第21話 教えない時間
朝の空気は、少しだけ澄んでいた。
夜の静けさがそのまま残っているようで、村の動き出しも穏やかだ。アリアは結界点の手帳を開き、昨日の記録に短く追記した。
大きな変化なし。
触らずに解消。
それだけを書いて、手帳を閉じる。
宿の外では、リーナが薪を運んでいた。慣れない作業のはずだが、無理のない量を選び、休みながら進めている。ミラが横で、何か楽しそうに話していた。
アリアは声をかけなかった。
今日は、教えない日だと決めていた。
巡回に出ると、結界はいつも通りだった。
薄く、均一で、生活の動きに素直についてくる。調整の必要はない。だから、歩く速度も自然と遅くなる。
(……余白、ですね)
王都では、常に次の作業が待っていた。
整えた直後から、また別の歪みが生まれる。立ち止まる時間は、ほとんどなかった。
昼前、集会所の前でグスタフとすれ違う。
「今日は、静かだな」
「ええ」
「手を入れたのか」
「いいえ。入れていません」
それだけで、話は終わった。
理由を求められないことが、今はありがたい。
午後、風向きが変わった。
畑の方から音が集まり、結界の縁でわずかに滞留する。昨日なら、すぐに触れていただろう。
アリアは立ち止まり、少し離れた場所から様子を見た。
やがて、畑仕事をしていた人が気づき、道具の置き場を変える。
それだけで、音は散っていった。
アリアは、何もしなかった。
夕方、リーナが控えめに近づいてくる。
「……今日は、何も教えてくれませんでしたね」
責める口調ではない。
確認に近い。
「ええ」
「でも……見ていました」
「何を、ですか」
「……待つところを」
アリアは、少しだけ驚いた。
けれど、否定はしなかった。
「待つのも、仕事です」
それ以上は言わない。
夜、村は静かだった。
結界は揺れず、外の気配も近づかない。
宿の明かりが消える前、リーナがぽつりと呟く。
「教えてもらえなくても……考えることは、できますね」
アリアは、答えなかった。
その言葉が、すでに答えになっていると感じたからだ。
教えない時間は、無駄ではない。
むしろ、その方が残ることもある。
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
言葉の代わりに、時間を渡しながら。
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