第1話「大玉乗り。」
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラが織りなす、別世界での旅のお話です。
第1話「大玉乗り」では、迷宮のドアより、別世界に行ったガーネと猫のトラが、
そこで開催されている村のお祭りを楽しみます。
ガーネは、そこで、大玉乗りに挑戦する事になるのです。
第1話「大玉乗り。」
そこには、道がありました。
それは、どこまでも、どこまでも続いていました。
普通の道もあれば、階段になっている道もありました。
真っすぐ伸びているもの。上に伸びているもの。下に伸びているもの。
らせん状に伸びているもの。枝分かれしているもの。
さまざまな道が、見渡す限り、その空間には広がっていました。
そして、これらの道以外は、暗黒の闇に覆われていました。
この道をさまよう旅人がいました。
旅人が、その道から足を踏み外しても、別な道に降り立つ事が出来ました。
旅人が、その道を歩いて行くと、道のすぐ横に、ドアが現れる事もあります。
そのドアを開けて入ると、そこには、別の世界があります。
旅人は、その世界で、ドアが現れるまで、時間を過ごすのです。
そして、現れたドアを見つけて開くと、またこの空間に戻ってくるのです。
旅人は、いつか自分の世界に帰れると信じ、旅を続けるのです。
この空間の事は、迷宮と呼ばれていました。
そして、そこをさまよう旅人は、迷宮の旅人と呼ばれていました。
ガーネは、この階段を歩いていました。
どこまでも続く階段をただ、ひたすら歩いていました。
「私は、どこに行けばいいのだろう。
どこが、私の世界であり、そしてこの旅の終点なのだろう。」
ガーネは呟きました。
自分がどうして、ここにいるのか、どうやって来たのか、憶えていませんでした。
気が付いてみたら、ここにいました。知っているのは、それだけでした。
ガーネはため息をつきました。
そして、考えあぐねていました。
すると、右のポケットが、がさごそと物音を立て始めました。
しばらくすると、そのポケットから可愛い顔が現れました。
「おはよう。トラ。」ガーネは声をかけました。
「おはよう。ガーネ。」トラは元気そうに答えました。
「ここはどこなの?」
「まだ、階段ですよ。」ガーネは答えました。
トラはポケットから飛び出して、ガーネの右肩の上に、ちょこんと座りました。
「まだ、ドアは見えないの?」
「30分ほど、歩いているけれどまだですね。」
「階段ばかりじゃ、疲れるんじゃない?」
「いや、この空間では疲れを感じた事は無いですね。
むしろ、ドアの中に入った時の方が、感じますね。」
「もう、少し眠って居た方が、よかったのかしら。」
「いいえ、ドアが現れない限り、歩いているだけなので、退屈なんですよ。
話し相手がいた方がいいですよ。」
「そうね。」
ガーネとトラは話をしながら、歩いて行きました。
階段が普通の上りから、螺旋状に変わりました。
その後まもなく、ドアが現れました。
「あっ、ドアよ。」
「じゃ、入るとしましょうか。ただ、歩いているのにも飽きましたからね。」
ドアが現れたからといって、入る必要はありません。
ですが、もしかしたら、そこが自分の世界なのかもしれません。
そう考えたら、つい、足をそちらに向けたくなってしまうのでした。
ガーネはドアを開けました。
そこには、別の世界がありました。
緑の草原が、そこには広がっていました。
小さな花が、あちらこちらで、咲き誇っていました。
「ワーッ。」トラは大喜びで、その草原を駆け回りました。
階段では、味わえない自由を、そこに感じていたのです。
ガーネは思いっきり深呼吸をしました。
「うん、おいしい空気だ。」
その時、遠くから、何か物音が聞こえてきました。
「ボーン、ボーン。」この音が、バラバラに不規則に聞こえてきました。
ガーネはそちらに目を向けました。
すると、大玉が、こちらへ向かって来ていました。
「トラ、トラ。」駆け回るのに、夢中になっているトラを呼びました。
トラは、立ち止まって、ガーネの方を見ました。
そして、ガーネが指さす方向に、目を向けました。
大急ぎで、トラが戻ってきました。
「あの弾みながら動いている、大きいボールは何なの?」
「判らない。でもスーパーボールみたいですね。」
「スーパーボール?」
「地面に振り落とすと、ゴムの力で、かなり弾むボールの事ですよ。
でも、それはすごく小さいボールなんです。あれは桁違いです。
真上に落ちてきたら、私もひとたまりもないでしょうね。
とりあえず、ここでじっとしてれば、安全だと思いますよ。」
「そうね。そうしましょう。」
その大玉は、ガーネたちから、少し離れた場所を、通過して行きました。
「よかった。通り過ぎましたよ。」
「そうね。でも、一体あれは何だったのかしら。」
トラは首をかしげました。
「まぁ、ここで考えていても、どうしょうもありません。
もう少し、歩いて見ましょう。何か判るかも知れません。」
「はい。」トラは答えると、ガーネの右肩に飛び乗りました。
「では、行きますよ。」
ガーネは歩きだしました。
しばらく行くと、また大玉が、近づいてきました。
「あ、またボールですよ。」
「本当ね。でもさっきのボールは緑色をしていたわ。
でも、今度のは。」
「ああ、そうですね。肌色だ。さっきとは違うボールみたいですね。
でも、あれは、一体何なんでしょうか。」
「ねぇ、あのボールの後ろの方を見てよ。」
「えっ。」ガーネは遠くの方に目をやりました。
そこには、幾つもの、色の違う大玉が、向かって来ていました。
「ねぇ、こちらへ来るのかしら。」トラは心配そうに聞きました。
「うーん、直接、こちらに来そうなボールは無さそうですね。
でも、注意して歩いて行きましょう。」ガーネはそう言いました。
これらの大玉も、ガーネたちに危害を与える事も無く、通過して行きました。
しかし、その直後、雪崩のように多くの大玉が向かって来るのが見えました。
「駄目だ。よけられません。」
ガーネは、急いでトラを地面に下ろしました。
そして、トラを大玉からかばうようにして、かがみこみました。
「ボーン。」軽い衝撃が、何回か、ガーネを襲いました。
しばらくして、音が聞こえなくなったので、恐る恐る顔を上げてみました。
前方には、ボールの姿はもう、1個も見当たりませんでした。
ガーネは、服に付いた土を払いながら、立ち上がりました。
後方には、おびただしい数の大玉が下っているのが、見えました。
「トラ、どうやら終わったみたいですよ。」
ガーネは、しゃがみ込んで、顔を下に向けているトラに声をかけました。
「もう、大丈夫なの?」トラはガーネを見上げて聞きました。
ガーネが頷くと、安心したらしく、トラもやがて立ち上がりました。
「怪我は無い?」トラは心配そうに、尋ねました。
「平気です。どうやらあれは、中身がほとんど空気らしいですね。
ボールの素材も柔らかくて、クッションが効いていました。」
ガーネは微笑みながら、トラに答えました。
その時、上の方から、声が聞こえてきました。
「おーい。そこの人。大丈夫ですか。」
高台から、人が下りてきました。
「はい。大丈夫ですよ。」ガーネは、大声で、手を振って答えました。
その人は、ガーネの元にまで、駆け寄って来ました。
「お怪我はありませんでしたか。
私は、この上の高台にある村の人間で、ナザレといいます。
今日は、村の祭りの日なのです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
「いえ、特に怪我は無いようです。」ガーネは言いました。
「本当にすみませんでした。旅人の方でいらっしゃいますか?」
ガーネとトラは、顔を見合わせました。
ガーネはトラにうなずいた後、ナザレさんに言いました。
「そうです。と言っても、旅を始めたばかりなんですけどね。」
「それでしたら、今日は、村に泊まって行ったら、如何ですか。
是非、旅人さんにも、村の祭りを、楽しんで頂きたいです。」
「とは言っても、ここで泊まる予定も無かったもので。
御好意は嬉しいんですけど、またいつか別の日にでも。」
ガーネはナザレさんの申し出を、辞退しかけました。
「そうか、残念ですね。
今日は、祝祭なので、お食事も無料で、しかも食べ放題ですのに。
泊まるホテルも、今日のお詫びとして、無料サービスとさせて頂きますのに。」
それを聞いた途端に、ガーネは、ナザレの両手をしっかりとつかみました。
「と、思ったのですが、折角のお心遣いを無駄にするわけにはいきません。
今日は、この村に泊めて頂く事にしましょう。」
ガーネから漂う異様な気迫にたじろぎながらも、ナザレさんは答えました。
「そ、そうですか。村人も、久しぶりの旅人なので、歓迎すると思います。
では、私の後について来てください。」
そう言って、ナザレさんは、ガーネたちを村の方に案内しました。
ナザレさんが前を向くと、ガーネとトラは顔を見合わせました。
そして、互いに喜び合いました。
村に着くと、村長さんの方に、ガーネたちは案内されました。
ナザレさんから、訳を聞いた村長さんは言いました。
「それは、申し訳ない事をしてしまいました。
村でも、出来るだけの、おもてなしをしたいと思います。
どうか、ゆっくりと楽しんで言ってください。」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」ガーネはそう答えました。
「お祭りを見に行く前に、まず、ホテルに休養されては如何でしょうか。
それでよろしければ、私がご案内しますが。」
ナザレさんは言いました。
よろしく頼みます。とガーネは答えました。
ナザレさんは、ガーネたちを村の1つのホテルに、案内しました。
ホテルに入ると、ナザレさんは、窓口の係りの人に言いました。
「君、この方たちは、私の大事なお客様です。
一泊して頂くので、そそうの無いようにお願いします。」
ナザレさんは、係りの人と、何かを話し合っていました。
その後、その人から部屋のキーを貰っていました。
「では、こちらへ着いてきて下さい。部屋へご案内します。」
ナザレさんに連れられ、部屋に到着しました。
入って見ると、村の様子に似つかわしくないほど、立派な部屋でした。
部屋は広く、家具もベッドも、そしてテーブルも上品なものばかりです。
テーブルの上に置かれてあるティーカップも美しいものでした。
ガーネは言いました。「ナザレさん。あなたは一体。」
ナザレさんはお辞儀をして、答えました。
「申し遅れました。私がこのホテルのオーナーです。
先ほどは、私たちが主催したイベントで、危険な目に合わせてしまいました。
お詫びの意味も込めまして、今晩はこのホテルでごゆっくりおくつろぎください。
もちろん、料金は無料ですので、お気になさらずとも、結構です。
しばらくしましたら、お迎えにあがります。
それまでは、ごゆるりとお茶でもお楽しみください」
そう言った後、ナザレさんは部屋のキーを、ガーネに手渡しました。
そして、もう一度、お辞儀をしてから、部屋から出ていきました。
ナザレさんが、ドアを閉めると、ガーネはベッドの方に向かいました。
「ヤッホー。」ベッドへ後ろ向きでジャンプして、背中から降りました。
「このベッドでなら、快適に眠れるます。」ガーネは言いました。
「はしたないわね。でも、私も。」トラも、ベッドに飛び乗りました。
ぴょんぴょんはねた後、満足したように言いました。
「これは、ガーネにはもったいないわ。私専用のベッドにしたいわ。」
「何言っているんです。さみしがり屋のくせに。」ガーネは言いました。
「何よ。」「何です。」
1人と一匹は、嬉しくてたまらないように、ベッドの上を転がっていました。
しばらくして、落ち着いた後、ガーネはトラに言いました。
「迷宮での時間が、長かったからですね。この有難さが身に染みます。」
「本当にね。
あそこは、疲れる事も、お腹が空く事もないけど、やっぱりつまらないわ。」
トラも嬉しげです。
ガーネは、用意されていたポットのお茶をついで、飲みました。
そばにあった、小さなお皿に、ぬるめにしたお茶を注ぎました。
トラも、それをペロペロと最後まで、舐めてしまいました。
「たまには、こういうのも悪くないわね。」トラは言いました。
それからしばらくして、約束通り、ナザレさんが迎えに来ました。
ガーネはトラとともに、祭り見物に行きました。
ラッパを鳴らす音、太鼓を叩く音。さまざまな楽器から聞こえる音色や音楽。
それらが、祭りを盛り上げていました。
屋台もいろいろ出ていました。
お好み焼き、たい焼き、たこ焼きなどの粉物を始め、
そば、うどん、ラーメンなどの麺類。
お肉や魚介類などの焼き物も並べられていました。
お菓子も、チョコバナナや綿菓子など、いろいろ用意されていました。
遊びも、鉄砲やヨーヨー釣りや、金魚すくいなどがありました。
それらは、みんな、村の人たちの手によって作られていました。
あらかじめ、買い物券を購入する仕組みになっていました。
その買い物券と引き換えに、食べたり、楽しんだりしていました。
ナザレさんは、ガーネに、その買い物券を手渡しました。
「これを使ってください。今日いっぱい楽しむことが出来ると思いますよ。」
「有難うございます。遠慮なく使わせて頂きます。」
ガーネはお礼をいいました。
「私は、これから主催しているイベントの準備をしなければなりません。
後は、お二方で、ご自由に遊んで下さい。」
ナザレさんは、ガーネたちにそう言って、去って行きました。
「よかったわね。」トラは言いました。
「そうだね。じゃあ、何をしようか。」ガーネは尋ねました。
「私、あそこで焼いているお魚が食べたいわ。」トラが言いました。
「私は、焼きそばが食べたいですね。
じゃあ、まず、腹ごしらえから始めますか?」
「そうしましょう。」
ガーネたちは、鯛の焼き物と、やきそばを購入しました。
お茶のペットボトルも売っていたので、ついでに買いました。
お祭りには、食事のためのテーブルも、用意されていました。
ガーネたちは、そこで、食事を楽しみました。
「トラ、その鯛ほんの少しくれない?」ガーネは言いました。
「いや。」トラはそっけなく言いました。
「この焼きそば。少しあげるから。どう。」ガーネは尋ねました。
「要らないわ。」トラは相手にしません。
「まぁ、欲しければ、後で買えばいいんだし。」ガーネは諦めました。
食べ終わると、今度は甘いものが欲しくなりました。
「チョコバナナを買いましょうか。」ガーネはトラに尋ねました。
「私は、あの大きい飴を舐めたいわ。」トラが答えました。
ガーネはチョコバナナを、トラは飴を購入しました。
トラがテーブルで、大きい飴と格闘中に、ガーネは屋台を見回りました。
鉄砲をやってみましたが、景品を手に入れる事が出来ませんでした。
ヨーヨー釣りは、なんとか1個だけ、手に入れる事が出来ました。
飴を舐め終わったトラは、ガーネを探しに行きました。
「まぁ、可愛い。」
道行く大人や子供たちが、かわるがわるトラの頭を撫でていました。
少し歩いただけで、トラはその村の人気者になっていました。
それを、少しうっとおしくなったトラは、走り出しました。
それを、追いかけてくる子供たちもいました。
トラは、やみくもに走りました。そして誰かにぶつかってしまいました。
「おっと、危ないですよ。」
「御免なさい。急いでるんです。」
ぶつかった人と、トラの目が合いました。
「おや、トラさん。」「なんだ、ガーネじゃないの。」
トラは、ホッとしてガーネによじ登り、右肩に座りました。
「血相、変えて走っていたけど、どうしたんですか?」ガーネは尋ねました。
「私のファンが、私を襲って来たのよ。」
「はぁ?」
ガーネは、トラが走って来た方を見ました。
追いかけてきた子供たちが、こちらを遠巻きで、ちらちら眺めていました。
「さすが、どこへ行っても人気者ですね。トラさん。」
「急に、さん付けしないでよ。何も出ないわよ。」
「それは、そうですね。」ガーネも同意しました。
「それより、これを見てください。」
ガーネはテーブルに戻り、トラの目の前で、ヨーヨーを動かしました。
興味が出たのか、トラはしきりに、前足でちょっかいを出していました。
ガーネたちは、その遊びに熱中していました。
不意に、祭りに設置してあるスピーカーから、大きな声が聞こえてきました。
「ただいまより、グランドホテル主催の大玉乗りを始めます。
参加御希望の方は、お祭り中央の会場にお集まりください。」
「グランドホテルって、あたしたちが泊まっているホテルよね。」
トラはガーネに尋ねました。
「そうなんですか?」ガーネはトラに逆に聞き返しました。
「あなた、ホテルの名前も知らないで出てきたの?」トラは呆れました。
「いやー、あのホテルの立派さと、買い物券に我を忘れていました。
私って駄目な子ですね。てへ。」ガーネは自分の頭に、げんこつを当てました。
「ガーネ。止めて。可愛くないし。」
何故か、トラが後ずさりし始めました。
「それにしても、大玉乗りって、どんな事をやるのかしら?」
「そうですね。見に行ってみましょうか。」
ガーネとトラは、大玉乗りの会場に行ってみました。
既に、参加者でごったがえししていました。
「ねぇ、あれって。」トラがガーネに囁きました。
「そうですね。私たちに向かって来たボールです。」
ボールは、大きいばね仕掛けのしてある、台の上に乗ってました。
そして、その上には、人が馬に乗るように手綱を携えて、乗っていました。
頭には、ヘルメットを被っていました。
その時、アナウンスの声が響き渡りました。
「これより、大玉乗り競技を始めます。
1番目の方の準備は...。既に終了しているようです。
いいですか。行きますよ。
では、スタート。」
ポーッ。競技開始の音が鳴り響きました。
すると、台の上の大玉が、ばねの力によって、少しだけ高く舞い上がりました。
次に大玉は、ゆるやかな下り坂になっている、地面へと降りていきました。
地面に着地した大玉は、またその反動で、高く舞い上がりました。
そして、また降りてきました。
その繰り返しをしながら、大玉はどんどん坂を下って行きます。
坂には、色違いのボーダーが幾つも、引かれていました。
ある色のボーダーの手前で、競技者は、落ちてしまいました。
競技者の安全を確認する人や、記録を確認する人が集まってきました。
競技者はすぐに立ち上がりました。どうやら怪我は無いようです。
しばらくして、アナウンスの声が聞こえました。
「ただいまの記録は、緑と判定されました。」
会場の見物者からは、「おおーっ。」という声と、拍手が沸き起こりました。
「盛況ですね。このお祭りは。」ガーネは感心しました。
「確かに。近くでみると、迫力があるわ。」トラも興奮しています。
「さぁ、次は2番目の...。」
そんな、アナウンスが聞こえたところで、ガーネの肩を叩く者がいました。
「えっ。」振り返ると、そこには、ナザレさんがいました。
「どうです。私たちが主催しているこの大玉乗りは?」
「競技自体の迫力もすごいですが、観客の歓声もすごいですね。
人気のアトラクションなんでしょう?」
「はい、この村のお祭りのイベントでは、一番人気ですよ。
これを見たいがために、遠くから来る人も、いっぱいいます。
もちろん、参加者も毎年、ウナギ登りです。」
ナザレさんは、自慢げに話しました。
ガーネは、ためらったものの、思い切って聞いてみる事にしました。
「でも、実際、安全性というのは、どうなのでしょう。
ヘルメットは被っていますが、高いところから真っ逆さまに落ちたら...。」
ナザレさんは、答えました。
「ええ。実は最初の頃、死者は出なかったんですが、怪我人は出ましたね。
そこで、いろいろと改良をしました。
ボールの軽量化、弾力性の低減、手綱などの安全性の強化。
ジャンプ台の、ジャンプ時の高さの調整。いろいろあります。
でも、特に気を使ったのは、坂の一番上から下までの安全性です。
どこから落ちても、怪我が最小限で済むよう、工夫をこらしてあります。
ボールを弾ませる地面が、人工のものだと言う事を気が付かれていましたか?」
「そうだったんですか。」ガーネは驚いて、尋ねました。
「あたしは、知っていたわ。」トラは、言いました。
「ここに、初めて来たとき、はしゃぎ回っていたの。
すごい柔らかい弾力を感じたの。なんか包まれるような感じだったわ。」
「さすがは、トラさんですね。
実は、この坂の上には、土の上に、特殊な素材を使っています。
それが、上から来る衝撃を吸収してくれるのです。」
「えっ、でもあそこにある、草花は一体。」
「もちろん、人工で作られたものです。
といっても、ただ本物に似せただけではありません。
あれ自体にも、上からの衝撃を、吸収出来るように作られているのです。」
「そうなんですか。驚きました。」ガーネはとても感心しました。
「私たちが、雪崩のようなボールに会った時も人が乗っていたんですか。」
「あの時は、本当に申し訳ありませんでした。
いえ、あれは、大玉が坂を下る際の、安全性のテストをしていたのですよ。
ですから、人は乗っていません。」
話をしている最中にも、競技は進められていました。
「これは、誰でも参加できるんですか?」ガーネは聞きました。
「基本的にはそうです。
ただ、初心者の方に関しては、1〜2時間ほど、練習して頂いています。
安全性に配慮しているといっても、何が起きるか判りませんからね。
乗る人にも、最低限の技術は、習得してもらいたいのです。」
「それは、いつやるんですか。」
「参加者は、前もって申請して頂いています。
初心者の方には、本番の数日前に集まってもらって、練習をして頂いています。」
「そうでしたか。」少しがっかりした口調で、ガーネは言いました。
「ガーネさん。
ひょっとしたら、この競技に参加なさりたいんじゃないんですか?」
ナザレさんは、聞きました。
「はい。実は、そうなんです。」
ナザレさんは、腕組みをしてしばらく考えこんでいました。
やがて、笑顔で、ガーネに言いました。
「いいでしょう。実は、この競技は明日も、午前と午後の2回でやります。
今、明日の競技に参加する人で、練習している人たちがいます。
その人たちに交じって、練習してみてください。
その様子を見て、明日参加出来るかどうか、考えようじゃありませんか。」
「有難うございます。」ガーネはお礼を言いました。
ガーネとトラは、ナザレさんに連れられて、練習場に行きました。
「大丈夫なの?」心配そうに、トラはガーネに聞きました。
「ちょっと、不安ですけどね。でもやってみたいんですよ。」
ガーネは楽しそうに、答えました。
やがて、練習場に着きました。
「ここが練習場ですよ。」ナザレさんは指さしました。
既に、数人が練習しています。
「君。ちょっと来て。」ナザレさんは近くに居る係りの人を呼びました。
この人が、明日、あのコンテストに出場したがっているんだ。
ここで、彼らと一緒に、練習させてくれないかね。」
「判りました。」係りの人は答えました。
「では、私は、他に用事がありますので、失礼させて頂きます。」
ナザレさんは、そう言って、その場を立ち去りました。
係りの人は、練習台の一つに案内しました。
「まず、これで練習をしてください。」
それは、会場にあるのと同じ大きさの大玉でした。
地面に固定されている台とは、ばねで繋がっていました。
「体を上下左右に揺らして、乗っている感覚をつかんでください。」
「判りました。やってみましょう。」
ガーネは、その練習台に飛び乗りました。
そして、体を揺らして始めました。
「あっ、危ない。」ガーネはバランスを崩してしまいました。
練習台から、落ちるかと思われましたが、なんとか踏ん張りました。
元の体制に戻ると、今度はゆっくりと、体を動かしました。
徐々に大きく、そして速く動いて、こつをつかんでいきました。
1時間ほどでしたが、かなりうまくバランスが取れるようになりました。
次に、もう1つの練習場所に案内されました。
そこには、会場にあるものの、ミニチュアが用意されていました。
といっても、坂の長さは、会場の半分ぐらいありますから、本格的でした。
大玉やジャンプ台は、若干ですが、小さめでした。
そこでは、数人の人が順番待ちをしていました。
30分ぐらい待ったでしょうか。順番が回ってきました。
大玉にまたがり、用意していると、すぐに合図の笛が聞こえました。
次の瞬間、ジャンプ台から、大玉が高く舞い上がりました。
ガーネは、バランスをなんとか、保っていました。
大玉はバウンドを何回か繰り返し、坂の最後まで、降りていく事が出来ました。
ガーネは、初めてでしたが、何とか、成功しました。
その後も、練習終了時刻で、何回か並んで、この練習を繰り返していました。
練習が終わると、ガーネは、係りの人にお礼を言いました。
そして、トラを探しに会場の方へ行きました。
実は、練習の間、ナザレさんのホテルの人に、トラを預かってもらっていました。
これは、全て、ナザレさんのご厚意によるものでした。
会場の方の「大玉乗り」も、今日はもう、終了していました。
お祭りは、夜に行われる花火大会の準備をしていました。
また、昼間よりも、多くの屋台が、軒を並べて、準備をしていました。
「どこに行ったんだろう。」ガーネは首をかしげていました。
そこへ、トラを預かっていたホテルの人が、ガーネの元へやって来ました。
「あ、済みません。先ほど、うちの猫を預かってくれた人ですよね。」
「はい、そうです。トラさんは少し前に、ホテルへ御戻りになっていますよ。」
「そうですか。有難うございます。」
ガーネは、ホテルの人にお礼をいって、一緒にホテルへと戻りました。
ホテルへ到着したガーネは、自分の泊まる部屋へ、入って行きました。
ドアを開けた途端、トラの声が聞こえました。
「あっ、お帰りなさい。ガーネ。」
「ただいま、トラ。」にっこり笑って、ガーネはそう答えました。
トラは、ガーネが練習している間、何をしていたかを話始めました。
それが、終わると、ぐたっとベッドに横たわっていました。
ガーネは笑いながら、言いました。
「それだけ、遊んでいれば、疲れて当然ですよ。」
ガーネも、隣のベッドに横になりました。
「ガーネの練習は、どうだったの?」トラは尋ねました。
「うん。本番でも、何とかやれそうだよ。」ガーネは、自信を持って答えました。
しばらくして、部屋の電話が鳴り出しました。
受話器を上げると、夕食の案内でした。
「お食事の用意が、出来ましたので、レストランにおいで下さい。」
受話器を置いて、トラの方を向きました。
何故か、トラは、両耳がいつもよりも、立っていました。
「夕食ね。待ちかねていたわ。さぁ、行きましょう。」
トラはガーネを誘いました。
「地獄耳だね。大したものです。」ガーネは感心しました。
夕食は、食べ放題と聞いていましたので、ガーネたちは期待していました。
ガーネたちは、部屋のドアに鍵を閉めて、最上階にあるレストランへ行きました。
そこには、さまざまな食材からなる、和洋中華の料理が、並べられていました。
ガーネは、右肩に乗っている、トラの求めに応じて、お皿に料理を載せました。
そして、自分も、欲しい料理をお皿に盛りつけました。
好きな飲み物も選んだ後、指定されたテーブルで食事を楽しみました。
お皿が空になると、何度も料理をもらいに行きました。
そして、心行くまで、その味を堪能したのです。
お腹いっぱいになったので、ガーネとトラは、レストランを後にしました。
しばらく休んだ後、室内にあるお風呂に入りました。
トラの体を洗った後、自分も頭や体を洗いました。
汚れていないとはいえ、久しぶりのお風呂のお湯です。
時間が経つのも忘れて、のんびりと浸かっていました。
お風呂から上り、飲み物を飲んだ後は、急に眠たくなりました。
2つのベッドで、ガーネとトラはいつの間にか、眠ってしまいました。
翌朝になりました。昨日と同様、いい天気になりました。
「今日は、祭りの最終日。でもいい祭りになりそうですね。」
ガーネはトラにそう言いました。
朝食も、食べ放題でした。
ですが、ガーネは、競技の事もあり、控え目にしました。
トラも、朝はそれほど、食欲はないらしく、少なめに食べていました。
「ボーン。ボーン。」祭り開始の合図が聞こえてきました。
ガーネたちは、部屋の鍵を置いて、部屋を出ました。
「もう、この部屋に戻る事はなんですね。」
ガーネはトラに言いました。トラもなんだか寂しげでした。
ホテルのカウンターへ行きました。
そこには、ナザレさんもいました。
「お早うございます。ナザレさん。一晩泊めて頂いて有難うございました。」
ガーネはお礼を言いました。
「お礼には及びません。こちらが頼んで、泊まって頂いたのですから。」
ナザレさんは、そう言いました。
「あ、昨日、係りの者から聞きました。
ガーネさんは、今日のコンテストに出場しても構わないそうです。」
そう言いながら、ナザレさんは、番号のついたTシャツを手渡しました。
「これを着て、会場に入れば、午前中の競技に出場出来ますよ。
後、それが終わったら、一度ホテルに戻っていらしてください。
お昼の食事を、用意しておきます。
もちろん無料ですので、遠慮なさる必要はありません。」
ナザレさんは、ガーネたちにそう言いました。
「有難うございます。ナザレさん。お心遣い、感謝します。」
ガーネもトラも心から、ナザレさんにお礼を言いました。
「さぁ、早く行ってください。まもなく競技が始まりますよ。」
ガーネたちは、その言葉に従い、競技会場に向かいました。
「よかったね。お昼もサービスしてくれるんだって。」
ガーネはトラに言いました。
「そうね。あそこの料理はとても美味しいんだもの。よかったわ。」
トラも喜んでいました。
ほどなく、競技会場に着きました。
「いよいよね。大丈夫なの?」トラはガーネに聞きました。
「もちろんですよ。」
会場には、競技の参加者が集まっていました。
やがて、午前の競技が始まりました。
1時間程待ってから、ガーネの出番が回って来ました。
ガーネは大玉にまたがり、手綱を引き締めていました。
準備は既に、完了しています。
ポーッ。競技開始の音が鳴り響きました。
ガーネの乗っている大玉が、舞い上がりました。
そして、ゆるやかな下り坂になっている、地面へと降りていきました。
大玉はバウンドを繰り返しました。
ガーネは、何とかバランスを保っていました。
ですが、坂の半分以上を過ぎたところで、バランスを崩してしまいました。
ガーネは、あっという間に大玉から、落ちてしまいました。
「残念ですね。でも頑張ったから、よしとしましょう。」
立ち上がると、トラが、勢いよく、走ってくるのが判りました。
「ねぇ、大丈夫なの?」トラは心配そうに聞きました。
ガーネはトラの頭を撫でて、こう言いました。
「ああ、大丈夫ですよ。でも残念でした。」
しばらくして、アナウンスの声が聞こえました。
「ただいまの記録は、青と判定されました。」
会場の見物者からは、大歓声が聞こえました。
「青色なら、買い物券がもらえますね。」
ガーネはトラに言いました。トラも喜んでいました。
さぁ、賞品を受け取ろうと、坂の下に目をやりました。
次の瞬間、ガーネは、体が硬直したように、立ちすくんでいました。
そんなガーネの様子に、トラは心配そうに聞きました。
「ねぇ、どうしたの?」
ガーネは何も言わず、前方を指さしました。
トラも、ガーネが指さした方に、目をやりました。
そして、同じように硬直してしまいました。
ガーネが指さした、その先には、あの迷宮のドアが現れていました。
「やっぱり、ここも、私の世界では無いのですね。」
「あたしの世界でも無かったようね。」
ガーネとトラは、目を合わせました。
トラは、思い出したように言いました。
「ねぇ、ナザレさんが、ホテルでお昼を用意してくれるって行ってたわ。
せめて、それを食べてから、ここを去らない。」
悲しげな表情で、トラは訴えていました。
「駄目だよ。見てごらん。」そう言って、ガーネは自分の左腕を見せました。
その腕は、既に緑色に光っていました。
「トラ、あなたの前足ももう、緑色に光り出して来ましたよ。」
ガーネもつらそうでした。
その時、「ガーネさん。トラさん。」と叫ぶ声が聞こえてきました。
その声のする方に振り向くと、ナザレさんが駆け寄ってくるのが、見えました。
「お怪我はありませんでしたか。」
ガーネたちの元に着くと、ナザレさんは心配そうに言いました。
ガーネは首を振りました。
「大丈夫ですよ。ナザレさん。」
そして、ナザレさんに別れの言葉を告げました。
「どうやら、私たちが、戻らなければならない時が来てしまったようです。」
「でも、お昼の食事の用意ももう、出来ているのですが。」
「申し訳ありません。」
そう言って、緑色に輝く、自分の左腕をナザレさんに見せました。
「それは、一体。」
「ここにいれば、私たちの体は、消滅してしまうでしょう。
あなた方の住んでいる、この世界が、私たちの世界では無かったからです。
私たちは、迷宮に戻らなければなりません。」
「迷宮に?一体、あなた方は。」
「私も、そして、このトラも同じです。
私たちは、迷宮をさまよい、自分の世界を探しています。
ナザレさん。短い間ですが、あなたに感謝しています。
本当に難うございました。」
ガーネとトラは、ナザレさんに別れの挨拶をしました。
そして、頭を下げました。
ナザレさんは、あっけにとられていたようでした。
ガーネとトラは、顔を見合わせ、うなずき合いました。
そして、急いで、迷宮のドアの前まで行き、ドアを開きました。
ガーネの目の前には、あの迷宮の道が現れました。
ガーネとトラは、迷宮へと、戻って行きました。
「戻って来たと言いたいけれど、ここはドアを開ける前の場所じゃないですね。」
辺りを見回した後、、ガーネはそう言いました。
「そうね。全然違うわ。」トラも同意しました。
自分たちが、戻ってくるのに使用した、迷宮のドアも消えていました。
「あの世界は、住み心地がよかったですね。」
「そうだったわね。」
「さて、想い出に浸っていても仕方がありません。
また、自分たちの世界を探しに行きましょう。」
「そうね。行きましょうか。」
ガーネとトラは再び迷宮の道を歩き始めました。
ナザレさんは、ガーネとトラが向こうの方へ走って行くのを、見ていました。
立ち止まったガーネは、右手を前方に、差し出していました。
そして、次の瞬間、ガーネとトラの姿は、一瞬にして、消えていました。
「あの人たちの言う事は、本当だったのかもしれません。」
ナザレさんは、そう思いました。
その時、会場の方から、ホテルの従業員が下りてきました。
「オーナー。こちらでしたか。
あれ、ガーネさんたちは一緒じゃなかったんですか。
お昼の食事の時間が過ぎているので、お迎えに上りました。」
「あの方たちは、急ぎの用で、先ほど旅立たれてしまわれたよ。」
「そうなんですか。残念です。ホテルの者に伝えましょう。
オーナーもすぐに会場にお戻りください。
午後のコンテストの打ち合わせをして欲しいとの事です。」
「そうか、判った。すぐ行くよ。」
ナザレさんは、会場に向かおうとしました。
でも、すぐにガーネたちが消えた方へ、体を向けました。
「お客様。ご宿泊、有難うございました。
またのお越しを、心から願っております。」
そう言うと、ナザレさんは、頭を下げて、礼の姿勢をとりました。
後ろから、自分を呼ぶ声が聞こえてきました。
「判っている。これから行くところだ。」
そう言うと、ナザレさんは、会場の方へと走り出して行きました。
第1話「大玉乗り。」(終)
このお話は、道や階段のみが存在する、迷宮をさまよっているガーネとトラの物語です。
迷宮の旅人である、ガーネと猫のトラは、迷宮のドアが現れると、そのドアから、別世界に行く事が出来ます。
今回は、村のお祭りに参加したガーネとトラを書いています。
その楽しい雰囲気が少しでも、読者に届く事が出来たら、いいなと思っています。
旅は、始まったばかりです。
これからも、ガーネと猫のトラの旅を楽しみにして頂ければと思います。




