第22話 触れなかった理由
その日の朝、アリアは巡回に出なかった。
結界の流れは安定している。前日の夜も、外からの圧は感じられなかった。手帳を開き、最後の記録を確認してから、静かに閉じる。
(今日は……任せてもいい)
そう判断して、宿の裏で薪を割る音を聞きながら、いつもより遅い時間を過ごしていた。
昼前、村の外れが少しだけ騒がしくなる。
声は低く、慌ててはいない。ただ、集まる気配がある。
アリアは立ち上がらなかった。
代わりに、その様子を見に行ったのはリーナだった。
北側の結界点近くに、数人の村人が集まっている。原因は小さなものだった。風向きの変化で、作業音が縁に溜まりやすくなっている。
壊れてはいない。
けれど、夜まで放置すれば、外の気配を引き寄せかねない。
リーナは、結界点の手前で足を止めた。
(……触らない)
その判断は、迷いなく出た。
代わりに周囲を見る。
畑の作業が一か所に集中している。道具の置き場が、風下に固まっている。
「……少し、場所を変えてもらえますか」
控えめな声だったが、村人はすぐに応じた。
「こっちか?」
「じゃあ、焚き火は奥だな」
数分後、音の流れは散り、結界の縁は落ち着きを取り戻す。
リーナは、何もしていない。
それでも、状況は改善していた。
夕方になって、アリアはようやく巡回に出た。
結界点に手を当て、流れを確かめる。
(……問題なし)
歪みはない。むしろ、自然になじんでいる。
集会所の前で、リーナと目が合った。
彼女は、少し緊張した表情で近づいてくる。
「……今日は、触りませんでした」
報告というより、確認だった。
「理由は?」
「……触る前に、できることがあったからです」
その答えに、アリアは一度だけ頷いた。
「それで、十分です」
褒めるでも、評価するでもない。
ただ、事実として受け取る。
リーナは、ほっとしたように息を吐いた。
夜、村は静かだった。
灯りは内に寄り、気配は外に漏れていない。
宿の前で、ミラが小さく言う。
「今日はね、誰も『どうする?』って聞かなかったよ」
「そうですか」
「うん。なんとなく、わかったから」
アリアは、空を見上げた。
結界は変わらず、薄く村を包んでいる。
(触れなかった理由が……残りましたね)
直した結果ではなく、選ばれた行動として。
結界は今日も、静かにそこにある。
一人の手を離れながら、少しずつ。
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