第2話「ある旅人との出会い。」
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第2話「ある旅人との出会い。」(ラビリンス・ロードにて)のお話です。
この回では、迷宮に入ったばかりのガーネが、同じ旅人のバードと出会います。
ガーネは、バード自身が初めて行った世界「ぬかるみの地」の話を聞かされます。
ある旅人との出会い。(ラビリンス・ロードにて)
その人は、自分が進む路上の直ぐ先に見える階段で、座り込んでいました。
黒い帽子を被り、喪服みたいな黒い服を着ていました。
寝ているようです。
起こさないように、通り過ぎましょうか。
ですが、ガーネは今、自分が置かれている状況を知りたがっていたのです。
多少、迷いましたが、意を決してその人に声をかけました。
「もしもし、もしもし。」ガーネはその寝ている人の肩をそっと叩きました。
「うん。」
しばらくして、その人は帽子をとりました。
そして、寝ぼけ眼で、ガーネの方を見ました。
「お休みのところ、申し訳ありません。少し、聞きたいことがあるのです。」
ガーネはお辞儀をして、その人に問いかけました。
その人は、目を擦った後、珍しいものを見るかのような顔をガーネに見せました。
「久しぶりだな。この迷宮の道で、人に会うのは。」その人は言いました。
「迷宮の道?」ガーネは聞き返しました。「一体、あなたは....。」
「失礼、まだ名前を言っていなかったね。私はバード。君は?」
バードはガーネに手を差し出しました。
「私は、ガーネと言います。」ガーネはその手と握手をしました。
「で、何か私に用でもあるのかな?」バードは尋ねました。
ガーネは、自分の事を、バードに話し始めました。
自分が気が付いた時には、この世界に居た事。
自分の名前以外、何も思い出せない事。
これからどうしたらいいのか判らない事。
ガーネは、これらの自分が抱えている悩みを、バードに打ち明けました。
バードは、ガーネのいう事を、いちいち頷いて聞いていました。
ガーネの話が終わって、しばらくしてから、口を開きました。
「話は、大体判ったよ。多分、君は私と同じ状況なんだと思う。」
バードは言いました。
「私が、ここに来たのは、だいぶ前の事だ。
といっても、ここでは時間の流れは全く判らない。
自分の記憶から、それが判るぐらいでしかないんだよ。
君は、もうドアの向こうに、行った事があるのかい?」
「ドアの向こうって?」ガーネが聞き返しました。
「どうやら、君はここに来て、まだ間が無いようだね。」バードは言いました。
「僕にも、ここの事は、こうなんだと、はっきり断言出来るものは無いんだ。
ただ、今までの経験から、こうなんじゃないかと思っているだけなんだ。
そんな話でもよければ、話すけどね。どうする?」
「是非、お願いします。」ガーネは答えました。
「周りを見ても、判ると思うが、ここは道と階段しかない世界だ。
後は、暗闇が広がっているだけだ。
たまに、君のように自分と同じ目に遭った人を、見かけるぐらいだよ。」
「他にも人が?」ガーネは聞きました。
「本当に、たまにだけれどね。
まぁ、それは置いといて、先に私の話を続ける事にするね。
どのくらいの時間、歩いたのか判らない。
ここでは、疲れる事も、お腹が空く事も無いんだ。
自分の体の調子で、時間の経過を知る事も出来ない。
まぁ、そうやって歩き続けたわけだ。
そうやって、歩き続けているうちに、ある変化が起きたんだ。」
「変化って言いますと。」
「道の片側に、それまで無かったドアが、いきなり現れたんだよ。」
「それって一体。」
「判らない。ただこのまま歩いていても、何のあても無かったからね。
不安だったけど、思い切ってそのドアを開いてみたんだ。」
「それで、どうなりました。」
「ドアを開けると、その向こうには、光に満ちた世界があったんだよ。
今、私たちが歩いている、迷宮の世界。それとは、まるで違う世界が見えたんだ。
嬉しかったね。私は走り出そうとしたよ。」
バードは話を続けました。
ぬかるみの地にて。
バードは、1歩1歩と前に進んで行きました。
しかし、思うように歩く事が出来ませんでした。
足元をみると、地面がぬかるみになっており、それに足がとられていたのでした。
「早くここから、逃げ出さなくては。」バードは走り出しました。
ですが一歩一歩進む度に、体は、地面の中に引きずり込まれて行きました。
バードの体は、ほとんど埋まってしまいました。
かろうじて、腕の1/3ぐらいが、外に出ているだけとなりました。
息も出来ません。「もう駄目か。」
意識が薄れる中、バードは自分の手が、誰かの手に握られたのを感じました。
そして強い力で、引っ張り上げられているのを感じていました。
気が付くと、バードは、船の上に、引き上げられていました。
バードを引き上げたのは、漁師のようでした。
その小さい船の上には、釣り上げたであろう、魚が何匹か横たわっていました。
「危ないところでしたね。」その漁師は言いました。
「なんで、あんな所に居たんです?」
バードは、どう説明したら判ってもらえるか、途方にくれました。
「まぁ、言いたくないなら、無理に言う必要もありません。さぁ、帰りますよ。」
漁師は、そう言って、船を漕ぎ出しました。
しばらくすると、ぬかるみの地の上に、建っている家々が現れました。
「水上住宅みたいなもんなのかな。」
見慣れない、その光景にしばし見入っていました。
船は、桟橋と思われるところに、到着しました。
「おかあさん。帰って来ましたよ。」その漁師は大声で叫びました。
「さぁ、降りて下さい。あとは母が、面倒を見てくれますから。」
バードは漁師さんにお礼を言って、桟橋に上がりました。
漁師のおかあさんらしき人が、走ってきました。
「あれまぁ、どうしてこんなに泥だらけなの?」おかあさんは言いました。
「ぬかるみに浸かってしまって、身動き出来なかったんです。
そこをあの漁師さんが、通りかかって助けてくれたんです。」
「家の息子が、人助けをねぇ。
判ったわ。とりあえずその格好じゃあ、どうしようもないでしょう。
シャワーを浴びて、服が乾くまで、ここにいなさい。」
おかあさんの申し出を断る理由はありません。
バードは喜んで、ご好意に甘える事にしました。
おかあさんに、家に連れて行ってもらいました。
バードは、その家で、シャワーを浴びる事が出来ました。
その後、戻ってきた漁師とともに、食事も、ご馳走になりました。
食事を終えた後、おかあさんは、バードに尋ねました。
「それにしても、どうしてぬかるみの中なんかにいたの?」
漁師から聞いたのでしょう。おかあさんは尋ねました。
バードは、うまい説明が思いつきませんでした。
仕方が無く、本当の事を話し始めました。
「信じてもらえるかどうかは、判りませんが、実は。」
バードは自分の経験した事を話し始めました。
話終わると、おかあさんは、バードにお茶を勧めました。
そしてバードに言いました。
「なるほどね。とても、信じられない話ではあるけれど。
でもそれで、息子が見た情況と、一致するわ。
息子はね。あなたが溺れそうになっていた場所で、いつも漁をしているの。
あの時もそうだったのよ。
息子の話では、漁の間、誰も近くには居なかったって言っているの。
あそこは、ぬかるみの深い場所で、慣れた漁師しか絶対に近寄らないわ。
それなのに、あなたが突然現れて、しかも溺れていたって言っていたわ。」
おかあさんは話を続けました。
「それに、あなたの服はここでは、見たことが無いような服よ。
考えにくいけど、あなたの言っている事は、嘘ではないみたいね。
あなたは、この世界の人間では無いのよ。」
おばあさんはそう言いました。
バードはうなずきました。
「ちょっと、こちらの部屋に来て頂戴。」おかあさんは言いました。
おかあさんの連れられて、ある部屋に入りました。
「この写真を見て。これが私の夫よ。
数年前に、泥の津波に襲われて、亡くなったわ。」
おかあさんは、話を続けました。
「その夫が、私に喋ったことがあるんだけれどね。
あなたと同じような人に、会った事があるらしいのよ。
その人は、道と階段しかない迷宮を、さまよっていたんだそうよ。
突然、現れたドアの向こうへ行ったら、ここに着いたんだって。」
バードは、生唾を飲み込みました。
「で、その人は、どうしたんですか?」
「夫と、1~2日ぐらい居たらしいの。
ある日、漁に夫と一緒に出かけたんですって。
1日中、漁を手伝ってもらって、その後、帰る支度をしていたの。
その時、夫は、その人が自分の家とは反対の方向を見ている事に、気が付いたの。
「どうしたんだ。」夫は尋ねたそうよ。
そしたら、その人は、「ねぇ、君にはあれが見えるかい?」と尋ねたそうよ。
その人が指さす方向を見たけれども何も無かったんですって。
それで、「何も見えないが。」っていったのよ。
すると、その人が言ったそうよ。
「でも、自分には、迷宮のドアがはっきりと見えるんだ。」
「迷宮のドア。それって、何なんだい?」
「私のように、迷宮をさまよっている人間が、出入り出来るドアなんだ。
君にあのドアが見えないのは、君がこの世界の住人だからなんだよ。
さて、そろそろ、お別れの時が来たようだ。
君にはいろいろ、迷惑をかけて済まなかった。
あらためて、お礼を言うよ。有難う。」
そう言って、その人は、別れの握手を求めたの。
夫も、それに応じたわ。
「どうしても、すぐに帰らなきゃいけないのかい?」
「見てごらん。この左手を。」そう言って、自分の左手を見せたの。
その手は、緑色の光を放って、消えかかったいたそうよ。
「もし、このまま、ここに居れば、私は消滅してしまうかもしれない。
だから、ここに留まるわけにはいかないんだ。
私は、自分の世界に帰りたい。
だから、私は、迷宮をどんなにさまよっても、探し出すつもりだ。
自分の世界のドアを、必ず、見つけてみせる。」
その人は、もう1度、お礼を言った後、ぬかるみの中を歩いて行ったそうよ。
そして、立ち止まると、右手を前方に差しだす仕草をしたらしいの。
そしたら、突然、その人の体が、あとかたもなく消えてしまったらしいわ。」
おかあさんは、話を終えました。
バードは、ずっと、その話を聞いていました。
しばらくして、おかあさんに言いました。
「参考になる話を、聞かせて頂いて有難うございました。
おかげで、私もどう生きるべきか、決心する事が出来ました。」
そう言って、おかあさんと、別れの握手をしました。
家を出ようとした時に、おかあさんの息子の漁師も、駆けつけてきました。
「この人を、あの場所まで、連れて行ってあげて。」
おかあさんは、漁師にそう言いました。
バードは、あらためて、おかあさんにお礼を言って、頭を下げました。
そして、漁師の船に、乗り込みました。
船は動き出しました。
漁師は、自分のお父さんから、迷宮から来た人と別れた場所を、聞いていました。
漁師は船を漕いで、バードを、その場所まで送ってくれました。
しばらくして、その場所に到着しました。
迷宮のドアが、バードの目の前に現れました。
「あなたにも、本当にお世話になりましたね。有難うございました。」
バードは、その漁師と握手をした後、別れを告げて、船を降りました。
バードは、そのドアを開きました。
そして、迷宮へと戻って行きました。
バードは話を続けました。
「そして、私は、ここに戻ってきたんだよ。
あれから、どれくらいの年月が経ったんだろう。
そして、どれくらい、迷宮のドアをくぐり、別の世界を見て来たんだろう。
でも、自分の世界を見つける事は、まだ出来てはいないんだ。
帰る事が、出来ないでいるんだよ。」
そう言いながら、バードは立ち上がりました。
「さぁ、いつまでも、愚痴を言っていても仕方が無い。
帰りたいなら、歩くしかないんだ。」
そう言って、バードは歩き始めました。
ガーネも一緒に着いて行きました。
しばらく歩くと、その道は、幾つかの分かれ道になっていました。
「さぁ、どちらへ行く?」バードはガーネに聞きました。
「私は、一番右側にします。」ガーネは言いました。
「そうか、では、私は真ん中にしよう。」バードは言いました。
「では、さようなら。」二人は、お互いに、そう声をかけました。
そして、別々の道を歩き出しました。
トラは、尋ねました。
「ねぇ、なんで一緒に行こうとは、思わなかったの?」
ガーネは答えました。
「彼と、一緒に行ったのでは、いつまでたっても、彼に追いつけません。
だから、1人で歩くことにしたんです。
いつか、また会えるかどうかは判りません。
彼が、自分の世界を見つけてしまう事も、当然あるわけですからね。
でも、もし会う事があったとしたら、その時は彼と対等の立場でありたい。
そう思ったんです。
多分、彼も、同じ気持ちだったんじゃないかと思います。」
「ふーん。でもあたしとは、一緒よね。どうしてなの。」
「それは、トラ。あなたが、心配だったからですよ。」
「あたしは、あなたよりも未熟だといいたいわけね。」
「違います。未熟なのはお互い様です。
だから、対等の立場で、付き合っていけると思ったんです。
それに。」
「それに、何なの?」
「あの迷宮を1人で、何年もさまようのは、私には辛すぎます。
トラ、私は、あなたに会えて、本当によかったと思っています。」
ガーネは、心をこめて、トラに言いました。
トラは、顔を赤らめました。そして言いました。
「本当ね。ガーネ。私もあなたに会えて、よかったわ。」
そして、お互いに、うなずき合いました。
「トラ。これで私の話もおしまいです。では、そろそろ行きましょうか。」
ガーネはトラに、そう言いました。
「ええ、行きましょう。」
1人と一匹は、また迷宮の、果てしない道を歩き出しました。
ある旅人との出会い。(終)
今回のお話は、ガーネが、その相方のトラと出会う前の物語です。
今回の主役は、バードという、ガーネと同じ迷宮の旅人です。
彼の話から、ガーネは、迷宮や別世界についての知識を得る事になるのです。
さて、次回は、いよいよ、猫のトラとの出会いとなります。




