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トラ・オブ・ラビリンス  作者: シード
第10話「ブリザード」
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第10話「ブリザード」①-2

第10話「ブリザード」①-2


「ガーネ、どうなのよ。何か判った?」

 ガーネは地下室に再び潜り、リュックサックを見つけた辺りを探っています。

「面白い事が判りましたよ」空洞の中から出て来たガーネがトラに答えます。

「そうなの? リュックサックが乗っていた木棚とその先にある木壁しか見えないんだけど」

「それ何ですけどね。ほら、この木棚の左右を見て下さい。何か木の出っ張りがあるでしょう。これを左右の手に掛けて、手前に引くんです。すると」

「あら、木棚の真ん中部分が引き出されたわね。その部分がぽっかりと空いちゃったわ。すると、その下には」

「見て下さい。ランプの灯りですが、とりあえず中の様子は判ると思いますから」

「どれどれ」トラは木棚の右側にぴょこんと飛び乗ります。ガーネは右手でランプを持って、その空いた空間を照らしました。

「あら、下に毛布が見えるわね。後、木箱が幾つか見えて…… あっ、その上にランプもあるわ」

「トラの乗っている棚のすぐ下には、木箱で造った階段みたいなものも見えます。じゃあ、降りて見ましょう」

「本当だわ。じゃあ、早速行くわね」

 ルンルンルン。トラはリズミカルに階段を降りて、毛布の上に乗ります。

「狭いけど、一応、住めない事は無い…… えっ! ねぇねぇ、ガーネ。あれはもしかして」

 ガーネも毛布の上に降り、トラが顔を向けている方向へ眼をやります

「こ、これは! すごい量の非常食ですね」

 ガーネたちの眼の前には二つの山になっている非常食の箱が積まれていたのです。

 ガーネはその山の一つを手に取ります。

「あれ、こっちは空っぽです。すると向こうは」

 トラがもう一方の山から箱の一つ咥えました。

「こっちは重いわ。ちゃんと入っているみたい」

「つまり、こっちにあるのは食べ終わった空き箱。トラの方にあるのが未使用って言うわけですね。それにしても半端じゃない量です。一体、いつ頃からここに寝泊まりしていたんでしょうね」

「さっきは美味しいかもって思ったけど、これだけあると見ているだけでうんざりだわ」

「でも、これだけあればかなりの日数、生きていられますね。トラ、どうやら私たちは食事には困らなくて済みそうです」

「なに嬉しがっているのよ。どうせ、この世界はあたしたちの世界じゃないわ。数日ならさっき、リュックサックにあった分だけで十分よ」

「それもそうですね。でもやっぱり、切り札は多い方がいいですよ」

「食糧が大丈夫なのは判ったわ。じゃあ、そろそろここを出ましょう」

「どうしたんです。急に階段を上り始めたりなんかして」

「ガーネ。何か臭うのよ、ここ」トラは鼻に前足をあてて、困っています。

「臭い? ああ、これはですね。かなりの日数の間、お風呂に入っていない人間から発生する特有の臭いです。それに非常食の香りと…… あとその他諸々が組み合わされているんですね。まさに芸術……」

「さよなら、ガーネ」たまらずトラはこの空間から外に飛び出してしまいました。

「やれやれ、人間と生活するなら、これくらいの臭いには耐えてもらわないと…… にしても、確かに臭いですね。何か目まいが…… 私も逃げ出す事にしましょう」

トラに続いて、ガーネもその場を離れたのです。


 ガーネは地下室から上がり、ベッドに腰を下ろします。トラは自分の身体の匂いをぷんぷんと嗅ぎ回っていました。

「どうしたんです、トラ」

「うん。何かあの臭いがあたしの身体にこびりついたみたいで、気持ち悪いの」

 トラは嗅ぎ終えるとすぐに身体を舐めまわし、自分臭に戻そうとけなげな努力を始めたのです。

「ご苦労様です」ガーネはトラにそう言った後、ベッドに横たわります。しばらくしてトラも何とか自分を納得させる事が出来たみたいで、ガーネの横にしゃがみ込んだのです。

「トラ」「何、ガーネ」

「何故、このベッドがあるのに、あそこで寝泊まりしていたんだと思います?」

「引っ込み思案だったとか、狭いとこや隅っこが落ち着くとか。待って。ひょっとしたら広所恐怖症ってケースもあるんじゃんないかしら」

「なるほどね。閉所恐怖症があるんですから、広所恐怖症もあるかも知れませんね。ただ、私も確かにだだっ広い部屋で、好きなところで眠っていいって言われたなら、隅っこに布団を敷いて寝ますね」

「でしょう。あたしもそうなの。ちょっと真ん中は落ち着かないな」

「では、普通の人だったから寝ていたと言う事で異議はありませんね」

「ありません!」


「ねぇ、ガーネ」「何です、トラ」

「あそこで寝ていた理由は一応、決着がついたけど、あの膨大な非常食はどうなの? あれはとてもじゃないけど、リュックサック何かじゃ入らないわ」

「トラ、こう言うのはどうでしょう。例えば、雪山の調査の為に、学者がこの山に車で登って来たって言うのは」

「ふむふむ。それで?」

「長期滞在予定の為、非常食を大量に持参して、この山小屋に置いておいたんですよ。だけど、学者と言っても、あんな場所で寝るくらい普通の人間だった為、雪山の調査中に発生した雪崩を避けきれず、車ごと巻き込まれてしまったんです。おかげでその学者は、ふもとまで墜ちて病院に運ばれたか、あるいは天に召されたか、そのどちらかの運命を辿らざるを得なかった。その為、ここに戻って来る事は出来なかった。どうでしょう。こんなストーリーは」

「いいわね。多分、それが正解よ」

「じゃあ、これで全て解決ですね」「本当、よかったわ」

 ガーネとトラは、自分たちの頭の良さに酔いしれていました。


 窓の外を見ると、相変わらずブリザードが吹き荒れています。

「なかなか止みませんね。とりあえずこのままここにいて天候の回復を待ちましょう。晴れたらここを出て、周囲を散策するのも悪く無いんじゃないでしょうか」

「そうね。それがいいかもね」

 こうしてガーネとトラは火を絶やさないようにしながら、ベッドに横たわります。

 部屋も暖かいし、お腹も膨れたので、ガーネたちはいつの間にか眠ってしまいました。


 それからどのくらい経ったでしょうか。ガーネとトラは目を覚まします。窓から照りつける陽の光に、起こされたのです。

「どうやら、晴れたみたいですね。じゃあ、外を散策してみましょうか?」

 ガーネが声をかけると、トラは首を振ります。

「あたしはもう少し、眠っていたいの。ガーネだけで行って来てくれない?」

「そうですか。多分、寒さが堪えたのでしょうね。判りました。とりあえず、私だけで外を散策してみましょう」

 ガーネはそう言いながらテーブルに地図を広げ、その上に方位磁石を置きます。そして腕を組みながら、じっと見つめていました。

 それをぼんやりと眺めていたトラは、やがてベッドから這い出して、テーブルの上にしゃがみ込みます。

「どう、ガーネ。今どこにいるか判った?」

「多分ですが、ここだと思います」

 ガーネが指し示したのは、地図上にある小屋の1つです。赤いマークが付けられています。

「なるほどね。確かにそうかも知れないわ。で、これからどうするの? どこに行けばいいのかしら」

「これで見る限り、この辺には何も無いようですね。ただ、これが気になります」

 ガーネが指し示したのは、×が付けられている場所です。

「ねぇ、何か意味ありげでしょう。他に近辺には目立ったものがありません。思い切って、ここまで歩いて行った方がいいかも知れません」

トラは地図を覗き込み、ガーネの言葉が正しい事を確認しました。

「そうね。この地図を見る限り、他に行くあては無さそうだわ。

「では、決まりですね。ここへ行ってみる事にします。ああ、後、このリュックサックの持ち主が判りましたよ」

「えっ、誰なの?」「名前は「アレン」と言うみたいですね。ほら」

 ガーネがトラに見せたのは身分証明書みたいなもので、名前と写真が載っています。

「男だったのね。しかもごっつい顔をしているわ」

「典型的な山男って感じですね。どう見ても、学者って言う雰囲気じゃ無さそうです。どうやら、さっき考えたストーリーは修正する必要がありそうです」

「ガーネ。偏見はいけないわ。こんな顔だちでも、実は学者だったって言うのは十分に考えられるもの。あたしとしてはさっき、ガーネが話した推論を支持するわ」

「それは嬉しいですね。でも、実際はどうだったんでしょうね。どうですか、トラ。何か他に考えられるケースはありますか?」

 トラはしばらく考え込んでいましたが、やがて諦めたような顔をガーネに向けました。

「駄目ね。お手上げだわ」

「とりあえず、アレンさんの事はおいておくとして。今、晴れていますから、チャンスである事は間違いありません。この×点まで、行ってみることにしますよ」

 ガーネはストーブの薪を追加します。

「これで当分、火が絶える事は無いと思います。もし火が消えても私が戻らないようなら、毛布にくるまって待っていてもらえますか?」

「判った。待っているわ」

 ガーネはリュックサックにあった衣類を羽織ります。

「有り難い。これは防寒服ですね。これなら外に出てもなんとかなるでしょう」

 ガーネは中に入っていた荷物を最小限に整理すると、そのリュックサックを背負って、小屋の外へ飛び出します。

「ガーネ、気を付けてね。行ってらっしゃい」

 トラはガーネの後ろ姿にそう声を掛けた後、再び眠りにつきました。


ガーネは雪が止んでいる最中、目的地まで歩き出します。雪は積もっているので、歩きにくくなっていますが、柔らかい事もあり、進むのに支障はありません。まだ周りは寒いので、雪が解けて靴が濡れてしまう事も無さそうです。ガーネは地図と方位磁石を頼りに歩いて行きました。

 ガーネは周りを見回します。地図どおり、そこには何もありません。あるのは積もった雪、雲に覆われた空、少しだけ射している陽の光、それぐらいです。

ガーネははぁーっと、息を吐きます。その息は白い煙のようでしたが、風に煽られてすぐに消えてしまいました。

「防寒服とこの僅かな陽射しのおかげで、なんとか歩いていられます。今の内に、早く目的地に見つけられるといいんですが」

 そう呟いたガーネの目の前に、何かが動いています。地面に積もった雪の中を飛び跳ねているようです。

「あれは何でしょうか?」ガーネは思わずその生き物の後を追いかけます。しばらくすると、それが立ち止まって、ガーネの方を振り向きました。

 それは黒っぽい毛をして、耳が長い生き物です。「野うさぎのような生き物ですね」ガーネがそう呟いていると、野うさぎの周りに、その仲間たちが集まってきます。

「まさか、私を襲うつもりじゃないでしょうね」ガーネは警戒を始めます。と言っても、武器なんかありませんから、逃げるしか手はありません。

 ガーネが様子を伺っていると、その野うさぎたちはガーネの方に走ってきて、その周りを囲んでしまったのです。

 「肉食なら、私は終わりです」ガーネはその野うさぎの数に圧倒されていました。しかし、その野うさぎの何匹かが、ガーネのパンツを口で咥えて引っ張ろうとしています。あたかも、どこかに連れて行きたいような、そんな態度です。ガーネは好奇心が起こり、野うさぎに引っ張られるまま、その後をついて行く事にしたのです。


 野うさぎの行き着いた場所は、洞穴の中でした。

 「へぇ、外はこんなに寒いのに、この中は結構、暖かいですね」

 洞穴の中は暗いので、ガーネは背負っているリュックサックからライターを取り出し、地面に落ちている枯れ枝に火を点けます。そしてそれを灯り代わりにして、そのまま奥へ入って行きました。しばらく歩くと、何か大きな障害物が立ちはだかっています。ガーネは警戒しながら、その障害物へ近づいて行きました。

「これは…… 車ですね」ガーネが灯りを向けると、そこには小型ながらも頑丈そう車体が姿を現しました。タイヤも雪道走行に耐えられる仕様になっているようです。

 運転席の車窓から中へ灯りを向けましたが、運転席には誰もいません。

「降りているのかも知れませんね」ガーネは再び、洞穴の奥へと歩いて行きます。


 向こうの方が赤くなっています。ぱちぱちと焚き火の音や匂い、そして煙が漂ってきました。

「誰か、人がいますね」ガーネは喜び勇んで走り出します。

 焚き火にたどり着きました。そこには人が1人、ガーネに気がつく事も無く、背を向けたまま、焚き火で身体を暖めているようです。

「すみません、私は旅のものです。ちょっとお伺いしたい事があるのですが」

 ガーネはそう言って、その人の肩をポンと叩いたところ、そのまま倒れてしまいました。

「もしもーし、大丈夫ですか? しっかりして下さい」

 ガーネは慌てて、その人の身体を揺さぶりながら話し掛けるのですが、応答がありません。

 脈や心臓の鼓動を確認したところ、どちらも止まっていました。

「どうして? 焚き火はまだ赤々と燃えて、凍死は考えられないし。それに」

 ガーネはそのポケットから、携帯用非常食を取り出しました。

「これがあるのに、餓死は無いですよね」

 いつの間にか、野うさぎが集まってきています。

「そうでしたか。この人に会わせたくて、ここに連れて来てくれたんですね。

 有難うございました」

 ガーネがそう言うと、野ウサギたちは一匹一匹とその場を立ち去り、いつしかいなくなってしまいました。

 ガーネは持ち物を調べてみる事にします。首にかけてあったペンダントに「アレン」と言う文字が刻まれています。

 「ああ、この人がこのリュックサックの持ち主だったんですね」

 ガーネは更に調べると、服の内側に大きなポケットがあり、そこから銀色のケースが出てきたのです。

「これは何なのでしょうね」そのケースを開けてみると、そこには四本の注射器が並んでいて、その中には緑色の液体が既に注入されています。

「薬? のようですね。この人、何か病気でもしていたんでしょうか? このケースは注射器1本分が空いています。使用したのかも知れませんね」

 ガーネはアレンの周りを見てみると、使用済みの注射器が捨てられており、ガーネの予想が当たっている事を裏付けていました。

 ガーネは更に持ち物を探してみましたが、他に目ぼしいものは何もありません。ガーネはその衣服を脱がしてみます。

「これは!」ガーネは唖然とします。裸になったその身体には、幾つか弾丸が貫通した後があったからです。ガーネは改めて衣服を確認すると、そこにも弾丸の為に焼焦げた穴が開いています。

 ガーネは遺体の傍を探してみると、ピンセットが落ちているのを見つけます。赤くなった先端に何かを挟んでいたので、ガーネはそれを手に取ってみました。

「弾頭ですね。自分で取ったみたいですが、さぞ痛かったでしょう。私なんかじゃ、とてもじゃないけど出来ない芸当です」

 ガーネは弾頭を手放し、腕を擦ります。弾頭を自分で抉っている場面を想像して、更に寒気を催したからでした。


「この人は誰かに追われてここまで来たんですね。多分、あの山小屋にいて相手に気付かれないように生活していたんでしょう。車は近くにあると見つかってしまうので、ここに隠したのに違いありません。恐らく、アレンは脱出の機会を伺っていたんでしょうけど、このブリザードが吹き荒れる中、動く事も出来ずに何ヶ月もの間、山小屋に留まる事を余儀無くされたんですね。

 私たちが山小屋に行く少し前あたりに、何らかの理由で小屋から出て車の方へ行こうとしたんじゃないでしょうか。ところがその途中で追手に見つけられて、撃たれてしまったんでしょう。それでもブリザードのおかげで追手を何とか振り切ってここまで逃れる事が出来た。そんなところじゃないんでしょうか。でも、一体誰が」

 ガーネはそんな仮定を考えていましたが、周りに誰もいない状況では、何も証明する事は出来ません。ガーネはとりあえず遺体を片付ける事にしました。

 

 ガーネはその遺体を洞穴の外まで運びました。本来ならば、土を掘って埋めたいのですが、スコップなどはありません。、雪を手で掻き分けて、そこに遺体を置くと、その上から雪を掛けたのです。

「こんな事しか出来ませんが許して下さい。どうか安らかにお眠り下さい」

 ガーネは合掌して故人の冥福を祈った後、洞穴に戻り、しばらく暖かな焚き火にあたりながら休んでいました。

 ですが、いつまでもここにいるわけにも行きません。ガーネは焚き火の後始末をした後、洞穴から出て行ったのです。


  しばらく歩いた後、また吹雪き始めます。

 ゴーグルなどは持っていないので、たちまち視界が狭くなります。前方だけに気をとられていたので、足元がおろそかになっていました。

 柔らかい雪の上を踏んだので身体のバランスが崩れ、倒れそうになります。ガーネは慌てて足元をみると、近くにはクレパスがあり、その中へ雪が落ちていきました。

「あっ、危ない!」ガーネは何とか踏ん張り、クレパスに落ちるのを回避しました。

「雪山って恐ろしいとこですね。注意をおろそかにすれば、待っているのは死だけなんですから」

 さっきまでクレパスの恐ろしさに注意していた筈なのに、つい忘れてしまっていたのです。

 ガーネは反省して前方だけではなく、足元にも気を使うようにします。幸いな事に急な斜面を登る事は無さそうなので、何とか身体全体に吹き付けてくる雪を我慢しながら、歩いていました。

「小屋から出たのは、失敗だったかもしれません。とにかくここまで来た以上、目的地に早く着ける様にするしかありません」ガーネはそう呟きながら、地図に従ってひたすら歩きます。少しでも早くこの場所から逃れたい。そんな思いから懸命に歩いていました。


 時間が経つにつれて、ブリザードは更に激しさを増します。衣服は防寒でしたが、靴は迷宮から履いているごく普通の靴です。あっという間に歩く事が出来なくなりました。

「残念。後もう少しで、この×の位置まで行けるのに」ガーネは足を何とか持ち上げようとしますが雪の重さに耐え切れず、バランスを崩して倒れてしまいます。

 ガーネは立ち上がろうとしましたが、降り注ぐ雪の強さに、どうにもなりません。ガーネは倒れたまま、顔だけ起こして前方を見ました。

 すると、ブリザードが激しく舞う中、前方から二つの丸い光がこちらに向かって来ます。


「あれは…… 車でしょうか?」ガーネはその言葉を最後に、力尽きて気を失ってしまいました。


第10話「ブリザード」①-2(終)


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