妹扱いされ続けたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか泣き出しました。
「俺に付き従うしか出来ない女なんだよ、アベリアは」
その言葉が頭を殴り、体から生気が消えていくようだった。
──もう、やめよう。
ジェフリー様のことを好きでいるのも、もう疲れたわ。
その一言が決定打となり、私はすべてを諦めたのだった。
政略結婚でも仲のいい両親に憧れて、私も婚約者のジェフリー様と、そんな素敵な関係になりたいと夢を見ていた。
婚約したての頃は年上のジェフリー様の後ろをついて回って、兄たちも交えてよく一緒に遊んでもらった。
小さい頃は、仲が良かったのにな。
ジェフリーが学園に通うようになってから、だんだんと私にだけ冷たくなっていったような気がする。
手紙が来なくなり、帰省の時期に会いに行っても会ってもらえず。
ようやく同じ学園に通えるようになったら、ジェフリー様には恋人がいたことを目の当たりにした。
「ど、どうして私以外の女性と仲良くされているのですか?」
「アベリア、君とは将来結婚するんだから、それまでの楽しみを邪魔する権利は君にはないんだよ?」
「婚約しているのにですか…?」
「なんだい、婚約しているからといって俺の気持ちまで君のものだというのは傲慢じゃないかい」
「で、でも、私はジェフリー様が」
「わかってるよ。俺だって君は家族同然、妹のように愛しているさ、アベリア」
ジェフリー様は子どもの頃のように、私の頭を撫でて微笑んだ。
私には訳がわからなかったけど、結婚したら変わってくれるんだと思って、今まで通り事あるごとにジェフリー様のそばに近づいた。
「ジェフリー様、たまには私と一緒に昼食を食べませんか?」
「なんだい、俺がいないとそんなこともできないのかい?」
「そ、そういうわけじゃ…」
「まったく、アベリアは兄離れができないんだから」
くすくす笑って仕方ないなぁと、月に1回だけは私と学生食堂で昼食をとってくれた。
それ以外は、恋人と時間を過ごしていた。
兄離れって、ジェフリー様は『兄』じゃないのに。
「ジェフリー様、今度の帰省で我が家にも顔を出してほしいと両親から手紙が届いたのですが」
「それをうまいこと断るのが、将来の奥さんの務めだろ?」
「両親もジェフリー様に会いたがっていますよ?」
「俺はね、アベリアと違って暇じゃないんだよ。帰っても、後継者教育と領地へ足を運ばないとならないし」
「でも…!」
「アベリア、君は婚約者として俺を助けてはくれないのかい?」
「……」
「やれやれ、子どもの頃のように甘えればいいと思っているんだから」
ジェフリー様は肩を竦めてから、私の目の前で恋人の肩を抱いた。
…帰省中だって、その人とは会う時間があるじゃないですか。
なぜ、婚約者の顔を立てようとは思ってくださらないのですか。
「ジェフリー様、すきです」
「ああ、俺もアベリアのことを妹だと思って愛しているよ」
昔は、俺も好きだよと言ってくれたのに。
その意味のわからない文言、やめてくれませんか…?
「あなたの婚約者ちゃん、本当に可愛いのね」
「そうだろ?自慢の婚約者なんだよ」
「いっつもあなたの後ろを付き纏ってる」
「アベリアは昔からそうなんだ。俺の後ろについていればいいと思っている。その点、君は俺の手を取り、隣を歩いてくれるね」
「あら、当たり前よ。想い合うとはそういうことだもの」
「俺はそれが嬉しいんだよ。アベリアは、俺に付き従うしか出来ない女なんだよ、本当に残念だ」
私がいるそばで、恋人同士仲睦まじく抱き寄せ、私を可愛いだの自慢だの言いながら、私を貶めている。
…この時間に、意味なんてあるのかしら。
もう、やめましょう。
結婚したら変わってくれるなんてどこにも保証がない。
それに、これ以上擦り減らす心が残っていない。
ジェフリー様とは、両親のようにはなれない。
私はジェフリー様と結婚しても、ただの女主人になろう。
愛を求めない、愛のない結婚生活のために、これからは準備しよう。
こんなジェフリー様の相手なんて、白い結婚になれたらどんなに素晴らしいかしらね…。
私からは尊敬も幼いころ抱いた恋心も、とうに消えていた。
だから、あの日の言葉はとても衝撃的に嬉しかった。
「アベリア、君とは婚約破棄しようと思う」
ジェフリー様は、恋人に愛を囁くようにそう言った。
「今、なんと」
「君と婚約破棄したい。やっぱり君と俺ではうまくいかないと思うんだ。アベリアは俺のことを慕ってくれているけど、俺は妹のようにしか思えない」
この期に及んで何を言っているのだろうなどと考えることもやめて、私は自然と笑みが零れていた。
「ええ、ぜひそうしましょう。お引き受けいたします」
私の言葉に、ジェフリー様はなぜかぽかんと口を開けて返事がない。
あら、何かしら。
喜びのあまりに、ぼんやりされているのかしら。
そうよねそうよね、だってとうとうお別れできるんですもの嬉しいわよね!
ジェフリー様と結婚しなくて済むなんて、早く家族に知らせてお祝いしたいわ!
ひとりうんうん頷いていると、突然肩を掴まれた。
「なっ、何を言っているんだい、アベリア!?婚約破棄なんだぞ!」
「ええ、そうですよ。やっと私を解放してくださってありがとうございます。こんなに嬉しいことはありませんわ!」
「俺と婚約破棄したいと言うのかっ!」
「あら、何を当然なことをおっしゃるのですか」
「君は俺のことを好いていただろう…!?」
慌てたように必死に言うジェフリー様がよくわからなくて、首を傾げた。
「いつの話をさせているのですか。とうの昔にそんなもの枯れ尽きましたが」
ジェフリー様は顔色を失わせて、何も言わずに私を見ていた。
「むしろどうやったらあなたと白い結婚になれるのか考えていたのですが、結婚しなければよかったのですね!妙案をありがとうございます!」
「俺のことが、好きだったじゃないか…」
白くなった顔からポタポタと涙が零れていた。
まるで、私が応じるわけがないと思っていたような表情だった。
じゃあなんで婚約破棄だなんて言い出したのかしら。
私が今更縋るとでも思っていて、それが見たかったわけ?
私は掴まれていた手を、思いっきり振り払った。
こんな人に、触られたくない。
払われた手を、目を見開いてジェフリー様は見つめていた。
「どうしていつまでもご自分が好かれていると思えるのか、不思議でなりませんね」
「でも、ずっと…!」
「人を好きでいる気持ちが、無限に湧き上がるとでも思っているのですか?」
「アベリアが俺を好きでなくなるわけがないっ…!」
取り乱して叫ぶジェフリー様に、私の気持ちが揺れるどころか今まで以上に冷えていく。
「あなたが好きなのは、自分を好いてくれる誰かなだけでしょう?」
「…そんなことっ」
「私の愛はとっくにあなたにはありませんので、あなたが欲しい結婚生活にはどのみちならないと思いますよ?」
「……」
「婚約破棄、喜んでお引き受けいたしますので、そのように家族にも連絡いたします。あ、もちろんあなたさま有責ですので」
まだ泣いているジェフリー様が、私に手を伸ばしてきた。
本当に意味がわからないからやめてほしい。
ジェフリー様の頬を殴ってやろうかと思ったけど、淑女らしからぬので丁寧にお辞儀をして、かつての婚約者に背を向けた。
歩き出した追い風が頬を掠めて、清々しかった。
了
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