第32話 報告書に書けないもの
翌朝、サイラスは一人で村を歩いていた。
案内は不要だと断り、結界点にも近づかない。ただ、家の配置や道幅、焚き火の跡を静かに観察している。
アリアは遠目にそれを見ていたが、声はかけなかった。
昼前、サイラスは再び結界の外縁に立った。
測定具を取り出し、慎重に魔力の層を測る。
数値は、やはり平均以下。
強度は高くない。持続性も特筆すべき点はない。
「……理論上は、もっと接近されてもおかしくない」
小さく呟く。
夜間の魔物接近記録と照らし合わせると、どうしても辻褄が合わない。
そこへ、アリアが静かに近づいた。
「異常は、ありますか」
「いえ……異常はありません」
サイラスは、正直に答えた。
「むしろ、理想的な安定です。ただ」
「ただ?」
「説明が、できません」
その言葉に、アリアは何も返さない。
「強度が高いわけでもない。層が厚いわけでもない。術式も特別ではない。なのに、夜が静かだ」
サイラスは視線を落とす。
「報告書には、数値しか書けません」
「そうですね」
「ですが、この静けさは……」
言葉が止まる。
村の中央から、子どもたちの笑い声が聞こえた。
昼のうちに作業を終え、道具はきちんと片付けられている。
焚き火の跡は小さく、灰は散っていない。
サイラスは、その光景を見て、初めて理解しかける。
「……結界だけでは、ない」
アリアは、わずかに視線を上げた。
「夜は、休みます」
昨日と同じ言葉だった。
「それが……術式ですか」
「いいえ」
即答だった。
「習慣です」
サイラスは、しばらく沈黙した。
測定具をしまい、書類袋を抱え直す。
「習慣は……記録できません」
「はい」
「ですが、これを“異常なし”とだけ書くのは……」
「正しいと思います」
アリアの声は、変わらず静かだった。
夕方、村人たちは自然と作業を終え、灯りを内側へ寄せる。
サイラスは、その動きを最後まで見届けた。
夜、結界は薄く、均一に村を包む。
外からの圧もなく、ざわめきもない。
宿へ戻る前、サイラスはぽつりと呟いた。
「これは……持ち帰れない」
アリアは答えなかった。
結界は今日も、数値に残らないまま、静かにそこにある。
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