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密約



時は戻ってユーニス・クォレンの処刑される1年前。ジュリーを通じて密かに招かれた場所で、ユーニスを待ち構えていたのは思いもよらぬ相手だった。

「例の者をお連れしました」

常と異なるその恭しい態度を見れば、ジュリーにとってその相手がどれだけ重要な相手なのかわかる。ジュリーが恐らく下級貴族の出身であり、ユーニスを団長として一定の経緯を払いつつ平民だからと見下しはしないが何処か気安い扱いもしていたのと対照的である。なんなら傭兵団の同僚は二度見するかもしれない。

そこにいたのは、恐らく10を少し超えた程度であろう幼い少女だった。鮮やかな赤毛と黄金色の瞳をした、彼の顔を合わせたことのある人間の中でも最も美しいと言っても過言ではない、絶世の美少女である。芸術品の如く整った顔に微笑を浮かべて、鈴を転がすような愛らしい声が告げる。

「あらまあ、その方がそうなの?ジュリー」

「はい。彼が銀狼傭兵団の団長であるユーニス・クォレンです」

少女は観察するような視線を彼に向ける。己の半分も生きていないかもしれない少女相手に、しかし見透かされているような気がして彼は思わず唾を飲み込んだ。

「ふむ…ふぅん、そうなの…。すごいわね、あなた。もしもこの世界に人類の敵(まおう)でも存在していたら、勇者に選ばれていたんじゃないかしら」

少女はそう言ってころころ笑う。深い知性を宿した黄金の瞳が彼を射抜く。その瞳に宿った、世界をあまねく照らし出す星のような輝きから、彼は目を離せなくなった。

「取引をしましょう、猪武者(カリュドーン)(わたくし)、この国を変えたいの」

それは天命であると、彼は自然と理解していた。まだ幼かった頃に憧れた騎士道物語の如く、彼女は騎士として敬愛を捧げられる貴婦人たる人物であるのだと。まあ今は少々若すぎるのだが。

「…取引とは、どういうことですか。あなたは俺に何を求めているのです」

「そうね…何処から話したらいいかしら。十中八九、あなたには死んでいただくことになると思うのだけれど」

「姫様」

咎めるような声に、初めて彼は少女の傍に侍女と従者に当たるだろう人間が控えていたことに気付いた。使用人として気配を消していたというのもあるだろうが、それ以上に少女の存在感、王気が並外れていた。

「これは、知った上で取引に応じないのであれば、秘密を守るため死んでもらうことになるというのと、取引に応じていただく場合、ユーニス・クォレンという人間に死んでいただくことになる可能性が高いということでもあります。ここまでよろしくて?」

「…つまり、話を聞けば取引に応じても応じなくても俺は死なねばならないことになる、と」

「ただ、あなたが何も聞かないで帰る場合、銀狼傭兵団の者たちは大半死ぬことになります」

「…何故?それは予言の類ですか」

「そんな大したものではありません」

にこり、と少女は笑う。

「銀狼傭兵団がキングスレイ王国に対する反乱(クーデター)…王族や高位貴族の殺害を企んでいるからです」

「そんな事は…!」

考えていない、と反論しようとして、近頃の傭兵団内の空気を思い出して閉口する。初期メンバーはともかく、最近入った者たちは彼と理想を共にしていない。王族に対する敵愾心がある。

「実行に至ってしまえば、関係者の多くを処刑することになるでしょう。ですが、未遂の内に押さえたのならば、責任者の首で手打ちということもできます」

「…だから、俺に死ねと」

「イエスでありノーです。ただ大人しく死ねというだけであれば、こうして態々話をする必要はありません」

彼女の言わんとするところはわからないではない。彼にとって冤罪のようなものであろうと、柵がある以上彼にとれる手段は多くない。

「…では、俺にどうしろと?」

「銀狼傭兵団団長の死後、私の元で騎士として働いてほしいのです」

「は?」

「平たく言えば、死を偽装して全くの別人として仕えてほしい、ということですね」

「それは…俺が平民だからですか」

「いいえ。あなた自身が望んだことではないとしても、王権に弓引こうとしている人間を王太子の騎士にするわけにはいかないからです。…せめて、考えただけで何の準備もしていない状態で接触できていたら、なかったことにもできたのですが」

「王、太子?」

「はい。この私、グウェンドリン・リ・エランヴィート・グライアス・メトシュラを次の王権継承者にすると、お父様から内々に決定を伝えられています。…もっとも、現在のお父様の計画においては、一旦三の兄様(あにさま)を王太子に指名して、王都ごと腐敗貴族を壊滅させた後に改めて、私の成人と共に王権を受け継がせる、ということでしたが」

「…王が王太子に指名したがっているのは第二王子だという話だったが」

第二王子がどのような人間か知らない彼にも、目の前の少女が第二王子でないことはわかる。幼すぎるのだ。第二王子は彼と同年代のはずである。

「私が生まれるまでは二の兄様が最有力候補だったそうですわ。でも二の兄様は玉座を嫌がっていらっしゃって…私という他の適格者が生まれたので、お父様も二の兄様の希望を汲むことにされたのです。ただ、私は見ての通りか弱い子供ですから、わかりやすい抑止力が必要なのです」

「…強い騎士が必要であるというのであれば、それこそ王国軍の内から探すべきでは」

「他の継承権者や有力貴族の影響の強い者では駄目なのです。でも一から育てるのには時間が足りない。だから、王国軍の腐敗が野に降らせた実力者を探して召し抱えることにしたのです」

「時間が足りない、というのは」

「指名後に暗殺ないし内乱が発生することを前提とした上で、三の兄様が王立学園卒業と同時に王太子として指名されることになっています。私はそれを防ぎたいのです。その為には、二年以内にお父様に私を王太子にする前に内乱を誘発させる必要はないと示さなければならないのです」

「国王が、内乱を引き起こさせようとしているというのですか」

「お父様は合理の化身の上に視座が高すぎて個の命に対する執着がないのです。民を愛していらっしゃらないわけではないのですが、全ての命を等しく見ておられますから、人数の多寡でしか比べないといいますか…死もまた一つのあるべき変化と捉えていらっしゃるというか…」

少女は困ったような顔をする。

「そうすることで、ご自分が狂王と評されることさえ、後の世に必要な要素と判断されていらっしゃいますから」

「何故そのようなことを」

「アルクスレイン陛下は、己を"国をより善い未来へ導くための機構"と定義していらっしゃいます。国王たる者その存在全てを国のために捧げるべきである、と。私たち次世代のメトシュラもそうせねばならない、とまでは仰っていません。ですが、陛下の行動の全ては国を善き未来へ導くためのもの。…過程で出る犠牲すらも必要なもの、と…巻き添えの犠牲(コラテラルダメージ)もないではないでしょうけれど」

「国王が、内乱で自国の民が犠牲になる必要があると思っているというのですか?」

「あなたが知っているかどうかはわかりませんが…この国は現在、貴族としての責務も理解していない、腐敗貴族が多くなってきています。アルクスレイン陛下の治世があまりにも安定してきたことも原因の一つといえるでしょう。或いはメトシュラにすら己の責務を理解できていない者がいるのですから、人間たちはそろそろ神授の王権の庇護から自立するべき時を迎えている、ということなのかもしれませんね。いずれにせよ、二の兄様と私(わたくしたち)では陛下ほどには安定した国土運営はできないと見立てられたようです。であれば、私たちの手に負える程度まで削っておくのも一つの解決策であると」

「そんな無茶苦茶な…」

解決策としては割と禁じ手の類である。しかし最終的に国が安定することだけに着目して言うのであれば的外れなことでもない。常人に受け入れられる考えではないが。

「ですから、お父様が先手を打たずとも、私たちが自分で対処してより良い未来を創り出していく力あると、示さねばならないのです。そしてその為には、お父様が今、要素として見逃しているものを取り入れていく必要もあります」

「それで、俺も?」

「はい。そして、私がある程度実権を持てた後に、傭兵団の内の、王家に敵愾心を持っていない方も雇えれば、と思っています。今の私はただの末姫ですので、傭兵団をまとめて召し抱えられる財力がありませんので」

「王族ってのは金持ちじゃないのか?」

「母親の実家に財力があれば個人資産として動かせるお金があるのかもしれませんが、陛下の血を引く子自体は多数いますから、一人当たりに与えられる年間予算はさほどでもないのです。領地収入も、グライアス領はマイナスにはならない程度に留まっていますしね」


なんらかの罠や詐欺の類ではないかと理性が疑っただけで、ユーニスはグウェンドリンに仕えることを断る気はなかった。騎士になることは彼の目標だった。幼き日に思ったのと少し違う形ではあるが、彼女の発言は(ある意味恐ろしいことに)全く嘘がないと彼にもなんとなくわかった。このまま手をこまねいていれば彼らは反逆者として処刑されるし、王都は戦禍によって壊滅する。それは彼にとって全く歓迎できない未来だ。

「…しかし、グウェンドリン殿下に仕えるといっても、俺は何をすれば。"ユーニス・クォレン"は処刑される必要があるんですよね?」

「詳細はこれから詰めますが…布石として、処刑の日まで、あなたには傭兵団長と私の騎士の二重生活を送っていただきます。アリバイ作りというものですね。といっても、私はあまり表に出ない存在ですから、その数少ない機会に人々の記憶に残る登場をしてもらうことになります。ふむ……そうですね、フルプレートで私の傍に控えているだけで十分でしょう」

ユーニスは鍛え上げられた肉体を持つ偉丈夫で、グウェンドリンは小柄で儚げな姫君である。並べば対比効果で余計にその体格差が強調される。

「フルプレートで」

「顔が隠れていれば、他の者が替え玉をすることもできますから好都合です。気付く者がいるかはともかく…片方がいる時、必ずもう片方がいなくなるのであればその者が正体ではないか、と結びつける者が出るかもしれません」

とはいえ。グウェンドリンとユーニスの両方と繋がりがあり、かつ協力者ではないという人間が現状では存在しないのだが。協力者は当然、ある程度の情報共有を行うのだから知っていて当然である。

「それと、私の傍に控えるということは、社交の場に出るということですから、公の場でのマナーや儀礼も学んでいただきます。付け入る隙になられては困りますから」

「…なんだか、随分忙しくなりそうな気がしてきたな」

「それは勿論。短期間で準備せねばなりませんから、一旦は詰め込み付け焼き刃になってしまうかもしれませんが…私の権限で叙任する以上、それに相応しい騎士になっていただきますから、覚悟してくださいまし」

「…|仰せのままに、我が光輝のイエスユアマジェスティ

「殿下はまだ無冠の姫ですから、ユアマジェスティではなく、ユアハイネスが正しいです」

侍女が訂正した。




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