第7話「天空の村にて」やっつめだよ。
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第7話「天空の村にて」やっつめだよ。のお話です。
この回では、あの4人組とトラが湖で遊びます。
第7話「天空の村にて」やっつめだよ。
ナミキサンたちは、湖のほとりに来ていました。
「湖に来るのは、久しぶりだな。しかも4人揃って。」
ナミキさんは、上機嫌でした。
「それに、トラさんも飛び入り参加していますしね。」
マサギさんは、自分の右肩に乗っているトラを見ながら、そう言いました。
「でも、ガーネは来れなかったのよね。ねぇ、トラちゃん。」
ノミチさんも、トラに声をかけました。
「そうなの。ガーネは朝早く、出かけたわ。
何でも、トモネ様へのお薬の配達を頼まれたらしいの。
午後からは村役場で、何か手伝って欲しい事があるらしいわ。
本当は、あたしも行くって言ったんだけどね。
午後からは、村役場での手伝いだから、いても退屈なだけだって言われたわ。
それなら今日は、こっちで楽しんでおいでって事で、こっちに来る事にしたの。」
「そうだったの。でも、この集まりは昨日のうちに、連絡した筈よ。
なんで、そんなに急な用事が出来ちゃったの?」
ノミチさんは、首をかしげていました。
「それは、我にも、責任がある。」ミヤビさんが口を開きました。
「昨日、診療開始時間が遅れてしまったのだ。
そのため、トモネ様に届ける筈の薬を、手配出来なくなってしまった。
そこで今日、やむなくガーネに配達に行ってもらったんだ。
ガーネは以前、会議室でトモネ様に会っている。
その後、我に何回かトモネ様と、直接話をしたいと言っていたのだ
だから、我も、ガーネに頼む事にしたんだ。」
「それに、診療開始時間が遅れたのは、ガーネさんと私にも責任がありますしね。
それもあっての事なんでしょうね。」マサギさんが、そう言いました。
「でも、マサギ。午後からの村役場の手伝いって何なんだ?」
ナミキさんは、マサギさんに尋ねました。
「実は今日、村役場は荷物整理のため、ほとんどの業務がお休みなんです。
昨日の間に、私たちのところは終わってしまったので、休む事が出来たんです。
ただ、部屋のあちらこちらに、大きい荷物が積まれたままになっているんです。
それを片付けるのに、どうしても人手が欲しくて、ガーネさんに頼んだんです。」
「つまり、大きな荷物の運び要員ってわけか。雑用係になったってわけだな。
まぁ、ガーネがこの村のいる間の滞在費用は、村が出しているからな。
断るわけには、行かなかったんだろう。気の毒って言えば、気の毒だな。」
ナミキさんはガーネに同情していました。
「ところで、マサギ。昨日の遅刻の件は、どうなったのだ。」
気になっていたのか、ミヤビさんはマサギさんに尋ねました。
「あっ、あれですか。ミヤビさん、喜んでください。
ガーネさんの言った通りに喋ったら、なんと遅刻にはならなくて済んだんです。
もう、あたし嬉しくて、嬉しくて。」マサギさんははしゃいでいました。
「そうか。それは、よかったな。」ミヤビさんは、淡々と言いました。
「一体、何の話なんだ?」ナミキさんが尋ねました。
「別に。ささいな事だ。」
4人と1匹は、湖で、水浴びをしたり、泳いだりしていました。
「あっ、冷たい。コラァ、ノミチ。いきなり水をかけるんじゃない。」
不意に水を浴びたので、ナミキさんは不覚にも驚いてしまいました。
「何を言っているのよ。湖に来て、水の飛ばし合いをやらなくてどうするの。
ほら、いくわよ。えぃ。」
ノミチさんは両手で湖の水を、ナミキさんに何回もかけました。
「コラ、止めろ、ノミチ。」ナミキさんは、逃げ回りました。
それでも、だんだん慣れてきたのでしょう。
ナミキさんも、お返しとばかりにノミチさんに、湖の水をかけまくりました。
力技ならナミキさんの方が、はるかに上です。
「あっ、止めて。止めなさいよ。」今度は、ノミチさんが逃げ回りました。
湖に入りながら、マサギさんはその様子を楽しんで見ていました。
でもいつしかナミキさんが、マサギさんの背後に近付いていました。
「マサギ。覚悟。」
ナミキさんはいきなりジャンプして、マサギさんの首に右腕を絡ませました。
そしてその勢いで転倒したマサギさんと一緒に、湖の中に突っ込みました。
「アッププ、アッププ。」
マサギさんは突然の事で、パニックを起こして溺れかけようとしていました。
そんな彼女らの光景を、ミヤビさんは休憩所から眺めていました。
ミヤビさんは、麦わら帽子に黒のサングラスという、いでたちでした。
「なんとも無邪気で、微笑ましい光景だな。」
ミヤビさんは、そう言ってリクライニングタイプの椅子に、横になっていました。
「トラちゃん。これを使って。」
ノミチさんが、渡したのは小さい浮きボードでした。
トラは、泳ぎ疲れていたので、早速、その上に乗りました。
そして、寝そべって体を休めました。
「へぇ、そんなもの売っていたんだ。」
ナミキさんは興味ありげに、ノミチさんに尋ねました。
「うん。でも、これ、ミニチュアとして売っている浮きボードなの。
でも、ちゃんと水に浮くし、トラちゃんのサイズにぴったしだったからね。
思い切って、買っちゃった。」ノミチさんは、楽しそうに答えました。
湖の中で、浮きボールを使って、ボール遊びもしました。
両手で、ボールをついて飛ばし合っていました。
トラも最初は、浮きボードの上で、うまくボールを頭でごっつんこしていました。
ですが、夢中になって遊んでいる最中に、バランスを崩してしまったのです。
トラは、突然、浮きボードから水の中に落ちてしました。
本来、トラは水の中を泳ぐ事が出来ました。
ですが何分、不意の中の出来事でもあり、溺れかかってしまいました。
「あら、大変。」ノミチさんとマサギさんが、大急ぎでトラを救出しました。
トラは、マサギさんの手の中で、ぜいぜいと息をきらしていました。
しばらくして呼吸が落ち着いたトラは、つぶやきました。
「ボール遊びって、命がけのスポーツなのね。」
「ねぇ、たまには、競泳してみない?」ノミチさんは、提案しました。
「おっ、いいな。俺もやりたい。
どうだ、ミヤビ。学生の頃を思い出して、やってみないか?」
ナミキさんは、やる気まんまんです。
「そうだな。いいかもしれない。」ミヤビさんも、賛成しました。
「私は、そういうのは苦手なので、審判をしますね。」と、マサギさん。
「じゃあ、あたしはここで、応援しているわ。」
トラが浮きボードの上で、立ち上がりました。
「じゃあ、決まりね。ここからあそこの岸までを往復するのよ。いいわね。」
「判ったよ。」「了解した。」
3人は、スタート位置に整列しました。
マサギさんは、ふところから、笛を取り出しました。
「マサギ。お前、用意がいいな。そんな物を持ってきていたのか?」
ナミキさんは、尋ねました。
「はい。いずれ、こんな日が来るんじゃないかと、いつも持って来ていました。」
マサギさんは何故か、得意げに答えました。
「こんな日って。まぁ、いいか。早く始めよう。」
「みなさん、用意は出来ましたね。 じゃあ、始め。」
ピーッ。マサギさんは、笛を鳴らしました。
3人は、一斉に泳ぎだしました。
「いやぁ、勝った。勝った。一時は、ミヤビに抜かれると思ってヒヤッとした。
まぁ、勝ててよかった。」ナミキさんは、勝利の微笑みを浮かべていました。
「まぁ、このくらいが妥当だろう。」ミヤビさんは、相変わらずです。
「まさか。ミヤビさんにも、追いつけないなんて。
このあちきとした事が、誤算だったわ。」ノミチさんは、悔しそうでした。
「みなさん、お疲れ様。素晴らしい戦いでした。
特に、最後のナミキさんとミヤビさんのデッドヒートはすごかったですよ。」
「うん。あたしも、思わず興奮しちゃったわ。」
マサギさんとトラは、はしゃいでいました。
その後何回か、競泳を繰り返しましたが、順位が変わることはありませんでした。
お昼になりました。
マサギさんが持ってきたサンドイッチを、みんなでほうばりました。
「うん。マサギのサンドイッチはうまいな。」
「あちきと、いい勝負かも。」
「大したものだな。」
みんなに褒められ、マサギさんは気をよくしました。
「本当、美味しいわ。」
「トラちゃん、それは缶詰よ。」ノミチさんはつっこみました。
お昼が終わって、それぞれお喋りを楽しみながら、休憩をしていました。
その後、また各人、思い思いの水浴びや泳ぎを楽しみました。
やがて、ミヤビさんがみんなにこう言いました。
「さて、そろそろ上がろう。
夕食の食料の調達と、焚き火の準備をしなければならない。」
4人と1匹は、ミヤビさんの言葉にうなずき、岸に上がりました。
そしてシャワー浴びた後、着替えました。
「じゃあ、役割分担をしようじゃないか。みんな、何をやりたい?」
「我は、焚き火の準備をしよう。」とミヤビさん。
「では、私もお手伝いします。」マサギさんも一緒にやる事にしました。
「あちきは、魚を釣るわ。期待しててね。」とノミチさんは張り切っていました。
「じゃあ、俺は木の実を取ってきてやる。」ナミキさんはそう言いました。
「あたしは、ノミチさんについて行きたいな。」トラはそう言いました。
「うん。じゃあ行こう。トラちゃん。」
ノミチさんはトラを連れて、いつも行く釣り場まで歩いて行きました。
マサギさんは、トラと一緒に準備をするつもりでした。
だから、トラと一緒に釣り場に向うノミチさんが、羨ましそうでした。
「じゃあ、俺は木の実を取ってくるから。」
ナミキさんは、そう言って、森の中に入って行きました。
ミヤビさんは、ノミチさんを見送っているマサギさんに声をかけました。
「さぁ、早く準備をしないと、夕食が遅くなってしまう。」
「はい。判りました。」
マサギさんは、後ろ髪を引かれつつ、ミヤビさんの手伝いを始めました。
ノミチさんは、20匹以上の、魚を釣り上げていました。
「どれも型は大きいし、これだけあれば十分でしょう。」
ノミチさんはそう言って、釣り道具の片付けを始めました。
すると、トラの声が聞こえてきました。
「ねぇ、このバケツの魚、1匹だけ食べてもいい?」
「いいわよ。でも後でみんなで食べるんだから、1匹だけよ。いい?」
「判ったわ。」
トラは前足の鉤爪で、バケツの魚を器用にすくいあげました。
その魚を地面に落とし、ムシャムシャと食べ始めました。
「美味しい?」
釣り道具の片付けが終わったノミチさんが、トラのところにやって来ました。
「ええ、昨日は池の魚だったけど、今日は湖の魚だわ。
確かに、昨日と比べて、泥っぽさがあまり感じられないわね。
それに型も大きいわ。美味しいし、食いでがあっていいと思う。」
トラは、その味に満足したようでした。
トラは食べ終わると、口の周りや前足を舌で、舐め回していました。
それが済むと、待っているノミチさんの右肩に、ちょこんと座りました。
「じゃあ、ミヤビさんの所に帰りましょう。」
ノミチさんはトラと一緒に、ミヤビさんが待っている所に、戻りました。
ミヤビさんの所に戻ったノミチさんは、釣果を2人に見せました。
「どう?結構獲れたでしょ。これだけあれば、夕食には十分じゃない?」
ノミチさんは多少、自慢げに言いました。
ミヤビさんとマサギさんがうなずいたので、ノミチさんも満足でした。
「さて、焚き火の準備も終わった。
マサギ、悪いが火をつけておいてくれないか。
我はその間に、ノミチが釣り上げた魚をさばくとしよう。」
「判りました、ミヤビさん。ではお願いします。」
マサギさんは、自分が魚をさばかなくてもいい事が判って、ホッとしました。
早速、焚き火に火をつける事にしました。
焚き火に火がつけられました。
マサギさんも、魚をさばき終わり、1本1本、串に刺していました。
その後、塩を振って、焚き火の近くにそれを刺しました。
マサギさんやノミチさんも、それを見習って、串を刺していきました。
うっすらと魚に焼き跡がついてきました。
時々、刺している向きを変えて、まんべんなく焼きあがるようにしました。
やがて、魚は焼きあがりました。
取り出してみるとほどよく焼けていて、しかも油がのっていました。
ノミチさんは、一口食べてみました。
「うん、美味しい。とてもよく焼けているわ。」ノミチさんは満足しました。
ミヤビさんとマサギさんも、食べて、その味に納得したようでした。
トラも、ほぐしてもらった魚を食べて、喜んでいました。
「でも、おかしいわね。あれから大分経つのに、ナミキが帰ってこないわ。」
ノミチさんが、そう言いました。
「今の季節なら、この近くで木の実を取るのは容易な筈だが。」
ミヤビさんも、首をかしげていました。
「そうですね。ちょっと心配になって来ました。」
マサギさんは、不安そうに言いました。
「ねぇ、探しに行った方がいいんじゃない。」トラがそう言いました。
ノミチさんが、立ち上がりました。
「そうかもね。
じゃあ、あちきが探しに入って来るわ。
トラちゃんは、ここでマサギちゃんと、お留守番しててね。
全員で、捜索するほどの事でも無いと思うわ。
みんなは、ここで、焚き火の番をしていてよ。」
そう言って、ノミチさんは、森の中に入って行きました。
それから、更に時間が過ぎていきました。
「おかしいな。ノミチも帰って来ない。何かあったのかもしれないな。」
ミヤビさんは、そう言いました。
「私たち、どうしたらいいのでしょう。」
マサギさんは、ミヤビさんに尋ねました。
「では、今度は我が探しに行こう。」
ミヤビさんはそう言って、立ち上がりました。
「ねぇ、みんなで行けばいいんじゃない?」トラはそう言いました。
「そうです。そうしましょうよ。」とマサギさん。
「いや、多分大丈夫だろう。
何か手に負えない事が起きたのであれば、すぐに戻って来よう。
その後、一緒に村に戻って、村人に応援を頼めばいいと思う。
では、焚き火の番を頼む。」
ミヤビさんは、そう言って、森の中に入って行きました。
マサギさんとトラは、ミヤビさんが戻ってくるのをひたすら、待ちました。
でも、いくら待っても、戻っては来ませんでした。
「こうなったら、私が探しに行くしかありません。」
「そうね。あたしも行くわ。」
マサギさんは、火の後始末をした後、トラを肩に乗せました。
そして、みんなが消えてしまった、森の中に入って行きました。
「いやあ、本当に今日はいい天気だわ、
絶好のキャンプ日和ね。」トラはほがらかにそう言いました。
「あのー、トラさん。こんな状況下で、よくそんなに陽気でいられますね。」
マサギさんは、不思議そうに言いました。
「だって、原因も判らないのに、怖がっていても仕方がないでしょ。
もちろん、警戒は必要でしょうけどね。
何かあればあったで、それが判った時点で、対処すればいい事でしょ。
それまでは、いたずらに不安がるのは止めた方がいいと思うの。」
マサギさんは、トラのその言葉に、ホッとする思いでした。
「そうですね。確かに不安がっているだけでは、何も解決しませんね。
じゃあ、張り切って探しましょうか。」
「そうよ。それくらいで丁度いいのよ。」
マサギさんとトラは、森の中で、何人かの足跡が重なっているのを見つけました。
「これは新しいですよ。ここの森には私たち以外、入れる人はいません。
足の大きさから言っても、間違いなくミヤビさんたちでしょうね。」
マサギさんたちは、その足跡をたどりました。
藪の中を通り抜けると、少し開けた場所に出ました。
そこには、ミヤビさんたちと思われる足跡とは別に、違う足跡も見つかりました。
どう見ても、動物の足跡でした。
「これは、ブルクの足跡ですね。
そうか。ここらあたりには、野生のブルクがいたんでしたね。」
「じゃあ、そのブルクに襲われたのかしら。」
「確かにそれは、ありますね。
ブルクは、縄張り意識が強いから、ミヤビさんたちを排除しようとしたのかも。
特にブルクは、人の背後に回って、攻撃をする癖があるんですよ。
それで、やられたのかもしれません。
と言ってもブルクは草食ですから、命には別状ないと思うんですけどね。」
「結構、凶暴なのね。あたしたちも気をつけないといけないわね。」
トラも警戒してキョロキョロとあたりを見回しました。
「マサギさん。あれを見てよ。すごく綺麗な花があるわ。」
その声に、マサギさんもトラが見ている方向に目をやりました。
「本当ですね。小さいけれどなんて美しい花なんでしょうか。」
マサギさんも、しばし見とれていました。
そして、その方向に歩いて行った時、気が付いたのです。
「あっ、あれは何でしょうか?」
マサギさんは、前方の草むらの中に、キラリと光るものを見つけました。
それは、マサギさんが、見覚えがあるものでした。
「あれは、ノミチさんの髪留めです。」
マサギさんは、そう言って、その髪留めに駆け寄りました。
そして後1歩で届くというところで、足元がガクンときました。
「ウワァーッ。」マサギさんはトラと一緒に、奈落のそこに落ちていきました。
「マサギ。マサギ。」
上の方から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきました。
その声と体を揺さぶられた事で、マサギさんは、目を覚ましました。
「あっ、ここはどこなんでしょう。」
そう言って、マサギさんは、上半身を起こしました。
上の方から僅かに漏れる陽の光で、自分の周りにいる人の姿を確認しました。
それは、自分たちが懸命に探していた人たちでした。
「ミヤビさん。ナミキさん。ノミチさん。」
マサギさんは、ミヤビさんに抱きつきました。
「よかった。みんな無事だったんですね。本当によかった。」
マサギさんは、涙ぐんでいました。
「本当によかったわ。」トラはマサギさんの傍らにいました。
「トラさんも、大丈夫だったんですね。」
「まあね。何とか無事に着地出来たわ。」
その時、マサギさんは、腰がズキッと痛むのを覚えました。
「あっ、痛い。」マサギさんは、思わず腰に手をあてました。
「腰から落ちてきたからな。無理も無い。」とナミキさん。
「頭からではなくて、よかった。では治してやろう。」
そう言って、ミヤビさんはマサギさんに手をあて、呪を唱えました。
詠唱が終わると、ミヤビさんはこう言いました。
「もう、痛みは消えている筈だ。マサギ、立てるか?」
ミヤビさんの言葉に、マサギさんは立ち上がりました。
「あっ、大丈夫です。腰の痛みもとれました。有難うございます。」
マサギさんは、ミヤビさんにお礼を言いました。
マサギさんは、あらためて周りにいるみんなの顔を見回しました。
「みなさん。無事でなによりです。でも、どうしてこんな所にいるのですか?」
マサギさんは、そう尋ねました。
「マサギ。俺もお前と、同じさ。
俺は木の上に登って、夕食に食べる木の実を取っていたんだよ。
そうしたらさ。俺の真下を、あの野生のブルクが走って行ったんだよ。
俺はチャンスと思ったね。
ここでこれを捕まえて、村に帰れば英雄さ。
野生のブルクは、高いからね。
だから急いで、ブルクの後を追って行ったのさ。
ところが、この穴の上を通っちまったのが運の尽きさ。
あっという間に落ちてしまったというわけなのさ。」
ナミキさんは、一攫千金を逃したような悔しさをにじませていました。
「あちきは、こんな女とは違うわ。
親切にも、帰ってこないナミキを探して、ここまで来たのよ。
あっ、それはマサギちゃんも知っていたわね。
それでね。この穴の近くまで来たのよ。
そうしたら、すぐそばに綺麗な花が咲いているじゃない。
あちきは、嬉しくて夢中で、その花に向かって歩いて行ったのよ。
まさか、こんな所に、穴が開いているなんて思わなかったわ。
草で覆われていたので、全然判らなかったの。
気が付いた時には、この穴に落ちていたってわけよ。
その際に、髪留めが外れてしまったの。だからこんなよ。」
ノミチさんは、そう言いながら、だらっと垂れ下がった髪を触っていました。
「我は、ノミチの足跡をたどって、ここまで来たのだ。
ノミチの髪留めを見つけたので、拾おうと身体をかがめていた。
その時、背後から、野生のブルクが突っ込んで来て、この穴に落とされたのだ。」
相変わらず、淡々とミヤビさんは話をしていました。
「それは、大変でしたね。みなさん。怪我は無かったんですか?」
マサギさんは、心配そうに尋ねました。
「大丈夫だ。我が、既に呪術で治してある。」
なんて、便利な人なんだろう。1家に1台、いや1人は必要ですね。
マサギさんとトラは、感心していました。
「みなさんが、ここにいる理由は、判りました。
また、こんな深い穴を自力で、登る事が出来ないのも判ります。
でも、それをどのライバにも連絡していませんよね。
連絡していれば、ライバはここに飛んで来た筈です。
私たちも、探す手間が省けたと思うのですが。
一体、何があったんですか?」
マサギさんは、誰ともなしに尋ねました。
「いいか。マサギ。これからやる事を黙って見ていろ。」
ナミキさんは、そう言って、大声を上げました。
「ノミチのアホーッ。」
何て事言うのよ、あんたは。ノミチさんは、ナミキさんに抗議しようとしました。
それを、ミヤビさんが片手で、制止しました。
「これは、一体。」マサギさんが愕然としました。
大声を出している筈のナミキさんの声が、穴の中で広がらなかったからです。
まるで、岩に吸い込まれるように、すぐにかき消されてしまいました。
これでは、穴のすぐそばににいても、何も聞こえません。
マサギさんは最初、信じられない気持でいました。
ですが、ふとある事に気が付いて、その原因が判りました。
「ここは、「静寂の穴」なんですね。」
マサギさんは、誰ともなしに、そう言いました。
ミヤビさんは、その言葉にうなずいて、こう言いました。
「その通りだ。ここでは、どんなに大声を出しても、外まで伝わる事は無い。
実際、さっきから我らは、何回か叫んでいたのだ。
しかし、ライバたちは現れなかった。」
「確かに、湖で休憩しているライバたちには、何の動きもありませんでした。
多分、何も聞こえていないのでしょう。」
マサギさんは、ミヤビさんにそう答えました。
「さて、我々は自分たちが今、置かれている状況を正しく認識したわけだ。
では、これからどうしたらいいと思う?」
ミヤビさんは、全員に尋ねました。
「ちょっといいかしら。」トラが何故か、元気が無さそうな声で言いました。
「どうした。トラ。」ミヤビさんが、しゃがんでトラを見ました。
「何故か知らないんだけど、頭が少しクラクラするのよ。
いつまでも、ここにいて大丈夫なのかしら?」トラは、そう尋ねました。
「フム。」ミヤビさんは立ち上がり、あたりを見回しました。
「「静寂の穴」には昔から、有害なガスが溜まっていると聞く。
ここにも、僅かではあるが、滞留しているのだろう。
トラは我々と違って、身体も小さく、低い位置の空気を吸っている。
有害なガスを吸い込みやすいのだろう。
我々も、早くこの場所を、脱出した方がいいのかも知れない。」
ミヤビさんは、全員にそう言いました。
「だけどさ。問題はどうやって、ここから出るかだよな。
この穴は、ただ掘っただけの穴で、つかみどころが無いんだよな。
自力なんて、とてもじゃないが登れないよ。」
ナミキさんは、嘆いていました。
「あちきにも、どうしたらいいのか判らないわ。」「私もです。」
3人以上集まっても、文殊の知恵は出ないようでした。
その時、トラがこう言いました。
「ねぇ、ミヤビさん。ミヤビさんは昨日、呪術でライバの心を読んだわよね。
だったら、呪術でライバの心に直接、話しかけるなんて事は出来ないの?」
トラのこの質問に、ミヤビさんはこう答えました。
「昨日見せた呪術は、「聞」(ぶん)の術だ。
昨日、初めてライバに対して使った。
結果は、トラ。君も見ての通りだ。我も満足している。
だが今度は逆に、心に話しかける術だ。これを「話」(わ)の術と言う。
これが聞のように、ライバに通用するかどうかは、判らない。
だが、やってみる価値はあるな。」
ミヤビさんは、しばらく考えていました。
やがて顔をあげて、こう言いました。
「よし、やってみよう。
但し話の術の後、それを確認するために聞の術も使った方がいいだろう。
2つの呪を行なうため、同時詠唱を行う。」ミヤビさんは、そう言いました。
「同時詠唱? それって何の事だ。」ナミキさんは、ミヤビさんに尋ねました。
しかし、既にミヤビさんは、呪を詠唱していました。
穴の上から漏れる太陽の僅かな光の中、それは始まりました。
トランス状態になったミヤビさんの身体全体が、白く光り輝きました。
そして、その光は、人の身体の形のまま、2つに分離しました。
その光が消えた時、そこには2人のミヤビさんがいました。
1人は赤く染まっており、もう1人は青く染まっていました。
そして、2人同時に、呪の詠唱が始まりました。
詠唱が終わると、赤い方は目を開けたままで、青い方は目を閉じました。
赤い方は、何やら口ずさんでいました。
そして、それが終わると、目を閉じました。
すると、今度は青い方が目を開きました。
そして、何かを聞いているように、うなずいていました。
やがて、それも終わったのでしょう。再び、目を閉じました。
次の瞬間、2人の身体が、白く光り輝きました。
そして、その光は1つになりました。
光が消えた時、ミヤビさんは、元の1人の身体に戻っていました。
周りにいた全員がその不思議な光景に、一言も声を発する事が出来ませんでした。
ただ、見つめているだけでした。
次の瞬間、元に戻ったミヤビさんは、ガクッと倒れそうになりました。
それを慌てて、ナミキさんとマサギさんが、左右から支えました。
ミヤビさんが、目を覚ましました。
「どうした。ミヤビ。しっかりしろ。一体、どうなったんだ。」
ミヤビさんは、その言葉を聞いた後、ゆっくりと微笑みました。
「大丈夫だ。我のシャドーに、我の言葉が届いたのを確認した。
シャドーの声による伝言は、間違いなく、ガイムに届く筈だ。
後は、ガーネが救助に来るのを待てばいい。
多分、この穴の上空には、伝言を終えたシャドーが、飛んでいる筈だ。
ガーネに我々の位置を知らせるためにな。」
ミヤビさんのこの言葉に、穴の中にいる誰もが安心をしました。
「有難う、ミヤビ。」
ナミキさんは、ミヤビさんを支えながら、感謝の言葉を口にしました。
みんなは、ガーネがここに来るのを待っていました。
トラは、つぶやきました。「ガーネ、早く来て。あたしの元に。」
第7話「天空の村にて」やっつめだよ。(終)
今回のお話は、第7話「天空の村にて」の第8話です。
今回の話は湖での、あの4人組とトラのお話です。
ガーネは、今回は出て来ません。(この作品中、初めてですね。)
前回、ガーネが出かけている間に、起こった話です。
気が向いたら、また続きを書いてみたいと思います。
では、また会える日を。See You Again.




