第28話 朝まで残ったもの
朝は、静かに訪れた。
空は薄く曇り、風は弱い。昨夜の不安定さが嘘のように、村は落ち着いている。誰も騒がず、誰も困った顔をしていない。
それでも、リーナは早く目が覚めていた。
結界点へ向かう道を歩きながら、昨夜の感覚を思い返す。
滞留は、完全には解けていなかったはずだ。壊れるほどではないが、残っている“癖”。
結界点の手前で立ち止まり、距離を保ったまま目を閉じる。
(……薄い)
昨夜より、確実に薄れている。
誰かが触ったわけではない。結界の形も変わっていない。
(人が……動かなかったから)
朝が来て、作業が始まる前に、音も気配も散った。
夜の選択が、完全ではなくても、結果として悪化しなかった。
そこへ、アリアが歩いてきた。
「確認、していますか」
「……はい」
リーナは正直に答えた。
「残ってはいます。でも……」
「消えていますね」
アリアは結界点に触れず、同じように距離を取ったまま言う。
「昨日、何が起きなかったか、分かりますか」
問いは、試すものではなかった。
一緒に考えるための問いだ。
リーナは少し考え、答える。
「……誰も、無理をしなかった」
「ええ」
「続けなかった。集めなかった。急がなかった」
言葉にしながら、理解が形になっていく。
「結界を守ったのは……結界じゃありません」
その言葉に、アリアは小さく頷いた。
「夜の使い方です」
短い答えだった。
昼前、村はいつも通りに動き始めた。
昨夜のことを、特別な出来事として語る人はいない。
けれど、作業の切り上げは少し早い。
焚き火は自然と内側に寄せられている。
意識している人も、していない人もいる。
それで十分だった。
昼過ぎ、リーナは手帳を開いた。
結界図ではない。時間帯と、人の集まり方、夜の静けさ。
「……残ったもの、ですね」
ぽつりと呟く。
夕方、エリスが通りがかった。
「無事?」
「はい」
「何も起きなかった?」
「……起きませんでした」
それを聞いて、エリスは満足そうに笑う。
「一番、難しい結果だ」
夜、結界はいつも通りだった。
外からの圧もない。
アリアは最後の確認を終え、宿に戻る。
「昨日の夜は……合格ですか」
リーナが控えめに聞く。
「評価は、しません」
アリアはそう答えた。
「ただ……朝が来ました」
それで、十分だった。
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
触れなかった夜と、残った選択を、そのままに。
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