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番が見つからないと成長が止まる竜人族です。ちなみに見た目10歳・中身20歳、運命の番は隣国の王弟殿下でした。

作者: 圧間 れぇ
掲載日:2026/09/22

前半主人公のミチェ視点、後半エイラルド殿下視点になっています。

竜人族の私には、まだ番が見つからない。


だいたいは17歳で成人するまでには、生涯の伴侶と出会う様になっている。


でも、一昨日20歳を迎えた私の隣には、まだ誰もいない。


番は、見た瞬間に分かるそうだ。まるで全身に電流が走ったような感覚になるんだって。


「ミチェ様ってよく一人で夜会に来られるわねぇ~」

「ホントよねぇ、20歳にもなって番が見つけられないだなんて」

「番が見つからないと成長が10歳で止まるんだって、あれ本当だったのね」

「ええっ?じゃあ、あの娘って本当は大人だったのぉ?」


今日もまた、同じ言葉を耳にする。



そうなのだ。竜人族は、10歳までに番が見つからないと、そこで成長が止まる。おそらく竜人族なりの子孫を残すために備わった繁殖本能なんだと思うけど、殆どの竜人族は10歳前後で番が見つかるはずなのに⋯⋯⋯⋯。


いつまで経っても番が見つからない私は、ずっと10歳の体のままだ。


少しでも大人っぽく見られるようにと選んだドレスなんだけど、私に合うサイズのドレスなんて。


「ぐぐぐ⋯⋯どれもこれも子供用のガーデンパーティーに着るようなパフスリーブでフリルたっぷりのドレスばかりなんだよね!」


数年前まではお母様もドレスを仕立ててくれていたけど、今や兄の子供の服をせっせと仕立てる事に夢中。まぁ、だからといって自分でわざわざ仕立てる気にもならないんだよね。仕事の方が楽しいし強がりとかじゃないしこれ。


────ただ、

⋯⋯⋯⋯願わくば私にも、おっぱいというものが欲しい。大人の女性には、ふっくらと柔らかい2つのおっぱいがある(諸説ある)らしい。20年間、見下ろせば足の甲がまるっと見える視界だからね。ああ、つま先まで隠れるおっぱいが欲しい。夜会でヒソヒソされるより、家族に憐れむような目で見られるより、職場の皆が子供扱いしてくることより何よりも私は!(ここまで脳内早口)


⋯⋯⋯おっぱいという名の⋯⋯⋯⋯脂肪が欲しい⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。




✤✤✤✤✤✤✤✤



「ミチェ、人間族の住むラディオール国って知っているか?」


ここ、ナーリア国の魔法省は、王宮に隣接する官庁街の一角に聳え立っている。竜脈や太古の魔力溜まりに寄り添うように増改築を重ねてきた、有機的で古式ゆかしい建築物なのだ。

そんな立派な建物の増改築で継ぎ足された所に、我が民生魔道具開発室は押し込められている。


戦闘用魔道具や国家事業開発部門に比べれば、生活用品なんてどれも後回しにされるべきもので。人員も、予算もいつもカツカツの中でやっている。

そんな場所に、私は研究職員として日々、魔道具の開発と製作に勤しんでいるのだ。


しかし、この研究室の室長であるバッフォ様は、私に負けず劣らず研究ヲタクなはずなんだけれど、研究とお小言以外の話を仕事中に振ってくるなんて、どういう風の吹き回し?


「えっ? 知ってるもへったくれもないですよ⋯⋯ラディオール国って、魔力そのものは正直、私達竜人族はおろか、他の魔法種族にも遠く及ばない人間達の国です。なのにですよ!?『魔導式の規格化』と『魔道具への落とし込み』にかけては、間違いなく大陸イチ! 私もラディオール製の冷凍保存機を分解してみたんですけれどね?もぉ~魔導工学としての完成度が半端なくてですねっ⋯⋯⋯⋯」


「ああぁ!もう分かった!その辺で止めろこの魔道具ヲタクが! 俺が言いたいのは、今回そのラディオールで行われる列国魔導技術発表会に、お前の案を出そうと思うってことだ」


「⋯⋯⋯⋯え?」


「ほら、あの牛の乳を勝手に絞る、自動搾乳機だったか。ありゃあ、とてもいい案だ」


「う、うぇえええっ!?アレ、通ったんですかぁ!?休憩中の落書きだったのに!?」


「え、そうだったのか?!」


「え?」


「え?」


なんだかちょっと、微妙な空気が流れた。


「ま、まあいい。とにかくだ。お前の案に決まった。お前は魔法省としても必要不可欠な存在だからな。ミチェが中心となって開発を進める。発表会は3ヶ月後だ。それまでに形にするぞ」


「えー? でもぉ⋯⋯⋯今はお尻洗浄機に魔導式を組み込んでるとこなんで、今はちょっと⋯⋯⋯⋯」


「ミチェ。お前ってやつは⋯⋯⋯⋯。ラディオール国家主催の大イベントだぞ!そこで自動搾乳機を発表して注目を集める!俺達、民生魔道具開発室の予算を増やす大チャンスなんだ! こ・れ・は、命令だ!!」


「⋯⋯⋯まぁ⋯⋯⋯⋯⋯はあ⋯⋯⋯アレで良ければ作りますけど⋯⋯⋯⋯⋯」


(こいつ、戦闘用魔道具とか、国家事業級の魔道具を手掛ける花形部署からも引き抜きの誘いを断ってるようだが、自分の価値、全然分かってねぇな)


そんな室長の苦労にも気づかず、お尻洗浄機の設計図を没収されたので、渋々自動搾乳機の図案を練り上げる事となった。民生魔道具開発室総出で乏しい予算と時間をかき集め、魔術式を組み込んだ搾乳機の試作品が完成したのが、発表会の10日前だった。とはいえ、遠征費として捻出できたのは、結局のところ二人分の旅費だけ。





寝不足の私は資料と設計図をリュックに詰め、完成した搾乳機を抱えた室長と共に、9日間の長旅を経てラディオール国の地へと降り立った。





魔導列車の扉が開いた瞬間、独特の匂い――焦げた魔石と、微かな金属の匂いが鼻先を掠めた。


ホームに降り立って、まず目に飛び込んできたのは、天井まで届く硝子と鋼の骨組みだった。等間隔に並ぶ魔導灯が、白く柔らかい光で構内を照らしている。壁に埋め込まれた大きな水晶板には、次々と発着時刻が魔法文字で浮かんでは消えていく。


「ふわぁ⋯⋯⋯」


────ナーリア国じゃ、こんなの見たことない。


人の数も桁違いだった。人間族はもちろん、エルフ族や、ドワーフ族の様な他種族も忙しなげに出入り口を行き交っている。誰もが足早で、誰も彼もが荷物を抱え、何かに追われるようにホームを闊歩していく。流石に番と片時も離れたくない竜人族はこの国にはいないようだ。


「⋯⋯⋯⋯すごい⋯⋯⋯⋯」


思わず声が漏れた。露店では小さな魔道具で保冷された果実水が売られ、頭上には案内板代わりの魔法映像がふわふわと浮かんでいる。日用品レベルの魔道具が、当たり前みたいに街に溶け込んでいた。


「おら、ボサッとすんな。置いてくぞ」


室長に急かされて歩き出す。 でもどうしても周囲が気になってキョロキョロと見上げていると、


「あら、可愛らしい子ねぇ。こんな所で一人で⋯⋯迷子かしら? お母さんは?」


通りすがりの女性が、屈み込んで声をかけてきた。


「⋯⋯⋯⋯んえっ!? ま、迷子、ではないです。仕事で来てます。えっと、ぉとな⋯⋯と、ちゃんと、来てます」


「お、おい!ミチェ、」


「あらまあ、お父さんと一緒だったのね。もう、ちゃんと手を繋いであげないと、こんな可愛い子攫われちゃうわよ」


「「⋯⋯⋯⋯」」


女性はコロコロと笑って、雑踏に消えていく。


地味に効いた。いや、すごく効いた。


「⋯⋯⋯⋯いや、まぁ、⋯⋯⋯⋯気にするな」





✤✤✤✤




「しつちょぉ~⋯⋯⋯⋯やっぱこれ重いんで、前に私が考案したやつで運びましょうよぉぅ。」


発表会の会場である展示会場近くの宿屋に向かって歩いている。資料を詰めたパンパンのリュックを背負って。


「なっ!?お前、まさか完成させてたのか!? ⋯⋯⋯⋯あのなぁ、あんなもの使えるわけがないだろう。異空間に物を入れて持ち運べる鞄なんてよ。あんな犯罪者の証拠隠滅にうってつけのもん、王家からの許可が出なかっただろうが」


「でもそれって、犯罪者が悪いんであって、開発者が悪いわけじゃないっていうか」


「この、屁理屈をっ。まさかお前、こっそり作ってんじゃないだろうな⋯⋯⋯⋯」


「え、だから試作で作った奴があったじゃないですかー、アレまだ持ってるんですよ」


ビキッという音が聞こえた気がした。直後に、室長のこめかみに青い筋が立つ。拳をわたしのこめかみにグリグリと押し回してくる。


「イッだぁああ!!イダイイダイ!!」


「はぁ、これだからバカな天才は⋯⋯⋯⋯」


「はい?それって対義語ですよ?不細工な美人と同じですよ?意味分かって言ってます?」


「はぁぁ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯もういいわ。いいか?ソレ、絶対に人前で使うなよ。んで、帰ったら没収な」


「え゛ぇぇぇっ!?」


まったく、室長は融通きかないんだか⋯⋯ら⋯⋯⋯⋯。




────それは、本当に突然だった。


風に乗ってふわりと、嗅いだことのない香りが鼻孔をくすぐった。

なのに、本能が知っている。


⋯⋯⋯⋯甘い。重い。喉の奥にまとわりつく、海の底に沈んだ琥珀を素手で掘り起こしたような。


────────アンバーグリス。竜涎香の、重厚な香り。


「あっ、おい! ミチェ、何処行くんだ」


気づいたら駆け出していた。ほんの一瞬、けれど絶対に逃しちゃいけない香りだった。


けれど周囲を見回しても、あの甘い香りは霧のように消えている。


「人間の住むこの国で、なんで⋯⋯⋯⋯番の香りがするの?」


呆然と立ち尽くしていると、背後から頭へ衝撃を食らった。


「ぎゃーっ!」

「~お~まぁ~え~なぁぁぁぁ!! ここが外国だって分かってんのか!? お前みてぇなチビ、迷子になったらその場で攫われて終わりだぞ!!」


大きな掌で頭をガッチリ掴んでくるのは、やっぱり室長だ。


けど、けど。番の香りがしたんだもん。⋯⋯⋯⋯したよね?





一度も嗅いだことのない香りを、どうして番のものだと分かったんだろう。理屈じゃ、何ひとつ説明がつかない。ただ、私の奥にいる竜の部分が────本能が、あれは番の香りだと言い切っている。嗅いだことがなくても、体の方が、とっくに知っていた。


⋯⋯⋯⋯でも。


「人間の中に番がいるなんて、あり得ない」


その夜、宿で装置の起動確認と発表の手順をひと通りさらった。頭では「集中しなきゃ」と思うのに、意識はずっと、あの一瞬の香りに引っ張られていた。


よし、今は一旦忘れよう。


そうして翌朝、私達は宿屋を出て会場である王立魔導工学院附属の展示大広間、通称『水晶宮』の扉の前へ立っていた。


正装なんて洒落たものは持っていないので、いつもの白衣に、動きやすいだけが取り柄の簡素なワンピース。竜人族の"正装"の常識が、人間の国でどこまで通用するのかも分からないし――まあ、発表するのは私の頭脳であって、ドレスの裾じゃない。


「どうした。お前でも緊張してんのか?」


室長がニヤリと嫌な笑みを浮かべて私を見下ろした。


「んなわけないでしょうが。室長こそ、緊張して寝不足なんじゃないですかぁ~?」


「ハッ、笑わせんな。行くぞ」


広間の扉が大きく開かれた。


────────途端、あのアンバーグリスの香りが鼻孔の奥まで広がった。


────え、嘘。あの香り!


竜人族である視力の良さを極限まで研ぎ澄まし、香りの発信源を素早く探し出した。 そして、それはあっさりと見つかる。


夜会の令嬢達が、咲き誇る花のように群がり────そして各国の研究者達であろう集団に囲まれた一角、そこに、彼はいた。

途端、私の身体に電撃が走った。全身の毛穴が浮き立って産毛が総立ちする感覚。 いや、そんな生易しいものじゃない。体中の血液が沸騰し、逆流するような、脳天から剣を振り下ろされ真っ二つに切り離された様な⋯⋯⋯⋯とてつもない恐怖と喜びに満ち溢れた感情────────。


その彼は、プラチナブロンドの長い髪を、うなじの辺りで緩く一つに括っている。陽の光を閉じ込めたような、淡い琥珀色の瞳は、群がる令嬢の誰にも向いていなかった。如才なく相槌を打ち、綺麗に微笑んでいるのに、その目の奥だけが、まるでガラス玉みたいに凪いでいる。


⋯⋯⋯⋯ああ。


そう、なんだ────────。


理解した。その瞬間に、心臓が殴られたように跳ねた。息を吸うのを忘れていたことに気付いたのは、吐き出してからだった。


触れたい。


あの人に近づいて、この手で触れて、こっちを見てほしい。それだけで良かった。それさえ叶うなら、他には何も要らない気さえした。

気がついた時には人集りを掻き分け、その人の前に立っていた。


────────────番、


頭の中でその一言が現れて、視界がぐらりと揺れる。


「ちょっと、何よこの子供!」

「おい、ここは子供連れで来るような場所じゃない、誰か、この子供をつまみ出せ!」


「お、おい!ミチェッ!」


焦ったような室長の声が、背後から聞こえる。答える余裕なんてなかった。ただ、彼から目が離せない。


今、目の前にいる彼の琥珀の瞳が私を捕らえているのだ。


⋯⋯⋯⋯その時、私は多分、とんでもなく分かりやすい顔をしていたと思う。


係の者に呼ばれた彼が、奥へと促されていく。あっという間に人垣に飲まれて、見えなくなった。


「⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯」


行っちゃう、離れないで。 声を聞かせて。


「やだ、汚い子。わたくしのドレスにふれないで頂戴」

「クスッ。なぁに、エイラルド様に声を掛けられるとでも思った?」

「ったく、子連れで来るとは何処のバカ親だ」


そんな事を言われた気がする。後ろから室長に肩を掴まれ壁際に連れられるまで、私は瞬き一つせず、エイラルドと呼ばれたその人がいた場所を見つめていた。


「おい、大丈夫か?顔真っ赤だぞ」


「⋯⋯⋯⋯だい、じょうぶ、です⋯⋯⋯⋯」


大丈夫なわけない。


ナーリア国で二十年生きてきて、一度も嗅いだことのない香り。一度も感じたことのない衝動。なのに、確信だけが胸の中で燃えている。


────今の人が、私の番なんだ。


「⋯⋯⋯⋯って、いやいやいやいや」


我に返った瞬間、猛烈な勢いで否定した。人間の中に番がいるなんて、聞いたことがない。それに、あの見るからに位の高そうな人が、まさか。まさかまさかまさか。


「独り言増えたな、お前」


「うっさいですよ!!」


動揺を誤魔化すように怒鳴った声は、情けないくらい裏返っていた。


ダメだ、今日は集中しなくちゃいけない日。きっと、子供が研究発表なんてって思われるに違いないんだから。


けど⋯⋯⋯⋯あの香りが、いつまでも鼻の奥に纏わりついている。


否定しても、否定しても。鼻の奥に残った匂いが、胸で燻る熱が、勝手に「あの人だ」と繰り返す。頭がどれだけ「あり得ない」と叫んでも、疼く体は、聞く耳を持たない。


⋯⋯⋯⋯ずるいよ、本能。






✤✤✤✤


やがて、正面の壇上に係の者が現れ、開会を告げた。


「それでは開会にあたりまして、本会の後援者であらせられます、エイラルド・シュターゲン侯爵様より、ご挨拶を賜りたく存じます」



割れんばかりの拍手の中、壇上に立ったのは────あの人だった。


(ああああ、あの方はさっきの! エ、エイラルド・シュターゲン侯爵⋯様⋯⋯⋯間違いない。あの方こそが、番なんだわ)



「僭越ながら、ご挨拶申し上げる」


低い声が、大広間の隅々まで通る。


「本日はこの水晶宮に、遠く海を越え、あるいは国境を越え、名だたる技術者諸氏にお集まりいただいたこと、この王立魔導工学院を預かる者として、心より感謝申し上げる」


淡々と、しかしよく響く声。会場中の視線を一身に受けながら、彼は眉一つ動かさなかった。



⋯⋯⋯⋯声まで、麗しい⋯⋯私の番。



昨夜のあの匂いと、今聞こえているこの声が、同じ人の中にあるという事実だけで、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。その声が耳に届く度に、顔が真っ赤に火照り、ゾクゾクと毛穴が浮き立つ。


ああ⋯⋯これが⋯⋯⋯⋯。


「⋯⋯⋯⋯おい、鼻息荒いぞ」


⋯⋯これが、番に出会ってしまった竜人の感覚────。 駄目だ。意識が持っていかれる。ゆらゆらと身体の揺れるその有様は、きっと人に酔って、具合の悪くなった子供に見えるだろう。


でも無理。もう無理。会場の中は彼、エイラルド様の香りで噎せ返りそうで。


開会の挨拶が終わると、発表は淡々と進んでいった。他国の技術者たちが、次々と壇上で成果を披露していく。でも私の視線は、来賓席に座るエイラルド様に釘付けだ。




自分達の発表の順番が近づいてくる。係の人に促されて舞台袖へと回った。


「おいミチェ、ボサッとしてねぇで行くぞ」

「あ、はぃ⋯⋯」



「お待たせいたしました。続いての発表は────ナーリア国魔法省、民生魔道具開発室より」


司会の声に、会場が僅かにざわついた。ナーリア国⋯⋯竜人族の国が、この大陸の技術発表会に代表を寄越すのは、これが初めてらしい。だからだろう、物珍しさと侮りの入り混じった視線が、いっせいに舞台袖へ集まってくる。


背中を室長に押されて、私は舞台へと足を踏み出した。


会場に響く拍手はまばらだった。



「おい、あれが、ナーリア国とやらの代表か?」

「竜人族の国だろう。あの引きこもりの竜どもが、人間の催しに顔を出すなんて聞いたこともない」

「まさか、親子での発表なのかしら? あんな子供に何をさせてるの」

「そもそも、たった二人しか寄越せないあたり、竜人族はよほど人材が払底しているんじゃないか」


失笑まじりの囁きが、遠慮なく耳に届く。


⋯⋯⋯⋯うん。今更傷つきもしない。



でも、番の前で、子供だと言われるのは




(少し、堪える)




「本発表、ナーリア国代表、ミチェ・フェルナシアン殿」




司会の声に呼ばれ、私は一歩前に出た。







失笑を背中に受けながら、私は説明用の断面模型の前に立った。


深呼吸ひとつ。視界の端に、来賓席のエイラルド様の姿がちらつく。────今だけは、意識から締め出す。


大丈夫、ここは私の土俵だ。


「こちらの模型は、牛の乳を絞り出す魔道具です」


端的すぎる第一声に、会場にどっと失笑が広がった。「発表の一発目からそれか」「やっぱり子供の遊びだろう」────嘲る声混じりの反応。


けれど、たじろぐ必要はない。ここからが本題だ。


「従来、乳搾りは熟練の技術と長時間の手作業を必要としてきました。加えて御存知の通り、近年はどこの国でも酪農家の後継者不足が深刻で、搾乳量は年々全国的に減少傾向にあります。毎日欠かさぬ搾乳、しかも年中無休の24時間管理体制――これこそが離農や後継者不足の大きな要因になっているのは、酪農に携わる方ならよくご存知でしょう。この自動搾乳機は、その人手不足を補うために生み出したものです。


乳房の形状を魔力で走査し、最適な圧力と間隔を自動で算出、再現します。人の手より優しく、人の手より正確に」


説明するうちに、いつの間にかざわつきが消えていた。


「魔力消費は最小限。一般的な産業用魔道具のように、使う使わないに関わらず魔術式を常時稼働させ続ける力業には頼らず、必要な部分にだけ、しかも使用している間だけ魔術式が発動する仕組みにしてあります。使う側が魔力を用意する必要は、一切ありません」


会場の空気が、少しだけ変わった。失笑ではなく、戸惑いの混じった静けさに。


「量産化できれば、酪農家の労働時間は大幅に削減されます。搾乳量の安定化は、乳製品の価格そのものを引き下げるでしょう」


私は指を折りながら、試算を並べていく。


「装置一台で、熟練の搾り手一人が一日にこなす作業量の、およそ五倍。これが各国の酪農家の一割に行き渡るだけで、減少の一途だった搾乳量は下げ止まり、むしろ余剰へと転じます。余剰分を加工に回せば、バターやチーズの生産量は現状比でおよそ三割増、小売価格は二割前後の値下げが見込める。これは、普及したどの国でも同じことです」


会場の空気が、また一段、変わった。


「────子供の発明だと笑うのは結構です。ですが、この数字を笑える方は、この場にいらっしゃいますか?」


しん、と静まり返った会場の隅で、控えていた室長が小さく笑ったのが見えた。


「論より証拠、というやつです。この水晶宮は、あちらの列柱の先────中庭まで、会場の何処からでも見渡せる構造になっております」


私は振り返り、開け放たれた列柱の向こうを指し示した。


「そんなわけで、今回の実演のために、牛を一頭ご用意しております」


指の先、中庭の真ん中には、のんびりと草を食む一頭の牛。国家の威信をかけた発表会の舞台に、これ以上ないくらい不釣り合いな存在感を放っていた。


会場に、今度は失笑ではなく、明らかな困惑のどよめきが広がった。


説明を終えると、室長が心得たように牛の側に歩み寄る。無骨な手で、搾乳機の吸着部を一つ一つ丁寧に取り付けていく。発案者として喋るのが私の仕事なら、現場を黙々と支えるのは室長の仕事だ。


「ミチェ!取り付け、完了だ」


室長の声に、私は小さく頷く。


「それでは────ナーリア国が誇る技術の粋、とくとご覧いただこう」


低く通る声で、室長が締めの口上を述べた。ぶっきらぼうなくせに、こういう時だけ妙に様になるんだから、ずるい。


装置を起動する。組み込んでおいた魔術式が淡い菫色の光とともに浮かび上がる。それと同時に、中庭に設置された搾乳機が、低い駆動音を立てて動き出した。


牛が初めての感覚に、恥じらいと戸惑いを込めて、ンモォォと鳴いた。


(────いける)


そう思った矢先だった。


パンッ────⋯⋯⋯⋯


乾いた破裂音が、少し離れたブースから響いた。何処かの国の展示品が、小さく火花でも噴いたのだろう。よくある、ちょっとした不具合――のはずだった。


けれど、牛には関係ない。


「モォォォオオッ!!」


甲高い音に驚いた牛が、大きく身をよじった。


「おっ、落ち着けっ⋯⋯!」


室長が直ぐに動いた。しかし、牛はパニックのまま、来賓席の方向へ突進を始める。


「きゃあああっ!」「こっちへ来た!逃げろぉぉ!」


貴族達の悲鳴と怒号が、さらに牛を煽り立てた。逃げ惑う声、倒れる椅子の音────それら全部が、牛の恐怖に上乗せされていく。暴れる牛の勢いに、繋いでいた搾乳機の接続部が耐えきれず、軋んだ音を立てた。


「⋯⋯⋯⋯え?」


魔術式の接続部から、バチッと青白い火花が散る。


そして、圧を失った吸着カップが、暴れる牛に振り回されて宙で暴走した。


搾りたてのミルクが、消火用魔道具みたいな勢いで──来賓席の最前列へ、一直線に。


「ひっ、」

「なっ⋯⋯⋯⋯」


避ける間もなく、白い雨が降り注ぐ。よりによって、さっき「汚い子」「わたくしのドレスにふれないで」と眉をひそめていた令嬢の一団に、真正面から。豪奢なドレスも、髪を飾っていた宝石も、一瞬で生温かい乳白色に染まった。


「嘘⋯⋯⋯だ⋯⋯⋯⋯」


その光景を、私はどこか別世界の事の様な感覚で見ていた。 でも、ミルクの雨で現実に引き戻される。


「牛はこっちで抑える、お前は機関を見ろ!!」


室長が怒鳴りながら、暴れる牛の首元に飛びついた。渾身の力で押さえ込みながら、なだめるように低く声をかけ続ける。


その時、誰よりも早く、壇と中庭の境に躍り出た人影があった。


「下がれ、俺がやる」


「殿下、なりません!!」


護衛の制止も聞かず、迷いのない足取りで機関に手をかけたのは────私の番。エイラルドだった。


(⋯⋯⋯⋯殿下?)


侯爵じゃなくて、殿下。


そういえば、開会の挨拶で彼は「王立魔導工学院を預かる者」と名乗っていた。あの時は、声にばかり気を取られて、聞き流していたけれど。


⋯⋯そうだ。この国の王立魔導工学院を束ねているのは、現ラディオール国王の弟君。魔道具に憧れる者なら、誰でも知っている話だ。


つまり、私の番は─────王弟殿下。


そこまで繋がったのだが、今はそれどころじゃない。


彼が魔術式に触れ、解除を試みても、飛び散る火花の勢いは収まらない。当然だ、これは私が独自に組んだ回路。彼の知る規格とは、根本から組み方が違う。


「そこ、右の弁を今すぐ閉めてください!! 押さえている間に、私が組み直します!」


誰に向かって言っているかなど、考える余裕はない。それでも彼は、躊躇う素振りひとつ見せず弁に手をかけ、逆流しかけた魔力を力ずくで堰き止めた。


生まれたわずかな猶予に、私は暴走する回路へ指を滑り込ませる。焦げついた術式を手繰り、迂回路を引き、無理やり新しい流れを作っていく。


「あと少し、あと少しで──!」

「ここは持たせる。だから君は落ち着いて組み直せばいい」


────こんな時でも、心地よい声に心が揺れる。


指先を焼かれながら、最後の一筋を繋いだ瞬間。


「────殿下っ、今です!」


彼が弁を戻す。私が引いた新しい流れへ、荒れ狂っていた魔力が、すうっと吸い込まれていった。


唸りが止む。飛び散っていた火花が、嘘のように収まった。


静寂の中、間近で目が合う。


「⋯⋯⋯⋯怪我は」


低い声。吐息が触れそうなくらいの距離。


⋯⋯⋯⋯甘い。重い。あの晩と同じ、アンバーグリスの香り。なのに、二人とも頭からミルクを浴びて、しっとり生乳くさい。世界一ロマンチックじゃない距離感で、私は完全に蕩けていた。


抗えるわけがなかった。ふにゃふにゃと足の力が抜けて、その場に膝を抱えて座り込む。


「⋯⋯っは⋯⋯⋯はぁっ⋯⋯⋯⋯ふっ⋯⋯⋯⋯蕩けそう⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯ん?」


エイラルド様がへたり込んで俯く私の顔を、目の前で屈んで覗き込む。


「顔が赤い」


「ひっ! いいい、いえっ! あ、あの⋯⋯⋯っ」


「立てるか」


差し出されたのは、骨張った手だった。あちこちに小さな火傷の痕が残る、とても王族のものとは思えない手。恐る恐る手を伸ばしかけて──指先が触れる寸前で、ぴたりと止まる。


この手を取ってしまったら。触れてしまったら、きっと私はもう、まともでいられない。


「⋯⋯⋯⋯じ、自分で、立てます」


震える膝に力を込めて、どうにか立ち上がる。差し出された手は、取らなかった。取れなかった。


「⋯⋯そうか」


短くそう言って、彼も立ち上がる。見上げるほどの上背。さっきまで吐息の触れる距離にあった顔が、今は遠い。


⋯⋯⋯⋯って。


「⋯⋯⋯⋯わたし今、王弟殿下に⋯⋯⋯⋯命令、しました⋯⋯⋯⋯?」


我に返った瞬間、顔から一気に血の気が引いた。


けれど、エイラルド様は笑っていた。


「命令されたな、確かに」


くつ、と喉の奥で笑う気配。皮肉でも、機嫌取りでもない、心底面白がっているような笑い方だった。


「殿下、失礼な物言いを、その⋯⋯」


「詫びる必要はない。────君は、正しい判断を取った」


正しい。


たったそれだけの言葉が、アンバーグリスの香りよりもずっと深く、私の中に染み込んでいく。


家族にも、同僚にも、夜会の令嬢達にも、ずっと「子供」としてしか扱われてこなかった。なのにこの人は今、私を発明家として、技術者として、一人の対等な人間として見てくれている。


⋯⋯⋯⋯おかしい。


胸の奥が、じんと熱を持っている。番の香りに当てられた時の、あの抗えない衝動とは、何かが決定的に違う。


見た目でも、立場でもなく、私を私として見てくれた。たったそれだけのことで、この人のことをもっと知りたいと、そう思ってしまっている。


「────まったく、竜人族の連中は。碌な確認もせずに、生きた家畜を持ち込むとは」

「そもそも動物を会場に入れること自体、如何なものか」


いつの間にか周囲を囲んでいた貴族や研究者達から、遠慮のない非難の声が上がり始めていた。


⋯⋯⋯⋯そうだ、その通りだ。反論の余地もない。


牛が驚いたらどうなるか、暴れたらどうなるか────もっと想定しておくべきだった。室長と二人、浮かれて足元が疎かになっていたのかもしれない。


俯きかけた、その時。


「口を慎め」


低く、けれど有無を言わせぬ声だった。


「たしかに、想定が甘かったのは事実だ。俺も含めて、反省すべき点だろう。────だが」


エイラルド様は、非難の声が上がった方角を、一つ一つ射抜くように見渡した。


「常時稼働という業界の常識そのものを覆す魔術式。誰も成し得なかった発想を、この短時間で、たった二人の陣容で作り上げてみせた。それを目の当たりにしてなお、想定外の一つを論って腐すことしかできないというのなら────それこそ、この会の名折れだ」


しん、と静まり返る。誰も、何も言い返せなかった。


⋯⋯⋯⋯ずるい。


こんな風に庇われて、この人に惹かれるなという方が、無理だ。


「エイラルド様!」


血相を変えた護衛らしき人たちが、どっと駆け寄ってくる。


「殿下、ご無事ですか!」

「いや、まずは殿下を安全な場所へ!」


────あっ、行っちゃう。


「本日は、想定外の事態により皆様に混乱を招きましたこと、主催者としてお詫び申し上げます。会はこれにて一旦閉会とし、残る発表は、後日改めて場を設けさせていただきます」


そう⋯⋯⋯だよね⋯⋯⋯⋯。王弟殿下なんだもん。もう⋯⋯⋯これで、会えないのかな⋯⋯⋯⋯。


「それと、ミチェ・フェルナシアン殿」


「────っ! ふあっ、はいっ!」


「君の提案書をこの舞台に上げたのは、評議会の反対を押し切った俺の判断だ。その面目を保ったのは、君の判断だ。────見事だった。今度は、俺が会いに行く」


「────────っ!」


そう言い残すと、エイラルド様は再び護衛たちに囲まれ、事後処理の指示を出し始めた。


(俺が会いに行くって⋯⋯⋯⋯いつ、どうやって⋯⋯⋯⋯っ! そもそも、また会う理由なんてないのに!?)


ゴツンッ


「おい、ミチェ。ニヤつくな。気持ち悪いぞ」


拳を私の頭の上に乗せた室長に、なにか言われた気がしたけれど、うん。


そこでようやく、自分が頭のてっぺんから爪先までミルク浸しなことに気づいた。振り返れば、エイラルド様のプラチナブロンドにも、白い雫がぽたぽた滴っている。


⋯⋯⋯⋯番と、まともに口をきいた記念すべき初日。二人そろって、生乳まみれ。


控えめに言って、最悪だ。





────結局、実演は最後まで出来なかった。


事故の後始末で会場は騒然となり、その日の発表会は早々に打ち切られた。


破裂音の出所は、後になって判明した。発表の時から竜人族へ盛んに野次を飛ばし、会場の空気を煽っていた、とある国の研究員のブースだったらしい。自国の研究が未完成であることに焦り、他国へ関心を逸らそうとした⋯⋯⋯⋯大方、そんなところだろう。なんともお粗末な技術者もいたものだ。






────番は、見つかった。


でも、この胸の高鳴りは、きっと「番」だからってだけじゃない。


「今度は、俺が会いに行く」



あの人の言葉の意味を確かめる日まで────この気持ちに名前がつく日まで、私はまだ、この浮ついた頭を持て余すことになりそうだ。


────ふと、気づいた。


いつも余っていたはずのワンピースの胸元が、ほんの少しだけ、窮屈な気がする。


⋯⋯⋯⋯まさか。


確かめるのが、少しだけ怖くて。少しだけ、楽しみだった。





✤✤✤✤


【エイラルドside】


「──さすがは殿下。とはいえ、これしきのこと、兄上ならもっと軽々とこなされたでしょうな」


物心ついた頃から、耳にたこができるほど聞かされてきた台詞だ。


第二王子。王太子である兄上の、いわば予備。生まれた瞬間から俺の価値は、常に十も年上の優秀な兄上の遥か後方に歩みゆく者としてしか語られなかった。剣も、学問も、社交も──何を身につけても「まあ、及第点だ」以上の言葉をもらったことはない。できて当然。兄上はもっと凄い。褒め言葉ですら、遠回しな値踏みでしかなかった。


そんな俺が唯一、誰とも比較されずに没頭できたのが、魔導工学だった。


継承権とは無縁の学問。王太子である兄上が学ぶ必要のない分野。だからこそ、そこでだけは「第二王子」ではなく、一人の技術者として評価される────そう思っていた。


甘かった。


どれだけ図面を引こうと、どれだけ夜を徹して式を組もうと、最後にはこう言われる。


「さすがは殿下、道楽にしては大したものだ」


道楽。


俺がどれだけ本気で取り組んでいようと、誰の目にも、それは暇を持て余した王族の余興にしか映らない。


────だから、あの日会場で見た小さな女の子の姿は、妙に、記憶に残った。


発表会当日。開場前の広間で、俺は例によって、令嬢や各国の研究者に囲まれていた。


当たり障りのない相槌を打ち、当たり障りのない笑みを返す。誰も俺の話など聞いていないし、俺も誰の話も聞いていない。いつもの、退屈な茶番だ。


その人垣を、小さな影が掻き分けてきた。


幼い女の子だった。どこぞの貴族が旅行も兼ねて連れてきた子供が、はぐれでもしたのかと思った。だがその子は、俺の正面でぴたりと足を止め、まっすぐに見上げてきた。


――なんだ、その顔は。


令嬢たちが向けてくる、値踏みまじりの媚びとは違う。もっと直接的で、剥き出しで、縋るような。喉から手が出るほど何かを欲している、そんな目だった。


「ちょっと、何よこの子供!」

「おい、ここは子供連れで来るような場所じゃない、誰か、この子供をつまみ出せ!」


眉をひそめる令嬢たち。連れらしき大柄な男が、慌てて肩を掴んで引き戻していく。


その間も、女の子は黄みがかった翡翠色の大きな瞳を瞬きひとつせずに、俺を見ていた。


「殿下、そろそろお時間です」


係の者に促され、俺は壇の方へ向かった。振り返りはしなかった。


それでも、あの、零れ落ちそうなほど見開かれた美しい瞳だけが、妙に頭にこびりついて離れなかった。






✤✤✤✤


「殿下がわざわざ口添えなさった、あの家畜小屋の発明とやらは、もうすぐ始まるのですかな。さぞ我が院の名に箔がつくことでしょう」


隣に立つ老評議員が、皮肉たっぷりに囁いてくる。


俺が直々に目を通し、この場に引き上げた提案書だ。「牛の乳を自動で搾る」という、確かに聞こえだけは地味な代物。だが、あの魔術式の組み方────力業に頼らず、最小限の魔力で最大限の効率を出す設計は、他の追随を許さないものだった。


提出者の名は、ミチェ・フェルナシアン。若干二十歳だというのに、これまでも数々の画期的な日用魔道具を生み出してきたと聞く。てっきり、それなりの貫禄を持つ技術者だと思っていたのだが。


「口添えではない。実力を評価しただけです」


「はは、まぁそういうことにしておきましょう」


老評議員は、取り合う気もなさそうに肩をすくめた。


またこれだ。俺が何を成しても、最後は「王族の道楽」で片付けられる。 だがもう、不愉快だと一々腹を立てるほど、心は動かない。 あの頃の、兄の軌跡に必死で追いつこうともがいていた頃の、「第2王子殿下」ではないのだから。





司会の声が、ナーリア国代表の名を呼んだ。


「────ミチェ・フェルナシアン殿」


壇上にいたのは、先ほどの、あの子供と、保護者のような同伴者だった。


⋯⋯⋯⋯待て。あれが、ミチェ・フェルナシアン?


二十歳だと聞いていた。だが、どう見ても、子供にしか見えない。


──いや。


竜人族は、番が見つからないと十歳前後で成長が止まる、と人種学の講義で聞いた覚えがある。成人する前に番を見つけるものだと聞くが、比較的小さな国で十歳までには巡り合うという。とはいえ、あくまで文献上の知識でしかない。実際に成長が止まったという事例が確認されたという話は、寡聞にして聞いたことがなかった。竜人族同士、出逢えば直ぐに互いが番だとわかる、らしい。


────だとすれば、彼女は。


会場のあちこちから、遠慮のない失笑が漏れる。「子供に何ができる」「竜人族はよほど人材が払底しているらしい」


無理もない話ではあった。竜人族がこの大陸の技術発表会に代表を送ってくること自体、俺の知る限り前例がない。山深くに国を構え、他種族との交わりを避けてきた、閉鎖的な種族――その得体の知れなさが、壇上へ突き刺さる視線に、嘲りだけでなく警戒の色まで混ぜていた。


隣の老評議員が、ほら見たことかと言わんばかりに、鼻を鳴らした。


俺はまだ気付いていなかった。あの娘が俺に向けていた眼差しを、地位に群がる他の誰かと同じ色で読み違えていたことに。


けれど。


野次を浴びながら、彼女は一切怯まなかった。


搾乳装置の構造、利便性、量産した場合の畜産業への波及効果――淀みなく、それでいて熱を込めて語るその姿は、とても見た目通りの十歳前後の子供のそれには見えなかった。あの提案書に俺が惚れ込んだ理由が、今、目の前で証明されていく。


俺は、思わず身を乗り出していた。隣の評議員が、居心地悪そうに口をつぐんだのが分かった。




✤✤✤✤




説明は、そこで終わりではなかった。彼女は淀みなく、魔術式の詳細に踏み込んでいく。


────待て。この式、常時稼働を前提にしていない。


引っかかりを覚えたのは、そこだった。だが、深く考える暇はなかった。彼女の説明はそのまま、数字を並べた具体的な話へと移っていく。────気づけば、会場横の中庭で、牛を連れたさっきの竜人族の男が、手際よく搾乳機を取り付け終えていた。いよいよ実演か⋯⋯⋯。


そう思った矢先だった。


離れたブースで、乾いた破裂音が鳴った。


小さな不具合だろう、と誰もがそう思った。だが当然牛には、そんな道理は通じなかったらしい。


甲高い鳴き声。次の瞬間には、巨躯が来賓席へ向かって突進していた。


「牛はこっちで抑える、お前は機関を見ろ!!」


同伴者の男が真っ先に叫び、牛の首元へ組み付く。────なら、機関は。


考えるより先に、体が動いていた。


「下がれ、俺がやる」


「殿下、なりません!!」


護衛の声を置いて、俺は駆けた。


────なぜ迷わなかったのか、自分でも説明がつかない。善意でも、正義感でもない。もっと単純で、もっと勝手な感情だった。あの式が、こんな形で壊れて終わるのが、たまらなく嫌だった。


案の定、俺が知るどの規格にも当てはまらない。火花は収まらず、むしろ勢いを増していく。────当然だ。これは、彼女が一人で組んだ、彼女だけの式だ。


「そこ、右の弁を今すぐ閉めてください!! 押さえている間に、私が組み直します!」


叫ばれた瞬間、迷いは残らなかった。


殿下と呼ばれる俺に、迷いのない命令を寄越す人間など、これまで一人もいなかった。────それが、妙に心地よかった。


弁に手をかける。逆流する魔力が、腕を伝って焼けるように痛んだ。それでも、彼女が「あと少し」と繰り返す限り、俺はそこを動かなかった。


「ここは持たせる。だから君は落ち着いて組み直せばいい」


自分の声が、思っていたよりも平静なことに、少し驚いた。


「────殿下っ、今です!」


弁を戻す。唸りが止み、火花が収まった。


静寂の中、目の前に彼女の顔があった。


「⋯⋯⋯⋯怪我は」


答えは、返ってこなかった。かわりに、彼女の足から力が抜け、その場にへたり込む。


「⋯⋯っは⋯⋯⋯はぁっ⋯⋯⋯⋯ふっ⋯⋯⋯⋯蕩けそう⋯⋯⋯⋯」


────なんだ、これは。怪我をしているようには見えない。だが、明らかに普通じゃない。


「⋯⋯ん?」


顔を覗き込む。近くで見ると、余計に赤い。


「顔が赤い」


「ひっ! いいい、いえっ! あ、あの⋯⋯⋯っ」


分かりやすく動揺しているところを見ると、大事には至っていないらしい。────それにしても、目まぐるしく表情を変える子だ。


「立てるか」


手を差し出す。────伸びてきた指先が、触れる寸前で止まった。


「⋯⋯⋯⋯じ、自分で、立てます」


震える膝で、それでも一人で立ち上がる。差し出した手は、結局、最後まで取られなかった。


「⋯⋯そうか」


短くそう返して、俺も立ち上がる。────何を期待していたわけでもない。そのはずなのに、手のひらに残った空白が、やけに気になった。


「⋯⋯⋯⋯わたし今、王弟殿下に⋯⋯⋯⋯命令、しました⋯⋯⋯⋯?」


見る間に、血の気が引いていく彼女の顔。────さっきまでの蕩けた顔と、忙しく入れ替わる。


笑いが、抑えきれずに漏れた。


「命令されたな、確かに」


「殿下、失礼な物言いを、その⋯⋯」


「詫びる必要はない。────君は、正しい判断を取った」


正しい。────口にした途端、その言葉が、誰よりも自分自身に必要なものだったと気づいた。


俺の仕事は、いつも「殿下の道楽」で片付けられてきた。図面の出来も、式の精度も関係ない。血筋を差し引いて評価されたことなど、一度もなかった。


────だからかもしれない。この子には、そんな見方をしてほしくなかった。竜人族だろうと、子供の姿だろうと関係ない。あの式を組んだ本人として、正しく扱われてほしかった。────誰よりも、俺自身がそうされたかったように。


「────まったく、竜人族の連中は。碌な確認もせずに、生きた家畜を持ち込むとは」

「そもそも動物を会場に入れること自体、如何なものか」


非難の声が上がり始める。────分かっている。想定が甘かったのは事実だ。


だが、それとこれとは話が別だ。


彼女の式を、もう一度思い返す。────さっき覚えた、あの引っかかり。


産業用魔道具は、稼働の有無に関わらず魔術式が常時発動し続けている。だから、使っていない間も部品は傷み、効果が薄れれば、その都度魔術師を呼んで再付与する。莫大な費用がかかる。それが、この業界にとって疑う余地のない"常識"だった。


だが、彼女の式は使っている間だけ発動し、それ以外は眠る。────それが実現すれば、"常時稼働"の呪縛そのものが崩れる。誰も成し得なかったことを、彼女は事も無げにやってのけていた。


────化け物か、これは。


たった二十歳の、竜人族の少女が。この大陸の魔導工学が何十年も踏み越えられなかった一線を、あっさりと越えている。


「口を慎め」


思っていたより、低い声が出た。


「たしかに、想定が甘かったのは事実だ。俺も含めて、反省すべき点だろう。────だが」


非難の声が上がった方角を、一つ一つ見渡す。


「常時稼働という業界の常識そのものを覆す魔術式。誰も成し得なかった発想を、この短時間で、たった二人の陣容で作り上げてみせた。それを目の当たりにしてなお、想定外の一つを論って腐すことしかできないというのなら────それこそ、この会の名折れだ」


しん、と静まり返る。誰も、何も言い返せなかった。


────別に、誰の目もどうでもいい。ただ、あの子の仕事だけは、正しく評価されるべきだと思った。それだけだ。


「エイラルド様!」


血相を変えた護衛たちが、どっと駆け寄ってくる。


「殿下、ご無事ですか!」

「いや、まずは殿下を安全な場所へ!」


急かされるまま、俺は閉会を告げた。


「本日は、想定外の事態により皆様に混乱を招きましたこと、主催者としてお詫び申し上げます。会はこれにて一旦閉会とし、残る発表は、後日改めて場を設けさせていただきます」


「それと、ミチェ・フェルナシアン殿」


呼びかけると、彼女がびくりと肩を跳ねさせた。


「君の提案書をこの舞台に上げたのは、評議会の反対を押し切った俺の判断だ。その面目を保ったのは、君の判断だ。────見事だった。今度は、俺が会いに行く」


俺が会いに行く。────そう言ってしまってから、自分の言葉に、少し驚いた。


理由も言い訳も、まだ何一つ考えていない。────それでも。


このまま「王弟殿下と、他国の技術者」という、一度きりの関係で終わらせたくない────それだけが、腹の底で動かない事実として居座っていた。


まだ、どうやって、までは見えていない。


護衛に急かされて壇を降りながら、頭の隅では、もう次の算段を組み始めていた。





✤✤✤✤


事故で中断された発表会は、数日を置いて仕切り直しとなった。ミチェ・フェルナシアンの実演と、その後に控えていた数チームの発表が、改めて執り行われる運びとなったのだ。


再びの壇上。俺は来賓席から、彼女の姿を眺めていた。


────あれ。


数日前より、わずかに背が高い。気のせいではない。隣に立つ同伴者の男との身長差が、前に見た時より、確かに縮まっている。


竜人族は、番が見つからないと十歳前後で成長が止まる。裏を返せば────、番に巡り合えば、止まっていた時計は再び動き出す。



ということは。この数日のうちに、彼女は、番と巡り合ったとでもいうのか。


「あれ?どうされたんですか殿下⋯⋯⋯。いつもの無表情が、今日は随分と崩れていますね」


隣に座る魔法省の部下が、怪訝そうな顔で覗き込んでくる。


「⋯⋯無礼だぞ、お前は」


「えー、ですが酷い顔色ですよぉ」


酷い顔色、か。否定はできなかった。


たしかに、胸の奥に、もやりとした何かが宿った気がする。誰かに先を越された――ただそれだけのことが、どうにも据わりが悪い。


⋯⋯まあいい。


ともかく、これから俺は忙しくなる。


なにせ、ミチェ・フェルナシアンを────────


⋯⋯いや。


彼女の国、ナーリア国に、共同研究を申し入れなければならないのだからな。


理由なら、いくらでも用意できる。


────この胸の奥にあるものに、まだ名前はつけられない。


けれど、なぜか、口の端だけは緩んでいた。




────まあ、いい。焦ることはない。これから、いくらでも時間はあるのだから。




◆完◆





最後までお読みいただき、ありがとうございました!


────────────────

続編『番が見つかって成長し始めた竜人族の天才魔道具師、なぜか番本人の王弟殿下に「相手は誰だ」と毎月問い詰められています』を公開しました。作者ページ(シリーズ)からお読みいただけます。


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