第6話「残留思念」始まりみたい。
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第6話「残留思念」始まりみたい。のお話です。
この回では、ガーネとトラが雨の降る中、わらぶき屋根の家で雨宿りをします。
第6話「残留思念」始まりみたい。
ガーネは、迷宮の道を、ひたすら歩いていました。
どのくらいの時間を歩いたのか、この迷宮の中では全く判りません。
疲れることが全く無いとはいえ、いつまでも歩いているだけなのはこたえます。
話し相手のトラも今はいません。
ガーネの右ポケットで、おネムの状態でした。
もちろん、疲れたとか気分が悪いのでは無く、ただ飽きたからでした。
「猫は1日のうち、2/3は眠ると言いますからね。
これが、普通なのかもしれませんね。
普段は私に気を使って、起きてくれているのかもしれません。
だとしたら、非常に申し訳無いです。
迷宮のドアの向こうでは、私は普通の人と同じ感覚に戻っていました。
トラも、同じ筈です。
にもかかわらず、トラはいつも私と同じくらいの睡眠時間でしたね。
無理をさせ過ぎているのかも知れません。」
ガーネは、とりとめの無い事を考えて、気を紛らわせていました。
それから、どのくらいの時間が経ったでしょうか。
トラが目を覚まして、ポケットから顔を出しました。まだ寝ぼけ眼です。
前足で目を擦りながら、トラは言いました。
「お早う。ガーネ。」
「はい。お早うございます。トラ。」
ガーネは、両手の手のひらを上にして指の部分を重ねました。
そして、ポケットに近づけました。
トラは、ポケットから這い出て、手のひらに乗りました。
ガーネは、しゃがんでトラを路上に下ろしました。
トラは足を伸ばした後、首を回したり、欠伸をしたりしました。
毛づくろいを始めました。自分の体を丁寧に舐めていました。
こういう猫のしぐさは、可愛いものです。
ガーネは、ゆっくり眺めて楽しみました。
こうして過ごす時間だけが、この迷宮で歩くガーネには、唯一の心の慰めでした。
やがて毛づくろいも終わると、トラはガーネに話しかけました。
「ガーネ。まだ迷宮のドアは現れないの?」
「はい、残念ながら。この状態っていつまで続くんでしょうね。」
「あたしに聞かれても、答えようが無いわ。」
ガーネは、自分の右肩に乗ったトラと一緒に、再び歩き出しました。
ようやく、迷宮のドアがガーネたちの進む先に現れました。
ガーネとトラは、心を弾ませながら、急いでそのドアへ走りました。
迷宮のドアにたどりついたガーネは、そのドアを勢いよく開きました。
「ザーザーザー、ガガーンガガーン。」
ドアの向こうは、土砂降りの雨でした。雷鳴もとどろいていました。
ガーネは、トラの方を向きました。期待のまなざしを浮かべてトラに尋ねました。
「トラ。大きい傘とか長靴あります?」
「あるわけないでしょ。」トラは、そっ気ない返事をしました。
「そんな。実はトラは魔法の猫でした。なんてオチにはなりませんか?」
ガーネは何とか期待をつなごうと、あがいていました。
「残念ながら、無いわね。」
トラは、荒れ狂う天気に思わず、ガーネの胸に飛び込みました。
ガーネもしっかりトラを抱いて、その天気を眺めていました。
やがて、ガーネとトラはお互いの顔を見て、うなずき合いました。
「これは、駄目でしょう。」「そうね。駄目だわ。」
ガーネは、初めてドアの向こうに行く事無く、迷宮のドアを閉めました。
迷宮のドアは消えてしまいました。
「まぁ、今回は仕方が無いですよ。」「ええ、もちろんだわ。」
ガーネとトラは、再び歩き出しました。
幾らも歩かないうちに、ガーネとトラの進む先に、迷宮のドアが現れました。
喜んでガーネたちは、ドアに駆け寄り、開きました。
「ザーザーザー、ガガーンガガーン。」
さきほどと全く同じでした。迷わずガーネはドアを閉めました。
ガーネとトラは、再び歩き出しました。
幾らも歩かないうちに、ガーネとトラの進む先に、迷宮のドアが現れました。
今度こそはとガーネたちは、ドアに駆け寄り、開きました。
「ザーザーザー、ガガーンガガーン。」
「ええい、しつこいですね。」「本当よ。」
ガーネはドアを閉めました。そして歩き出しました。
そんな事が、繰り返されました。
そして10回目、かすかな期待を胸に、ガーネはドアを開けました。
「ザーザーザー、ガガーンガガーン。」
ガーネは、ドアに手をかけたまま、その場で膝をつきました。
「駄目です。どこまでもこの世界は、私たちについて来ます。」
「本当に。まるでいつもの逆ね。迷宮のドアがあたしたちを追っかけてくるわ。
というより、先回りして待っているの。」
「つまり、この世界をクリアしない限り、先には薦めないという暗示ですね。
ロールプレイングゲームのようですね。
ひょっとしたら、この世界は誰かの意思で造られた世界なのかもしれません。
そして私たちは、その人の手のひらで踊っているだけなんですよ。」
「そうかも知れないわね。じゃあ、どうするの?」
「ここがどういう所なのか、私には今も判りません。
でも、未来に向って歩き出さない限り、問題は何も解決しません。
行きたくは無い。行きたくはありませんが、行くしか無いのでしょうね。」
そう言ったガーネの顔は、苦渋に満ちていました。
「そうね。それしかないわね。」トラも、観念しました。
「トラ。あなたは、念のために私のポケットに入っていてください。」
「いいわよ。」
トラは、さっきまで眠っていた右ポケットに戻りました。
ガーネは腰を上げて、勇気を振り絞りました。
「行きますよ。トラ。」
ガーネは、ドアの向こうへ、走り出しました。
「ザーザーザー、ガガーンガガーン。」
激しい雨が、ガーネに降り注ぎました。
走っていたガーネは、近くにサトイモのような大きい葉っぱを見つけました。
ガーネは、それを引っこ抜き、傘代わりにして走り出しました。
しばらく走っていると、前方にわらぶき屋根のがっしりした家が見えてきました。
「やった。これで雨宿りが出来るかもしれません。」
屋根の軒下にたどり着きました。
「ハァ、ハァ、ハァ。」息も絶え絶えでした。
ガーネは、息が苦しくて、もう駄目かもと思いました。
それでも、時間が経つにつれて、呼吸も楽になってきました。
「どうやら、雨で死ぬ事はなさそうですね。」
わらぶき屋根の戸をたたきました。
「すみません。すみません。」ガーネは大きい声を上げました。
しばらくすると、鍵があいて戸が開く音がしました。「ガラガラガラ。」
そこには、着物を着た幼くてあどけない少女が、現れました。
「どちら様ですか。」その少女は、たどたどしい言葉で話をしました。
「突然、お邪魔してすみません。
雨で濡れて死にそうなんです。助けてください。」
ガーネは、心の叫びを切実に語りました。
その少女は、疑わしそうにガーネの方を向いていました。
今にも、閉めてしまいそうな感じでした。
その時、ガーネの右ポケットから、天使、いや猫が現れました。
「ガーネ。それじゃあ駄目よ。」トラが現れました。
「可愛い。」少女が、目を輝かしました。
「私たち、突然の雨に会って大変なの。お願いだから助けて。」
トラは、哀願するように言いました。少女は、びっくりしていました。
そして、ガーネの方を向きました。「この子、話せるの?」少女は、尋ねました。
ガーネは、うなずきました。
少女は、平静に対応している風でしたが、嬉しさが隠し切れていませんでした。
「どうぞ。」少女は、二人を家へ招き入れました。
ガーネはトラを伴い、恐る恐る家の中に入りました。
「こんにちわ。失礼します。」ガーネは小さい声を出しながら、中に入りました。
玄関から、その家のほとんどが見渡せました。
どの場所にも、太い木材が使われていました。
床は、畳と木の両方でした。
家の真ん中に、囲炉裏がありました。
掘りごたつのように、足を下ろせる深い囲炉裏でした。
薪には火が付いて暖かそうでした。
天井から自在鉤が吊るされていました。
それには鉄瓶が備えられており、湯気が立っていました。
「ハックシュン。」ガーネはくしゃみをしました。
ガーネはずぶ濡れでした。トラもだいぶ濡れていました。
「使ってもいいタオルはありませんか。
あと何か着替える物は、無いでしょうか。」
ガーネとトラは、囲炉裏に座っていました。
共に、少女から借りたバスタオルを巻いていました。
ガーネの濡れた衣服は、囲炉裏の近くにロープを張ってそこで乾かしました。
ガーネはぶるぶる震えていました。
少女は、お茶を多少ぎこちない手つきで、ガーネに差しだしました。「どうぞ。」
ガーネは、震える手でそれを受け取り、飲みました。人心地がつく思いでした。
少女は、小皿に温めのお茶を注いて、トラの前に置きました。
トラも舐め始めました。
次第に、ガーネもトラも体が暖まって来ました。
「どうも、有難うございました。」ガーネは少女にお礼を言いました。
少女もガーネに頭を下げました。
「ええと、出来ればお名前を教えて下さいますか。」ガーネは言いました。
「ナミコ。」その少女は、自分の名前を言いました。
「今日はナミコさん以外に、家にいる人はいないんですか?」
「おじいちゃんとおばあちゃん。」「えっ、いるんですか?」
ナミコちゃんは、うなずきました。
「早く御挨拶しないといけませんね。」ガーネは立ちあがりました。
ナミコちゃんは、顔を赤らめて思わず目を閉じました。
そして、ガーネにこう言いました。「そのままだと、駄目だと思う。」
トラも目をそむけながら、ガーネに注意しました。
「ガーネ。バスタオルが取れているわ。」
ガーネは自分の体が、素っ裸である事に気が付きました。
「しまった。忘れていました。」
急いでバスタオルを体に巻きつけました。そして言いました。
「見ました?」
ナミコちゃんとトラは、共に顔を赤らめたまま、こくりとうなずきました。
ガーネの顔が、見る見る間に赤く染まって行きました。
とりあえず、衣服が乾くまでは、挨拶は延期する事にしました。
ガーネは、ナミコちゃんに尋ねました。
「お母さんは?」「採れた野菜を売りに、市場へ行った。」
「お父さんは?」「お母さんが、死んだって言ってた。」
「それはそれは...。つまらない事を聞いて済みませんでした。
ナミコさんを傷つけたのなら、この通りお詫びします。」
ガーネはそう言って、目をつぶった顔の前に、両手の平をくっつけました。
「別にいい。終わった事だから」ナミコさんはそう言いました。
ナミコちゃんは奥の部屋に入りました。そしてトランプを持って来ました。
それをガーネに差し出しました。
「遊びたいのですか?」ガーネが尋ねました。
ナミコちゃんは、うなずきました。
「じゃあ、トランプしましょうね。何がいいでしょうか。
出来れば、トラも遊べる方がいいですね。」
ガーネは思案しました。
「そうだ。神経衰弱をやりませんか?」
「神経衰弱って何?」トラが聞きました。
「トランプを裏返しにして、ばらまくんですよ。
2枚ずつトランプを引きます。引いたカードに書いてある数字を見比べます。
同じならその2枚を手元に置いて、もう一度同じ事をする事が出来ます。
違うなら元の状態に戻します。
これを決められた順番に一人ずつ行います。
ばらまいたカードが全て無くなった時、手元にあるトランプが多い人が勝ちです。
判りましたか?」
トラとナミコさんは、うなずきました。
「では、ゲームを始めますよ。」
ガーネはトランプを切った後、畳の上にばらまきました。
「では、誰から引きます?」
ナミコちゃんが照れたように、手をあげました。
「じゃあ、ナミコさんから、こう右回りでやりますね。いいですか?」
ナミコちゃんもトラもうなずきました。
ガーネは、ナミコちゃんに始めるように促しました。
ナミコちゃんはうなずくと、トランプを引きました。
2つのトランプの数字は違っていました。
「ああ、残念ですね。」ガーネはそう言いました。
ナミコちゃんは、トランプを元に戻しました。
次はトラの番でした。ガーネは言いました。
「トラは、トランプをめくれませんね。
だから前足で、どのトランプを引きたいか指示してください。
私が代わりに引いてあげますよ。」
トラは、うなずきました。
トラが前足で指示したトランプ2枚を、ガーネがめくりました。
また、数字が違いました。
今度はガーネの番でした。2枚のトランプを引きました。
すると、その2枚に書かれてある数字は同じものでした。
「やりましたよ。」ガーネは素直に喜びました。
「ウーッ。」明らかにナミコちゃんとトラは不満そうでした。
ガーネはもう1度、トランプを引きました。今度は数字が違いました。
「ああ、残念です。」ガーネはがっかりしました。
それを見てナミコちゃんとトラは、何故か嬉しそうでした。
その後も、ゲームは続けられました。
結局、ガーネが勝ったのは最初だけでした。
それ以後は、ナミコちゃんやトラが半々ぐらいで勝ちました。
所詮、子供の遊びですよね。ガーネはそう思って自分を慰めました。
部屋の中は、とても暖かでした。
そのせいか、ジャケットとパンツ以外は乾いていました。
ガーネは、ナミコちゃんやトラに向こうを向いてもらい、着こみました。
下半身が、トランクス1枚なのはどうかと思い、バスタオルを巻きました。
「お馬乗りしたい。」ナミコちゃんが、とんでも無い事を言い出しました。
「いや、ナミコちゃん。この格好でお馬さんになるのは、まずいですよ。
パンツが乾くまで、待ってもらえません?」
ナミコちゃんは、首を横に振りました。
「あの、どうしても駄目ですか?」ガーネは繰り返し尋ねました。
ナミコちゃんは、こくりとうなずきました。
ガーネは雨宿りを許してくれた、ナミコちゃんの願いを無視出来ませんでした。
ガーネは、よつんばいになりました。
そしてナミコちゃんを背に乗せて、歩き出しました。
トラも、ナミコちゃんの後ろに飛び乗りました。
ガーネは2階は勘弁してもらい、1階中をくまなく歩きました。
ナミコちゃんとトラは、バランスを取りながら気持ちよさそうでした。
部屋の時計が、午後5時の鐘を鳴らしました。
「お母さんが帰ってくる。」ガーネの馬から降りた、ナミコちゃんが言いました。
「そうなんですか?」まだ乗っているトラに構わず、立ち上がりました。
トラはクルクル回って、壁にあたりました。
トラはガーネに抗議をしました。ですが冷たい目でにらみ返されました。
「怒ってたの?」トラは、低姿勢になりました。
それから幾らも経たないうちに、ナミコちゃんのお母さんが帰って来ました。
「お母さん。お帰りなさい。」ナミコちゃんが、急いで出迎えました。
「ただいま、留守番有難うね。」
お母さんは、ナミコちゃんにそう言いました。
それから、ガーネとトラを見ました。
「この人たちは、どなたなの?」お母さんはナミコちゃんに尋ねました。
「雨宿りに、家まで来た。」
「そうだったの。それでナミコちゃんが助けてあげたのね。」
ナミコちゃんは、うなずきました。
お母さんは、バスタオルを巻いているガーネを見て、納得したようでした。
「すみません。お世話になっています。」ガーネがお母さんにそう言いました。
お母さんは、お辞儀をしただけで、特に何も言いませんでした。
「ナミコちゃん。お腹が空いたでしょ。すぐにご飯を作ってあげるからね。」
お母さんは、エプロンをして、台所に向かいました。
それを見送っていたガーネは、ナミコちゃんに尋ねました。
「ひょっとして、あなたのお母さん。怒っているんじゃないですか?」
「大丈夫だと思う。」
「手伝って。」ナミコちゃんは、ガーネに言いました。
居間にテーブルを置いたり、お母さんの作った料理をを並べるのを手伝いました。
おじいさんとおばあさんも、離れからやって来ました。
「すみません。お世話になっています。」ガーネは挨拶をしました。
二人は、ガーネにお辞儀をしましたが、特に何も言いませんでした。
夕食の準備が整い、みんなが席に着きました。
ナミコちゃんは、ガーネの裾を引っ張りました。
「トラと一緒に座って。」ナミコちゃんは、自分の隣に誘いました。
ナミコちゃんの隣に、トラ、ガーネの順で並んで座りました。
夕食は、温かい鍋物でした。
ガーネは、家族と一緒に鍋をつついて食べていました。
トラの前には、小皿を用意してもらいました。
その中に、鍋の具と御汁を入れました。
ふぅふぅしながら冷ました後、トラに食べてもらいました。
トラも、その味には、すごく満足したようでした。
ナミコちゃんは、あまり感情を表に出さないような子供でした。
でもこの時ばかりは、そんなトラを見て嬉しそうにしていました。
トラの小皿が空になると、今度はナミコちゃんが進んで御給仕をしてくれました。
いつの間にか、トラとナミコちゃんは、すごく仲が良くなっていました。
食事が終わると、ガーネは、ナミコちゃんと後片付けをしました。
その後ナミコちゃんは、ガーネとトラを2階に案内しました。
その1つの部屋を開けて、ナミコちゃんは言いました。
「ここに泊まって。」
「えっ、お泊まりしていいんですか?」ガーネは尋ねました。
ナミコちゃんは、うなずきました。
ガーネとトラは、ナミコちゃんにお礼を言いました。
部屋を出た時、お母さんが上って来ました。
「お母さん。この人たち、ここに泊まってもらう。」
お母さんは、微笑みながらナミコちゃんに言いました。
「ええ、あなたがそれでいいなら、構わないわよ。」
ガーネとトラは、お母さんにお礼を言いました。
お母さんは、ガーネたちにお辞儀をすると、2階の奥の方に向かいました。
「この部屋の隣が私。その次がお母さんの部屋。」
ナミコちゃんは、そう説明してくれました。
ガーネとトラ、そしてナミコちゃんは、再び1階に戻って来ました。
「何かして遊びたい。」ナミコちゃんは、そう言いました。
ガーネは、もう夜だし体力が必要な物は避けようと思いました。
出来れば、トラも混ぜてやれる遊びがいいなと思案しました。
「鬼ごっご。」ナミコちゃんが、またとんでも無い発言をしました。
ハードです。今の時間からそれをやるのは、ハード過ぎます。
下手すると明日後遺症が出て、1日歩けないかもしれません。
非常に危険な行為です。絶対に避けなければなりませんでした。
「いやあ、ナミコちゃん。確かにこの家は広いですよ。
でも、走り回るのは危ないです。
誤って体をぶつけたり、ひっくり返ったりして怪我をするかもしれません。
室内では止めましょう。それに家の人の迷惑にもなりますしね。」
「大丈夫。」ナミコちゃんは、この一言でガーネの言う事を退けました。
これはいけません。ガーネは死に物狂いで、考えました。
「そ、そうでした。
トラは、もうじき、おネムの時間なのですよ。
猫っていうのは、かなりの睡眠時間が必要な動物なんです。
もう、今日は休ませる必要があるんです。
大変残念ですが、遊ぶのは明日と言う事にしてもらえませんか?」
ガーネは、何か言おうとしたトラに、目配せをしました。
口元に人差し指を立てて、シーッのポーズを取りました。
それから、ナミコちゃんを見ました。
明らかに、不満そうです。ほっぺが大きく膨れていました。
ガーネは膝をついて、ナミコちゃんの肩にそっと手をやりました。
「ナミコさん。私ほどではありませんが、トラも雨で少し濡れたのですよ。
今日は大事をとって、休ませてあげてくれませんか?」
ガーネは諭すように、ナミコちゃんに言いました。
これには、ナミコちゃんも我を通す事が出来ず、しぶしぶうなずきました。
「やりました。」心の中で、ガーネは思わず喝采をあげました。
自分を褒めてあげたいと思いました。
善は急げです。
ナミコちゃんの気の変わらないうちに、自分たちの部屋へと行きました。
ガーネとトラは、自分たちの部屋に入りました。
「畳みの部屋ですか。なかなかいいですね。」
部屋の灯りをつけながら、賛嘆していました。
ガーネは布団を敷き始めました。
「本当に、もう寝るの?」「実は、少し悪寒を感じるんですよ。」
「どれどれ。」うつぶせになっているガーネのおでこに前足をあてました。
「そうね。確かに少し熱いかもかも知れないわ。」
「判るんですか?」「まさか。ただやってみたかったの。」
「そうですか。」ガーネはガクッとしました。
ガーネとトラは、それぞれの布団に入りました。
「きっと、雨に打たれたせいね。
あとパンツを履いていないのも、原因じゃない?
今、下半身はトランクスとバスタオルだけだしね。」
「そうかも知れません。家の中は暖かいんですけどね。」
ガーネは、布団がちゃんと肩を覆うようにかけました。
「ねぇ、ガーネ。」「何です。」
「今日の夕ご飯、みんなで食べたわよね。」「そうですね。」
「あたしたちの向かい側に、ナミコちゃんと私たち以外の家族が並んだわよね。」
「おじいさんとおばあさん、そしてお母さんでしたよね。」
「ガーネは、何か気が付いた?」
「別に何も変わった事はありませんでしたよ。
家族団らんで、楽しく食べていたじゃないですか。」
「確かに、あたしたちを除いては、普通の家族の食事風景だったわね。
でも何なのかしら。あたしにはすごく違和感を感じたのよ。」
「どんな風にでしょうか?」
「何て言ったらいいのか、うまく言えないんだけどね。
あたしたちの向かい側に座っている人たちに、命の鼓動が感じられなかったの。」
「それは、どういう事でしょう?」
ガーネは布団を少しずらして、トラに尋ねました。
「話したり、食べたりしているのは、あたしも見ていたわ。
でも、それが映像のようにしか感じられなかったの。
人が持つ存在感とか温もりとか、そういうものが全く感じられなかったの。
あたしが、それを感じる事が出来たのは、ガーネとナミコちゃんだけだったの。
あっ、もちろんあたし自身もそうよ。」
「つまり私たちが、見ていたのはまぼろしだったと言うんですか?
でも、あのお鍋には、大きいジャガイモが入っていたんですよ。」
「それがどうしたの?」
「実は、そのジャガイモに目を付けていたんですよ。
そうしたら、おじいさんにそれを奪われてしまいました。
その後お鍋には当然の事ながら、そのジャガイモは無くなっていました。
おじいさんは口の中でホクホクしていましたよ。湯気も立っていましたね。
あれが全部まぼろしなんて、信じられませんよ。
現にあのお鍋の具やお汁は、私も食べましたよ。
トラだって、小皿に分けた物を食べて美味しいと言ってたじゃないですか。」
「確かにそうね。あれは美味しかったし、本物だったわね。」
「トラも少し、疲れているんじゃないですか。
まぁ、確かにあの人たちはナミコさん以上に、愛想がありませんでした。
話しかけても、いつもお辞儀をするだけでしたしね。
でも、だからと言ってまぼろしと言うのは、無理があるんじゃないでしょうか。
さぁ、お喋りはこれくらいにして、少し眠りましょうよ。」
ガーネは欠伸して目をつぶりました。そしていつの間にか眠ってしまいました。
トラは、寝息を立てているガーネをしばらく眺めていました。
そのうち、トラも眠気に誘われました。
「そうね。眠りましょう。」トラも眠りにつきました。
それから、どれくらい経ったでしょうか。
ガーネたちの部屋の戸をたたく音に、ガーネとトラは目を覚ましました。
「はーい。」ガーネは半分寝ぼけたまま、声をあげました。
戸が開きました。部屋の中に入ってきたのはナミコちゃんでした。
「あの。どうしたんですか?」ガーネは尋ねました。
「お風呂が沸いたの。入る?」ナミコちゃんは、答えました。
ガーネとトラは、顔を見合わせました。
「ガーネ。どうする?」
「悪寒もあまり感じなくなりましたよ。
一風呂浴びてから、眠った方が気持ちいいかもしれません。」
「じゃあ、そうしましょう。」
ガーネとトラは、ナミコちゃんにお風呂に入る事を告げました。
ですが、ナミコちゃんはもじもじしていました。
「どうしたんですか、ナミコさん。」
しばらくして、ナミコさんは、やっと答えました。
「わたし、トラちゃんと入りたい。」
それを聞いたガーネは、トラの顔を見た後、ナミコちゃんに言いました。
「それじゃあ、先にナミコちゃんとトラが入ってくるといいですよ。
上がったら、私も入る事にします。」
ナミコちゃんは、喜んでいました。
トラを両手に抱えて、部屋を出て行きました。
その後、しばらくしてトラがお風呂から上がって、帰ってきました。
「じゃあ、今度は私が行きますか。」
「拭くタオルは、お風呂場に置いておいたわよ。」
「それは有り難いですね。」
ガーネは部屋を出て行きました。
ガーネがお風呂から上がって、部屋に戻って気ました。
部屋には、ナミコちゃんもいました。
お外から取ってきたのでしょう。猫じゃらしを持っていました。
それをトラの目の前で動かしていました。
トラはその先端を、前足で攻撃をかけていました。
ガーネも面白そうなので、自分の使っている布団の上から眺めていました。
そんな事をしているうちに、夜も更けてきました。
ナミコちゃんは部屋を出て行きました。
ガーネは部屋の灯りを消しました。
どちらからともなく「お休みなさい。」と声をかけ、そのまま眠ろうとしました。
また部屋の戸をたたく音が聞こえました。
「はーい。」ガーネは、声をあげました。
部屋の灯りをつけました。
部屋の中に入ってきたのは、やっぱりナミコちゃんでした。
ナミコちゃんは、寝巻き姿で、手には枕を持っていました。
「あの。どうしたんですか?」ガーネは尋ねました。
「トラちゃんと眠りたい。」ナミコちゃんは、ガーネにそう言いました。
「別に構いませんよ。
ただ、さみしいなら、お母さんの所で眠った方がいいんじゃないでしょうか?」
ナミコちゃんは、黙って首を横に振っていました。
ガーネはため息を1つつきました。それからこう言いました。
「じゃあ、トラ。ナミコさんのお部屋で、一緒に寝てくれませんか?」
「いいわよ。」トラはうなずきました。
ナミコちゃんは喜んで、自分の部屋へトラを抱いて連れて行きました。
「これで、やっと、ゆっくり眠れそうです。」
ガーネは、部屋の灯りを消しました。
ガーネの部屋には、雨の降る音と真っ暗な空間が広がっていました。
第6話「残留思念」始まりみたい。(終)
今回のお話は、第6話「残留思念」の第1話です。
さて、この先がどうなるのか、筆者にも判りません。
何とか最後まで、お話が出来ればいいと思っています。
いつも、第1話目を書く時点では、ラストが不確定です。
最初考えていた事と、違う結果になる事もあります。
まぁ、それはそれで楽しい部分もあります。
「この小説家になろう」では過去の文章の修正も簡単です。
いざとなれば、全部を書き換える事だって出来ます。
過去に書いた事とのつじつま合わせに悩む事がありません。
苦しくなったら、いつでも書き換えたいと思います。
気が向いたら、また続きを書いてみたいと思います。
では、また会える日を。See You Again.




