと目頭を押さえました。

 それでも、ガーネはトラのおねだりに応えて、一緒にパードの行方を捜す事にしたのです。

 パードはプライベート・ルームに居るんじゃないかと考え、ガーネたちはそこに向かいましたが、ドアをノックしても、うんともすんとも言いません。残るは何れかの研究室となる訳ですが、ガーネたちが入る事は出来ません。

「トラ、諦めましょう」トラはガーネに促され、共に自分たちの部屋へと戻って行ったのです。


第10話「ブリザード」⑤-2(終)


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