第8話 真似できないもの
数日後、再び商人の馬車が村を訪れた。
前回と同じ女商人――エリスだったが、今回は一人ではなかった。荷台の陰から、見覚えのある若者が顔を出す。先日、隣村から助けを求めてきた青年だ。
彼は緊張した面持ちで、村の中を見回していた。
「……静かですね」
「いつも、こんな感じだ」
村人の一人が、特別でもないように答える。
その様子を、若者はどこか戸惑ったように見ていた。
集会所で話を聞くと、隣村では結界の調整を自分たちで試みたという。強度を上げ、魔力を多く流し込み、守りを厚くしたつもりだった。
「でも……余計に不安定になってしまって」
アリアは、差し出された簡易図を見て、小さく息を吐いた。
「結界そのものは、悪くありません。ただ……」
指先で図をなぞりながら、言葉を選ぶ。
「土地の流れと、人の生活を見ていない調整です」
「同じようにやったつもりだったんです。この村と」
若者の声には、悔しさが滲んでいた。
アリアは首を振る。
「同じには、できません」
はっきりとした否定だった。
「結界は、形だけ真似しても意味がないんです。その場所で、誰が、どう暮らしているか……それを知らないと」
しばらく、沈黙が落ちる。
エリスが、肩をすくめるように言った。
「便利な話って、すぐ広まるけどさ。中身までは、なかなか伝わらないんだよね」
若者は唇を噛み、やがて深く頭を下げた。
「……急がせて、すみませんでした」
「謝ることではありません」
アリアは、静かに答える。
「必要なら、調整の考え方だけ、お伝えします。でも……実際に手を入れるのは、そちらでできる人と一緒にじゃないと」
それは、助けを差し出しつつ、線を引く言葉だった。
若者は、何度も頷いた。
夕方、エリスが帰り際に言った。
「噂、また広がるよ」
「……そうでしょうね」
「でも、さっきの言い方なら、大丈夫だ」
何が、という問いは口にしなかった。
エリスはそれだけ言って、馬車に乗り込む。
夜、結界の確認を終えたアリアは、村の外れで立ち止まった。
遠く、隣村の方角に、かすかな魔力の揺れを感じる。
(焦らないこと……ですね)
守りは、急いで作るものではない。
積み重ねるものだ。
村に戻ると、ミラが戸口で手を振っていた。
「お姉さん、今日は遅かったね」
「ええ。でも、大丈夫です」
「うん。だって、静かだもん」
その一言に、胸の奥が温かくなる。
真似できないのは、技術だけじゃない。
この静けさは、時間と関係でできている。
アリアはそう思いながら、今日も灯りの消えた村を見渡した。
守るべきものが、はっきりと見えていた。




