第6話 薄い歪みと、過剰な期待
その日の昼下がり、村の入口が少しだけ騒がしくなった。
アリアが結界点の記録をまとめていると、外から複数の足音と話し声が聞こえてくる。穏やかな村には珍しい、よそ者の気配だった。
集会所の前には、荷馬車が一台止まっていた。
商人らしき男と、その護衛。それから、見慣れない若者が一人、落ち着かない様子で立っている。
「この村の結界を整えた人がいるって聞いてね」
商人の女――エリスと名乗った――は、そう言って周囲を見回した。
「大層なことじゃありません。ただ、少し手を入れただけです」
アリアがそう答えると、若者が一歩前に出た。
「俺の村も、見てもらえませんか」
切羽詰まった声だった。
話を聞くと、隣村で最近、結界の不調が続いているという。夜になると魔物が近づき、畑も荒らされ始めた。誰かから、この村の噂を聞きつけて来たらしい。
村人たちの視線が、一斉にアリアに集まる。
期待と、不安が混じった視線。
胸の奥が、少しだけ重くなった。
「……状況を聞くだけなら」
そう前置きして、アリアは若者の話を丁寧に整理した。
結界の構造、立地、過去の調整履歴。話すうちに、原因ははっきりしてくる。
「結界そのものが壊れているわけではありません。ただ……無理に強めすぎています」
「強める? 守りは強い方がいいんじゃ……」
「ええ。でも、土地に合わない強さは、逆に歪みを生みます」
静かにそう告げると、若者は言葉を失った。
「私が行って、すぐ直せる問題ではないと思います」
その一言で、空気が止まる。
断ったわけではない。
けれど、すぐに助けると約束もしなかった。
商人のエリスが、間に入るように笑った。
「無理なもんは無理、ってことだね。正直でいい」
村長のグスタフも、短く頷く。
「ここは、まず自分の足元を固める場所だ」
若者は肩を落としたが、それでも頭を下げた。
「……話だけでも聞いてもらえて、助かりました」
去っていく背中を見送りながら、アリアは小さく息を吐いた。
(全部は、できない)
それは、王都にいた頃には許されなかった判断だ。
求められれば応える。無理でも引き受ける。それが、支援職のあるべき姿だと、思っていた。
けれど今は、違う。
夕方、レオンが見張り台から声をかけてきた。
「行かなくて、よかったのか」
「……はい」
「後悔は?」
少し考えて、首を振る。
「ありません。今、ここが不安定になる方が、怖いですから」
「そうか」
それだけで、話は終わった。
夜、結界の最終確認を終えたアリアは、村を包む魔力の流れを感じ取る。
薄いが、均一で、無理がない。
(守れる範囲を、守る)
それが、この場所で学び始めた、新しいやり方だった。
静かな夜は、今日も村に降りてくる。
少しだけ、強くなった安心とともに。
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