第6話「残留思念」お別れね。
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第6話「残留思念」お別れね。のお話です。
この回では、ガーネとトラが、いなくなったナミコちゃんを探します。
第6話「残留思念」お別れね。
ナミコちゃんは、お母さんのお部屋で一緒に布団に入っていました。
でも、眠る事は出来ませんでした。
「心が見えない。
私は気が付いてしまった。
昨日、ガーネやトラちゃんと、力いっぱい遊んだ事をお母さんに話した。
でも、お母さんは、「そうかい。」と頭を撫でてくれるだけだった。
それ以上は何も言ってくれなかった。
お母さんは、私がガーネやトラちゃんの事を話す時は、いつも反応が無い。
おじいさんもおばあさんも、そうだった。
私には、今のお母さんの心が見えない。
おじいさんの心も、おばあさんの心も見えなくなっている。
あの時までは、確かに見えていた。
私の家族の心が、いつでも手に取るように見えていた。
あの時以来だ。あの時以来、私には見えない。
でも、ガーネやトラに出会った時、私には見えた。
彼らの心を、今まで忘れていたものを、はっきりと見る事が出来た。
私は気が付いてしまった。
今私の周りにいる家族は、本当は実在していないんだ。
やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ。
やっぱり、あの時、私は、そして私の家族は...。」
トラは目を覚ましました。
「昨日はよく、眠ったわ。」トラは欠伸をした後、立ち上がりました。
「もう、みんな起きている頃ね。」
トラはふと傍らでぐっすり眠っている人間に目が留まりました。
「相変わらず、お寝坊さんね。
まぁ、昨日は頑張ったみたいだから、ぎりぎりまで寝かせておいてあげましょう。
さて、1階に降りてみましょうか。」
トラは部屋を出て行きました。
ガーネは目を覚ましました。何かが顔をたたいていたからです。
「おや、トラさんじゃないですか。
お早うございます。もう朝ご飯の時間なんですか?」
ガーネは寝ぼけ眼でトラに挨拶しました。
「ガーネ。それどころじゃないのよ。とにかく早く起きてよ。」
トラは朝の挨拶も忘れて、興奮していました。
ガーネはそのトラの剣幕で、すっかり目が覚めました。
「一体、どうしたんです?」
「とにかく、今の時刻を見てよ。」
ガーネはトラに言われたとおり、部屋にある時計を見ました。
時刻は9時を指していました。
「あれ、もうこんな時間になっていたんですか。
すっかり寝坊してしまいました。じゃあ、朝食はもう終わっていますね。
トラ、いつものように早く起こしてくれてもよかったじゃないですか。」
ガーネはちょっと恨みがましく、トラに言いました。
「あたしも、今朝は寝坊したの。起きたのはつい、10分ぐらい前よ。」
「そうでしたか。それはすみませんでした。
しかし、珍しいですね。トラが寝坊とは。やっぱり昨日は疲れていたんですね。」
「確かにそれもあるわね。でも今日はいつもと違うのよ。」
「と言うと、何か異常な事でもあったんですか。」
「普段なら、人が部屋を出る音とか、朝食の準備とかで、物音が聞こえるの。
それで目が覚めるんだけど、今日は一切、何も聞こえなかったの。」
「だから、それは昨日疲れてたせいで、ぐっすり眠っていたからでしょう?」
「最初はあたしも、そう思ったわ。それで1階に下りていったの。
そうしたら。」
「そうしたら?」
「誰一人いなかったの。それどころか人のいる気配すらなかったのよ。」
「ナミコさんは?あの子ならいつも、1階にいるはずですよ。」
「そう思ったんだけど、やっぱりいないの。」
「出かけた可能性もありますね。
それともどこかのお部屋に、入っているのかも知れません。
じゃあ、探してみますか。」
ガーネは立ち上がりました。
いつもの服に着込んだ後、トラを右肩に載せて部屋を出て行きました。
「まずは、隣のナミコさんのお部屋に行ってみましょう。」
ガーネは部屋の戸をたたきながら、言いました。
「ナミコさん、ナミコさんいますか?」
部屋から何の返事もありません。
「失礼しますよ。」ガーネは恐る恐る部屋の戸を開けました。
でも、そこには誰もいませんでした。
「いないようですね。
お母さんは、もう出かけた後でしょうから、1階の離れに行って見ましょう。」
「ナミコちゃんのおじいさんとおばあさんの所へ行ってみるのね。」
「そうです。」
ガーネはうなずくと、1階に下りていきました。
階段を下りると、ガーネはトラに言いました。
「本当ですね。トラの言った通り、誰もいませんね。
知らなければ、空き家と間違えるかもしれません。」
ガーネとトラは離れに行きました。
ガーネは部屋の戸をたたきながら、言いました。
「すみません。ちょっとお話したい事があるんです。
開けてもよろしいでしょうか?」
部屋から何の返事もありません。
その後、何回か声をかけましたが、やっぱり何の返事もありませんでした。
ガーネはトラを見ました。そして互いにうなずき合いました。
「失礼しますよ。」ガーネはそう言いながら、恐る恐る部屋の戸を開けました。
そこには、おじいさんとおばあさんが向き合って座っていました。
「あっ、すみません。
いくら声をかけても返事が無かったものですから、つい開けてしまいました。
本当にすみません。」
ガーネは、ひたすら謝りました。
でも、何の返事もありませんでした。
ガーネは首をかしげました。不振に思って、2人に近づいてみました。
おじいさんは、手に持っている茶飲みでお茶をを飲もうとしていました。
おばあさんは、笑みを浮かべて、おじいさんに話しかけているようでした。
しかし、2人はその状態のまま、硬直していたのでした。
「あの。」ガーネはおばあさんの肩を、ポンとたたきました。
おばあさんは石のように硬くなっていました。
そしてその状態のまま倒れてしまいました。
「大変です。」
ガーネはおじいさんを見ました。おじいさんも同じような状態でした。
ガーネとトラは、薄気味悪くなり、慌ててその離れから出ました。
「一体、何があったのかしら。」トラは恐ろしくて震えているようでした。
ガーネはトラを抱えました。
「とりあえず、お母さんの部屋へ行って見ましょうか。
昨夜、ナミコさんはお母さんと一緒に寝た筈です。
ひょっとしたら、そこにいるかも知れません。」
ガーネの声は震えていました。
トラは、自分を抱いているガーネの手も、少し震えている事を感じました。
2階に上がって、お母さんの部屋の戸をたたきました。
やはり、返事はありませんでした。
「失礼します。」ガーネは思い切って、開けてみました。
そして、唖然としました。
出かけている筈の、ナミコちゃんのお母さんが、そこにはいました。
まるで、何かを呼び止めるような格好で、そのまま硬直していました。
ガーネはふと気が付いたように、あたりを見回しました。
でも、その部屋にはナミコちゃんはいませんでした。
ガーネとトラは何もしないまま、その部屋を出て行きました。
通路に出ると、トラはガーネに尋ねました。
「ねぇ、これから私たち、どうすればいいの?」
ガーネは、興奮している自分を抑えているようでした。
しばらくして、トラにこう答えました。
「とりあえず、ナミコさんが、どうなったのか心配です。
まだ探していない場所を含めて、家中探し回りましょう。
じゃあ、二手に分かれましょうか?」
「嫌よ、一旦離れたら、もう会えないかも知れないわ。
ねぇ、一緒に探し回りましょう。広いと言っても探す場所は限られているし。」
トラにそう言われて、ガーネも思い直しました。
「そうですね。じゃあ、一緒に探しましょう。」
ガーネはトラを右肩に載せて、探索を開始する事にしました。
家の中を始め、隣にある蔵の中も探してみました。
庭や物置なども探索しましたが、ナミコちゃんは見つかりませんでした。
ガーネとトラは、家の中に戻って来ました。そして玄関に腰を下ろしました。
「フゥー、駄目ですね。どこにもナミコさんはいませんよ。」
「外にでも、出かけたんじゃないの?」
「今となってはそれしか、考えようが無いですね。
でもね。そうなると、私たちではどうしょうもありませんよ。
探す範囲が広すぎます。ナミコさんが帰って来るのを待つしかありません。」
「そうね。そうよね。」
ガーネもトラも、自分たちで出来る事は何も無くなり、途方に暮れていました。
「一体、どこに行ったんでしょうね。」
ガーネは家の天井付近を見ながら、ため息をついていました。
その時、ガーネは部屋の一角に、ある異常を見つけました。
「トラ、あれは何だと思いますか?」
トラはガーネが指し示す方向に、目をやりました。
「壁に亀裂が走っているわ。」トラは叫びました。
「いや、それだけじゃありません。」
ガーネは次に目の前に現れた現象に驚いていました。
「壁だけじゃありません。
この家の中の空間そのものに、亀裂が走っているんです。」
ガーネやトラがその異常に気が付いた途端、それは激しさを増しました。
自分たちのいる空間が、ガラスのように次々とひびが入ってきたのでした。
そしてその一部が割れて、破片となって落ちてきたのです。
「あっ、危ない」落ちてきた破片から、トラを守るために覆いかぶさりました。
しかし、ガーネには何の怪我もありませんでした。
破片はガーネの体を突きぬけ、床へ消えていきました。
ガーネは足元を見ました。すると、そこにも亀裂が生じていました。
「ウワァー。」ガーネの足元が裂けました。
ガーネはトラを抱えたまま、奈落の底に落ちて行きました。
ガーネとトラは、落下するスピードが、緩やかになって行くのを感じました。
そして停止しました。ガーネたちは空間に浮いた状態になりました。
「ここは、どこなんでしょう?」「さぁ、あたしにも判らないわ。」
ガーネは周囲を見回しました。
「ここも迷宮と同じように、真っ暗な空間ですね。」
「でも、ここには道は無いわ。ただ真っ暗なだけみたいね。
あっ、ガーネ見てよ。周りの景色が、変化していくわ。」
「本当ですね。何かぼかしたような風景が見えてきましたよ。」
更に時間が経つにつれて、はっきりした風景が浮かび上がって来ました。
「これは...。そうです。ナミコさんの家の中ですね。」
「本当ね。でもこれって、どういう事なのかしら。」
「判りません。しばらく様子を見てみる事にしましょうよ。」
ガーネとトラは互いを見て、うなずき合いました。
おじいさんとおばあさんが、囲炉裏に腰を下ろして、お茶を飲んでいました。
お母さんは、洗濯物を畳んでいました。
すると、突然、玄関が開きました。
子供が花を1本手に持って、中に入りました。
「ただいま。」
「おや、ナミコちゃん。もう帰って来たのかい。」
「お帰り。」「お帰りなさい。」
家族が、ナミコちゃんに声をかけました。
「お母さん、花摘んだ。」ナミコちゃんは嬉しそうにお母さんに言いました。
「まぁ、綺麗な花ね。」
靴を脱ぎ、スリッパを履いて、お母さんの元に駆け寄ろうとしました。
ところが、その時、ナミコちゃんの家が大きく揺らぎました。
ナミコちゃんも思わず、転倒してしまいました。
「ナミコちゃん。」「ナミコ。」「ナミコさん。」
お母さんやおじいさん、そしておばあさん。
家族みんなが、ナミコちゃんの元へ駆け寄ろうとしました。
ですが、その時家を支えている木材が、次々と倒れてきました。
「お母さん、おじいさん、おばあさん。」
ナミコちゃんは手を伸ばして、必死で家族を呼びました。
けれども、それ以後に起きた出来事を知る機会はもうありませんでした。
倒れてきた太い木材の1つが、ナミコちゃんの頭上に落ちてしまったからです。
家族も、倒れてきた木材の下敷きになってしまいました。
そして、土台を失った家の天井が、屋根ごと落ちてきたのでした。
「...。」
ガーネとトラは、その光景をじっと見ていました。
声をひと言も発する事は、出来ませんでした。
その顔には、涙がとめどもなく溢れていました。
潰れた家の中から、青白く輝く光が、浮かびあがって来ました。
その時、大地や山々から、淡い緑色の波が発生しました。
その波は、たくさんの光の粒子をまとっていました。
その波は、ナミコちゃんの家を中心として、あたり一面を覆ってしまいました。
青白く輝く光も、その波に包まれてしまいました。
するとその波から、光の粒子が青白く輝く光めがけて、一斉に降り注ぎました。
その青白く輝く光は力を注がれたように、どんどん大きくなりました。
気が付くと、ガーネとトラはその中に入っていました。
そこにはナミコちゃんの家を中心に、付近の山々などが具現化されていました。
ガーネとトラは、顔を見合わせてうなずきました。
ガーネとトラは浮かんでいる状態で、ナミコちゃんの家に向かいました。
そしてその外壁をすり抜けて、中に入る事が出来ました。
ナミコちゃんが玄関の近くで、倒れていました。
しばらくして気が付いたナミコちゃんは、あたりを見回しました。
周りには、誰もいませんでした。
ナミコちゃんは、涙声で、家族を呼びました。
「お母さん、おじいさん、おばあさん。」
すると、お母さんが、台所からやって来ました。
「ナミコちゃん。何かあったの?」
おじいさんとおばあさんも、離れからやって来ました。
「どうした、ナミコ。」「どうしたの。ナミコさん。」
ナミコちゃんは、駆け寄って来た家族に、思わず抱きつきました。
「怖い夢を見た。」ナミコちゃんはそう言って、涙ぐんでいました。
でも、ナミコちゃんの手には、摘んだ筈の花はありませんでした。
「ナミコちゃんが、言っていたのは、夢じゃなかったのね。」
トラは、ガーネにそう言いました。ガーネはうなずきました。
「そうか、ナミコさんは、この災害で既に亡くなっていたんですよ。
でも自分が死ぬ事を意識せずに亡くなった事で、この世に思いを残してしまった。
その思いに大地や山々が感応して、力を与えたんです。
だから、この世界が誕生したんですね。」
ガーネとトラの周りの風景が、だんだんぼけてきました。
そして、真っ暗になっていきました。
すると、今度は、ガーネとトラは上昇していきました。
しばらくすると、上昇するスピードが緩やかになり、そして停止しました。
突然、明るくなりました。
周りを見回すと、そこは落下する前の場所でした。
ガーネとトラは、元の場所に戻って来たのでした。
トラは、ガーネに言いました。
「私たち、どうやら元の場所に戻れたみたいね。」
「そのようですね。
でも何故、私たちはあの映像を見る事が出来たのでしょうね。」
「本当のナミコちゃんの家があった、あのあたり一帯の大地や山々の持つ記憶。
それが私たちに語りかけてきた。そんな気がしたわ。」
「でも、何のためにですか?」
「それは...。ごめんなさい。よく判らないわ。」
ガーネはため息をつきました。
「まぁ、それはいいとして、とりあえず、これからどうしましょうか?」
「私たちは、ナミコちゃんを探していたのよ。捜索を続けましょう。」
「そうは言っても、もし先ほどの映像が真実であるとすればですよ。
もうナミコさんは、この世にはいない事になるじゃありませんか。
昨日まで私たちの前にいたのは、ナミコさんが残した思い。
それを人の形に具現化したものに過ぎません。
だとすれば、もはや探す意味は無いんじゃないでしょうか?
それよりは、むしろ。」
「むしろ、何なの?」
「問題は、私たちですよ。
ナミコさんの思いで創造されたこの世界は、何故か壊れかかっています。
ここに長くいるのは、危険かもしれません。
下手をすれば、この世界ごと私たちも消滅するかも知れないんです。
早くこの世界から、脱出する必要があるんじゃないでしょうか?」
「でも、どうやって?」
「それは...。」ガーネは答えを見つけ出す事が出来ませんでした。
しばらく考え込んでいたトラが、ガーネに話し始めました。
「確かこの世界は、ナミコちゃんの思いが具現化したものだって言ってたわね。」
「まぁ、私たちが見たあの映像の通りだったとすれば、の話ですけどね。」
「それなら、この世界はナミコちゃんの願いがかなう場所でもあるわけよね。」
「それはそうでしょうね。この世界は、ナミコさんが中心となっている世界。
つまり、ナミコさんが主人公の世界なんですからね。」
「だとすればよ。
ナミコちゃんが私たちを迷宮に戻したいと思ってくれれば、かなうんじゃない?」
トラのその言葉に、ガーネは目からウロコが落ちたような気がしました。
「そ、そうですね。そうかもしれません。
確かに、ナミコさんがそう思ってくれれば、間違いなくかなうでしょう。
でもそれなら、やっぱりナミコさんを探し出す必要がありそうですね。」
「でも、問題はどこにいるのかよね。」
「そうですね。それはさっきから抱えている難問ですね。
結局、降り出しに戻ったってわけですか。」
ガーネは、がっかりしました。
「落ち着いて、考えて見ましょうよ。
何故、ナミコちゃんがいなくなったのか?
何故、この世界が壊れかかっているのか?ガーネ。何か考え付く事って無い?」
「そうですね。
何故、ナミコさんがいなくなったのか?
これに関しては、ちょっと判りませんね。
でも何故、この世界が壊れかかっているのか?
この点に関しては、ある程度推測出来ると思うんですよ。」
「どういう事かしら、聞かせて。」
「この世界は、ナミコさんの思いが具現化したものって事でしたよね。
それが壊れかかっていると言う事は、こう考えてもいいんじゃないでしょうか。
つまり、ナミコさん自身がこの世界にいる事に関して、迷いが生じたんですよ。」
「迷い?どんな風に?」
「自分の思いを具現化した世界の中で、これからも暮らしていくべきか。
それとも、自分のの思いを消滅させて、本当の家族と同様に冥界に旅立つべきか。
その判断に悩んでいるんじゃないでしょうか?」
「でも何故、急にその事に悩み出したのかしら?」
「それなんですけどね。
2日前の夜、ナミコさんが夢でうなされていたって言いましたよね。
しかも、その夢は過去に見た事があると言っていました。」
「えっ、ええそうだったわね。それがどうかしたの?」
「トラもさっき言った通り、過去に見たのは夢じゃ無くて、現実だったんですよ。
じゃあ、それを夢だと思っていたのは、どうしてでしょう。
それはナミコさんが、この世界を現実だと信じていたからだと思うんですよ。」
「そうね。確かにそうだと思うわ。」
「ところが、ナミコさんの心の中で、何らかの変化が起きてしまった。
その結果、その夢が現実じゃないかとの疑念が膨らんだんです。
だから、夢として現れてうなされたんじゃないかと思うんです。」
「なるほどね。でも何故、そんな変化が起きたのかしら?」
「ナミコさんがここ最近で、心に変化を起こすような出来事があった。
そう考えるしかありません。
では、それは何なのでしょうか?トラには何か心当たりがありますか?」
「そうね。普段の生活では、自分の世界なんだから変化なんて無いと思うわ。
何か、他から外的要因が加わったって考えるのが妥当よね。
そうすると、2日前に何かが起こったって事になるけど。
あら、ひょっとしてそれって。」
「どうやら、トラも私と意見が同じになったようですね。
そうなんです。私たち自身なんです。
私達との出会いが、ナミコさんに変化をもたらしたんですよ。」
「でも、どうして?」
「これまでナミコさんは、自分の思いが具現化した世界で生きてきました。
自分が見て感じた世界です。
ナミコさんは家族と、生前はいつも一緒にいました。
だから、家族に対する記憶が十分あったのです。
今、ナミコさんといる家族は、その記憶を元に具現化したものです。
だから、その家族と接しても、何の違和感も感じなかったんです。
いや、少しはあったかもしれません。
ですが、些細な事だと気にしていなかったんだと思います。
ところがそこへ、私たちがやって来ました。
ナミコさんは、過去に私たちと会った事がありませんでした。
つまり、私たちに対する記憶が全く無いのです。
ナミコさんは私たちと接した時に、気が付いたんだと思います。
家族と接した時と明らかに、何かが違うと感じたんだと思います。
それは単純に、家族か他人かというだけのものじゃなかったんです。
もっと、根本的な違いを感じてしまったんです。
ナミコさんは、今接している自分の家族に、違和感を覚えるようになりました。
その結果、自分が今いる世界に対しても疑問を抱き始めたんですよ。」
「でも、まだ疑惑でしかないわけよね。
それが、確信に変わったのは、いつなのかしら。」
「多分、それは昨夜じゃないかと思うんですよ。」
「昨夜?
でも確か昨夜は、ナミコちゃんはおかあさんと一緒に眠っていた筈よ。」
「その通りです。
だから、これから話すのは、私の推測でしかありません。
ナミコさんは、眠る前にお母さんと何かお話をしたんじゃないでしょうか。
その結果、何故だかは判りませんが、ナミコさんの疑惑は確信へと変わった。
つまり、真実に目覚めたんです。」
「それで夢の方が現実であり、自分は既に死んでいるのだと気が付いたのね。
そして、自分の思いを消滅させる事を考えたのね。
」
「この世界が壊れかけているのは多分、そのせいでしょう。
でもナミコさんの心の中には、まだこの世界に未練があるのでしょうね。
だから、完全には消滅していないのだと思います。」
「ひょっとしたら、もうナミコちゃんは決めたのかもしれないわよ。」
「えっ、どちらを選ぶつもりなんでしょうか?」
「もちろん、自分の思いを消滅させる事よ。
だから、最後に自分にとって一番心に残った場所に、行ったんじゃないかしら。」
「さてと、もしそうなら今ナミコさんは、どこにいるんでしょうね。
ナミコさんが最近、最も夢中になった事って何だったでしょうか?」
「ひょっとして?鬼ごっこ」
「だとすると、ナミコさんが今いる場所は?」
「山頂だわ。」「山頂ですね。」
ガーネとトラの意見が、一致しました。
ガーネとトラは、山の入り口に来ました。
「もう、ここにくる事は、絶対に無いと思っていたんですけどね。」
ガーネはぼやきました。
「何を言っているのよ。ナミコちゃんが心配じゃないの。」
トラがガーネをたしなめました。
「はい、そうでしたね。すみません。じゃあ行きましょうか。」
ガーネとトラは、入り口の階段を上り始めました。
山や山道のあちこちに亀裂が走っていました。
ガーネとトラは、最初、勢い込んで走っていました。
しかし、すぐに体がばててしまいました。
注意も散漫になり、転びそうになったり、亀裂に足を突っ込みそうになりました。
「山では、焦ってはいけませんね。
もどかしいですが、休みをとりながら、いつもより少し速めで歩きましょう。」
「そうね。そうしないと山頂に着くのが、かえって遅くなってしまうわ。」
ガーネとトラは、この前上ったときより、少し速めにして歩きました。
そのおかげで、山頂には2時間も経たないうちに着く事が出来ました。
思っていた通りでした。ナミコちゃんはそこにいました。
この前、ガーネたちと眠り込んだ木のベンチに座って、うつむいていました。
「やっと、お姫様とのご対面ですね。」
ガーネとトラは顔を見合わせ、にっこりと笑いました。
ナミコちゃんは、近づいてくる人影に気が付きました。
「やっぱり、見つけてくれた。」ナミコちゃんはそう言いました。
「探しましたよ。」ガーネとトラは、ナミコちゃんの傍らに座りました。
「ナミコさん。それで決心は付いたんですか?」ガーネは尋ねました。
ナミコさんは驚いたような顔で、ガーネを見つめました。
しかし、すぐに納得した表情を浮かべていました。
「私たちに何が起きたのか、知っているんだ。」
ガーネとトラはうなずきました。
「私は、それを知るまでに随分時間がかかった。」
ナミコさんは、立ち上がりました。そして前を向いたまま、ガーネに言いました。
「私は家族の元に帰る。」
「えっ。」
「私は、私の本当の家族の元に帰る。」
ナミコさんは、両手にこぶしを作りながら、そう言いました。
ナミコさんは、ガーネとトラの方を振り向きました。
「有難う、ガーネ。そしてトラちゃん。
私が真実を知ることが出来たのは、あなたたちのおかげ。
それに、私といっぱい遊んでくれた。本当に有難う。」
トラは、ナミコちゃんに抱きつきました。
トラもナミコちゃんも、別れを惜しむかのように涙ぐんでいました。
ナミコちゃんは、ガーネにトラを返しました。
ガーネはナミコちゃんに手を差し出しました。
「さよなら。」「さよなら。」
ナミコちゃんもその手を握り返しました。
ナミコちゃんは握手を終えると、頭を下げて立ち去っていこうとしました。
「あっ、待ってください。」
ガーネが声をかけると、ナミコちゃんは立ち止まり、そして振り向きました。
「大丈夫。この世界が消滅する前に、あなたたちは出て行ける。
私が、この世界にお願いした。
それが、あなたたちに対する私のせめてものお礼。」
ナミコちゃんはそう言った後、ガーネたちにもう一度、頭を下げました。
そして歩き出しました。
立ち去っていくナミコさんの後姿を、ガーネとトラは見送りました。
その姿は、まぼろしのように消えてしまいました。
ナミコさんが消えた場所に、迷宮のドアが現れました。
「トラ、私たちも戻りましょうか。」「そうね。」
ガーネとトラは、木のベンチを離れました。
そして、迷宮のドアへと歩いていきました。
その間も、この世界は、どんどん崩れていきました。
さまざまな破片が、落ちては消えていきました。
既に周囲はほとんど、真っ暗な闇に囲まれていました。
ですが迷宮のドアへの道は、しっかりつながっていました。
ナミコさんとの約束通り、ガーネたちの歩みを妨げる事はありませんでした。
ガーネとトラは、無事に迷宮へと戻って行きました。
ガーネたちが去った後、迷宮のドアは閉じ、そして消えました。
その直後、この世界は終わりを告げました。
迷宮に戻ったガーネとトラは、飛びはねていました。
「軽い、軽い。なんて体が軽いんでしょう。
さっきまで感じていた重い疲れも無くなってしまいました。」
「本当ね。凄いわ。」
ガーネとトラは、迷宮の力に感動していました。
「しかも、濡れていた靴もすっかり乾いています。」
「まだ、濡れていたんだ。」
「ねぇ、ガーネ。」
つかの間の運動を終えた後、トラはガーネに言いました。
「あたしたち、ナミコちゃんに悪い事をしたんじゃないかしら。」
「どうしてです?」
「だって思いだけだったとしても、ナミコちゃんの意思は確かに存在していたわ。
それをあたしたちが、あの世界に入った事で消滅させてしまったんだもの。
果たして、これで本当に良かったと言えるのかしら。」
「そんな事は無いと思いますよ。
あの世界や自分の思いを消滅させたのは、ナミコさん自身が決めた事です。
トラもそれは、知っているでしょう。
私たちが、ナミコさんといた事で、ナミコさんは迷いから抜け出せたのです。
だから、ナミコさんは私たちに感謝したんです。
私たちは、ナミコさんのお役に立てたんですよ。」
「随分、都合のいい考え方ね。」トラは半分笑いながら、言いました。
「だって、そうでも考えないと、やりきれないじゃないですか。」
ガーネも苦笑しながら、そう言いました。
「ナミコさんには、選択肢がもう1つ、ありました。
自分が気が付いた真実を、自分の記憶から消し去る事です。
そうすれば、今まで通りに暮らす事が出来た筈です。
またナミコさんは、私たちの事も想い出に加える事が出来たと思います。
それならば、今まで以上に楽しい生活を送る事も出来たでしょう。
あそこはナミコさん自身が、見て感じた世界を具現化したものです。
そのため限界はありました。
でもナミコさんが願った事で、可能な事であれば全てかなえる事が出来ました。
記憶操作など、たやすかったに違いありません。
でも、ナミコさんが、それを選ぶ事はありませんでした。
ナミコさんは昨夜、お母さんと一緒に布団に入っていました。
ナミコさんは、あの山頂でこんな事を考えたんじゃないでしょうか。
造られた偽りのお母さんと眠るより、本当のお母さんと一緒に眠りたいって。」
トラは、じっと考えていました。
「そうね。そうかもしれないわ。」
トラもガーネに賛成しました。
「さぁ、トラ。私たちもそろそろ行きましょうか。」
「そうね。行きましょう。」
トラは、ガーネの右肩に飛び乗りました。
ガーネとトラは、また果てしなく続く迷宮の道を、歩き出しました。
第6話「残留思念」お別れね。(終)
今回のお話は、第6話「残留思念」の最終話です。
今回はこの「トラ・オブ・ラビリンス」の中では1番、心が重くなる話です。
人の死と言うものを、取り上げているからだと思います。
このサブタイトルである以上、避けては通れませんでした。
ですが、もっと柔らかい表現をした方が良かったかとも思います。
今回のお話を読んで下さった方は、どんな感想をお持ちになられたのでしょうか。
気が向いたら、また続きを書いてみたいと思います。
では、また会える日を。See You Again.
最新の投稿は、Twitterで、お知らせしています。
garnest2018で検索すれば、見れると思います。




