第8話「正と邪の女神。」最初ですね。
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第8話「正と邪の女神。」最初ですね。のお話です。
この回では、魔女ルーディアと王女アイリスについてのお話です。
また、ガーネとトラの神殿ガルディの探検前のお話も書かれています。
第8話「正と邪の女神。」最初ですね。
とある国の国王の使者が馬で一路、王国グライアを目指していました。
ある森のそばを通ると、その路上に黒衣の者がひざまずいておりました。
「一体、どうしたのですか?」使者は、その黒衣の者に尋ねました。
「大変申し訳にくいのですが、この先をお通しするわけには、参りません。
どうか、お引き返しのほどをよろしくお願いします。」
黒衣の者は、女性でした。
「私は、ある用事があって、先を急がねばならないのです。
残念ながら、ご希望には添えません。」
使者は、そのまま通り過ぎようとしました。
しかし、黒衣の者は、馬の手綱を押さえて、先に進ませませんでした。
「一体、何があったんですか?」使者は、もう一度尋ねました。
黒衣の者は、再びひざまずいてこう言いました。
「実は、私は王国グライアの国王の従者です。
実はあそこの森の中で、我が主はただ今、休息をしております。
そのため何か事が起きぬよう、こうして見張りをしているのです。」
それを聞いた使者は、「それは、好都合。」と言って、馬から降りました。
そして、黒衣の者に、自分が自国の国王からの使者である事を話しました。
「実はこの書状を一刻も早く、王国グライアの王に手渡したいのです。
どうか、お目通りがかないませんでしょうか。」使者は、そう尋ねました。
黒衣の者は、しばらく考え込んでいましたが、やがて顔を上げました。
「本来ならば許されぬ事ではありますが、急用とあらばやむを得ぬでしょう。
但し念のため武器は一切、私の方で預からせて頂きます。
それで構わないのであればお通ししますが、如何でしょう。」
「判りました。」
使者はそう言って、所持している武器を全て、黒衣の者に手渡しました。
「では、こちらへどうぞ。私がご案内します。」
黒衣の者はそう言って、使者を森の中へ連れて行きました。
ここは、王国グライアの神殿ガルディ。
その謁見の間において王のグライアは、使者と対面していました。
その使者は、他国の王からの手紙を託されていました。
その手紙を読んだ王のグライアは、その使者にこう伝えました。
「そなたの国の王が民を思うその気持ちは、もっともである。
悪霊や魔物などの災いより、そなたの国を救うには、もはや神剣のみ。
幸い、我が王家には、先祖代々より受け継がれてきた神剣が、2本ある。
そのうちの1本をお貸し申そう。
これを持って直ちに自国へ戻り、悪霊どもを打ち払うがよかろう。」
王はそう言って、2本の神剣のうちの1本、ザイドをその使者に手渡しました。
「ははぁ。」使者は、頭を下げ、その神剣を両手で押し頂きました。
その後、使者は王に対し、こう願い出ました。
「このような大切な神剣をお貸し下さり、お礼の申し上げようもございません。
我らは直ちに、自国に帰還する由にございます。
しかし、それにあたって、今1つ欲しき物がございます。」
「何じゃ。何なりと申してみるがよかろう。」
「さすれば、わらわが欲しいのは、」
使者はそう言って、王の元に駆け足で、近付きました。
先ほどまでの使者の姿から、黒衣をまとった女人の姿へと変貌していました。
そして、やわら刀を鞘から引き抜きました。
「そなたの命じゃ。」
使者はそう言って、白く光り輝く神剣の刃を王の心の臓に突き刺したのでした。
王の鮮血があたりに飛び散りました。
使者はその刃を、王からゆっくりと引き抜きました。
神剣の刃は先ほどまでとは違い、赤く光り輝いていました。
「これぞ、まさしく邪剣ぞ。」使者は、そうつぶやきました。
「ウッ。」王グライアは床に倒れ伏し、そのまま息絶えてしまいました。
「王!」倒れた王の元に、従者たちが集まって来ました。
また王を殺害した使者は、更に多くの従者に囲まれてしまいました。
「我らが王の仇じゃ。その者を斬り殺せ。」
号令と共に、従者が一斉に剣を抜き、使者に躍りかかろうとしました。
その時、使者は、自分が手にしていた神剣を1振りしたのでした。
たった1振り。その1振りで従者のほとんどが切り裂かれ、死んでしまいました。
「ほお。さすがよのう、この邪剣の威力は。ますます気に入ったわい。」
使者はそう言って、歩き出しました。
そして剣を構えながらも、怯えて動けない従者たちに向かってこう言いました。
「わらわは、魔女ルーディア。
わらわが欲したのは、神剣にあらず。邪剣だったのじゃ。
この王国に代々伝わる神剣に、現王の命を注ぐ事によって、邪剣は生まれる。
わらわが手にしている剣が、赤く光輝いている事こそ、まさに邪剣の証拠じゃ。
民を救うのでなく、民を支配し、世界を支配するための剣が今、生まれたのじゃ。
ハハハハハ、アッハハハハハ。」
魔女はひとしきり高笑いをした後、更に言葉を続けました。
「さてと、わらわにはまだやる事がある。
お前たち、斬り殺されたく無くば、そこを退け。」
その言葉を聞いた途端、生き残っている全ての者たちが魔女に襲いかかりました。
「止むをえまい。」
魔女は彼らを1振りで、せん滅しました。
そして王座を振り返り、死んだ国王のグライアに対し、こう言いました。
「さすが、グライアの王よ。
よく、これだけ忠義の者を集めたのう。その事だけは敬意に値しよう。」
魔女はそう言って、静かに部屋を出て行きました。
魔女が向かったのは神殿の奥にある、女神の間でした。
この女神の間には、王国グライアの金銀財宝が保管されていました。
また王国の守護神として、2体の女神像がそこにはありました。
1体は、力を司る正神ザイド。
もう1体は、正義と愛を司る正神ラムダでした。
魔女は、正神ザイドの石像の前に立ちました。
「わらわはこの時を待っていた。この時をひたすら待ちわびていた。」
魔女は感慨深げに、言葉を紡ぎました。
「わらわが持っているのは、確かに邪剣。
されど、わらわ自身は、一介の魔女に過ぎぬ。
この邪剣を振るうに値する力は、今のわらわには無い。
それ故、わらわは自らの命を断ち、女神ザイドに捧げる。
女神がわらわの命とこの邪剣を受け入れた時、邪神ルーディアが誕生する。
逆に、受け入れ適わずの暁には、そのまま躯となるであろう。
だが魔女と言えども、いずれ死は訪れる。
ならば今、その命をかけるに値する時が来ているのだ。
ためらう必要など、どこにもあるまい。」
魔女ルーディアは邪剣の刃の先を、自分に向けました。
そして何のためらいも無く、心の臓に刃を突き立てたのでした。
「ウウッ。」
薄れゆく意識の中で、魔女は最後の力を絞って、石像に手を当てました。
「我を導きたまえ。」
魔女は石像に手を置いたまま、ガクッと膝を崩しました。
その時、石像本体が光輝きました。
その光はどんどん大きくなり、魔女の身体ごと包んでしまいました。
光が消えた時、女神である正神ザイドの石像に変化が起こりました。
石像が新しいものに変わり、その顔は魔女ルーディアのものになっていたのです。
しばらくして、その石像が人の姿に変身しました。
石像と同じ形の鎧をまとったその者の手には、邪剣が握られていました。
そしてその顔は、まさしく魔女ルーディアの顔でした。
その者は、不思議そうにあたりを見回しました。
そして、手に持った邪剣を眺め、それに映っている自分の顔や姿を見ました。
「ハハハハハ。アッハハハハハ。
やったぞ、わらわは。わらわはついに、邪神になったぞ。
ハハハハハ。アッハハハハハ。」
ルーディアは高笑いをしました。
邪神ルーディアが今、誕生したのでした。
その頃、王の謁見の間に、王女アイリスが駆けつけて来ました。
何か、嫌な胸騒ぎを覚えていたからでした。
「こ、これは。」
その部屋は、血の海と化していました。
死者をかき分け王座まで来た時、アイリスは立ちすくんでしまいました。
国王グライアの身体が、大量の血で覆われていたのでした。
「父上、父上。」アイリスは懸命に父にすがりました。
ですがその時、国王グライアは既に息を引き取っていました。
「誰がこんな事を。」アイリスは1人立ち上がり、誰ともなしにそう言いました。
「おひい様。」かすかな声が聞こえました。
王の直属の従者の声でした。アイリスは慌ててその者に駆け寄りました。
アイリスが片膝をついて、その者を抱きかかえました。
その従者は、アイリスもよく見知っている顔でした。
「どうか、しっかりして下さい。一体、何があったのです。」
従者は、息も絶え絶えに、謁見の間で起きた事をアイリスに伝えました。
そして話し終わると安心したように、息を引き取りました。
「魔女ルーディアよ。よくも父や従者たちの命を...。
絶対に許すわけには行きません。」
王女アイリスは、謁見の間を飛び出しました。
そして2本の神剣が置かれていた、剣の間に入りました。
しかし今、そこにあるのは正剣ラムダただ1本でした。
アイリスは、鎧と正剣を身に付け、急いで女神の間に向かいました。
アイリスが女神の間に向かう途中、その進路に人の姿がありました。
「一体、あなたは何者です?ここで何をしているのです。」
アイリスは問い詰めました。
「ほう、まだ生き残っている従者がいたのか。」
その者は、ゆっくりとアイリスに向かって行きました。
近づくにつれて、アイリスにははっきりと判りました。
その者がまとっている鎧が、女神ザイドのものである事。
その腰に付けている剣が、神剣ザイドである事。
これらの事を確認した王女アイリスは、名乗りをあげました。
「私は、王国グライアの王女、アイリス。
魔女ルーディア。よくも父や従者たちの命を奪ったな。
絶対に許せません。覚悟なさい。」
アイリスは、正剣ラムダを手に取って身構えました。
「何か、勘違いしているようだな。
わらわは、魔女などでは無い。
わらわは、邪神ルーディアなるぞ。
いくら、お前がわらわにたてつこうとも、人であるお前が敵う筈もあるまい。
大人しく、床にひざまずけ。
わらわのしもべになると言うのなら、生かしておいてやってもよいぞ。
わらわは、慈悲深い女神だからの。ハハハハハ。アッハハハハ。」
邪神ルーディアは、高笑いをしました。
しかし、次の瞬間その笑いは収まりました。
アイリスが目にも見えない早技で、剣を振るったからでした。
その刃の刃先が、ルーディアの頬をかすめました。
そしてその肌に、血の跡がうっすらと残っていました。
「邪神ルーディア。
神であったとしても、油断すれば待っているのは封印という名の牢獄ですよ。」
王女アイリスは、静かにそう言いました。
「おのれ、王女アイリス。この邪剣で、お前の体を切り刻んでくれるわ。」
「お黙りなさい。邪神ルーディア。
王である父上をたぶらかし、我が王家に受け継がれてきた神剣を、お前は奪った。
このまま生かしておいては、どんな災いをもたらすか計り知れません。
王家にあるもう1本のこの神剣で、お前の野望を必ず打ち砕いて見せます。」
邪神ルーディアの持つ神剣ザイド。
正神ザイドの持つ正剣として、この世に生まれた神剣でした。
それが今や、邪神となったルーディアの力を引き出す邪剣となってしまいました。
王女アイリスの持つ神剣ラムダ。
正神ラムダの持つ正剣として、この世に生まれた神剣でした。
神剣ザイドと共に、王国グライアを守って来ました。
それが今や、邪剣となったザイドに、敵対出来る唯一の剣となってしまいました。
その2本の神剣が、火花を散らしました。
最初は、互角に打ち合っていました。
ですが王女アイリスは、若いながら、優れた剣の使い手として、評判でした。
同じ神剣同士の戦いのため、次第に邪神は、追い詰められていきました。
「今だ。」王女は、隙をついて邪神に斬りつけました。
ですが、それは邪神の誘いのために作った隙でした。
王女の剣は、紙1枚の差でかわされ、邪神との間隔が広がってしまいました。
邪神は、左手のみで剣を持ち、右手を王女の前に差し出しました。
「炎。」
邪神ルーディアより、業火の炎が、王女に注がれました。
「ああっ。」
炎を体や顔に浴びた王女は、床に転がってしまいました。
「ふん。わらわが、元は魔女である事を忘れたか。
特にわらわは炎を操る事を、得意とする魔女での。
邪神となった今のわらわは、使える術の全てが強化されておる。
こうなっては、もう手を出す事も出来まい。
大人しくこの刃にかかって、死ぬがよかろう。」
邪神はそう言って、王女に斬りかかろうとしました。
王女は間一髪でその刃を、自分の剣で払いました。
思わず邪神が退いた隙に、王女は何とか立ち上がりました。
しかし身にまとっている鎧は、濃く焦げ付いていました。
そして王女の顔には火傷の跡が出来て、左目は焼かれていました。
「ほう、片目が潰れたか。
いくら優れた戦士であろうと、果たしてその状態で満足に戦えるのかな。」
王女は、邪神に斬りかかりました。
ですが、片目を失った事により、方向感覚がずれてしまっていました。
そのため、刃の切っ先が邪神に届く事はありませんでした。
邪神は、その正剣を自分が手にしている邪剣で打ち払いました。
王女は、正剣をぐっと握り締め、何とか手放すのをこらえました。
ですがその反動でバランスを崩し、床に倒れてしまいました。
「王女、覚悟。」邪神は、猛然と王女に斬りかかりました。
「これまでか。」王女は自らの死を覚悟しました。
ですが邪神の剣は、王女に届く事が出来ませんでした。
「放せ、放さぬか。」邪神は大声を上げていました。
王女は急いで立ち上がり、邪神を見ました。
そこには邪神の両腕を、背後から押さえている戦士の姿がありました。
「カミーラ!」それは王女の許婚の、他国の王子でした。
「遅れて済まない。だが何とか間に合ったようだな。」
王子はそう言って、王女に微笑みました。
王女は剣を持ち直し、邪神と対峙しました。
その瞬間、邪神は高笑いをしました。
「ハハハハハ。アッハハハハハ。」
その笑い声は、神殿中に鳴り響きました。
「その程度で、神となったわらわを抑えられると思っているのか?」
そう言った後、邪神は目を閉じました。
「炎。」邪神はその身体全体を炎と化しました。
「ウワァー。」王子は、その全身が炎に包まれました。
王子は、苦しみもだえました。
しかし、邪神から決して離れる事はありませんでした。
「何故じゃ。邪神となったわらわの術を何故、耐える事が出来るのじゃ。」
不審に思った邪神は、背中越しに王子を見ました。
「なるほど。そなたのまとっているその鎧は神具なのじゃな。
道理で、持ちこたえておるわけじゃ。
わらわが以前のように魔女ならば、容易く防御したであろう。
だが、今のわらわは邪神なるぞ。いつまで耐えきれるかのう。」
邪神はうすら笑いを浮かべました。
「カミーラ!」王女は思わず、声をかけました。
それに対し、王子はうなずいた後、王女に語りかけました。
「我が愛しのアイリス。
あなたのその正剣こそ、この邪神を封印できる唯一無二の存在。
さぁ、アイリス。このまま私ごとこの邪神をその正剣で貫きなさい。」
「何を言うの、カミーラ。そんな事が出来るわけ無いじゃない。」
王女は泣き叫びました。
「戯言を抜かしおって。炎。」
再び邪神は業火の炎を、全身にまといました。
王子は激しい炎に再び、包まれました。
邪神に対峙しながら、動く事が出来ない王女の耳に、王子の声が聞こえました。
「アイリス。もう私は耐えられない。
お願いだ、アイリス。その正剣で邪神を封印してくれ。
私は、あなたを、あなたが生まれたこの国を守りたいんだ。
頼む。アイリス。私の死を無駄にしないでくれ。」
アイリスは、カミーラの目が閉じようとしているのを見ました。
「カミーラ!」
アイリスは、無我夢中で、その正剣の刃を邪神に突き刺しました。
「あーあっ。」邪神はもだえながらも、狂気の目を見開きました。
王子の死により、邪神は両腕の戒めを解かれていました。
邪神は、自分を突き刺している王女を、ものすごい形相でにらみつけました。
そして、自由になった両腕で己の邪剣を握り締め、王女に深く斬りつけました。
王女は、よろよろと邪神の元を離れ、床に膝をつきました。
邪神は、正剣に突き刺されたままの状態で、ふらふらと動いていました。
その時自分の背後で倒れている、カミーラの姿が目に映りました。
邪神は、急いでカミーラから魂を取り出そうとしました。
新しい魂さえ手に入れば、封印を免れるからでした。
邪神は、右手をカミーラの身体に触れました。
その途端、もうそれが手遅れである事を悟りました。
「駄目じゃ。もう既に事切れておる。これではもう、役には立たぬ。」
そう言って、立ち上がろうとしました。
ですが、ふと思い返して、再びカミーラの元で膝をつきました。
邪神はカミーラの頭を撫でながら、こう言いました。
「これなら、まだ使えるかも知れぬな。」
その後、カミーラの頭から、髪の毛の一本を指で押さえました。
その瞬間、その髪の毛は緑色に輝き出しました。
そして、それは邪神が頭からその髪の毛を抜くまでの間、続きました。
「一体、何を。」王女は痛みに耐えながら叫びました。
邪神はその声を聞いて、王女の方を振り向きました。
邪神の手には、もうカミーラの髪の毛はありませんでした。
邪神は、王女に向ってこう言いました。
「王女アイリスよ。これで勝ったと思うな。
邪神となったわらわが、死ぬ事はもはや無いのだ。
しばしの間、この神殿に封印される事にはなるだろう。
だが、いつの日か必ずや人の魂をこの身体に宿させ、邪神として復活してみせる。
そして今度こそ、この世界に君臨して見せようぞ。
惜しむらくは、その時をお前に見せつけられないのが、残念。
ハハハハハ。アッハハハハハ。」
邪神ルーディアは高笑いの中、手にした邪剣と共に幻のように消えていきました。
「カタン。」邪神が去ったその後に、王女の正剣が残っていました。
王女は、よろめきながらも、立ち上がりました。
「おひい様ぁ。」2人の従者が王女の元に駆け寄りました。
王女は許嫁であった、カミーラの元へ歩いて行きました。
「カミーラ!!」王女は号泣しながら、カミーラの身体を抱きました。
ですが、カミーラが息を吹き返す事はありませんでした。
王女は、カミーラを寝かせた後、2人の従者にこう言いました。
「カミーラは、王国グライアのために、邪神と戦った英雄です。
どうか、手厚く葬って下さい。」
「判りました。おひい様。」2人の従者はうなずいて、そう答えました。
王女は、再び立ち上がり、落ちている正剣を拾い上げました。
しかし、その足取りはふらふらしていました。
「しっかりして下さい。おひい様。」
2人の従者に支えられながら、王女はこう言いました。
「もう、時間がありません。私を女神のの間へ、連れて行って下さい。」
そう言って、残り少ない僅かな命の時を、ひたすら歩きました。
やがて、女神の間に入りました。
その中央には、王家に受け継がれた金銀財宝が眠る、隠し部屋がありました。
その隠し部屋の左右に、2人の女神の石像がありました。
その女神は2人共、鎧を身に着けた武闘神でした。
右は、見慣れた古い石像のままでした。
ですが、左は今、出来上がったばかりのように新しい石像になっていました。
王女は、その石像の顔を見ました。
「魔女ルーディア。いや、邪神ルーディアよ。
やはり、ここに封印されていたのですね。」
王女は誰ともなしにそう言いました。
王女は、従者たちの支えを払い、自らの足で右の石像へと歩き出しました。
それは、正神ラムダの石像でした。
しばらくその石像を眺めた後、従者たちの方を振り向きました。
「あなたたちに、伝えておかなければならない事があります。
いつの日か邪神ルーディアは必ず蘇り、世界を恐怖と混乱に陥れるでしょう。
私はその日が来ても、邪神を抑えられるよう、自らこの身を捧げるつもりです。
あなたたちは、この事を私の弟に伝えて下さい。
そして私がよりよい統治をして欲しいと願っていた事も、伝えて欲しいのです。」
「そんな、おひい様。」
2人の従者が叫ぶ声に、うなずいてこう言いました。
「このままでも、あと僅かで、私の命は尽きてしまうでしょう。
それならば、私はこの国やこの世界のために、この身を捧げたいと思います。
それが私のために命を落としたカミーラに報いる、ただ1つの道です。」
「おひい様。」
泣きじゃくる従者の肩に、王女は手を置きました。
「では、後はよろしく頼みます。」
王女はそう言って、正神ラムダの石像に向って歩いて行きました。
その王女の手には、かつて正神ラムダが所有していた正剣が握られていました。
次の瞬間、正神ラムダの石像自身が、白く光り輝きました。
そして、その光は次第に大きくなっていきました。
すると、それに呼応するかのように、正剣ラムダの光も大きくなっていきました。
2つの光は1つの大きな光となって、王女の身体を包み込んだのでした。
2人の従者は、その強く輝く大きな光を正視出来ず、思わず目を閉じました。
やがて、その光は消えました。
2人の従者が目を開けた時には、既に王女の姿はありませんでした。
しかしそこには、今までとは異なる新しい石像が立っていました。
その顔は、まさしく王女アイリスのものでした。
「おひい様。あなたは正神となられたのですね。」
2人の従者は、その石像の下にひざまずき、大声を上げて涙を流しました。
こうして王女は、正神アイリスとして生まれ変わりました。
そしていずれ訪れる邪神復活に備え、石像の姿のまま長い眠りについたのでした。
「この後、この国はアイリスの弟が、統治する事になりました。
弟は正神となった姉の意志をついで、平和と繁栄の道を歩んで行きました。」
ガリガリボリボリ。
「その数百年後、王国は天変地異に見舞われ、疫病もまん延しました。
そのため王国の全ての民が、生きる場所を求めて、その地を離れて行きました。」
ボリボリガリガリ。
「王国は、荒れ狂う砂嵐の中で、廃墟と化していきました。
その中で、神殿ガルディは、人知れずにその姿を消していました。」
ガリガリボリボリ。
「ですが200年に1度、その神殿が姿を現すと言う噂が流れ始めました。」
ボリボリガリガリ。
「また今なお、莫大な金銀財宝が眠っているとの噂もささやかれています。」
ガリガリボリボリ。
ボリボリガリガリ。
「この噂を嗅ぎつけ、その財宝を手に入れようとする者が多くなりました。」
ボリボリガリガリ。
ガリガリボリボリ。
「しかし未だかつて、それを持ち帰ったという記録は残されていません。」
ガリガリボリボリ。
ボリボリガリガリ。
ガリガリボリボリ。
「あら、袋の中、もう空っぽよ。他には無いの?」
「いや、その奥の方にあるはずじゃよ。」
「そう?じゃあ、探してみるわ。」
「そのため、ただの噂では無いのかとも、...。
てぇー、少しうるさいんじゃありません?
あの神殿の伝説を知りたいって言うから、話をしているんですよ。
それなのに何ですか、さっきからガリガリボリボリって。」
「何ですかって言われても。おせんべいだし。かじれば音は鳴ると思うの。」
「そうじゃよ。そんな事も判らんとは情けないのぅ。」
「まぁ、ドンマイですよ。レミアさん。」
「誰も、おせんべいの事を聞きたいわけじゃなーい!!」
いけない。また取り乱してしまったわ。乙女として、はしたない事を。
ええと、私は、レミア。
今、私は、私のおじいさんであるゾア博士の元で、伝説の神殿を探しています。
と言っても、おじいさんは科学者で、主に戦闘車両の開発にいそしんでいます。
私は、考古学を専攻している学生です。
きっかけはおじいさんから、伝説の神殿の話を聞かされた事から始まります。
その神殿は、200年に1度、この地上に現れるとの事でした。
私はおじいさんから、伝説の神殿の事が書かれてある古文書を渡されました。
その内容は、考古学を学んでいる私にとって、興味深いものでした。
それで、この神殿探しに参加したと言うわけなのです。
ですがおじいさんの方は、その神殿に眠る財宝が目当てのようでした。
それさえあれば思う存分、好きな研究に打ち込めるとあって、真剣でした。
私たちは、特殊に改造した戦闘車両で、この地まで来ました。
おじいさんの考えが正しければこの1両日中に、幻の神殿が現れるそうです。
私たちはそれまで、この車両に待機していたのでした。
ある日、思いがけない事が起こりました。
ある砂嵐の強い日、その中から突如として、人影が現れたのでした。
正確に言えば、人1人と猫1匹でした。
奇妙な事に人の方は、顔に鉄の仮面を付けていました。
また猫の方も極端に小さく、その上、なんと人語が喋れるのでした。
人の方はガーネ、猫の方はトラと言う名前でした。
ガーネとトラは、私たちを手伝うので、車両に泊めて欲しいと言いました。
私は、とても怪しすぎるので、反対してみました。
ですが、おじいさんは面白がっていました。
それに人手はあった方がいいと言う事で、結局私が折れることにしました。
そして現在、私が大事な話をしている最中に、おせんべいをかじっているのです。
「あったわよ。」
トラとか言う名前の猫が、喜んで新しいおせんべい袋を口にくわえて来ました。
「それは駄目よ。私が自分の分として、購入したものだから。」
私は、丁寧に説明しました。
トラは私の言葉を聞いて、一瞬硬直していました。
それから口にくわえていたせんべい袋を、ポトッと落としました。
その表情は茫然としていて、悲しみに包まれていました。
そしていつしか涙も、頬をつたってこぼれていました。
「何も、そんなにがっかりしなくても。」
その猫の落ち込みように、私は慌ててしまいました。
「鬼。」「悪魔。」祖父とガーネの声が頭の中でぐるぐると回っていました。
あれは私のです。絶対に食べさせません。
私は、心に固く誓っていました。
しかし再びトラの顔を見て、その悲しそうな表情に心が折れてしまいました。
「いいわよ、いいわよ。好きなだけお食べなさい。」
トラにそう言ってあげると、トラは泣きじゃくりながら、こう言いました。
「レミアお姉ぢゃん、ぶぁりがとう。」
「見て下さい。なんて感動的な光景なんでしょうか。」
「おお、孫が真人間なりおった。それでこそ、わしの孫じゃ。」
ガーネと祖父は、何故か手を取り合って涙を流していました。
私は正直付き合いきれない、と思いました。
ですが、おせんべいは食べたかったので、袋から菓子皿に盛りました。
「頂きます。」みんなで声を合わせて、おやつを食べる挨拶をしました。
「ところで、おじいさん。神殿は、何時頃開くのでしょうね。」
私は、おじいさんに尋ねました。
「そうじゃな。あと数時間といったところか。
もう少しの辛抱じゃよ。それでバラ色の日々が約束されるのじゃ。」
おじいさんは、もう財宝を手にしたような口ぶりでした。
時々暇を見ては、あれを買おうか、それともこれを買おうか。
ノートと電卓と武器カタログを交互に、見ていました。
全くの取らぬたぬきの皮算用です。あたしは身内ながらさすがに呆れました。
「レミア姉ちゃん。レミア姉ちゃん。」トラちゃんが声をかけて来ました。
この頃になると、喋る猫にも慣れてきていました。
その上、「レミアお姉ちゃん」と甘えてくるのです。
何だか、私はお姉さんになった気分になりました。
良く見れば、可愛い子猫ちゃんです。私はだんだん好きになって行きました。
「何。トラちゃん。」
「ねぇ、レミアお姉ちゃん。何やっているの?」
「ああ、これ。
今度街の本屋さんで、考古学の貴重な資料となる古本の即売会があるのよ。
滅多に出ないレアものも、多数出品されるというからチェックしているわけ。」
「じゃがのう。その手の本は高価なものばかりじゃ。
どうやって、購入するつもりかの。」
いつの間にか、おじいさんも絡んで来ました。
「どうやってって...。
だって、この神殿巡りで、いっぱい財宝が手に入るんでしょう?
だったら、それを一部売り払って、買えばいいじゃないの。」
私は、至極もっともな意見を述べたつもりでした。
ですがそんな私に、聞き捨てならない言葉が聞こえて来ました。
「そうかのう。そう言うのを取らぬたぬきの皮算用とかいうんじゃなかろうか。」
そう言いながら、おじいさんは私の元から遠のいて行きました。
おじいさんはガーネの所に行って、何やら話をしていました。
その会話の中で、「あんな孫に育てた覚えは...。」などと口走っていました。
私には、何を言っているのかさっぱり判りませんでした。
それなのにトラちゃんは、微笑んでこう言いました。
「おじいちゃんとお姉ちゃんって、良く似ているね。」
私は驚きのあまり、声を出す事が出来ませんでした。
トラちゃんの言葉は、私にはとても心外でした。
「ところで、確認しておきたい事があるのですが。」ガーネは私に尋ねました。
「何でしょうか?」
「先ほど、神殿が消えたって言ってましたよね。
その神殿が200年に1度、神殿が現れるとも言ったと思います。
何故、それが判ったのでしょうか?」
「ああ、その事ですか。」
私はてっきり、おせんべいを食べていて聞いていないんだろうと思っていました。
ですからはっきり言って、この質問はとても嬉しかったのです。
「今回の神殿探しの情報の出所は、全ておじいさんなんです。
おじいさんから聞いた話と、渡された何冊かの古文書から始まった事なんです。
私の先ほどの話も、これらを元に研究して出した成果に過ぎません。
だからこれから言う事も、それがベースとなっていると解釈して下さい。」
「判りました。で、どうして判ったんでしょうか?」
「まず先ほど、私が話した内容なんですけどね。
あれは王女に最後に付き添っていた2人の従者の手で、書かれたらしいんです。
それ以後は、その王国の複数の人の手で、記録として加筆されています。
また王国を離れた民の中には、隣の王国に移住した人たちもいたんです。
その人たちが時折、王国の状況を観察しては記録に留めていたと言うわけです。
それはその人たちの子孫になっても、続けられて行ったという事です。
彼らの残してくれたこれらの記録から、判ったというわけなんです。」
「なるほど、そうでしたか。あと、もう1つ質問があります。
この神殿の事と、先ほどの正と邪の女神の話しとはどんな関係があるんですか?」
「神殿が姿を消したのは、正神アイリスによるものだという事です。
人がいなくなった事で、神殿が無防備になってしまいました。
もし、誰かが女神の間まで入りこんだら、その魂を邪神が狙うのは、必至です。
そして、邪神は容易く、己を復活させてしまうでしょう。
正神アイリスは、その事を恐れたのです。
だから、神殿を人前から消させたのです。
ですが、200年に1度、正神の力は弱まるらしいのです。
以前は、正神が2人であったため、何の問題も起きなかったそうです。
ですが片方が邪神になった事で、その力の行使に空白の期間が出来たのです。
その結果、その200年に1度、姿を現さざるを得なかったという事です。
正神の力の空白期間は、数日間続きます。
この神殿の事は、既に人の噂に上っていました。
だからその期間中に、財宝目当てに神殿に行く人が、現れ始めたのです。」
「ですが、誰もその財宝を、持ち帰った人はいないんですよね。
数千年前からなら、何回か神殿に人が入ったんじゃないでしょうか。
それなのに、何故なんでしょうね。」
「それは多分、神殿内にいる悪霊や魔物が原因だと思われます。」
「それは、またどうして。」
「当時この王国やその周辺の国々は、悪霊や魔物がはびこっていました。
そして、これらが民を苦しめていたのだそうです。
そのため正神の石像が放つ力や正剣が、これらを封じてきたのでした。
ところがその正神の力が弱まった事で、これらの悪霊たちがまた出てきたのです。
これらは人の魂を喰らう事で、自分の力をより強く出来ると言われています。
現にこれらに命を奪われて、神殿から帰れなくなった者も多くいると言う事です。
これら悪霊や魔物によって、女神の間まで行く事が出来ないのです。」
「でも、それは正神アイリスにとっては、好都合なのでしょうね。
人は何人か犠牲になるにしても、邪神が蘇る事は防げるのですから。」
「まぁ、正神としては、複雑なんじゃないでしょうか。
数日間でも、自分の力が弱まったせいで、人の命が無くなるのですから。」
私は話をしながら、だんだん嬉しくなってきました。
私の研究の成果をこんなに、熱心に聴いてくれる人は初めてだからでした。
「そうかも知れませんね。
でもそれなら、私たちも女神の間までたどり着けないんじゃないんでしょうか。」
「そうね。あたしも悪霊や魔物が相手となると、ちょっと気が引けるわ。」
トラも、不安そうに言いました。
「そこで、わしの出番となるわけじゃよ。」
いつの間にか、おじいさんが私の横に座っていました。
「あの、まだいろいろとお話しておきたい事が...。」
「いや、ここからは多分、わしの専門領域じゃ。わしが話そう。」
おじいさんは、自分の孫のささやかな楽しみを奪おうとしていました。
「ですが...。」少しばかり抵抗をしてはみました。
が、話の主導権はおじいさんに奪われてしまいました。シクシク。
「それでじゃな。この試作品の戦闘車両レイグルを使う事にしたのじゃ。
これはまだ、装備している各種機器のテストが終わっておらん。
それを試す意味でも、この神殿探しに使おうと言うわけなのじゃ。
聞けば悪霊や魔物などと言うのは、太陽の光や水、そして火などに弱いと言う。
つまり人が生きるのに、必要不可欠なものがその対策として有効らしい。
じゃからの。今回はそれらを考慮した装備をほどこしたのじゃ。
また、レーザービーム砲、マシンガン砲、ロボットアームなどの装備もある。
移動する足にしても、いろいろじゃ。
車両、キャタピラ、ホバークラフト、スクリューなどがある。
平地、急な坂道やガタガタ道、そして水上や水中なども移動が可能なのじゃ。
空すら1分程度なら飛べるのじゃ。
じゃが何といっても、その特筆すべきは、その馬力と装甲の厚さじゃ。
古代の遺跡などどんな建物でも、簡単にぶっ壊して素通り出来る力があるのじゃ。
これで、一気に女神の間まで、行こうと思っておる。」
「素晴らしい。いやさすがです。
探検と言うのはこれまで1歩1歩、苦労しながら先へと進んで言ったものです。
もはや、そんな時代は終わったんですね。
今は科学力にものを言わせて、強引に目的地まで、行ってしまうんですね。
やぁ、すごい。すごい。」
ガーネはそう言って、トラちゃんと拍手をしました。
トラちゃんは、器用に前足を使って拍手をしていました。
「いやあ、科学力と言っても、結局は金と力を使っての事じゃがの。」
おじいさんは、ガーネたちの拍手に浮かれて、つい本音を出してしまいました。
「それに、この古文書を解析した、レミアお姉ちゃんも偉い。」
トラちゃんはそう言って、ガーネと一緒に、私にも拍手を送っていました。
「いやあ、私も、先輩に言われた通りに書き写しただけだから。」
私も、つい照れて、本当のことを暴露してしまいました。
「それでも、2人共すごい。」拍手は更に続きました。
「レミアよ。」「おじいさん。」
人から、自分たちの研究成果を認められるのは、大変嬉しいものです。
私とおじいさんは、手を取り合って、喜びを分かち合いました。
「有難う、ガーネ。そしてトラちゃん。」
私とおじいさんは、心の底から、感謝しました。
私たちの、仲間としての結束は強まりました。
やがて予定していた時刻がついに来ました。
私を含め、全員が窓の外の景色を見つめていました。
砂嵐が静まりかけている、その景色には変化が起きていました。
それまで、何にも無かった王国の跡地。
そこに、ぼんやりと建物の姿が浮かび上がってきたのでした。
第8話「正と邪の女神。」最初ですね。(終)
今回のお話は、第8話「正と邪の女神。」の第1話です。
いよいよ、新シリーズ開始です。
と言いたいところですが前回の後書きで述べた様に、投稿はこの1回分だけです。
後は、涼しくなってからと言う事で、ご了承ください。
では皆様も、この暑い夏に、お身体を壊されないように願っております。
気が向いたら、また続きを書いてみたいと思います。
では、また会える日を。See You Again.




