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トラ・オブ・ラビリンス  作者: シード
第6話「残留思念」
12/46

第6話「残留思念」お別れね。

迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。

第6話「残留思念」お別れね。のお話です。

この回では、ガーネとトラが、いなくなったナミコちゃんを探します。

第6話「残留思念」お別れね。


ナミコちゃんは、お母さんのお部屋で一緒に布団に入っていました。

でも、眠る事は出来ませんでした。

「心が見えない。

私は気が付いてしまった。

昨日、ガーネやトラちゃんと、力いっぱい遊んだ事をお母さんに話した。

でも、お母さんは、「そうかい。」と頭を撫でてくれるだけだった。

それ以上は何も言ってくれなかった。

お母さんは、私がガーネやトラちゃんの事を話す時は、いつも反応が無い。

おじいさんもおばあさんも、そうだった。

私には、今のお母さんの心が見えない。

おじいさんの心も、おばあさんの心も見えなくなっている。

あの時までは、確かに見えていた。

私の家族の心が、いつでも手に取るように見えていた。

あの時以来だ。あの時以来、私には見えない。

でも、ガーネやトラに出会った時、私には見えた。

彼らの心を、今まで忘れていたものを、はっきりと見る事が出来た。

私は気が付いてしまった。

今私の周りにいる家族は、本当は実在していないんだ。

やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ。

やっぱり、あの時、私は、そして私の家族は...。」


トラは目を覚ましました。

「昨日はよく、眠ったわ。」トラは欠伸をした後、立ち上がりました。

「もう、みんな起きている頃ね。」

トラはふと傍らでぐっすり眠っている人間に目が留まりました。

「相変わらず、お寝坊さんね。

まぁ、昨日は頑張ったみたいだから、ぎりぎりまで寝かせておいてあげましょう。

さて、1階に降りてみましょうか。」

トラは部屋を出て行きました。


ガーネは目を覚ましました。何かが顔をたたいていたからです。

「おや、トラさんじゃないですか。

お早うございます。もう朝ご飯の時間なんですか?」

ガーネは寝ぼけ眼でトラに挨拶しました。

「ガーネ。それどころじゃないのよ。とにかく早く起きてよ。」

トラは朝の挨拶も忘れて、興奮していました。

ガーネはそのトラの剣幕で、すっかり目が覚めました。

「一体、どうしたんです?」

「とにかく、今の時刻を見てよ。」

ガーネはトラに言われたとおり、部屋にある時計を見ました。

時刻は9時を指していました。

「あれ、もうこんな時間になっていたんですか。

すっかり寝坊してしまいました。じゃあ、朝食はもう終わっていますね。

トラ、いつものように早く起こしてくれてもよかったじゃないですか。」

ガーネはちょっと恨みがましく、トラに言いました。

「あたしも、今朝は寝坊したの。起きたのはつい、10分ぐらい前よ。」

「そうでしたか。それはすみませんでした。

しかし、珍しいですね。トラが寝坊とは。やっぱり昨日は疲れていたんですね。」

「確かにそれもあるわね。でも今日はいつもと違うのよ。」

「と言うと、何か異常な事でもあったんですか。」

「普段なら、人が部屋を出る音とか、朝食の準備とかで、物音が聞こえるの。

それで目が覚めるんだけど、今日は一切、何も聞こえなかったの。」

「だから、それは昨日疲れてたせいで、ぐっすり眠っていたからでしょう?」

「最初はあたしも、そう思ったわ。それで1階に下りていったの。

そうしたら。」

「そうしたら?」

「誰一人いなかったの。それどころか人のいる気配すらなかったのよ。」

「ナミコさんは?あの子ならいつも、1階にいるはずですよ。」

「そう思ったんだけど、やっぱりいないの。」

「出かけた可能性もありますね。

それともどこかのお部屋に、入っているのかも知れません。

じゃあ、探してみますか。」

ガーネは立ち上がりました。

いつもの服に着込んだ後、トラを右肩に載せて部屋を出て行きました。


「まずは、隣のナミコさんのお部屋に行ってみましょう。」

ガーネは部屋の戸をたたきながら、言いました。

「ナミコさん、ナミコさんいますか?」

部屋から何の返事もありません。

「失礼しますよ。」ガーネは恐る恐る部屋の戸を開けました。

でも、そこには誰もいませんでした。

「いないようですね。

お母さんは、もう出かけた後でしょうから、1階の離れに行って見ましょう。」

「ナミコちゃんのおじいさんとおばあさんの所へ行ってみるのね。」

「そうです。」

ガーネはうなずくと、1階に下りていきました。

階段を下りると、ガーネはトラに言いました。

「本当ですね。トラの言った通り、誰もいませんね。

知らなければ、空き家と間違えるかもしれません。」

ガーネとトラは離れに行きました。

ガーネは部屋の戸をたたきながら、言いました。

「すみません。ちょっとお話したい事があるんです。

開けてもよろしいでしょうか?」

部屋から何の返事もありません。

その後、何回か声をかけましたが、やっぱり何の返事もありませんでした。

ガーネはトラを見ました。そして互いにうなずき合いました。

「失礼しますよ。」ガーネはそう言いながら、恐る恐る部屋の戸を開けました。

そこには、おじいさんとおばあさんが向き合って座っていました。

「あっ、すみません。

いくら声をかけても返事が無かったものですから、つい開けてしまいました。

本当にすみません。」

ガーネは、ひたすら謝りました。

でも、何の返事もありませんでした。

ガーネは首をかしげました。不振に思って、2人に近づいてみました。

おじいさんは、手に持っている茶飲みでお茶をを飲もうとしていました。

おばあさんは、笑みを浮かべて、おじいさんに話しかけているようでした。

しかし、2人はその状態のまま、硬直していたのでした。

「あの。」ガーネはおばあさんの肩を、ポンとたたきました。

おばあさんは石のように硬くなっていました。

そしてその状態のまま倒れてしまいました。

「大変です。」

ガーネはおじいさんを見ました。おじいさんも同じような状態でした。

ガーネとトラは、薄気味悪くなり、慌ててその離れから出ました。

「一体、何があったのかしら。」トラは恐ろしくて震えているようでした。

ガーネはトラを抱えました。

「とりあえず、お母さんの部屋へ行って見ましょうか。

昨夜、ナミコさんはお母さんと一緒に寝た筈です。

ひょっとしたら、そこにいるかも知れません。」

ガーネの声は震えていました。

トラは、自分を抱いているガーネの手も、少し震えている事を感じました。

2階に上がって、お母さんの部屋の戸をたたきました。

やはり、返事はありませんでした。

「失礼します。」ガーネは思い切って、開けてみました。

そして、唖然としました。

出かけている筈の、ナミコちゃんのお母さんが、そこにはいました。

まるで、何かを呼び止めるような格好で、そのまま硬直していました。

ガーネはふと気が付いたように、あたりを見回しました。

でも、その部屋にはナミコちゃんはいませんでした。

ガーネとトラは何もしないまま、その部屋を出て行きました。

通路に出ると、トラはガーネに尋ねました。

「ねぇ、これから私たち、どうすればいいの?」

ガーネは、興奮している自分を抑えているようでした。

しばらくして、トラにこう答えました。

「とりあえず、ナミコさんが、どうなったのか心配です。

まだ探していない場所を含めて、家中探し回りましょう。

じゃあ、二手に分かれましょうか?」

「嫌よ、一旦離れたら、もう会えないかも知れないわ。

ねぇ、一緒に探し回りましょう。広いと言っても探す場所は限られているし。」

トラにそう言われて、ガーネも思い直しました。

「そうですね。じゃあ、一緒に探しましょう。」

ガーネはトラを右肩に載せて、探索を開始する事にしました。

家の中を始め、隣にある蔵の中も探してみました。

庭や物置なども探索しましたが、ナミコちゃんは見つかりませんでした。

ガーネとトラは、家の中に戻って来ました。そして玄関に腰を下ろしました。

「フゥー、駄目ですね。どこにもナミコさんはいませんよ。」

「外にでも、出かけたんじゃないの?」

「今となってはそれしか、考えようが無いですね。

でもね。そうなると、私たちではどうしょうもありませんよ。

探す範囲が広すぎます。ナミコさんが帰って来るのを待つしかありません。」

「そうね。そうよね。」

ガーネもトラも、自分たちで出来る事は何も無くなり、途方に暮れていました。

「一体、どこに行ったんでしょうね。」

ガーネは家の天井付近を見ながら、ため息をついていました。

その時、ガーネは部屋の一角に、ある異常を見つけました。

「トラ、あれは何だと思いますか?」

トラはガーネが指し示す方向に、目をやりました。

「壁に亀裂が走っているわ。」トラは叫びました。

「いや、それだけじゃありません。」

ガーネは次に目の前に現れた現象に驚いていました。

「壁だけじゃありません。

この家の中の空間そのものに、亀裂が走っているんです。」

ガーネやトラがその異常に気が付いた途端、それは激しさを増しました。

自分たちのいる空間が、ガラスのように次々とひびが入ってきたのでした。

そしてその一部が割れて、破片となって落ちてきたのです。

「あっ、危ない」落ちてきた破片から、トラを守るために覆いかぶさりました。

しかし、ガーネには何の怪我もありませんでした。

破片はガーネの体を突きぬけ、床へ消えていきました。

ガーネは足元を見ました。すると、そこにも亀裂が生じていました。

「ウワァー。」ガーネの足元が裂けました。

ガーネはトラを抱えたまま、奈落の底に落ちて行きました。


ガーネとトラは、落下するスピードが、緩やかになって行くのを感じました。

そして停止しました。ガーネたちは空間に浮いた状態になりました。

「ここは、どこなんでしょう?」「さぁ、あたしにも判らないわ。」

ガーネは周囲を見回しました。

「ここも迷宮と同じように、真っ暗な空間ですね。」

「でも、ここには道は無いわ。ただ真っ暗なだけみたいね。

あっ、ガーネ見てよ。周りの景色が、変化していくわ。」

「本当ですね。何かぼかしたような風景が見えてきましたよ。」

更に時間が経つにつれて、はっきりした風景が浮かび上がって来ました。

「これは...。そうです。ナミコさんの家の中ですね。」

「本当ね。でもこれって、どういう事なのかしら。」

「判りません。しばらく様子を見てみる事にしましょうよ。」

ガーネとトラは互いを見て、うなずき合いました。


おじいさんとおばあさんが、囲炉裏に腰を下ろして、お茶を飲んでいました。

お母さんは、洗濯物を畳んでいました。

すると、突然、玄関が開きました。

子供が花を1本手に持って、中に入りました。

「ただいま。」

「おや、ナミコちゃん。もう帰って来たのかい。」

「お帰り。」「お帰りなさい。」

家族が、ナミコちゃんに声をかけました。

「お母さん、花摘んだ。」ナミコちゃんは嬉しそうにお母さんに言いました。

「まぁ、綺麗な花ね。」

靴を脱ぎ、スリッパを履いて、お母さんの元に駆け寄ろうとしました。

ところが、その時、ナミコちゃんの家が大きく揺らぎました。

ナミコちゃんも思わず、転倒してしまいました。

「ナミコちゃん。」「ナミコ。」「ナミコさん。」

お母さんやおじいさん、そしておばあさん。

家族みんなが、ナミコちゃんの元へ駆け寄ろうとしました。

ですが、その時家を支えている木材が、次々と倒れてきました。

「お母さん、おじいさん、おばあさん。」

ナミコちゃんは手を伸ばして、必死で家族を呼びました。

けれども、それ以後に起きた出来事を知る機会はもうありませんでした。

倒れてきた太い木材の1つが、ナミコちゃんの頭上に落ちてしまったからです。

家族も、倒れてきた木材の下敷きになってしまいました。

そして、土台を失った家の天井が、屋根ごと落ちてきたのでした。


「...。」

ガーネとトラは、その光景をじっと見ていました。

声をひと言も発する事は、出来ませんでした。

その顔には、涙がとめどもなく溢れていました。


潰れた家の中から、青白く輝く光が、浮かびあがって来ました。

その時、大地や山々から、淡い緑色の波が発生しました。

その波は、たくさんの光の粒子をまとっていました。

その波は、ナミコちゃんの家を中心として、あたり一面を覆ってしまいました。

青白く輝く光も、その波に包まれてしまいました。

するとその波から、光の粒子が青白く輝く光めがけて、一斉に降り注ぎました。

その青白く輝く光は力を注がれたように、どんどん大きくなりました。

気が付くと、ガーネとトラはその中に入っていました。

そこにはナミコちゃんの家を中心に、付近の山々などが具現化されていました。

ガーネとトラは、顔を見合わせてうなずきました。

ガーネとトラは浮かんでいる状態で、ナミコちゃんの家に向かいました。

そしてその外壁をすり抜けて、中に入る事が出来ました。


ナミコちゃんが玄関の近くで、倒れていました。

しばらくして気が付いたナミコちゃんは、あたりを見回しました。

周りには、誰もいませんでした。

ナミコちゃんは、涙声で、家族を呼びました。

「お母さん、おじいさん、おばあさん。」

すると、お母さんが、台所からやって来ました。

「ナミコちゃん。何かあったの?」

おじいさんとおばあさんも、離れからやって来ました。

「どうした、ナミコ。」「どうしたの。ナミコさん。」

ナミコちゃんは、駆け寄って来た家族に、思わず抱きつきました。

「怖い夢を見た。」ナミコちゃんはそう言って、涙ぐんでいました。

でも、ナミコちゃんの手には、摘んだ筈の花はありませんでした。


「ナミコちゃんが、言っていたのは、夢じゃなかったのね。」

トラは、ガーネにそう言いました。ガーネはうなずきました。

「そうか、ナミコさんは、この災害で既に亡くなっていたんですよ。

でも自分が死ぬ事を意識せずに亡くなった事で、この世に思いを残してしまった。

その思いに大地や山々が感応して、力を与えたんです。

だから、この世界が誕生したんですね。」


ガーネとトラの周りの風景が、だんだんぼけてきました。

そして、真っ暗になっていきました。

すると、今度は、ガーネとトラは上昇していきました。

しばらくすると、上昇するスピードが緩やかになり、そして停止しました。

突然、明るくなりました。

周りを見回すと、そこは落下する前の場所でした。

ガーネとトラは、元の場所に戻って来たのでした。


トラは、ガーネに言いました。

「私たち、どうやら元の場所に戻れたみたいね。」

「そのようですね。

でも何故、私たちはあの映像を見る事が出来たのでしょうね。」

「本当のナミコちゃんの家があった、あのあたり一帯の大地や山々の持つ記憶。

それが私たちに語りかけてきた。そんな気がしたわ。」

「でも、何のためにですか?」

「それは...。ごめんなさい。よく判らないわ。」

ガーネはため息をつきました。

「まぁ、それはいいとして、とりあえず、これからどうしましょうか?」

「私たちは、ナミコちゃんを探していたのよ。捜索を続けましょう。」

「そうは言っても、もし先ほどの映像が真実であるとすればですよ。

もうナミコさんは、この世にはいない事になるじゃありませんか。

昨日まで私たちの前にいたのは、ナミコさんが残した思い。

それを人の形に具現化したものに過ぎません。

だとすれば、もはや探す意味は無いんじゃないでしょうか?

それよりは、むしろ。」

「むしろ、何なの?」

「問題は、私たちですよ。

ナミコさんの思いで創造されたこの世界は、何故か壊れかかっています。

ここに長くいるのは、危険かもしれません。

下手をすれば、この世界ごと私たちも消滅するかも知れないんです。

早くこの世界から、脱出する必要があるんじゃないでしょうか?」

「でも、どうやって?」

「それは...。」ガーネは答えを見つけ出す事が出来ませんでした。

しばらく考え込んでいたトラが、ガーネに話し始めました。

「確かこの世界は、ナミコちゃんの思いが具現化したものだって言ってたわね。」

「まぁ、私たちが見たあの映像の通りだったとすれば、の話ですけどね。」

「それなら、この世界はナミコちゃんの願いがかなう場所でもあるわけよね。」

「それはそうでしょうね。この世界は、ナミコさんが中心となっている世界。

つまり、ナミコさんが主人公の世界なんですからね。」

「だとすればよ。

ナミコちゃんが私たちを迷宮に戻したいと思ってくれれば、かなうんじゃない?」

トラのその言葉に、ガーネは目からウロコが落ちたような気がしました。

「そ、そうですね。そうかもしれません。

確かに、ナミコさんがそう思ってくれれば、間違いなくかなうでしょう。

でもそれなら、やっぱりナミコさんを探し出す必要がありそうですね。」

「でも、問題はどこにいるのかよね。」

「そうですね。それはさっきから抱えている難問ですね。

結局、降り出しに戻ったってわけですか。」

ガーネは、がっかりしました。

「落ち着いて、考えて見ましょうよ。

何故、ナミコちゃんがいなくなったのか?

何故、この世界が壊れかかっているのか?ガーネ。何か考え付く事って無い?」

「そうですね。

何故、ナミコさんがいなくなったのか?

これに関しては、ちょっと判りませんね。

でも何故、この世界が壊れかかっているのか?

この点に関しては、ある程度推測出来ると思うんですよ。」

「どういう事かしら、聞かせて。」

「この世界は、ナミコさんの思いが具現化したものって事でしたよね。

それが壊れかかっていると言う事は、こう考えてもいいんじゃないでしょうか。

つまり、ナミコさん自身がこの世界にいる事に関して、迷いが生じたんですよ。」

「迷い?どんな風に?」

「自分の思いを具現化した世界の中で、これからも暮らしていくべきか。

それとも、自分のの思いを消滅させて、本当の家族と同様に冥界に旅立つべきか。

その判断に悩んでいるんじゃないでしょうか?」

「でも何故、急にその事に悩み出したのかしら?」

「それなんですけどね。

2日前の夜、ナミコさんが夢でうなされていたって言いましたよね。

しかも、その夢は過去に見た事があると言っていました。」

「えっ、ええそうだったわね。それがどうかしたの?」

「トラもさっき言った通り、過去に見たのは夢じゃ無くて、現実だったんですよ。

じゃあ、それを夢だと思っていたのは、どうしてでしょう。

それはナミコさんが、この世界を現実だと信じていたからだと思うんですよ。」

「そうね。確かにそうだと思うわ。」

「ところが、ナミコさんの心の中で、何らかの変化が起きてしまった。

その結果、その夢が現実じゃないかとの疑念が膨らんだんです。

だから、夢として現れてうなされたんじゃないかと思うんです。」

「なるほどね。でも何故、そんな変化が起きたのかしら?」

「ナミコさんがここ最近で、心に変化を起こすような出来事があった。

そう考えるしかありません。

では、それは何なのでしょうか?トラには何か心当たりがありますか?」

「そうね。普段の生活では、自分の世界なんだから変化なんて無いと思うわ。

何か、他から外的要因が加わったって考えるのが妥当よね。

そうすると、2日前に何かが起こったって事になるけど。

あら、ひょっとしてそれって。」

「どうやら、トラも私と意見が同じになったようですね。

そうなんです。私たち自身なんです。

私達との出会いが、ナミコさんに変化をもたらしたんですよ。」

「でも、どうして?」

「これまでナミコさんは、自分の思いが具現化した世界で生きてきました。

自分が見て感じた世界です。

ナミコさんは家族と、生前はいつも一緒にいました。

だから、家族に対する記憶が十分あったのです。

今、ナミコさんといる家族は、その記憶を元に具現化したものです。

だから、その家族と接しても、何の違和感も感じなかったんです。

いや、少しはあったかもしれません。

ですが、些細な事だと気にしていなかったんだと思います。

ところがそこへ、私たちがやって来ました。

ナミコさんは、過去に私たちと会った事がありませんでした。

つまり、私たちに対する記憶が全く無いのです。

ナミコさんは私たちと接した時に、気が付いたんだと思います。

家族と接した時と明らかに、何かが違うと感じたんだと思います。

それは単純に、家族か他人かというだけのものじゃなかったんです。

もっと、根本的な違いを感じてしまったんです。

ナミコさんは、今接している自分の家族に、違和感を覚えるようになりました。

その結果、自分が今いる世界に対しても疑問を抱き始めたんですよ。」

「でも、まだ疑惑でしかないわけよね。

それが、確信に変わったのは、いつなのかしら。」

「多分、それは昨夜じゃないかと思うんですよ。」

「昨夜?

でも確か昨夜は、ナミコちゃんはおかあさんと一緒に眠っていた筈よ。」

「その通りです。

だから、これから話すのは、私の推測でしかありません。

ナミコさんは、眠る前にお母さんと何かお話をしたんじゃないでしょうか。

その結果、何故だかは判りませんが、ナミコさんの疑惑は確信へと変わった。

つまり、真実に目覚めたんです。」

「それで夢の方が現実であり、自分は既に死んでいるのだと気が付いたのね。

そして、自分の思いを消滅させる事を考えたのね。

「この世界が壊れかけているのは多分、そのせいでしょう。

でもナミコさんの心の中には、まだこの世界に未練があるのでしょうね。

だから、完全には消滅していないのだと思います。」

「ひょっとしたら、もうナミコちゃんは決めたのかもしれないわよ。」

「えっ、どちらを選ぶつもりなんでしょうか?」

「もちろん、自分の思いを消滅させる事よ。

だから、最後に自分にとって一番心に残った場所に、行ったんじゃないかしら。」

「さてと、もしそうなら今ナミコさんは、どこにいるんでしょうね。

ナミコさんが最近、最も夢中になった事って何だったでしょうか?」

「ひょっとして?鬼ごっこ」

「だとすると、ナミコさんが今いる場所は?」

「山頂だわ。」「山頂ですね。」

ガーネとトラの意見が、一致しました。


ガーネとトラは、山の入り口に来ました。

「もう、ここにくる事は、絶対に無いと思っていたんですけどね。」

ガーネはぼやきました。

「何を言っているのよ。ナミコちゃんが心配じゃないの。」

トラがガーネをたしなめました。

「はい、そうでしたね。すみません。じゃあ行きましょうか。」

ガーネとトラは、入り口の階段を上り始めました。


山や山道のあちこちに亀裂が走っていました。

ガーネとトラは、最初、勢い込んで走っていました。

しかし、すぐに体がばててしまいました。

注意も散漫になり、転びそうになったり、亀裂に足を突っ込みそうになりました。

「山では、焦ってはいけませんね。

もどかしいですが、休みをとりながら、いつもより少し速めで歩きましょう。」

「そうね。そうしないと山頂に着くのが、かえって遅くなってしまうわ。」

ガーネとトラは、この前上ったときより、少し速めにして歩きました。

そのおかげで、山頂には2時間も経たないうちに着く事が出来ました。


思っていた通りでした。ナミコちゃんはそこにいました。

この前、ガーネたちと眠り込んだ木のベンチに座って、うつむいていました。

「やっと、お姫様とのご対面ですね。」

ガーネとトラは顔を見合わせ、にっこりと笑いました。

ナミコちゃんは、近づいてくる人影に気が付きました。

「やっぱり、見つけてくれた。」ナミコちゃんはそう言いました。

「探しましたよ。」ガーネとトラは、ナミコちゃんの傍らに座りました。

「ナミコさん。それで決心は付いたんですか?」ガーネは尋ねました。

ナミコさんは驚いたような顔で、ガーネを見つめました。

しかし、すぐに納得した表情を浮かべていました。

「私たちに何が起きたのか、知っているんだ。」

ガーネとトラはうなずきました。

「私は、それを知るまでに随分時間がかかった。」

ナミコさんは、立ち上がりました。そして前を向いたまま、ガーネに言いました。

「私は家族の元に帰る。」

「えっ。」

「私は、私の本当の家族の元に帰る。」

ナミコさんは、両手にこぶしを作りながら、そう言いました。

ナミコさんは、ガーネとトラの方を振り向きました。

「有難う、ガーネ。そしてトラちゃん。

私が真実を知ることが出来たのは、あなたたちのおかげ。

それに、私といっぱい遊んでくれた。本当に有難う。」

トラは、ナミコちゃんに抱きつきました。

トラもナミコちゃんも、別れを惜しむかのように涙ぐんでいました。

ナミコちゃんは、ガーネにトラを返しました。

ガーネはナミコちゃんに手を差し出しました。

「さよなら。」「さよなら。」

ナミコちゃんもその手を握り返しました。

ナミコちゃんは握手を終えると、頭を下げて立ち去っていこうとしました。

「あっ、待ってください。」

ガーネが声をかけると、ナミコちゃんは立ち止まり、そして振り向きました。

「大丈夫。この世界が消滅する前に、あなたたちは出て行ける。

私が、この世界にお願いした。

それが、あなたたちに対する私のせめてものお礼。」

ナミコちゃんはそう言った後、ガーネたちにもう一度、頭を下げました。

そして歩き出しました。

立ち去っていくナミコさんの後姿を、ガーネとトラは見送りました。

その姿は、まぼろしのように消えてしまいました。


ナミコさんが消えた場所に、迷宮のドアが現れました。

「トラ、私たちも戻りましょうか。」「そうね。」

ガーネとトラは、木のベンチを離れました。

そして、迷宮のドアへと歩いていきました。

その間も、この世界は、どんどん崩れていきました。

さまざまな破片が、落ちては消えていきました。

既に周囲はほとんど、真っ暗な闇に囲まれていました。

ですが迷宮のドアへの道は、しっかりつながっていました。

ナミコさんとの約束通り、ガーネたちの歩みを妨げる事はありませんでした。

ガーネとトラは、無事に迷宮へと戻って行きました。

ガーネたちが去った後、迷宮のドアは閉じ、そして消えました。

その直後、この世界は終わりを告げました。


迷宮に戻ったガーネとトラは、飛びはねていました。

「軽い、軽い。なんて体が軽いんでしょう。

さっきまで感じていた重い疲れも無くなってしまいました。」

「本当ね。凄いわ。」

ガーネとトラは、迷宮の力に感動していました。

「しかも、濡れていた靴もすっかり乾いています。」

「まだ、濡れていたんだ。」


「ねぇ、ガーネ。」

つかの間の運動を終えた後、トラはガーネに言いました。

「あたしたち、ナミコちゃんに悪い事をしたんじゃないかしら。」

「どうしてです?」

「だって思いだけだったとしても、ナミコちゃんの意思は確かに存在していたわ。

それをあたしたちが、あの世界に入った事で消滅させてしまったんだもの。

果たして、これで本当に良かったと言えるのかしら。」

「そんな事は無いと思いますよ。

あの世界や自分の思いを消滅させたのは、ナミコさん自身が決めた事です。

トラもそれは、知っているでしょう。

私たちが、ナミコさんといた事で、ナミコさんは迷いから抜け出せたのです。

だから、ナミコさんは私たちに感謝したんです。

私たちは、ナミコさんのお役に立てたんですよ。」

「随分、都合のいい考え方ね。」トラは半分笑いながら、言いました。

「だって、そうでも考えないと、やりきれないじゃないですか。」

ガーネも苦笑しながら、そう言いました。

「ナミコさんには、選択肢がもう1つ、ありました。

自分が気が付いた真実を、自分の記憶から消し去る事です。

そうすれば、今まで通りに暮らす事が出来た筈です。

またナミコさんは、私たちの事も想い出に加える事が出来たと思います。

それならば、今まで以上に楽しい生活を送る事も出来たでしょう。


あそこはナミコさん自身が、見て感じた世界を具現化したものです。

そのため限界はありました。

でもナミコさんが願った事で、可能な事であれば全てかなえる事が出来ました。

記憶操作など、たやすかったに違いありません。

でも、ナミコさんが、それを選ぶ事はありませんでした。


ナミコさんは昨夜、お母さんと一緒に布団に入っていました。

ナミコさんは、あの山頂でこんな事を考えたんじゃないでしょうか。

造られた偽りのお母さんと眠るより、本当のお母さんと一緒に眠りたいって。」

トラは、じっと考えていました。

「そうね。そうかもしれないわ。」

トラもガーネに賛成しました。

「さぁ、トラ。私たちもそろそろ行きましょうか。」

「そうね。行きましょう。」

トラは、ガーネの右肩に飛び乗りました。


ガーネとトラは、また果てしなく続く迷宮の道を、歩き出しました。


第6話「残留思念」お別れね。(終)


今回のお話は、第6話「残留思念」の最終話です。

今回はこの「トラ・オブ・ラビリンス」の中では1番、心が重くなる話です。

人の死と言うものを、取り上げているからだと思います。

このサブタイトルである以上、避けては通れませんでした。

ですが、もっと柔らかい表現をした方が良かったかとも思います。

今回のお話を読んで下さった方は、どんな感想をお持ちになられたのでしょうか。


気が向いたら、また続きを書いてみたいと思います。

では、また会える日を。See You Again.


最新の投稿は、Twitterで、お知らせしています。

garnest2018で検索すれば、見れると思います。


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