第20話 問いの置き場所
その朝、リーナは少しだけ遅く起きてきた。
眠そうに目をこすりながらも、顔色は悪くない。昨夜は遅くまで窓辺にいたはずだが、無理をした様子はなかった。
「……おはようございます」
「おはようございます」
挨拶はそれだけだった。
急に距離が縮まることもない。けれど、昨日までの緊張も、もうない。
アリアは巡回の準備をしながら、ふと思い出したように言う。
「今日は、一人で回ります」
「……はい」
即答だった。
ついて行きたい、とも、見たい、とも言わない。
結界点を回りながら、アリアは意識の端で村の気配を拾っていた。
風の向き、音の溜まり方、人の動線。
どれも、安定している。
(今は、教える段階ではないですね)
村に戻ると、ミラがリーナと一緒に水汲みをしていた。
二人は結界の話はしない。ただ、桶の重さや、朝の冷え込みの話をしている。
昼前、リーナが集会所の隅で、何かを書いているのが見えた。
結界図ではない。
村の配置と、人の集まり方。
アリアは声をかけなかった。
午後、村の外れで、わずかな違和感が生じる。
昨日と同じ場所だが、原因は違う。風向きが変わり、音が外へ流れにくくなっている。
アリアは立ち止まり、結界に触れずに周囲を見た。
少し考えてから、焚き火の位置ではなく、作業の時間をずらすよう村人に伝える。
それだけで、流れは自然に解けた。
夕方、リーナが近づいてきた。
「……どうして、触らなかったんですか」
初めて、自分からの質問だった。
アリアは歩みを止め、すぐには答えなかった。
「触ると、理由を隠してしまうからです」
「理由……」
「結界を直した、という結果だけが残ります。でも……」
そこで言葉を切る。
「次も同じことが起きます」
リーナは、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ……触るのは、最後なんですね」
「ええ。最後です」
それ以上の説明はしなかった。
十分だと感じたからだ。
夜、村は静かだった。
灯りは少なく、気配は内に収まっている。
リーナは宿の外で立ち止まり、空を見上げた。
「……強くしなくても、守れるんですね」
その言葉に、アリアは答えなかった。
代わりに、静かな夜をそのまま置いておく。
問いは、すぐに答えなくていい。
置いておけば、生活の中で形を変える。
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
問いの置き場所を、少しだけ増やしながら。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




