第23話 小さな独断
昼過ぎ、空気が少しだけ重くなった。
雲が低いわけでも、風が荒れているわけでもない。ただ、結界の縁で、音と気配が溜まりやすくなっている。季節の境目に時々起きる、微妙な偏りだ。
アリアは宿の裏で作業をしていた。
巡回は朝に終えている。大きな歪みはない。だから、今日は様子を見る日にしていた。
一方で、リーナは村の外れにいた。
北側の畑で、人が集まっている。
移ってきた世帯の手伝いで、作業が重なっていた。声が増え、道具の音が連なり、気配が結界の縁に寄っていく。
(……このままだと、夜に残る)
リーナは立ち止まった。
触らない。触らないと、決めている。
けれど――。
(場所を動かすだけ、なら……)
彼女は結界点に近づかなかった。
代わりに、畑の端で作業していた人に声をかける。
「すみません……道具、少し内側に置いてもらえますか」
「内側?」
「風が、こっちに流れているので」
理由は曖昧だったが、拒まれなかった。
数人が動き、音の溜まり方が変わる。
確かに、楽になった。
結界の縁のざわつきは、少し和らいだ。
(……よし)
そこで、止めておけばよかった。
夕方、別の畑でも同じような状況を見つけた。
今度は、焚き火の位置だ。
(同じことを、すれば……)
リーナは、同じ判断を繰り返した。
誰かに相談はしなかった。急ぐほどではないし、自分でできる範囲だと思ったからだ。
結果は、半分だけ正しかった。
夜、結界の縁に、わずかな滞留が残った。
壊れない。危険でもない。だが、均一さが崩れている。
アリアは、巡回の途中でそれに気づいた。
(……少し、癖が残っていますね)
結界点に手を当てる前に、周囲を見る。
作業の配置、焚き火の位置、音の流れ。
理由は、すぐに分かった。
直すのは簡単だ。
触れて、均せばいい。
けれど、アリアは触らなかった。
翌朝、集会所の前でリーナと向き合う。
「昨日、何かしましたか」
責める口調ではない。
確認だけだ。
リーナは、少し迷ってから頷いた。
「……場所を、動かしました」
「二か所、ですね」
リーナの肩が、小さく揺れる。
「良かれと思って……」
「ええ」
否定はしなかった。
「結果は、半分正解です」
その言葉に、リーナは顔を上げる。
「でも……半分、ですね」
「はい」
アリアは、結界の縁を指さした。
「一か所ずつ見れば、問題はありません。でも、重なると癖になります」
説明は、それだけだった。
「触らなかったのは、良い判断です」
「……でも」
「でも、独りで決めました」
リーナは、黙って頷いた。
「次は、どうしますか」
答えを与えない問いだった。
少しの沈黙のあと、リーナは言った。
「……一度、止まります」
アリアは、それを否定しなかった。
その夜、結界はアリアの手で均された。
時間はかかったが、跡は残らない。
村は、静かだった。
何も起きていない夜だ。
けれど、リーナは眠りにつく前、天井を見つめていた。
触らなかったこと。
動かしたこと。
独りで決めたこと。
どれが間違いで、どれが足りなかったのか。
答えは、まだ出ていない。
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
小さな独断の余韻を、残したまま。
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