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トラ・オブ・ラビリンス  作者: シード
第10話「ブリザード」
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第10話「ブリザード」④-1

第10話「ブリザード」④-1


 森の中に入ったガーネたちは、急いでこの森を抜けようとするのですが、思うようにいきません。このブリザードと足元に積もっている雪が、その歩行を阻み、三人が前へ進むのを邪魔していたからです。

 ガーネたちは頭に、マイク・イヤホーンとゴーグルを内蔵したヘルメットを被っています。

「おい、ガーネ、レイラ。ちゃんと声が聞こえるか?」

「ええ。ちゃんと聞こえます」「もちろんだわ」

「ゴーグルの雪対策機能をオンにしてくれ。少しでも、視界が雪でさえぎられるのを防ぎたいんだ」

 ガーネはゴーグルに付着した雪を掃った後、レイラに教えて貰いながら、言われた通りのセッティングにしました。効果があったせいでしょうか、ガーネはゴーグルに付着する雪の量が減ったように感じたのです。

 ボスッ、ボスッ。積雪に足を取られながらも、ゆっくりと進んで行きました。しばらく歩くと、どこからか、獣の遠吠えらしき声が聞こえてきます。

「レイラさん、あの声。もしかして、あれが」「そうよ。「雪狼」の雄叫びだわ」

 木々を通り抜けているガーネたちの先頭にいた、パードの歩みが止まります。

「どうしたんですか?」ガーネが声を掛けました。

「しっ、奴らが近くまで来ている」パードは立てた人差し指を口元に引き寄せ、ガーネを黙らせます。

 パードは警戒しながら再び前進を始めますが、すぐに立ち止まってガーネたちの方を振り向き、「あいつらも、ついて来ている」と、小声で知らせました。

 ガーネが辺りを見回すと、自分たちの周りのあちらこちらで、キラリと光る物を確認しました。

「奴らの眼だ。困ったな。どうやら複数で遠巻きにしながら、オレたちを囲んでいるようだ」

 いつ総攻撃が来るか、気が気でなりません。ガーネたちは用心しながら歩いて行ったのです。


 それは突然始まりました。直ぐ近くで咆哮が聞えた途端、何頭もの「雪狼」がガーネたちの目の前に姿を現したのです。

「逃げろ!」パードの叫び声に応じて、ガーネたちは雪に足をとられながらも、懸命に走り出します。

 パーン! パーン! 銃声の音が森の中を響きます。パードとレイラが、ガーネを守るように囲みながら、突破しようとしていました。

 必死で撃ち続けるも、パードが放った弾丸は、なかなか「雪狼」に命中しません。一時的に追っ払うのがやっとのようです。それに引き換え、レイラは着実に一匹一匹と、迫り来る相手を射殺していきました。

「すごい……」ガーネはその射撃の腕前に感心しますが、見とれている暇なんてありません。次々と襲ってくる「雪狼」を避けながら、ガーネたちはひたすら前へ前へと走って行きました。

「ほら、見ろ。採掘現場への入り口だ!」

 ガーネがパードの指し示す方向に眼を向けると、そこには洞穴があり、その入り口は扉で閉められていました。

「やっと、着きましたね」ガーネはほっとしながら、扉を開けて中へ入ったパードに続こうと、その入り口へ近づいた時です。頭の上から咆哮と共に、何か黒いものがガーネに飛び掛かって来ました。

「「雪狼」!」ガーネはその勢いに身動き一つ取れず、立ちすくしてしまいます。

 もう駄目でしょうね。ガーネがそう観念して目を閉じると、背後から銃声が。

 パーン! ガーネが恐る恐る眼を開けると、そこには額を打ち抜かれて倒れている「雪狼」の姿がありました。

 呆然とした状態で屍体を見つめているガーネの腕を、レイラが掴んで走り出します。

「ほら、ガーネ。ここじゃあ、危ないわ。今の内にあの中へ!」

 レイラの言葉に我に返ったガーネは、何とか無事に洞穴の中へ逃げ込む事が出来たのです。


 ぜいぜいと息を切らしながら、ガーネが洞穴の中にある大きな岩に手を掛けて休んでいると、そこへレイラとパードがやって来ました。

「どうだ、ガーネ。随分、スリルがあったろう?」「あんな目に会わせて、ごめんなさいね。でも、ここに着くにはどうしても、あそこを通らなくちゃいけないのよ」

 ガーネはしばらくして呼吸を整えた後、レイラにお礼を言います。

「レイラさん、有難うございます。おかげで助かりました」

「えっ、ああ、別に気にしなくていいのよ。アタシたちがここに連れて来たのが、そもそもの原因なんだしね。命を守るのは当然だわ」

「でも、大丈夫なんでしょうか? この洞穴の中に「雪狼」が入って来たら……」

「その心配は無いさ。気が付いているかい、ガーネ。この洞穴に広がる匂いに」

「匂い?」ガーネは鼻をひくひくさせ、辺りに漂う異様な臭気を嗅ぎ取ります。

「この匂いは一体?」「変な匂いだろう。この先に行けばもっと強くなっていくんだ」

「匂いの正体はすぐに判るわ。それより、予定の時間はとっくに過ぎているの。ぐずぐずしてはいられないわ。先を急ぎましょう」

 レイラに促され、一行は洞穴の奥へと進んで行きました。やがて、下方へと続いている石積みの階段が見えて来たのです。

「実際にオレたちが採掘するのは、ここよりもっと下なんだ。さぁ、行こうか。ここを降りれば、この匂いの原因もすぐに判るよ」

 パードはそう言うと、先頭を切って降りて行きます。それに続いてガーネ、レイラも、その後について行きました。

 階段を降りるに従い、匂いはきつくなります。やがて、その匂いが下から湧き上がってくる緑っぽい煙からのものだと判りました。それと同時に、ガーネは周りがだんだんと暖かくなっていくのにも気が付いたのです。

「匂いの正体はこれだったんですね。この煙は下の方から吹き出ていて、しかも熱を帯びています」

「その通りだよ、ガーネ。岩石に含まれている成分が、地中からの熱い蒸気を伴い、煙となって流出しているんだ。まともにこの煙を喰らったら、気を失って倒れてしまうから、気を付けた方がいいぞ」

「えっ、そうなんですか?」

 気が付けばパードやレイラは、さっきからハンカチで口を覆っています。ガーネも慌てて口を手で塞ぎました。パードはそんなガーネを見て笑いながら、話しを続けます。

「もっとも、この匂いのおかげで、あいつら「雪狼」は、この中に入って来られないのさ。どうやら、この匂いが苦手らしい。それに「雪狼」は、嗅覚が人間とは比較にならない程優れているからな。入口付近程度の匂いでも、決して近寄ろうとはしないんだよ」

 やがて階段が終わり、地の底に辿りついたのですが、匂いはきつくなっています。パードたちはそれをなるだけ吸わない様に注意しながら、走ってその場を離れたのです。

 しばらくしてパードはその歩みを緩めると、ガーネに話し掛けてきました。

「ガーネ。口から手を離しても、もう大丈夫だ。ここら辺りまで来れば、匂いが人体に与える影響は少ないからな」

 ガーネは恐る恐る息を吸ってみました。確かに、匂いは先程までとは打って変わって、少なくなっているようです。ガーネはモクモクと湧き上がっている煙から遠ざかる事が出来たので、ほっと胸を撫で下ろしたのです。

 パードに連れられ、前方へと進んでいったガーネは、やがて通路の脇に、地底に広がる水面を目撃します。しかも、その水面は湯気を立てているようでした。

「パードさん。これは一体?」

「ここは天然の温泉だ。地下水が周りの熱によって温められて、噴出しているんだ」

 パードがその説明をしている最中に、ガーネの内ポケットがモグモグと動き出しました。

「どうしたんだ、ガーネ?」

「どうやら、家の眠り姫が目覚めたようです。トラ、お早うございます。ご機嫌は如何でしょうか?」

「ふぁーい、あーあっ」トラは内ポケットに半身を入れた状態で、大きな欠伸をしました。

「ここはどこだったかしら?」トラはそんな事を呟きながら、のそのそと内ポケットから這い出ると、ガーネの肩にべったりと張り付きます。しばらくの間、寝ぼけ眼で周りをきょろきょろと見回していましたが、やがて意識がはっきりしてきたのでしょう、ガーネに話し掛けてきたのです。

「ガーネ、すごいじゃない。とても暖かいわよ。少し匂うけど」

「大丈夫ですか? 匂いは我慢出来るでしょうか?」

「うん。楽勝よ。気にする程じゃないわ」「それはよかったです」

「でも、何でこんなところにいるの?」「ここが採掘現場のある、洞穴の中なんですけどね」

「ふーん」トラはガーネの肩から降りて、湯気を出している湖に足を入れます。

「あ、あちちちぃ!」トラは思わず転げ回ります。

「大丈夫ですか?」ガーネは慌てて、トラを拾い上げました。

「ああ、熱かったぁー。一体、何なのよ。ここは?」

「温泉らしいですよ」「ふーっ、ふーっ。温泉? なるほどね。でも、ちょっと熱すぎるわね。これじゃあ、入浴を楽しむって訳には行かないわ」トラは残念そうです。

「そこは熱いんだよ。こっちに来てごらん。こっちだと多分、適温だよ」

 パードが温泉に手を突っ込んで確認します。

「どれどれ」ガーネも真似をして温泉に手を入れます。

「うん。トラ、これなら大丈夫みたいですよ」

「ふーっ、ふーっ、本当に?」トラは少し眼を潤ませた状態で、前足に息を吹き掛けながら尋ねます。

「本当です。トラも試してみてください」

 トラは少しの間、迷っていましたが、温泉の魅力には勝てないのか、再びガーネから降りて、今度は反対側の前足を温泉に突っ込みました。

「おおおおーっ!」感嘆の叫びを上げます。「こ、これよ! あたしが捜し求めていたのは」

 トラはそう言うなり、そのまま温泉にザブンと浸かりました。

「ううん、いいお湯だわ。あっ、いけない!」トラは叫びます。

「どうしました?」

「ねぇ、ガーネ。何か手拭いみたいな物は無い? それが無いと気分が出ないの」

「ああ、それなら」レイラは自分のポケットから取り出したハンカチを引き千切って、その断片をトラに差し出します。

「これぐらいの大きさなら丁度いいんじゃないかしら」「有難う、レイラさん」

 トラはレイラからハンカチの断片を手渡されると、それをタオルのように首に巻き、気分よさげに鼻歌を歌い出しました。

「今のトラは典型的なおっさんですね」「ああ、おっさんだな」「ええ、おっさんだわ」

 もちろん、三人はトラに気付かれない様に、喋ったのです。

「じゃあ、レイラ。オレはガーネを連れて現場に行くから、あんたはここで、その猫がのぼせないように見張っててくれ」

「判ったわ。じゃあ、パード。ガーネを頼むわね。ガーネも頑張ってね」

「ああ」「じゃあ、行って来ます」パードはガーネを引き連れ、その場を離れました。


 ガーネたちは幾らも歩かない内に、また下方へと続く階段に辿り着きます。

「また階段ですか?」「ああ、だが、ここが最後だよ。この下が正真正銘の採掘現場だ」

 階段を降りていく途中で、ガーネはパードに尋ねます。

「ここはさっきの場所と違って、暖かくありませんね」「まぁ、採掘現場だからな。近くにあっても、向こうとは違った地層なんだろう。本当はもっと暖かい方が、オレとしても嬉しいんだが」

 階段を底まで降りて、少し歩いたガーネたちは、抉られた地層を目の当たりにします。

「ここでしょうか?」

「そうだ、ガーネ。ここで採掘するんだ。さぁ、採掘工具を取り出すか」

 パードはリュックサックから、工具を取り出し、組み立て始めます。ガーネもそれに見習いながら、組み立てを始めました。

「これが削り取る岩石の大きさを設定するスイッチ。こっちはその種類を選別するスイッチだ。設定はこのままでいい。電源ボタンはここだ。これをオンにして、このレバーを握れば、自動的にこの工具は作動してくれる」

 パードはガーネに工具の使い方を説明します。その後、実際にそれを操作してみせました。

「ガーネ、これだよ。この黄色い岩盤の鉱石が、俺たちが欲しがっている物なんだ」

 パードはそう言って、その工具を動かし、岩盤を削り取っていきます。削り取られた岩石の内、パードたちが必要とする鉱石のみが次々と、工具に繋がっている袋に取り込まれ、それ以外は捨てられていきました。

「なるほど。そうやるんですね」ガーネも見様見真似でやってみます。

 最初の内は、岩石を削り取る際の振動や岩石を排出する勢いで、思うように操作出来ませんでしたが、それもやがて慣れてきたのか、少しずつ採掘量が増えていったのです。

 作業は順調でしたが、目的の量を採掘するには、まだまだ時間が掛かりそうです。ガーネたちは長時間の作業に耐えれるよう、作業の合間に一定の休憩時間を設ける事にしたのです。


 最初の休憩時間がやって来ました。二人は工具を足元に置き、傍にある岩の上に腰を降ろします。

「どうだ、ガーネ。採掘の感想は?」

「器具の振動とかそういうものに慣れれば、操作そのものは大した事は無いみたいなんですが…… それにしても見掛けほど、含有量は少ないみたいですね。ほら、袋の量に比べて足元に捨てられた石屑の方が圧倒的に多いですよ」

「そうなんだ。オレも最初は楽勝と思っていたんだがな。実際やってみると、そんなに多く無いんだ」

「一体、どのくらい掛かるんですか?」

「そうだな。オレの経験から言えば、後、数時間ぐらいだと思う。だが、のんびりとやっている訳にはいかないんだ。帰りにはまたこの森を抜けなきゃいけないからな。夜になれば俺たちより夜目が利く「雪狼」が圧倒的に有利になるから、ここを抜け出すのが困難になってしまうんだ」

 ガーネたちは早めに休憩を済ませ、足元に捨てられた石屑を片付けた後、先程と同じ単調な作業に戻ります。作業と休みを繰り返し続け、やがて、二人の工具に繋がっている袋は、採取した岩石で一杯になりました。


 パードは自分とガーネの工具に繋がっていた袋を外して、採取した鉱石の総重量を確認しました。

「よし。これだけ採れれば、当分は困らない筈だ。ガーネ、これで作業を終わりにして、レイラたちのところへ戻るとするか。とは言っても、ここを撤退する前に、後片付けをしておかないといけないな。後で見つかったら、うるさいんだ。だから、早くやってしまおう」

 パードの言葉に従って、ガーネもパードと一緒に、足元に散乱している石屑を脇の方に片付けます。その作業が済むと、ガーネたちは採取した鉱石の入っている袋をリュックサックに収納しました。

「これだけでも、だいぶ重いですが、この採掘工具も持って帰るのですか?」

「いいや、それは置いていっていい。定期的に軍がここにやって来て、それを回収してくれるからな」

「それはよかった。助かりましたよ。これも持って、あの森を脱出するのは不可能に近いですからね」「全くだ」

ガーネとパードはリュックサックを背負って、採掘現場を後にしました。


第10話「ブリザード」④-1(終)


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