8話 出会い
オペラ会場から1時間、ジュリアが乗っているタクシーが友人のアリスから借りているアパートに着いた。
タクシーに乗っている間にジュリアの気持ちは落ちついた。
逃げるように会場を後にしてきたことを今更、後悔した。
まるで自分だけがテオドミス達を気にしているみたいではないか。
もやもやとしたものが心を占めていく。
吐き出したいのに吐き出せなくそのまま溜まり、重く、いつかその重さに耐えられず沈んでいく。
その自分の気持ちが何であるかをジュリアは嫌というほど知っていた。
嫉妬…
テオドミスと結婚してから嫌と言う程味わってきた感情。
すでに離婚へ向けての道筋が整っているのにもかかわらず未だテオドミスの事を思っている自分にジュリアは嫌気がさした。
ジュリアが友人が貸してくれたアパートの部屋の前まで来ると白いコートを着た黒長い髪をコンクリートに垂らして下を向いている人がジュリアの部屋のドアを背もたれにして座っていた。
その人もジュリアが帰ってきたことに気づいた様子で顔を上げて立ち上がりジュリアの方を伺った。
男だった。
それも綺麗な顔立ちの男。
シャープな顔立ちに鼻が高く、柔和な印象を与える口元。
グレーかかった瞳にそれを縁取る長いまつげと筋の通った眉。
冷たいコンクリートの上に無造作に垂らされていた髪は黒く艶かに輝いていてさらさらと揺れていた。
身長も高い。座っていた時には気づきもしなかったが立った今ではジュリアの身長を軽く頭一つ分は超えていてジュリアは見上げる形となった。
「すみません。そちらのドアが私の部屋なので少し避けていただけますか。」
ジュリアは声を掛けたが男はジュリアを直視したまま動こうとはしなかった。
ジュリアがもう一度声を掛けようとするより男の方が早かった。
「ジュリアさんですか?」
男は確認するようにジュリアに声を掛けたが声には確信した響きがあった。