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トラ・オブ・ラビリンス  作者: シード
第8話「正と邪の女神」
30/46

第8話「正と邪の女神。」最後ですね。

迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。

第8話「正と邪の女神。」最後ですね。のお話です。

いよいよ、女神の間にて、最後の戦いです。


第8話「正と邪の女神」最後ですね。


 邪神は私たちの前で、その歩みを止めました。

「待たせたのう。見ての通り、要らぬ邪魔が入ってな。

では、早速、命を頂くとしようかの。さて、どの者から始めたものか」

邪神はそう言って、まるで値踏みをするかのごとく、私とおじいさんを見ます。

やがて右腕のその細い人差し指を、私に向けました。

「やはり、その若き身体と魂じゃろうな。

魔物たちにとっては、貴重な栄養源じゃ」

邪神は私の方に近付いて来ました。そして私のすぐ目の前に立ったのです。

右手の細い人差し指を私の額に近づけた後、こう言いました。

「案ずる必要はない。痛みなどは起きぬ。

すぐに安らかな死が、お前を包んでくれようぞ」

邪神はそう言って、更に指先を近づけました。

「もう駄目だわ」そう思った時です。

「ウッ」邪神は短い叫び声を上げて、後ろを振り返ったのです。

「まさか、お前が!」そこには、動けなくなった筈の正神アイリスがいました。

そして邪神を、背中から斬ったのです。

しかし、その傷は浅かったのでしょう。

すぐに体勢を立て直し、邪剣を構えます。

「そなたは一体」

邪神が問う間も与えず、激しく舞う剣が邪神に襲いかかりました。

それは先ほどまで見せた剣技とは、全く違うものです。

どちらかと言えば力押しで、斬りつけている感があります。

邪神はかかってくるその剣を払いのけ、こう言いました。

「正神アイリスよ。

心の臓を突かれた筈のそなたが、何故、そんなに動けるのじゃ」

その邪神の問いに対する答えを聞いた時、私は愕然としました。

「正神アイリス?何を言っているのよ。

私はトラ。迷宮の旅猫たびびとのトラよ」

トラちゃんの声です。

正神アイリスは邪神に、再び剣を激しく振るい立ち向かったのです。

トラちゃん。あなたに何が起きたの?

多分、私たちが、邪神の相手をしている時だったと思います。

正神アイリスとトラちゃんとの間に、何かあったのでしょう。

姿は、正神アイリスです。でも、その声はトラちゃんです。

私には正神アイリスに、トラちゃんの心が宿ったとしか思えませんでした。


 最初は確かに正神アイリス(+トラちゃん)が、優勢だったと思います。

ですが邪神の方も、その打ちこんでくるタイミングに慣れてきたのでしょう。

だんだん、そのかわし方に余裕を感じられるようになったのです。

やがて邪神は反撃に出ました。

相手の剣をかわしながら、隙をついて斬り込んで来たのです。

その斬りこみに、だんだんと激しさが加わってきます。

正神アイリスは、その剣を受け止めるのが精いっぱい。

防戦状態になってしまったのです。

やがて正神アイリスは、その勢いに押されて後ずさりを始めます。

剣を受け止めるも相手に強く押し返され、後ろへあおむけに転倒しました。

その転倒の際、正神アイリスは正剣ラムダを手放してしまったのです。

邪神はすかさず、正神アイリスの顔に刃の先を突き付けました。

邪神は一度、ガーネの方を一瞥した後、またアイリスの方に顔をを向けました。

「先ほど、あの容器の近くにいた子猫が見当たらぬな。

そうか、正神アイリスよ。苦し紛れに、あの子猫と同化したというわけか。

悪あがきも、いい加減にするがよい。

このわらわが子猫如きに、倒される筈は無かろう。

まぁ、よい。望むなら何度でも相手をしてやろうぞ。

とりあえず、今回はこれでおしまいじゃ。行くぞ」

邪神はそう言って両手で柄を握り、剣を振り上げました。

そして一気に振り降ろそうとした瞬間。

正神アイリスは目をギュッと閉じ、両手の拳を強く握りしめます。

そして、力いっぱい叫んだのです。


「ガーネ! 助けて!!」


トラちゃんの絶叫が、部屋中を駆け巡りました。



  …………ドックン  …………ドックン



「ウァッ」邪神が唸り声を上げます。

「何故じゃ。何故、身体が動かんのじゃ!!」

邪神はそう叫びながら、身体を震わせていました。

邪神の赤く妖しく輝く魂。

その中で消え失せようとしていた、ガーネの魂の白き光の輝き。

その光が、強く輝きだしたのです。

まぶしいぐらいに輝くその光は、邪神の赤い光さえも凌駕していたのです。

その光に照らされて、正神アイリスにも力が戻っていくようでした。

「おのれ。人間の分際で、このわらわの身体を支配するつもりか」

そう叫ぶ邪神の赤い光も、今までに無い強い輝きを帯び始めました。

まるで邪神の中で、魂同士が争っているか如きの様相を呈しています。

正神アイリスはこの機を逃さず、すぐさま立ち上がりました。

床に転がっていた正剣を拾って、その柄を両手で握りしめます。

アイリスの目は、ガーネの魂の光を潰そうと輝いている邪神の赤い光を見ました。


「あたしのガーネに手を出すな!!」トラちゃんの声がそう叫びました。


正神アイリスは猛然と邪神に駆け寄り、その右肩を深く斬ったのです。

正剣が放つ凄まじい剣圧で、邪神は壁に叩き付けられてしまいました。

「おのれ。たかが子猫の分際で」

邪神は目を見開きました。その眼には狂気の色が、濃く滲み出ていたのです。

再び邪神の魂の赤い光が、強く輝きました。

邪神は体勢を立て直し、両手で剣の柄を握り締めたのです。


「ウオー!!」


邪神は唸り声を上げながら上段の構えで、正神アイリスへかかって行きます。


「ガーネを返せ!!」


正神アイリスも叫びながら右手に正剣を握り、邪神ルーディアへと駆け寄ります。

正神アイリスの正剣と邪神ルーディアの邪剣。

この2つが交差する直前、またガーネの魂が強く輝きました。

またもや赤い光を凌駕したのです。

力無く振り下ろされた邪剣は、いとも簡単に正剣に受け止められしまいました。

正神アイリスは空いている左腕を光らせ、邪神の体内にその腕を伸ばします。

その左腕が引き戻されると、その手の中にはガーネの魂が握られていました。

「お前には、代わりにこれをくれてやる」

正神アイリスは邪神の心の臓に、正剣ラムダを突き刺しました。

そして、邪神を蹴り飛ばしたのです。

邪神はそのまま力無く、床に倒れ伏してしまいました。


「やったー、トラちゃん万歳!!」私とおじいさんは、飛びあがって喜びました。

胸の溜飲が下がる思いでした。


 正神アイリスは、もう邪神には目もくれませんでした。

「ガーネ、すぐにこの魂を身体に戻してあげるからね」

大事そうにガーネの魂を両手で抱え、急いでその身体へと向かいます。

私たちも、ガーネの元へ駆け寄りました。

ガーネの身体の元に着いた正神アイリスは、片膝をつきました。

そしてその魂をガーネの心の臓の上あたりに、そっと置いたのです。

すると吸い込まれるようにその魂は、身体の中へと消えていきました。

その後正神アイリスは、ガーネの身体を揺すりました。

「ガーネ、ガーネ」と声をかけたのです。

でもガーネは目を覚ましません。

間に合わなかったのかしら。私は不安になりました。

すると正神アイリス、いやトラちゃんが突然つぶやいたのです。

「アイリス様?」

そして何か話を聞いているように、じっとしていたのです。

やがて話が終わったのでしょう。正神アイリスは動き出しました。

ガーネの顔の近くで、両手と両膝を床に着けたのです。

私はその正神アイリスの顔を見て、あれっと思いました。

正神アイリスは、顔を赤らめていたのです。

その理由はすぐに判りました。

正神アイリスはそのままの格好で、ガーネの顔に自分の顔を近づけました。

そしてその口元に、キスをしたのです。


 キスが終わると同時にトラちゃんと正神アイリスの身体は、分離しました。

トラちゃんはガーネの顔の所に行き、前足の肉球でビシバシ叩きました。

「ガーネ、起きてよ。ねぇ、起きて」トラちゃんがガーネに呼びかけます。

少し間をおいてガーネは「アッ、アーッ」とため息をもらしました。

右腕をゆっくりと額に当て、目を覚ましたのです。

しばらくぼんやりとした目でトラちゃんを見ていた後、口を開きました。

「トラ、あなたの声が聞こえたよ」

ガーネはそう言って、トラちゃんの頭を撫でました。

「私を助けてくれたんだね。有難う、トラ」

「ガーネェ!」トラちゃんは、ガーネの身体の上にあがります。

ガーネの両腕にしっかりと抱かれ、目を閉じて丸くなっています。

その顔には、いつもの優しい表情がありました。


 これで、ハッピーエンドってわけね。

結局、私はヒロインになれなかったんだな。

そんな私の落ち込みに気が付いている人は、ここには1人もいませんでした。


 ところが、まだ事は終わってはいませんでした。

邪神ルーディアがしゃがんだ状態で、正剣ラムダを引き抜いたのです。

そして傍らにある邪剣を握り締めました。

私は何をする気かと警戒しました。

すると意外な事に邪神はその邪剣の刃の先を、自分の方に向けたのです。

「いけません!」

その様子を一緒に見ていたガーネはトラを脇に置いて、いきなり走り出しました。

「ガーネ!」トラちゃんが叫び、私も驚いて走った方向に視線を向けます。

ガーネは、邪神ルーディアの持っている邪剣の柄を蹴り飛ばします。

蹴られた邪剣は、宙へ舞い上がりました。

そんな状況下でも、邪神はガーネには目もくれません。

舞い上がった邪剣だけを目で追って、それに手を伸ばそうとしています。

ガーネはそんな邪神の心の臓へ、再び正剣ラムダを深く突き刺したのです。

「グワァ」

邪神は初めて気が付いたように、ガーネの顔を見たのです。

最初、怒りに駆られたような形相を浮かべていました。

そんな邪神に対し、ガーネは何かを語りかけたようです。

何故か邪神は安らいだ表情になり、次に不思議そうな表情を浮かべました。

そしてガーネの鉄仮面に覆われた頬のあたりを、右手の人差指で触れたのです。

邪神は何かを、つぶやいているようにも見えました。

そしてそれが最後でした。

邪神の身体は白骨化し、音も無く砕け散ります。

私たちが駆け寄った時には、そこにはもう何もありませんでした。

まるで最初から邪神なんていなかったかのように。

ガーネが私たちの方を振り向きます。

その鉄の仮面の頬の部分が、何故か濡れていました。

私は石像が1つ戻っている事に気が付きます。

でもその顔は、あの邪神ルーディアの顔ではありません。

「これが、正神ザイドなのじゃな」おじいさんが、そうつぶやきました。


 私たちは、正神アイリスの元に集まりました。

もう既にかなり弱っているようです。

でもその口調は、まだしっかりしています。

正神アイリスは、ガーネを見つめました。

「あなたは、知っていたのですね」

正神アイリスは、そう尋ねました。

「はい。私は邪神の中で、その意識は眠らされていたようです。

でも、ここにいるトラの声のおかげで、目を覚ます事が出来たのです」

ガーネはそう言って、トラちゃんの頭を撫でています。

トラちゃんは、とても気持ちよさそうな顔を浮かべていました。

ガーネは話を続けます。

「目を覚ました途端、いろいろな思いが私の中に入って来ました。

それは邪神、というよりは魔女ルーディアの思いだったんでしょう。

魂を共有すると言う事は、相手の思いも共有するものだと知らされました。

そこで私は知ったのです。事のあらましを。

魔女ルーディアは、正神ザイドを騙して邪神となる事が出来ました。

ですがその命のかけらは王のものであったため、すぐに消えてしまったのです。

ルーディアは、自分では邪神だと言っていました。

でもその力を十分に利用するには、神族か王族の意志が必要だったんです。

元が一介の魔女に過ぎないルーディアの意志では、及びもつかない事でした。

ただ自分の魔力を少しだけ高める事ぐらいしか、出来なかったんです。

後は邪剣にすがるしか、手が無かったんです。


 膨大な力が手元にあるのに、それが使いこなせない自分。

ルーディアは自分が邪神になってからも、そのジレンマに悩まされていました。

一方、神族や人族には、並々ならぬ憎しみの感情を抱いていました。

神魔大戦以後、支配者の力を持ちながら地の底の魔界に追放された恨み。

この恨みが、憎しみへと姿を変えていました。

また弱体していく魔族を地上に戻し、元の繁栄を取り戻したい。

そんな願いもあったんです。

そしてこれらの思いがルーディアを支え、こんな行動をとらせたのです。


 ですが私が目覚めた事で、その思いが崩壊していきます。

私がルーディアの思いを知ったように、ルーディアも私の思いを知ったのです。

その中で、もう地上が女神や魔族の住む世界で無い事を知ったんです。

もう、どんなに自分が頑張っても、耐えても、元に戻る事は無い。

自分を支えていた大きな支えの1つが、崩れてしまったんです。

あとに残ったのは、神族と人族に対する憎しみだけです。

そしてその矛先は正神、いや、王女アイリス1人に向けられました。

つまり、あなたですね。

王族は、代々、神の力を受け継いだ人間たちです。

しかもあなたは、あのアスラム直系の子孫。

あなたはルーディアにとって、申し分の無いかたきでした。

だからあなたが生きている限り、自分も生きて復讐してやろうと考えたのです。


 今のルーディアの魂には、王の命のかけらはありません。

このまま死ねば封印される事も無く、本当の死が自分に訪れます。

それでは封印されて、この世に残るアイリスに復讐出来なくなる。

だから邪神ルーディアは、自分の心の臓に邪剣を突き刺そうとしたんです。

王の命のかけらを再度自分の肉体に注入し、死を免れようとしたんです。

私は、それを止めてあげたかった。

死ぬ事の出来ない無限の苦しみから、解放させてあげたかったんです。

だから私はルーディアに、告げたのです。

「あなたが死ぬ事で、アイリスもこの世からいなくなる。

それであなたの願いの少なくとも1つだけは、かなえる事が出来ます」って。

ルーディアはそれを聞いた途端、安らいだ顔をしました。

そして私が無意識の内に流した涙を、拭おうとてくれたんです。

ルーディアは私の仮面の頬の部分に触れて、こう言いました。

「そうか。それならばよい。そなた、いろいろと済まなかったな」

ルーディアはこの言葉を最後に、その長き命を終えました。

私はルーディアが最後に安らぎを得る事が出来た。そう信じたいのです」


正神アイリスは、ガーネの言葉にうなずいた後、話を始めました。

「あなたの言う通りです。

私は石像の中で眠りにつきながらも、事あるごとに目覚めていました。

そして世界の移り具合を見守り続けていたのです。

あなたが仰った通り、もうここは女神が守るべき世界ではありません。

また悪魔が支配出来る世界でも無くなっています。

人間が自分たちの責任の元に守り、そして切り開いていく世界なんです。

邪神ルーディアが滅びた今、私の役目は終わりました。

私もまた人間に戻ります。そしてルーディアのように塵と化すのでしょう。

正神であるザイドとラムダの力も、その役目を終えた事が判っています。

だから天上界にいる、それぞれの女神の元に帰って行く事でしょう。

皆さんには、いろいろとご迷惑をおかけしました。

正神及びこの王国の代表として、あらためてお礼を申し上げます」

正神アイリスは私たちに、お礼の言葉を述べてくれたのでした。


 私は最後に一つだけ、最大の関心事を聞いてみました。

「あのー、済みません。大変恐縮なのですが、1つお聞きたい事があるんです。

この隠し部屋にあった、金銀財宝はどうなったんでしょうか?」

私のこの問いに正神アイリスは嫌な顔一つせずに、答えてくれました。

「この王国グライアは長い歴史の中で、不幸な出来事に見舞われました。

天変地異に見舞われ、疫病がまん延したのです。

そのため王国の全ての民が生きる場所を求めて、この地を離れて行きました。

何人かは他国へ移住しましたが、ほとんどは別天地へと旅立ったのです。

ただそこで国家を再建するには、先立つものが必要です。

そこで当時の王族は、この隠し部屋の金銀財宝を持ち出したと言うわけです」

私はあっと、気が付きました。

この件は神殿に着く前に、ガーネたちに私自身が話した出来事だったからです。

何で私はその事に、気が付かなかったんでしょう。

良く考えて見れば、当たり前の事でした。

「でも、でも」私は喰い下がります。

「それなら、何であのようにいろいろな罠を、張り巡らしていたのですか?

持ち出したのなら、そんな必要なんて無かったでしょうに」

そんな私の質問にも、簡単明瞭な回答を与えてくれました。

「あんな金銀財宝を持って長旅をすれば、盗賊に狙われてしまいます。

秘密裏に運び出し、それを悟られないようにする必要がありました。

そこで当時の王族やそれに仕える魔法使いは、策をろうしたのです。

周りの国々にはまだ財宝は、神殿に眠っているといいふらしたのです。

またそれが真実であるかのように、細工を元に戻して置いたのです」

そうですか。あれらはみんな、真実を知られないための偽装だったんですね。

はい判りました。もう何の質問もございません。

私は私たちの探検が、今終わった事を知りました。

最後に正神アイリスは、私たちにこう話しました。

「私は正神としての役目を全う出来た事を、嬉しく思います。

この世界はこれからも変わって行くのでしょうね。

もう私には見守る事が出来ませんが、私は信じています。

人間たちがかつての私たち以上に、よりよい未来を造ってくれる事を。

私はもう何も思い残す事はありません。

この神殿の最後に立ち合ってくれたみなさん。

本当に有難うございました。さようなら」

正神アイリスは目を閉じました。

まもなくその身体はルーディアと同様、白骨化して消えていったのです。

私たちは石像が2体になっている事に気が付きます。

あたしたちは新たに出来た石像を見ました。

「これが正神ラムダなのですね」ガーネはそう言いました。


 私たちが2つの女神像を見比べている時に、それは起こりました。

その2つの石像が、音を立てて崩れ始めたのです。

そしてあっという間にただの砂や石になって、床に散らばったのでした。

「女神たちの力も、元の所有者の元に帰ったと言う事なのじゃろう」

おじいさんはそう言いました。


 私たちは、その神殿を去ろうとしていました。

その時、大きな地響きを立てて、神殿が崩れ始めたのです。

私たちは慌てて、既に姿を現している出入り口から外に出ました。

そしてレイグルに乗り込んだのです。

私たちが出発の準備をしている間も、どんどん崩れていきます。

「ここから出られますか?」ガーネが尋ねます。

「走っては無理じゃろ。仕方がない。飛んでいくか」

おじいさんはそう言って、全速で走らせます。

レイグルの装甲のあちらこちらに、何かがぶつかってきているようでした。

それでも構わず、走らせたのです。

「離陸をするぞ!」おじいさんはそう叫びました。

グイーン。レイグルが翼を広げ、空を飛びます。

崩れゆく神殿の屋根や柱、そして壁。

いろいろな物をかいくぐり、ぶつかりながら、無事に脱出する事が出来ました。

上空から神殿を見ると、神殿が全体的に崩れ落ちて行く様子が見えます。

大きい噴煙が沸き上がっていました。

私たちはその噴煙に巻き込まれない場所まで、飛行を続けたのです。


 噴煙が終わった後、私たちはレイグルを着陸させ、そこから降りて見ました。

神殿は完全に崩れ、原形をもはや留めてはいません。

ここにあったと言っても、もはや誰も信じる事は無いでしょう。

「終わりましたね」ガーネは誰ともなしにそう言います。

私はその光景を見ながら、こう言いました。

「2つの女神の石像は、自分たちの役目が終わったとして壊れてしまったわ。

きっと神殿もそうだったのね」

そうつぶやく私の肩を、トントンと誰かが叩きます。

私が振り向くと、そこにはガーネがいました。

「ガーネじゃない。一体、何なのよん」

「あのーですね。

この物語を、綺麗にまとめようとしているところを悪いんですが。

確かに2つの女神の石像に関しては、おっしゃる通りだと思うんですよ。

でも神殿に関しては、違うんじゃないんでしょうか?」

「えっ、それはどう意味なの?」

「神殿が壊れたのは、私たちがあの神殿をぶち壊しながら進んだからですよ。

なんせ王室の住居区以外は、全部壊しながら通ったんですから」

ギクッ。

「そうね。私も柱はほとんど壊れたのを知っているわ。

かろうじて立っている柱も全部、致命的なヒビが入っていたしね」

ギクギクッ

ガーネとトラちゃんが、雀のようにピーチクパーチクさえずっています。

そこへ何故か、おじいさん雀も絡んできたのです。

「言っておくがの。

わしがレイグルで神殿に乗り込んだのは、お前が賛成したからじゃぞ。

そこのところを忘れてもらっては困るぞ」

ギクギクギクッ。

あれ、良く考えて見ると、おかしいわ。

炎ライオンでしたっけ。私はあれを倒した英雄じゃないですか。

その英雄が、なんでこんな言われ方しなくちゃいけないのかしら。

全然判んない。

おじいさんに限らず、みんな、その事を過小評価していません?

私があれを弓矢で倒したからこそ、おじいさんも私も無事なのですよ。

その命の恩人に対してですね。

おじいさん、あなたは何て事を言うのでしょう。

これじゃあ私が遺跡ぶっ壊しの、張本人みたいじゃないですか。

そもそも事の起こりはですよ。

おじいさんが金銀財宝目当てに、始めた事じゃないですか。

それじゃあ責任転嫁ですよ。それが可愛い孫に対する仕打ちですか。

などと心の中で叫んでいました。

ですが赤の他人の前で肉親同士の争いもどうかと思い、止めました。

今回の件に関しては出来うる限り、うやむやにした方が得策というものです。

そう判断した私はにこやかな顔で、小うるさい雀たちに言いました。

「ガーネやトラちゃん。

そんな些細な事にこだわったり、気にするような狭い了見では駄目よ。

それじゃあ決して大きい人間にはなれないわ」

この私の正論に対して、トラちゃんとガーネはこう反論しました。

「あたし子猫だし。このままでいいもん」

「私も背格好は、今のままで十分ですし」

「わしもこれ以上、背は伸びんしな」

それに対し、私はこう答えました。

「誰も身長の話など、しておらんわ!」


 こんな他愛も無い?話をした後、私とトラちゃんはレイグルに戻りました。

おじいさんとガーネは、外でレイグルの点検中です。

私は自分とトラちゃんの分の飲み物を用意し、テーブルの椅子に座ります。

私は気になっている事を思い切って、尋ねてみる事にしました。

「ねぇねぇ、さっき、どうやって、正神アイリスと同化出来たの?」

私のその問いに、トラちゃんは次のように答えました

「ああ、あの事ね。

あたしあの時、ガーネと一緒にいたの。

そうしたら、倒れていたアイリス様が目を覚ましたの。

そして、あたしを手招きで呼んだのよ。

それで近くに寄って行ったの。そうしたらね。

「確かトラって、名前でしたよね。

トラさん。あなたにお願いがあります。

このままでは、邪神がこの世にどんな災いをもたらすか、計り知れません。

私は絶対、それを阻止しなければならないのです。

だからトラさん。あなたの魂をしばらく私にお貸し下さい。

私と同化して、あの邪神と闘って欲しいんです」

「あたしは子猫でしかないわ。そんなの無理よ」

「ガーネでしたよね。あの人の名前は。

あなたはあの人の魂を取り戻したいのでしょう?」

「そんな事出来るの?」

「ええ、私にはあの邪神から魂を取り戻す力があるの。

その力を使ってあげるわ。だから協力して欲しいの」

そんな会話をしたのよ。だからあたし、その申し出を受ける事にしたの。

アイリス様は私の頭に手を当てたわ。

そうしたらいつの間にか、あたしがアイリス様になっていたのよ」

「へぇ、そうだったの。知らなかったわ」

私たちが邪神の言葉におびえている間に、そんなドラマがあったなんて。

邪神、邪魔。私はあらためて憤慨しました。

それから私はもう1つの事も尋ねてみました。

どちらかと言えば、こちらの方が私には関心が高い出来事だったもので。

「ねぇ、ガーネの魂を身体に戻した時の事なんだけど。

トラちゃん、ガーネにキスをしたわよね。あれって、どうしてなの?」

この問いに、トラちゃんは「えっ」って言った後、顔を赤らめます。

少しもじもじしていましたが、やがて口を開きました。

「あのね。この事はガーネには内緒にしてね」

トラちゃんはそう前置きしてから、話を続けました。

「ガーネの魂を身体に戻しても、ガーネは目を覚まさなかったでしょ。

そうしたら、アイリス様にこう言われたの。

「既にあなたのおかげで、魂はガーネさんの元に戻っているわ。

後は、ガーネさんを目覚めさせるだけでいいの。

でも、それにはガーネさんを心から思っている者のキスが必要なの。

そして今それが出来るのはトラさん、あなたしかいないわ。

だからあなたが彼に、キスをしてもらいたいの」

あたしはアイリス様からそう言われたの。だから……」

「ガーネの口元にキスをしたってわけね。やるじゃない、トラちゃん」

私はそう言ってトラちゃんの肩をポンとたたきました。

するとトラちゃん。恥ずかしかったのでしょう。

両方の前足で顔を隠して、テーブルの上で転げ回り出していたわ。

トラちゃん。あなたは私より1つ大人の階段を上ってしまったのね。

妹分だと思っていた子猫に追い越されたような、少しさみしい私がいました。


 やがておじいさんとガーネが、レイグルの中へ戻ってきました。

「レミアお姉ちゃん、さっきの事は内緒だからね」

「そんな事、判っているわよ」

私とトラちゃんは小さい声でそんな話をした後、2人を出迎えました。

テーブルで少しの間、みんなはお茶を飲みながら休憩をしました。

その後おじいさんは運転席に座り、いろいろチェックをしています。

そして点検が終わったのでしょう。私に話しかけてきました。

「もういつでもレイグルは動かして大丈夫じゃ。

わしはこれで研究所に戻るが、お前も一緒に来るかの?」

おじいさん。あなたは孫をこの砂漠の中で1人置き去りにするつもりですか。

やれやれ。一体、何を考えているのやら。

私は半ば呆れながらもそれをおくびにも出さず、おじいさんに答えました。

「はい。私もそろそろ、お家へ戻ろうと思います。

おじいさん、連れて行ってく下さい」

研究所まで行けば、そこで書き物も出来ますし。

公共の乗り物をついで、自宅にも戻れますからね。

私も、帰り支度を始めました。

しばらくしてそれも1段落した後、ガーネたちに声をかけました。

「ねぇ、どこか行く予定が無いなら、あなた方も研究所に行ってみない?」

ガーネとトラちゃんはその時、レイグルの窓から外を眺めていました。

そして何やら指差して話をしていたのです。

ガーネたちは私の方を振り向きました。

「いいえ、どうやら私たちにもお迎えが来たようです」

ガーネはそう言い、トラちゃんもうなずいています。

私も窓の外を見ましたが、そこには何もありません。

怪訝な顔を向けた私に対し、ガーネは口を開きました。

「レミアさん。あなたはこの世界の人間だから見えないんでしょう。

でも私たちにははっきりと、迷宮のドアが見えています。

私たちはここを去らなければなりません」

ガーネとトラちゃんはそう言って席を立ちました。

そしてレイグルの外へと出て行ったのです。

私やおじいさんも見送るために、外に出ました。

ガーネたちはそんな私たちの方を振り向きました。

「ゾア博士。そしてレミアさん。今まで本当に有難うございました。

私たちにとって、また素晴らしい想い出が1つ出来ました。

どうかいつまでも長生きして、幸せになって下さい」

ガーネとトラちゃんはそうお礼を言って、私たちに頭を下げました。

「さようなら。ガーネ、そしてトラちゃん。

私もいつまでも、あなた方の事は忘れません」

多分、この時、私は少し涙ぐんでいたと思います。

「じゃあな。くれぐれも身体には気を付けるのじゃぞ」

おじいさんもさみしそうです。

結構、仲がよかったみたいでしたから、私より別れ難かったかもしれません。

手を振る私たちにもう一度頭を下げて、ガーネたちは去って行きました。

そのガーネたちから、こんな声が聞こえてきたのです。

「あっ、ガーネ。鉄の仮面が割れたわ」

「本当ですね。やっと仮面が外れました。それにしても、今になってとは。

付けたままでも迷宮に戻れば、直ぐに無くなってしまうんですけどね」

「まぁ、いいじゃない。

この世界で付けられたんだから、この世界で外さなきゃ」

「そんなもんですかね」「そんなもんよ」

私はそれを聞いて、ガーネたちの方へ走り出しました。

私はどうしても、ガーネの顔を見たかったからです。

ですがその時、急に砂嵐が巻き起こりました。

私は目を閉じて顔を腕で覆い、立ち止まざるを得ません。

まもなくその砂嵐は納まりました。

ですが私が目を開けた時には、もうガーネたちの姿はありませんでした。



 あれから、どのくらいの時間が過ぎたのでしょう。

私はすっかり、おばあさんになってしまいました。

結婚をして家庭を作り、子供も出来ました。そして今や孫もいます。

おじいさんはもう他界して、この世にはいません。

私は机の引き出しを開けてみました。

私はずっと誰にも話さずに、秘密にしていた事があります。

実はわたしはあの神殿から、1つだけ持ってきた物があります。

それはあの赤い秘石です。私はそれを机の上に置きました。

これも魔法をかけられた石だったようです。

神殿を離れた後、改めて見てみると、ただの赤茶けた石になってしまいました。

念のため調べてもらったのですが、何の変哲も無いただの石だと判りました。

じゃあ何でいつまでも私の手元に、置いているかというとですね。

この石を見る度にあの出来事が、私の脳裏に鮮やかに甦ってくるからです。

探検の事、レイグルの事、そしてガーネとトラちゃん。

あの探検にまつわる様々な想い出。

それがつい昨日の出来事のように、思い出す事が出来るのです。

ガーネが言っていたように、これらの想い出は私にとっても宝物なのです。

もちろんこの石自体は、客観的には何の価値もありません。

でも、私にとっては違います。

これらの事を思い出させてくれる、かけがえの無い貴重な宝物なのです。


私はあの探検の事を、記録に留めて置くことにしました。

最初は、私の心の中にだけ残して、そのままお墓まで持っていくつもりでした。

でも、私の孫やその子孫に、この体験を語り継いでもらいたい。

そう思うようになったのです。

私が生きていた証を、いつまでも残して置きたかったのです。


私はこの石を見る度に、今でも心残りな事が1つあります。

それはガーネの顔を見る事が、出来なかった事です。

あの人たちは、まだ迷宮の旅を続けているのでしょうか。

それとも、自分たちの世界に戻れたのでしょうか。

私はあの日以来、彼らに会う事は2度とありませんでした。


第8話「正と邪の女神」最後ですね。(終)


今回のお話は、第8話「正と邪の女神。」の最終回です。

ついに、今回のお話の最後となりました。

今回のお話を最初から、お読み頂いた方がいるのでしょうか。

もし、いらっしゃるなら、心からお礼を申し上げます。

楽しんで頂けたのなら、幸いです。


みなさん、体調は如何でしょうか?

こちらは熱中症にもならず、何とか生きていますので、ご安心下さい。


また会える日を、願っています。

でも今は、さよなら。


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