第27話 決めきれない夜
日が落ちる少し前から、風向きが安定しなかった。
強く吹くわけではない。ただ、一定せず、音と気配が結界の縁に集まりやすい流れを作っている。よくある変化だが、今日は少しだけ長引いていた。
アリアは、その夜、村を離れていた。
隣の集落まで、記録を届けに行っている。日付が変わる前には戻る予定だが、夜の巡回には間に合わない。
「今日は、いない」
そう聞いたとき、リーナは一瞬だけ言葉に詰まった。
けれど、すぐに頷いた。
「……はい」
大丈夫だと、自分に言い聞かせるように。
夜、村は静かだった。
焚き火は内側に寄せられ、灯りも抑えられている。いつも通りだ。
それでも、リーナは違和感を感じていた。
(……集まりすぎ、かも)
北側の畑付近で、人の動きが重なっている。昼の作業が長引き、片づけの時間がずれ込んでいた。
触るべきではない。
それは、もう分かっている。
動かす?
それとも、待つ?
リーナは結界点の手前で立ち止まった。
近づきすぎない距離を守ったまま、周囲を見る。
(今すぐ危険ではない……)
外の気配も、強くはない。
けれど、このまま夜が深まれば、癖として残るかもしれない。
声をかけるべきか。
でも、何をどう伝える?
判断が、止まった。
リーナは、結界点から視線を外し、村の中央へ戻った。
集会所の前で立ち止まり、深く息を吸う。
「……今日は、早めに切り上げませんか」
大きな声ではない。
提案だった。
数人が顔を上げる。
「もう少しで終わるけど」
「明日に回してもいいな」
判断は、彼らに委ねられた。
リーナは、それ以上踏み込まない。
やがて、人の動きは散った。
完全ではないが、集中は解けている。
夜が深まる。
結界の縁に、わずかな滞留が残る。
壊れない。危険でもない。
けれど、リーナは眠れなかった。
(……正しかったのかな)
触らなかった。
独断で動かしすぎなかった。
でも、はっきりと“整えた”とも言えない。
深夜、村に戻る足音があった。
「……起きているか」
アリアだった。
「はい」
短く答える。
「何か、ありましたか」
リーナは少し迷ってから、正直に話した。
迷ったこと。決めきれなかったこと。提案だけして、委ねたこと。
アリアは、すぐには何も言わなかった。
結界点に手を当て、流れを確かめる。
「……触るほどではありません」
それだけ言って、手を離す。
「正解は、出ませんでした」
リーナが言う。
「ええ」
アリアは頷いた。
「でも、越えなかった線は、はっきりしています」
それが、評価だった。
夜は、静かだった。
完璧ではないまま、朝を待つ夜だ。
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
決めきれなかった判断ごと、抱えながら。
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