第25話 残ったもの
翌朝、結界は静かだった。
完全に均された流れは、どこにも引っかかりを残していない。外からの圧も弱く、村の内側は穏やかに息づいている。
それでも、何かが“残っている”感覚が、アリアにはあった。
巡回を終えて戻る途中、村の中央でリーナが立ち止まっているのが見えた。結界点ではない。ただ、人の動きが集まる場所だ。
「……見ていますね」
声をかけると、リーナは少し驚いたように振り返った。
「はい。昨日の……名残、というか」
「名残?」
「配置を戻しても、すぐには戻らない空気があって……」
言葉は曖昧だったが、感覚は合っている。
「それは、残ります」
アリアは、否定せずに言った。
「結界の癖ではなく、人の動きの癖です」
「……じゃあ」
「結界を直しても、人が同じ動きをすれば、また似た形になります」
リーナは、しばらく黙って考えていた。
「だから……昨日は、触る前に待ったんですね」
「ええ」
「癖が、どこから来たのかを見るために」
アリアは、軽く頷いた。
昼前、畑の近くで作業が始まる。
昨日までより、人の間隔が少し広い。道具の置き方も、自然と散っている。
誰かが指示したわけではない。
ただ、昨日のやり取りが、頭の片隅に残っているだけだ。
(……十分ですね)
午後、エリスが馬車で立ち寄った。
「直した?」
「はい。でも……」
言葉を切る。
「全部は、直していません」
エリスは、意味を察したように笑った。
「残したんだ」
「残りました」
「それでいい」
短い会話だった。
夕方、リーナが手帳を抱えてやってくる。
中には結界図ではなく、村の動線と時間帯の簡単な記録があった。
「……まだ、答えは出ていません」
「出さなくていいです」
「でも……」
「残っているなら、それを見ていればいい」
その言葉に、リーナは小さく息を吐いた。
夜、村は静かだった。
結界は安定し、外の気配も近づかない。
それでも、昨日の出来事は消えていない。
誰かの判断、誰かの迷い、誰かの選択。
それらが、村の中に薄く残っている。
アリアは結界の縁に立ち、静かに思う。
(直したものより……残ったものの方が、大事な日もありますね)
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
整えられた流れと、残された感覚の両方を抱えながら。
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