第10話「ブリザード」③-2
第10話「ブリザード」③-2
それから一時間ぐらい経った後でしょうか。トラがガーネの行動をを警戒している最中に、あの三人組がぞろぞろと部屋の中に入ってきました。
トラはガーネを合わせたその四人組に、「ああ、ついにあたしは今夜の夕食になってしまうんだわ」と嘆き、よしんばそうだとしても、このまま、奴らの思い通りにはならないと覚悟を決めたのです。トラは自分の前足をベッドの下に隠し、人知れず鉤爪を剥き出しにして、いつでも全力で攻撃可能な状態のまま待機しておりました。
ガイル所長がマイクをオンにして、ガーネたちに語り掛けます。
「検査がやっと終わった。どうやら、君たちは感染を免れているようだ。まだ数時間経たなければ、最終結論は出ないが、まぁ、大丈夫だと思う。直ぐにここから出してやろう」
パードはガイル所長の指示に頷いて、手元のボタンを操作します。すると、密閉されていたカプセル内の金属壁にある、閉じた状態になっていたドアが開きました。
カプセルの外側からパードが声を掛けます。
「はい、ご苦労様でした。無罪放免ですよ」おどけたような口調で喋るパードに促され、ガーネとトラは予定時間通りに、カプセルの外へ出る事が出来たのです。
「やれやれ、やっとカプセルから出る事が出来ましたね」「そ、そうね」
トラは恐る恐るガーネの方に振り向きます。その顔はいつも通りの穏やかな表情だったので、トラは「これなら、食べられちゃう事は無いわね」と安堵の胸を撫で下ろしたのです。
ガーネとトラがカプセルから出ると、パードがガーネたちをその部屋から連れ出し、休憩所らしき部屋に案内しました。
「カプセルに長い間閉じ込めて済まなかったな。さぁ、遠慮なく座ってくれ」
ガイル所長に促され、ガーネたちはテーブルの座席に並んで座りました。その向かい側にはガイル所長とレイラが座り、しばらくするとパードがやって来て、みんなにコーヒーを配り始めたのです。
パードも席に着いたのを確認すると、ガイル所長は立ち上がり、ガーネたちの方を振り向きます。
「検査に時間が掛かり、君たちには随分と迷惑を掛けてしまったな。だが、やっと検査結果が出た。君たちにプルートの感染は無いようだ。だから、安心して構わない」
「はぁ、そうですか。それはどうも有り難うございました」ガーネは頭を下げます。
「さて、これからの事だか、君たちはどうやって、この山から出て行くつもりなのかね?」
「それなんですが……」ガーネはトラと顔を見合わせて頷いた後、再びガイル所長の方を振り向きました。
「私たちは前にも話した通り、迷宮の旅人です。ここから迷宮に戻るには「迷宮のドア」が現れるまで待たねばなりません。と言っても、ここは研究所なので、外部者がいつまでも居るのはまずいでしょう。なので、出来れば私たちを、あなた方がトラを見つけたあの山小屋まで連れて行って貰えませんか? あそこなら寒さも防げますし、非常食もありますから、ドアが現れるまで待機出来ると思うのです」
「「迷宮のドア」ね」ガイル所長は鼻で笑う様な仕草の後、ガーネを見つめていましたが、やがて口を開きます。
「まぁ、いいだろう。ところでだ。他に何もやる事が無いのだったら、ワタシたちの作業を手伝ってくれると有り難いんだが」
「遠慮します。それより山小屋に連れて行って下さい」
ガイル所長とガーネは、しばらくにらみ合っていましたが、やがてガイル所長が諦めたようにため息をつきます。
「そうか。ならしょうがない。君たちを山小屋に帰そう。送っていくよ」
ガイル所長はそう言った後、一旦、部屋を出て行きます。
「ガーネ。何とかここから、おさらば出来そうね。ほっとしたわ」
「ええ。トラもあの山小屋で構いませんよね」
「もちろん。ここなんかよりずっとましだわ。ストーブに薪をくべれば暖かくなるし、食べる物も同じなんだし。何よりあっちの方が気が楽だものね」「私も同感です」
ガーネはトラと話しながら、ガイル所長が戻ってくるのを待っていました。思っていた以上に時間が掛かったものの、やがて所長はガーネたちの前に姿を現わしたのです。
「大変申し訳ない。出掛ける準備をしていたが、予想外に手間取ってしまったんだ。だが、もう大丈夫だ。さぁ、一緒に行こう」
ガイル所長はガーネたちを連れて、駐車場まで歩いて行ったのです。
「さぁ、この中へ入りたまえ」
ガイル所長がそう言って、乗るように促したのは、その駐車場で、もっとも大きく、かつ頑丈そうな車でした。これなら、このブリザードでも走り切る事が出来るでしょう。ガーネたちは安心して、乗り込んだのです。
「じゃあ、出発しますね」運転席についたパードが声を掛けます。
「あれっ、レイラさんは」
「留守番だ。研究所を無人にしておくのは、出来るだけ避けたいからな」
ガーネたちが乗った車が発進します。外に出るとブリザードがまだ続いており、雪もかなり積もっていましたが、車の走行には何の支障もありませんでした。ブリザードのせいでしょうか、かなり遅い速度で慎重に走らせていましたが、それでも一時間ぐらいで山小屋が見えて来ました。
「やっと戻って来ましたね」「もう、ドアが現れるまで、ここで大人しくしていましょう。薪も十分あるし、毛布にくるまれば暖かく眠れるわ」トラはほっとした口調で返事をしました。
後、もう少しで山小屋に辿り着くと言うところまで来た時、ガーネたちは意外な光景を目の当たりにします。ガーネたちが戻る筈だった山小屋が炎上していたのです。
ガーネたちは思わず車を出て、燃え盛る炎を見ながら唖然としました。
「何故? 一体どうして!」ガーネは呟きます。そんなガーネたちの傍らへ、いつしかガイル所長が来ていました。
「やれやれ。どうやら、ストーブで焚いていた火の後始末が不完全だったようだ。山小屋ごと燃えてしまったな」
「そんなぁー!」トラはがっかりした後、急に寒さを感じてきたらしく、ガーネの腕から這い出て、服の中に潜り込みました。
「ガーネ。これからどうするつもりかね」ガイル所長の言葉を受けて、ガーネは向き合います。
「こうなってしまっては、他に行くところがありません。もし、もうしばらく研究所に居させて貰えるなら、そうしたいのですが」
「いいだろう。じゃあ、研究所へ戻るか。一緒に来たまえ」
ガーネたちは再び車に乗り込み、研究所へと戻って行きます。
パードとガイル所長が前部座席にいるのを見つめながら、トラは小声でガーネに話し始めました。
「ねぇ、ガーネ」「うん? 何です、トラ」
「ちょっと怪しいと思わない?」「何がですか?」
「あの火事よ。あの火の広がり方は、あたしたちが着く数分前に燃え出したって感じじゃない。こんな偶然有り得ないわ」
「でしょうね」「えっ! じゃあ、ガーネも怪しいと思っているの?」
「レイラさんがいませんよね」「えっ、だってレイラさんは研究所だって」
「でも、レイラさんなら、先回りする事も出来た筈ですよ」
「そうね。だけど……」「まぁ、駐車場に行けば判るでしょう」「えっ?」
やがて、ガーネたちを乗せた車は、研究所の駐車場に戻って来ました。車から降りると、ガーネはトラに囁きます。
「ほら、トラ。あそこを見てください」「えっ、どこ?」「あそこ、あそこ」
ガーネが指し示す方向には、車が一台停まっています。
「ええと、あの車がどうしたの?」
「さっき、乗り込む時に、あそこに車は無かったんですよ」
「えっ、それじゃあ!」
ガーネは口元に人差し指を立てます。
「それに」ガーネはその車に近づき、トラをボンネットの上に載せました。
「トラ、どうです」
「まだ暖かいわ。ここに停めてから、まだ幾らも経っていないみたいね」
ガーネはトラに笑みを浮かべます。
「そういう事です。それに見て下さい。タイヤがまだ濡れているじゃないですか。まず間違いないでしょうね。じゃあ、トラ。研究所に戻りましょう」
ガーネとトラはガイル所長の後を追って、研究所の中へ入って行ったのです。
ガイル所長たちと休憩室に戻ったガーネたちは、コーヒーを飲んでいたレイラさんに声を掛けられます。
「あら、ガーネ。山小屋に帰ったんじゃなかったの?」
「それがですね…… 山小屋が炎上していまして」
「まぁ、それは大変。でも、よかったわね。火事に巻き込まれなくて」
「ええ、確かに」
レイラにガイル所長が声を掛けます。
「すっかり、身体が冷えてしまった。申し訳ないがワタシたちにも、そのコーヒーを作っては貰えないかね」
「あっ、オレもお願いします」
二人の言葉にレイラは頷きます。
「そうね。気が付かなくてごめんなさい。これから作る事にするわ。ねぇ、ガーネ。あなたたちも飲む?」
ガーネはトラと頷き合った後、「じゃあ、お願いします」と返事をしました。
レイラはその言葉を受けて、にっこりと微笑んだ後、その部屋を出て行ったのです。
「ガーネ。まだコーヒーから湯気が立っているわよ」
「ええ、淹れてからまだ幾らも経っていないって事でしょう。それに見ましたか。手を擦り合わせていましたよ。寒いところから帰って来たばかりだからなんでしょうね。鼻の頭もまだ薄っすらと赤みを帯びていますしね」
ガーネたちは小声で話し合い、この研究所に対する疑惑を深めました。
コーヒーが運ばれ、お茶の時間を楽しんだ後、ガイル所長がガーネたちに話し掛けます。
「山小屋に行く前にも言ったと思うが、数日間、ここに居るつもりなら、是非、君たちにも手伝って貰いたい事があるんだ。どうだ。やって貰えないだろうか?」
「と言いましても。私たちには微生物の事なんて、皆目判らないんですが」
「そんな専門的な仕事をさせようと言うんじゃない。実はプルートのワクチンを作るに際して、ある鉱物の成分がどうしても必要なんだ。だから、それをワタシたちと一緒になって採掘して欲しい。とまぁ、こういう訳だ」
「採掘……ですか。でも、このブリザードですよ。一体、どうやって」
「採掘現場までのルートは決まっている。途中まではさっき乗った車で走らせる事が出来るが、後は徒歩となる。全行程の往復は、うまくいけば一日強ぐらいで済む筈だ。研究所内の作業と違い、遂行するのは大変だが、どうしても手に入れなければならないものだ。是非、やって貰いたい」
ガーネはトラと顔を見合わせていましたが、どちらからともなく頷くと、ガイル所長に答えました。
「判りました。では協力しましょう。ただ、トラまで参加する必要は無いと思います。研究所に残しておく訳にはいきませんか?」
「残念だが、研究所の人間が全員出て行くので、最小限の電力しか使えないようにしておかなければならない。灯りも非常灯しか点かないし、暖房も止める。また部屋の出入りも出来なくなるんだ。ワタシたちと一緒に行った方がいい」
「そうなんですか。トラ、どうしますか?」
「大丈夫。心配しないで。あたしも一緒に行くわ。ここで閉じ込められたら、身動きとれないもの」
トラの意見を受け入れ、ガーネは一緒に行く事にしました。
再び、ガーネたちは駐車場に停めてある大型車のドア付近まで歩いて行きました。
「それにしても、大きくて頑丈そうな車ですね。市販されているんですか?」
「いや、これは特注の車両だ。研究所に不測の事態が発生した時は、速やかに、ここへ避難する事になっている。また、この中で実験の再開も可能だ。第二研究所と言えるぐらいの設備を備えた為、これだけの大きさになってしまったんだよ」
ガーネの問いに、少し自慢げな様子で、ガイル所長は答えました。
全員が車に乗り込んだのを確認した後、パードは車を走らせます。前部座席にはパードとガイル所長が、後部座席にはレイラと、膝にトラを乗せたガーネが座っています。
「それにしても、本当にすごいブリザードですね。車が立ち往生しないといいんですが」
「軍から調達した除雪機能付きの車だからな。かなりの雪でも大丈夫と言う話だった。それにしても本当に良く降る。途中から徒歩だからな。出来ればもう少し小康状態になって欲しいものだが」
ガイル所長とパードは天候を気にしていました。
「あのぉー、レイラさん」「何? ガーネ」
「さっき話しにあった採掘現場まで、かなり掛かるのでしょうか?」
「そうね。ここからだと、後、一時間ってとこかしら。山奥にあるし、このブリザードだから、そんなにスピードも出せないのよ。どうしても、それくらいは掛かるわね」
「このブリザードのせいで、道に迷うなんて事は無いの?」
「トラさん、それは心配しなくてもいいわ。道が枝分かれしているところもあるけど、道幅が大きい方の道を辿って行けば間違いなく目的地に着くわ。それよりも、もっと大きな問題があってね」
「それは何なの?」
「あたしたちが、これから行こうとする採掘現場は森の中にあるんだけど、そこには「雪狼」が生息しているのよ」
「「雪狼」って?」
「四足の獣で、素早い動きと鋭い牙や爪で相手を倒し、食べてしまうの」
「じゃあ、あたしみたいなのね」
レイラはきょとんとした顔をしましたが、やがて笑い出します。
「確かにそうね。トラさんが大きくなって、この毛色が黒くなったら、そう見えるかも。ああ、でも、もうちょっと獰猛な感じも無いと駄目ね」
「ふーん、獰猛ねぇ。例えば、こんな」「止めて下さい。人の膝にちょっこんと座りながら、うーうー唸るのは。鉤爪や牙を剥き出しにしようと身構えているのも感心出来ませんね。私が怪我をしたら、どうするんです」
「だって、レイラさんが見たいって」「言っていません」
「ガーネ、トラさん。あなたたちって、本当に仲がいいのね」
レイラは笑いながら、そう言いました。
車はやがて、森にさしかかります。その入り口のところにある駐車場へ車を停車しました。
「このブリザードが吹き荒れる中、こんな駐車場があるなんて!」
ガーネが驚くのも無理はありません。その駐車場はガーネたちの車が複数入っても、十分な広さの屋根付き建築物だったからです。
「ここは軍が管理している採掘現場だからな。これくらいの設備は当然の事だ」
ガイル所長はそう言いながら、車を降ります。他のみんなもその後に続きました。車の後部ドアを開くと、そこには掘削器具が複数置いてあります。
「じゃあ、パードとガーネは、これを持って採掘現場に向かってくれ」
ガイル所長は一人一人に、採掘器具を手渡します。ですが、所長自身は持とうとしません。
「ガイル所長も来るんですよね」ガーネが念を押すように尋ねたその言葉に、ガイル所長は首を横に振ります。
「いや、ワタシはここで待機して、君たちの連絡を待つ事にする。車を無人にしておく訳にいかないし、君たちに何かあったら、すぐ外部にそれを連絡する必要があるからも知れないからな」
「外部との連絡なら、レイラさんに任せればいいんじゃない?」とトラ。
「いや、レイラには他にやって貰う事があるからな。君たちと同行する」
「レイラさん。本当ですか?」「ええ、ガーネ。その通りよ」
「でも、確かさっき、この森には「雪狼」が居るから危険だって言ってましたよね。大丈夫なんですか?」
「だからよ。その為に同行するの」
と言うと? と首を傾げるガーネに、レイラは微笑んだ後、その肩を叩きました。
「さぁ、お喋りはそのくらいにして、出発しましょう」
パードやガーネは、レイラに促されて、駐車場を後にします。
「あたし、寒いのって大嫌いだわ」トラはガーネが着ている防寒服の内ポケットに潜り込みました。
ガーネたちは、ブリザードが吹き荒れる中、「雪狼」が住むと言う、森の中へと入って行ったのです。
第10話「ブリザード」③-2(終)




